INICIAR SESIÓN――離婚してください。 3年間、冷徹CEO・黒崎涼の妻として尽くし続けた唯。 夫は家庭を顧みず、冷たい言葉と無視の毎日。心は限界を迎えていた。震える手で離婚届を差し出すと、涼は迷いなくサインをし、「好きにしろ」と言い放った。 その一言で結婚生活は終わった。家を出た唯の足取りは軽やかだった。やっと自由を手に入れた——これからは自分の人生を生きられる!そんな唯の新しい道を、影から静かに支え続けた男がいた。 涼の忠実な部下・高倉櫂。 彼の温かなサポートで、唯の眠っていた才能が少しずつ花開いていく。 一方、涼は、元妻の笑顔を遠くから見て後悔に駆られていた。 今になって彼女の大切さに気づいた——でも、もう遅い。
Ver más「何もありません」若い記者は資料を閉じた。デスクが顔を上げる。「本当にか?」「はい」机の上には、美咲について集めた資料が並んでいた。勤務先。学歴。家族構成。交友関係。どれもごく普通だ。芸能人でもなければ、会社役員でもない。SNSもほとんど更新していない。休日は学生時代の友人と会う程度。派手な生活を送っている様子もない。「面白いくらい普通ですね」若い記者は苦笑した。「借金もない。男関係も派手じゃない。高倉専務と繋がりそうな接点も見つかりません」デスクは黙って資料をめくっていた。普通。それがかえって引っ掛かる。高倉ほど慎重な人間が、偶然ここまで一般人へ肩入れするだろうか。「桜井唯との関係は?」「十年以上の付き合いらしいです」「親友か」「ええ」デスクは椅子へ深く腰掛けた。そこだけは事実らしい。ならば。高倉と美咲を繋ぐものは何だ。答えはまだ見えない。「焦るな」デスクが静かに言う。「見えないものほど、追う価値がある」若い記者は頷いた。その言葉を疑わなかった。◇◆◇その頃。唯は事務所で美咲と向かい合っていた。「本当にごめん」また謝ろうとした唯を見て、美咲は呆れたように笑う。「だから、それ禁止」「でも……」「でもじゃない」美咲は紙コップのコーヒーをひと口飲んだ。「高倉さんにも言われたんでしょ?」唯は苦笑する。図星だった。「もう三回くらい言
「面白くなってきたな」若い記者から報告を受けると、デスクは椅子の背にもたれた。机の上には数枚の写真が広げられている。駅前で高倉と待ち合わせをしていた女性。事務所の前で封筒を受け取る女性。そして昨日。高倉が美咲をかばうように記者との間へ入った場面。どの写真にも決定的な証拠はない。だが、共通していることが一つだけあった。高倉が、必要以上に一般女性を気に掛けていること。「専務は何て言ってた?」デスクが尋ねる。「業務で資料を預けただけだ、と」若い記者が答える。「法務を通じて対応する、とも」デスクは小さく笑った。「そこまで言うか」「ええ」若い記者も腕を組む。「普通の会社なら、広報へ回して終わりですよ」それが引っ掛かっていた。なぜ専務本人が出てくるのか。なぜ法務まで動くのか。なぜあそこまで冷静に、しかし強く止めようとするのか。「……逆なんじゃないですか」若い記者がぽつりと言った。「逆?」「最初から追っていた女性じゃなくて」机の写真を見つめる。「本当に守りたいのは、こっち」指先が美咲の写真を軽く叩いた。デスクは何も言わない。ただ、黙って写真を見つめていた。思い込みかもしれない。だが、長年の勘が囁いている。まだ何か隠れている、と。◇◆◇その頃。唯は事務所で高倉から昨日の出来事を聞いていた。「高倉さんが?」思わず聞き返す。高倉は静かに頷いた。「昨日、駅前で記者とお話ししました」「どうして教えてくれなかったんですか」
翌日の夕方。美咲は会社を出る前に、一度スマートフォンを確認した。高倉から届いた短いメッセージ。本日は会社を出る前にご連絡ください。昨夜の電話のあと、高倉から送られてきたものだった。必要以上に干渉するような文面ではない。命令でもない。けれど、美咲はその一文から、高倉の本気を感じ取っていた。「そこまでしなくてもいいのに……」小さく呟きながらも、メッセージを送る。今から会社を出ます。送信して数十秒。すぐに返信が届いた。承知しました。それだけだった。◇◆◇会社を出ると、夕方の風が頬を撫でた。駅へ向かって歩き始める。今日は人通りの多い大通りを選んだ。昨日のようなことは、もうないだろう。そう思いたかった。だが、数分も歩かないうちに、美咲は足を止める。少し前方。歩道の脇に、あの若い記者が立っていた。こちらへ気づくと、小さく会釈をする。「少しだけお時間を――」最後まで聞かなかった。美咲は踵を返そうとする。そのときだった。「その必要はありません」落ち着いた声が、二人の間へ割って入った。美咲は振り返る。高倉だった。仕事帰りなのだろう。スーツ姿のまま、静かに歩いてくる。その表情は穏やかだった。けれど、目だけは笑っていなかった。若い記者は一瞬だけ驚いたように目を見開く。「高倉専務……」「お話でした
