破滅予定の悪役王女ですが、なぜかヒロインポジションになりました~女神の愛し子の称号で破滅エンドを回避します~

破滅予定の悪役王女ですが、なぜかヒロインポジションになりました~女神の愛し子の称号で破滅エンドを回避します~

last updateLast Updated : 2026-04-10
By:  雪野 みゆCompleted
Language: Japanese
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女神エステルの加護を受けたリンドベルム王国の王女セレーネは、ある日、婚約者から「異母妹フローラを愛している」と告げられ、婚約破棄を自ら国王に申し出るよう迫られる。絶望の中、庭へ飛び出した彼女は雷に打たれ、その衝撃で前世の記憶を取り戻す。なんと彼女は、かつて好きだった小説の“破滅する悪役王女”に転生していたのだ! 物語通りなら、妹が神託を受けてヒロインとなるはずなのに、現実は違っていた。時系列もズレていて、神託を受けたのはセレーネ自身。そして自分の補佐官であるローラントのことが気になりだし……。これはもう、小説とは違う“別の物語”かも? ならば、運命に流されるのではなく、自分の意思で未来を選ぼう。

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Chapter 1

プロローグ

Curled up under the covers, Rosalie Young gently caressed her belly. After a while, she breathed a sigh of relief.

Thankfully, the baby was okay.

When he came home last night, Theodore Spencer had wanted to be intimate. As the couple hadn't seen each other for two months, Rosalie couldn't bear to refuse him.

Theodore had already woken up and washed up. He was wearing a gray custom suit that perfectly fit his tall and slender body, giving him an elegant and charming air. Currently, he was sitting in a chair with a tablet in hand. His fingers slid gracefully across the screen, exuding a hint of laziness and sensuality.

Rosalie was wrapped tightly in the blanket with only her head exposed.

When Theodore noticed her staring at him, he calmly asked, "Are you awake? Let's have breakfast."

"Okay."

Rosalie put on her pajamas, blushing as she crawled out of bed.

In the dining room, Rosalie kept pushing her food around her plate as she caressed her belly with one hand. After a while, she nervously spoke up, but Theodore also spoke at the same time.

"I have something to tell you,” the couple said simultaneously.

The two fell silent and stared at each other.

After a moment of silence, Theodore said, "Why don't you go first?"

"It's okay. You can go first,” Rosalie replied, knowing that Theodore rarely took the initiative to talk to her about anything.

"I've had divorce papers drawn up, and I'll have someone send them to you later. If you don't like any of the terms, let me know, and I'll fix it. You should sign as soon as possible,” said Theodore casually, as he leisurely cut into the omelet on his plate.

Rosalie froze and her mind immediately went blank. Even though she was sitting on a chair, she felt like she was about to fall. She even forgot to breathe.

"We're... getting a divorce?" she asked hoarsely, her tone tinged with disbelief. She secretly pinched her leg to see if she was dreaming.

"That's right." Theodore's tone was calm and devoid of any warmth.

Rosalie's mind was instantly muddled. Just last night, they were doing the most intimate thing in the world, and now, he was casually proposing a divorce!

She covered her belly with slightly moist eyes. "What if we have..."

"Cynthia has returned, so our contractual marriage should end,” Theodore declared.

Rosalie fell silent.

The sweet life she shared with Theodore over the past year almost made her forget that their marriage had been a contractual one from the start. From the beginning, Rosalie knew that her husband’s heart belonged to someone else, and she would eventually have to divorce him.

"Is there a problem with that?" Theodore asked, maintaining a calm and professional demeanor, as if he was discussing a business contract.

"No, there's no problem."

Rosalie moved her hand from her belly to her leg, clutching her skirt tightly. Through the thin fabric, her nails almost pierced her palms because of how hard she was clenching her fists.

Since her husband was going to divorce her, surely he didn't want this child, right? That woman would be unhappy if he did.

"Oh, and… Tell Grandma you want to divorce me because you have no feelings for me and aren't happy with this marriage,” Theodore added.

Rosalie forced a smile and nodded. "Okay."

If Theodore brought up the matter of divorce to his grandmother, the eldely lady would surely get angry.

Seeing Rosalie's calm response, Theodore's lips curled into a smile. It was hard to tell if he was relaxed or mocking her.

"Well, that's also the truth. You were never happy, and now you can be free."

"Yeah," Rosalie replied softly. Her throat felt as heavy as lead, and she struggled to respond.

Perhaps this was for the best. At least Theodore wouldn't feel burdened.

Theodore frowned slightly. It was as if he had gained some understanding after hearing her answer.

