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第157話

Author: 三佐咲美
ふと、目の前がチカチカと暗くなった。私は頭を抱え、苦しげに墓石にもたれかかる。まるで銀の針がこめかみを貫いたような痛みだ。忘れかけていた記憶が、ゆっくりと目覚め始める……

七瀬真思、どうりで見覚えがあると思った。どこかで見たことがある気がしていた。

慎一は見目麗しく、家柄も抜群だ。幼い頃から、彼を慕う女子は数え切れないほどいた。だから、特に意識したこともなかった。

当時の私は、思っていた。天から選ばれたようなあの人に、凡人なんて釣り合うわけがないって。

けれど、世の中には予想外のこともある。彼は、ある日、同級生にいじめられていた女の子を何気なく助けた。それがきっかけで、その子と少しだけ距離が近くなって、最終的には留学まで援助していたなんて話も……

あの時、私は彼の外見も心も美しいと思った。まさか、その子が真思だったなんて……

雲香は、まるで何でもないかのような口調で言った。「あの女と比べたら、私はやっぱり、あなたの方が好きだけどね」

そう言って笑った彼女は、まるであの頃の無邪気な少女のようだった。「お兄ちゃんはあなたと何年も一緒にいるけど、結局、あなたのことは好きになれなかったんだよ。ただ遊んでただけ。だからさ、今のうちに片っ端から邪魔者、全部片づけちゃいなよ?お兄ちゃんが飽きる前に!」

私は雲香の言葉を反芻しつつ、黙り込んだ。けれど、心の中では何重にも思考が巡っていた。

雲香でさえ分かる単純な理屈を、私は当事者だからこそ見失っていたのか。

慎一のあの告白に浮かれていた自分が馬鹿みたいだった。

私は目を閉じ、再び開き、皮肉っぽく笑って言った。

「じゃあ、あなたの言う邪魔者って、自分も含まれてるの?」

「佳奈、何言ってるの?私たち二人は最高のコンビじゃない!私の言ってる邪魔者は七瀬真思!本名は七瀬絵里(ななせ えり)。名前も変えて戻ってきたんだ。きっと何か企んでるに決まってる!」

七瀬絵里……

真思、慎思、慎一を思う……

私は雲香の前で取り乱したくなくて、わざと平静を装った。

「ただの援助してただけの女の子でしょ」

「金もらってんだから、さっさとどっか行けばいいのよ!何戻ってきてんのよ、あの女!」雲香は続ける。「私たち手を組んで、あの女を追い出そう。佳奈だって、お兄ちゃんの側に他の女がいるのは嫌でしょ?」

雲香は、私を他人扱いせず
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