「もう一度、話を聞いてきます」若い記者が立ち上がると、デスクは眉をひそめた。「誰にだ」「例の女性です」美咲の写真を軽く叩く。「少し誤解されているだけですよ。きちんと事情を説明すれば、話くらい聞いてもらえるかもしれません」デスクはしばらく考えていた。その発想自体は間違っていない。取材を断られることなど日常茶飯事だ。時間を置いて再び話を聞きに行くことも珍しくはない。だが、今回は少し引っ掛かるものがあった。「しつこくするなよ」「もちろんです」若い記者は笑った。「取材ですから」その言葉を聞きながらも、デスクの胸の中には小さな違和感が残っていた。その日の夕方。美咲は会社を出ると、駅へ向かう途中でスマートフォンを取り出した。唯から届いたメッセージに返信を打つ。今日は今のところ大丈夫。送信して、ほっと息を吐く。ここ数日は、それだけのことでも報告するようになっていた。自分でも少し大げさだと思う。けれど、高倉に「些細なことでも知らせてください」と言われてからは、無理に一人で抱え込むのをやめようと思った。駅前の広場へ差しかかった、そのときだった。「美咲さん」突然、名前を呼ばれる。心臓が跳ねた。振り返ると、スーツ姿の男が立っていた。先日、カフェで声を掛けてきた記者だった。男は両手を軽く広げるような仕草を見せる。「驚かせるつもりはなかったんです」美咲は一歩下がった。「何ですか」声が自然と硬くなる。男は名刺を取り出した。「前回は十分にお話しできませんでしたので」「私はお話しすることはありません」美咲ははっきりと言った。男は困ったように笑う。「誤解しないでいただきたいんです」「誤解?」「私たちは事実を確認したいだけです」その言葉に、美咲は思わず眉を寄せた。事実。何のことだろう。男は少し声を落とす。「高倉専務とは、どういうご関係なんですか」また、その質問だった。美咲は呆れてしまう。「何度も言いますけど」男を真っ直ぐ見返した。「知り合いですらありません」「ですが、専務から何か受け取っていましたよね」美咲の表情がわずかに動く。あの日の封筒のことだ。やはり見られていた。「桜井に頼まれただけです」そう答えようとして、美咲は口をつぐんだ。違う。説明する必要なんてない。相手は取材相手で
メールを転送してから十分も経たないうちに。高倉から返信が届いた。『転送ありがとうございます』まず最初に礼が書かれている。唯は思わず小さく笑った。こういうところは本当に変わらない。どんなときでも礼を欠かさない。その下へ視線を移す。『返信はしないでください』『今後、週刊プライムからの連絡はすべて保管をお願いします』『こちらで対応します』簡潔だった。けれど。迷いのない文章だった。
考えすぎだ。唯はそう自分に言い聞かせる。けれど。胸の奥のざわつきは消えなかった。「返さないの?」美咲が面白そうに尋ねる。唯はスマホへ視線を落とした。『昼食は食べましたか』画面には相変わらずその文章が表示されている。仕事の進展報告のあとに。なぜ昼食確認が入るのだろう。普通ならおかしい。おかしいはずなのに。最近はもう慣れてしまっていた。『これから食べます』
本当なら。もう電話を切るべき時間だった。唯もそれはわかっている。高倉も仕事があるはずだ。自分も夕食を食べなければならない。それなのに。なぜだろう。どちらも切り出せない。静かな沈黙が続く。気まずくはなかった。むしろ。不思議なくらい落ち着く。唯はソファへ身体を預けた。窓の外には夜景が広がっている。街の灯りが遠くに見えた。「高倉さん」気づけば
『ありがとうございます』高倉の声は穏やかだった。けれど。どこか力が抜けたようにも聞こえた。唯はスマホを耳に当てたまま、小さく息を吐く。部屋の中は静かだった。聞こえるのは高倉の声だけ。不思議な感覚だった。これまで何度も会話をしてきたはずなのに。電話でこんなに長く話したことはなかった気がする。「でも……」唯は少し迷ってから口を開く。「本当に記者だったんでしょうか」
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