麻実は取り乱し、博之の職場に押しかけたこともあった。彼の拳銃を奪って胸元に銃口を突きつけ、半狂乱で問い詰めた。どうしてなの、と。博之は落ち着き払った声で答えた。「スコープの向こうで、犯人がナイフで綾子の首を切りつけたのが見えた。次の瞬間には人質を殺すつもりかもしれない。賭けには出られなかった。あの3発は、晴菜の命を奪わずに犯人を仕留める最善の選択だった。すべて計算し尽くした上でのことだ」その声は少しも乱れることなく、静かに響き渡った。「犯人を仕留める。それが俺の職務だ」拳銃を構える両手がわななき、麻実の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。「じゃあ誓える?綾子のためじゃないって」博之は目を伏せ、何ひとつ答えようとはしなかった。その沈黙が、麻実の胸を締めつけた。力なく手から拳銃が滑り落ち、彼女は体を折り曲げ、声もなく泣き崩れた。彼が覗き込んでいたスコープに映っていたのは、綾子ただひとりだったのだ。実の娘の命が風前の灯火であったあの瞬間、彼の頭を占めていたのは、もうひとりの女をどう守るかということだけだった。隊員に引き離された麻実は、娘の集中治療室の前で一昼夜座り込んだ。その日を境にして、彼女は別人のように変わってしまった。もう毎日、昼に弁当を作って博之の職場へ届けることも、立入禁止エリアの外からつま先立ちになって彼の姿を追うこともしなくなった。毎月の収入の半分を母、高月明美(たかつき あけみ)に渡すことも、仕事帰りに明美の家事を手伝うこともやめた。綾子の息子である高月悠斗(たかつき ゆうと)も家に送り返した。もう送り迎えも、身の回りの世話を焼くこともしなくなった。事件から半月が過ぎ、博之はようやく病室に姿を見せた。連れ立っていたのは、綾子と明美だった。博之は病床の晴菜を見つめ、その瞳に痛ましげな色を浮かべながら、小さな頭を撫でようと手を伸ばした。だがその手は、麻実によって強く払いのけられた。「触らないでッ!」麻実は荒い呼吸で胸を大きく上下させ、目を強く閉じた。「……出て行って」博之は眉間に深く皺を寄せた。「いつまでそうやって意地を張るつもりだ。晴菜は俺の娘でもある。お前以上に、俺だって辛いんだ」晴菜の布団を掛け直していた麻実の手が止まり、堪えきれずに涙がこぼれ落ちた。ゆっくりと振り
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