LOGIN――離婚してください。 3年間、冷徹CEO・黒崎涼の妻として尽くし続けた唯。 夫は家庭を顧みず、冷たい言葉と無視の毎日。心は限界を迎えていた。震える手で離婚届を差し出すと、涼は迷いなくサインをし、「好きにしろ」と言い放った。 その一言で結婚生活は終わった。家を出た唯の足取りは軽やかだった。やっと自由を手に入れた——これからは自分の人生を生きられる!そんな唯の新しい道を、影から静かに支え続けた男がいた。 涼の忠実な部下・高倉櫂。 彼の温かなサポートで、唯の眠っていた才能が少しずつ花開いていく。 一方、涼は、元妻の笑顔を遠くから見て後悔に駆られていた。 今になって彼女の大切さに気づいた——でも、もう遅い。
View More季節はゆっくりと移り変わり、街路樹の緑も少しずつ色濃くなっていた。離婚し、一人で個人事務所を開いてから数か月。あの頃は、先の見えない毎日に不安ばかりを抱えていた。仕事は来るだろうか。生活していけるだろうか。何度も自分に問いかけながら、一歩ずつ前へ進んできた。それでも今、唯はこうして自分の事務所で働いている。自分で選び、自分で築き始めた場所。広くはないけれど、この部屋は唯にとって何より大切な居場所になっていた。「さて」机の上の書類を整え、今日の予定を確認する。午前中は依頼者との打ち合わせ。午後は資料作成。そして夕方には、高倉が訪ねてくる予定になっている。仕事の話もあるが、それが終われば恋人として一緒に過ごす約束をしていた。インターホンが鳴る。予定より少し早い。唯が扉を開けると、そこには穏やかに微笑む高倉の姿があった。「こんにちは、高倉さん」「こんにちは、桜井さん」二人は自然と笑顔を交わす。恋人になって数か月。けれど仕事の場では、以前と変わらず「桜井さん」と呼び合う。その距離感が、二人には心地よかった。打ち合わせは一時間ほどで終わった。「こちらで問題ありません」高倉が資料を閉じる。「ありがとうございます。いつも助かっています」「こちらこそ、ご依頼いただきありがとうございます」そんなやり取りも、今ではすっかり日常になっていた。仕事を終えた高倉が立ち上がる。「それでは、本日の業務は以上ですね」「はい」唯は笑いながら頷いた。「ここからは仕事じゃありません」その一言に、高倉も小さく笑う。「承知……いえ」少し照れたように言い直す。「楽しみにしていまし
恋人になったからといって、翌日から何もかもが変わるわけではなかった。高倉はいつもどおり時間どおりに事務所を訪れ、唯もいつもどおり仕事の準備をしている。「おはようございます」「おはようございます」交わす挨拶も変わらない。打ち合わせも、仕事への向き合い方も変わらない。それなのに。「こちらの資料ですが――」説明を始めた唯は、ふと高倉と目が合った。自然と笑みがこぼれる。高倉も穏やかに微笑み返した。「……どうかなさいましたか」「いえ」唯は少し照れたように首を振る。「何でもありません」ほんの数秒。それだけのことなのに、胸の奥が少し温かくなる。恋人になった。その事実を思い出すたび、不思議なくらい幸せな気持ちになった。午前中の仕事を終え、唯はコーヒーを淹れる。「高倉さん、コーヒーでよろしいですか」「ありがとうございます」カップを差し出すと、高倉が静かに受け取った。「桜井さん」「はい」「一つ、お伝えしてもよろしいでしょうか」「もちろんです」高倉は少しだけ言葉を選ぶように間を置いた。「昨日は嬉しくて、あまり眠れませんでした」唯は目を丸くする。「えっ?」「恋人になれたことが嬉しくて」真面目な顔でそう言われ、唯は思わず笑ってしまう。「高倉さんでも、そんなことあるんですね」「あります」きっぱりと言い切る高倉に、唯はますます笑みを深めた。「実は私もです」「桜井さんも?」「何度も目が覚めちゃいました」二人は顔を見合わせる。そして、どちらからともなく笑い声が漏れた。こんなふうに笑い合う時間が、これからは当たり前になるのだ
