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第3話

Autor: 野菜好きな木偶
博之と綾子は救助用のエアマットに落下したおかげで、かすり傷ひとつ負わなかった。

博之の情報が一切表に出ないことに気づいたマスコミは、代わりに綾子への取材に殺到した。

自宅に押しかけた取材陣の前で、綾子は目に涙を浮かべていた。

壁には、殉職した夫に贈られた顕彰状が、ひときわ目立つ場所に飾られていた。

「晴菜をちゃんと守ってあげられなかった。全部、私のせいです……」

明美がその肩を抱き、涙を拭う。

「あなたのせいじゃないわ。全部麻実が薄情なせいよ。私の躾が悪かったんだわ」

夫を殉職で亡くし、女手ひとつで子どもを育ててきた綾子。その境遇は世間の同情を集め、非難の矛先は一斉に麻実へと向けられた。

【旦那さんは職務中に命を落としたのに、その妹が綾子さんを屋上まで追い詰めたなんて。こんなひどいことをする人、許せない】

【普段からどれだけ綾子さんをいじめてたのかしらね……】

【娘さんが障害を負ったって聞いたけど、自業自得でしょ!】

そうした書き込みを見つめながら、麻実は指の関節が白くなるほどスマホを強く握りしめ、無表情のまま画面を消した。

「ママ、どうしたの?」

ベッドの上で体を丸めていた晴菜が、青白い顔で目を瞬かせながら、心配そうに麻実を見上げる。

麻実は柔らかく微笑み、娘のそばに座って白湯をひと口飲ませ、そっと頭を撫でた。

「ううん、ママは大丈夫だよ」

晴菜は安心したように頷いたものの、しばらく迷った末、また小さな声で尋ねた。

「じゃあ、パパはどうしてまだお見舞いに来てくれないの?もしかして……晴菜がこんな体になったから、パパは晴菜のこと、嫌いになっちゃった?」

麻実は言葉に詰まり、目頭が熱くなった。うつむき、娘をそっと抱きしめる。

「……っ!そんなことないよ。晴菜がどんな姿になっても、パパとママにとって、ずっと一番大切な娘なの。パパはただ、忙しすぎるだけ……」

晴菜は、点滴の針が刺さった無事なほうの小さな手で、麻実の涙をそっと拭った。あまりにも健気だった。

「ママ、泣かないで。晴菜、そんなにパパに会いたいわけじゃないもん。ママがいてくれれば、それでいいから」

麻実の涙は、もう止まらなかった。

晴菜が目を覚ましてからのこの数日間、彼女は一度も痛いと口にしたことはなかった。

毎日ひとりで耐え、唯一願っていたのは、博之に会いに来てほしいということ。ただそれだけだった。

麻実は目を閉じ、廊下へ出て電話をかけた。

博之は仕事柄、勤務中は私用のスマホに出られないことが多く、連絡する時はまず所属先を通し、本人が対応できる時だけ取り次いでもらう必要があった。

しかも、十中八九、取り次ぎを断られた。

綾子だけは博之のスマホに直接電話をかけられると知ってからは、麻実はもう一度も彼に電話をかけたことがなかった。

電話はすぐに繋がり、耳元に博之の素っ気ない声が響いた。

「何の用だ?」

麻実は少し戸惑いながら、唇を強く噛み締めて尋ねた。

「いつ晴菜に会いに来てくれるの?」

博之はその口調に違和感を覚えた。

自分の前では、麻実はいつも語尾を伸ばした甘えた声で、まとわりつくように話しかけてきていた。

今のような、これほど距離を感じさせる冷ややかな声ではなかった。

博之は押し黙った後、答えた。

「……今日、行く」

返事はあっさりとしていた。

麻実はまた少し戸惑い、束の間沈黙してから電話を切った。

振り向くと、晴菜が期待に満ちた瞳でこちらを見つめていた。

麻実がそっと頷くと、晴菜が小さな歓声を上げた。

麻実は鼻の奥がつんとするのを堪えながら、笑みを浮かべた。

だが、ふたりが朝から晩まで待ち続けても、博之は現れなかった。代わりに、ふたりは病院のスタッフによって個室から出されることになった。

「上からの指示です。この病室を空けて清掃するようにと」

この個室は、博之が特別に手配した病室だった。そこで使われる薬も、国内最高水準のものだった。晴菜にはそれが必要だった。

麻実は慌てて博之に電話をかけたが、なかなか繋がらなかった。

病室前の廊下は人の行き来が絶えず、彼女は焦りで指先を小刻みに震わせた。

聞き覚えのある、慌ただしい足音が近づいてきた。悠斗を抱きかかえた博之が、廊下にいる麻実たちには目もくれず、焦った様子で病室へと踏み込んでいった。

綾子がハイヒールを鳴らしながら、その後ろからついてきた。ふたりの脇を通り過ぎる際、軽く眉を上げ、勝ち誇ったように微笑んだ。

麻実はその場に凍りつき、全身の血の気が引いていくのを感じた。

結局、この病室は悠斗のために空けさせられたのだ。

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