午後になると、高倉は約束どおり事務所を訪れた。「こんにちは」「いらっしゃいませ」唯はいつもどおり笑顔で迎える。けれど、お互いにどこか落ち着かない。昨日までと同じようでいて、少しだけ違う空気が流れていた。仕事の打ち合わせは三十分ほどで終わった。資料を閉じた高倉が静かに口を開く。「本日の予定は、これで以上です」「はい」唯も頷く。部屋に静かな時間が流れた。やがて唯が意を決したように立ち上がる。「高倉さん」「はい」「昨日、お話ししたいことがあるってメッセージを送りましたよね」「ええ」高倉は穏やかな表情のまま頷いた。唯は小さく息を吸う。「昨日、家に帰ってから、ずっと考えていました」高倉は何も言わず、唯の言葉を待つ。「私、自分では気付いていないふりをしていただけだったんです」唯は少し照れたように笑った。「友達にも何度も『高倉さんのことが好きなんでしょ』って言われていました」「そうでしたか」「そのたびに違うって言っていたんですけど……」唯は高倉をまっすぐ見つめる。「違わなかったみたいです」高倉の瞳がわずかに揺れる。唯は照れ笑いを浮かべながら続けた。「高倉さんが来てくださる日は、朝から少し楽しみでした」「仕事で褒めてもらえると嬉しくて」「忙しそうにしていると、ちゃんと休めているのかなって心配になって」一つ一つ言葉にするたび、自分の気持ちがはっきりしていく。「事件のときも、高倉さんの声を聞くだけで安心できたんです」唯はゆっくりと微笑んだ。「それがどういう気持ちなのか、ようやく分かりました」高倉は静かに息をつく。返事を急かすつもりなどなかった。
その日の夜。唯は部屋へ戻ると、ソファへ腰を下ろした。静かな部屋に、一人きり。高倉と別れてから、何度も同じ言葉が頭の中を巡っていた。――私とお付き合いいただけませんか。思い返すたび、胸の奥がじんわりと温かくなる。「……高倉さん」自然と名前がこぼれ、唯は照れたように笑った。もちろん、高倉のことは信頼している。優しくて、誠実で、どんなときも味方になってくれた。一緒にいると安心できる人。その気持ちは、ずっと前から変わらない。友人たちにも何度となく言われてきた。「高倉さんのこと、好きなんでしょ?」そのたびに笑ってごまかしてきた。仕事だから。信頼しているだけだから。そう言い聞かせてきたけれど、本当は気付いていた。高倉が、自分にとって特別な存在になっていることを。だから今日の告白にも、驚きはした。けれど、不思議と戸惑いはしなかった。あの言葉を聞いた瞬間、胸が温かくなった。嬉しいと思った。その気持ちこそが、何よりの答えだった。唯はクッションを抱き寄せ、小さく息をつく。「もっと早く気付けばよかったな」思い返せば、高倉の存在はいつの間にか日常になっていた。仕事で困ったとき、最初に相談したいと思う人。嬉しいことがあれば、真っ先に伝えたくなる人。忙しい日が続けば、「ちゃんと休めているだろうか」と心配になる人。事件の間も、唯を支えてくれたのは高倉だった。「もう大丈夫です」あの穏やかな声。優しく肩を支えてくれた温もり。怖くてたまらなかったはずなのに、高倉が来てくれた瞬間、不思議なくらい安心できた。あれは、信頼だけでは説明できない気持ちだったのかもしれない。唯は小さく笑う。「私も、
熱が完全に下がった翌日の午後、唯のスマホに一本の電話がかかってきた。
朝から体が重かった。
黒崎グループが主催する季節のパーティーが、都内高級ホテルの大宴会場で開かれる日だった。
涼が朝に珍しく「今日は少し早く帰る」と短いLINEを送ってきた日だった。
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