He hummed softly and said, "Alright then."
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プロローグ
 雷に打たれたようなではなく、文字どおり雷に打たれたショックで、恐ろしいほどたくさんの記憶が一気にセレーネの脳内に流れ込んできた。「あれ? ここって『エステルの戴冠』の世界じゃない?」 そんな言葉を呟いた後、セレーネは気を失った。  セレーネが気を失う少し前に時間は遡る。「……ヴィンセント。これはいったい……どういうことなの?」 婚約者であるヴィンセントのもとに訪れたセレーネは衝撃を受けた。なぜなら彼はセレーネの異母妹であるフローラを膝の上に乗せ、「愛しているよ、フローラ」と囁いていたからだ。「セレーネ殿下!?」 ヴィンセントは慌ててフローラを膝の上から降ろそうとしたが、フローラがそれを止める。そして、堂々とヴィンセントの胸に頭を預けて甘えるような仕草をすると、にやりと口端をあげた。「お姉様、こういうことですの。ヴィンセントとの婚約を破棄してくださらない?」 婚約者の裏切りを目の当たりにしたセレーネは、震える体を両腕で抱きしめきっと二人を睨む。「いつから……いつからなの? 貴方たちはいつの間にこんな仲に……」 絞り出すように問いかけるセレーネにフローラは嘲るような笑みを向ける。「いつから? 幼い頃からずっとですわ。ヴィンセントは元々わたくしの婚約者になるはずでしたの。突然正妃の娘である貴女が現れなければね」 セレーネはリンドベルム王国の第一王女で正妃の娘である。対してフローラは側妃の娘で第二王女だ。しかし正妃の娘でありながら、セレーネは十四歳まで市井で育った。「卑しい市井の育ちのくせに、正妃の娘というだけでヴィンセントの婚約者の座は貴女に盗られてしまった」 理由ありではあるのだが、王女でありながら市井で育ったセレーネをフローラはことある事に見下していた。 セレーネが十六歳の時にヴィンセントとの婚約が結ばれた後、セレーネに対するフローラの当たりはさらにきつくなったのである。
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1
 ヴィンセントと初めて顔合わせをしたのは、セレーネの十六歳の誕生日だった。サラサラの金髪に青空のような空色の瞳。端正な顔立ちを持つ同じ年のヴィンセントに、セレーネは一目で心を奪われた。 リンドベルムの国王は男子に恵まれず、王女が二人いるのだが、将来は嫡子であるセレーネが女王になる。女王には王配が必要だ。そこで選ばれたのが、ノルクシュタット公爵家の次男であるヴィンセントだった。「顔がいいだけで、とんだクズ男だわ。男を見る目がないわね、セレーネ。って私か」 雷に打たれたはずだが、気がつけば自室のベッドで横になっていた。四阿で倒れていたセレーネを誰かが運んでくれたのだろうか? 雷の電圧はおよそ一億ボルトだ。人間に直撃した場合の致死率はおよそ九十パーセントで、まず助からない。助かったとしても火傷をしたり、身体が深刻な損傷を負ったりするはずだ。「それにしてもよく助かったものよね。しかも全くダメージがなさそうだし。誰かが心肺蘇生でもしてくれたのかしら? 時々、雷に打たれても無傷だった人がいたって話を聞くけど、まさか自分が経験することになるとは思わなかったわ」 他人事のようにひとりごちると、身体を起こす。問題なく身体を動かせるし、痛むところはない。もちろん火傷もしていない。 ふと窓際に目をやると、カーテンの隙間から月の光が差している。つまり今は夜なのだと予想がつく。「とりあえず、状況整理をしよう。ここは『エステルの戴冠』の世界よね? そして私はセレーネに転生したということでいいのかしら?」   転生前のセレーネは、日本という国で会社員をしている普通の三十代の女性だった。『エステルの戴冠』というのは好きだった小説のことだ。「セレーネは好きなキャラだけど、このままだとまずいわ。だって悪役王女だもの」『エステルの戴冠』のあらすじはざっとこんな感じだ。 主人公はリンドベルム王国の第二王女フローラ。ピンクブロンドの髪に青い瞳の彼女は可憐な容姿をしている。側妃の娘なのだが、誰からも愛されているという設定だ。 リンドベルム王国は女神エステルに守護されている国で、稀
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2
 セレーネは次期女王として国政に関わる仕事をしている。王女として王宮に迎えられてから、国王は常にセレーネをそばに置き、自分の仕事を見せてきた。帝王学を国王自ら叩き込んだというわけだ。 十六歳で後継者として指名され、王太女となってからは国王の仕事を一部担っている。「セレーネ殿下!」 いつものように執務机で仕事をしているセレーネを見るなり、血相を変えたローラントが叫ぶ。「あら、ローラント。おはよう」 ローラントはセレーネの補佐官だ。王太女として執務室を与えられた際に国王が付けてくれた補佐官である。なかなか優秀で頼りになる男だ。 普段は冷静なのだが、ノックもせずに執務室へ飛び込んできたということは、おおかたセレーネ付きの侍女から仕事をしていることを聞いて、慌てて駆け付けたといったところだろう。「おはようではありません! なぜ仕事をしているのですか? 昨日倒れたばかりだというのに!」 今朝、侍女から聞いた話によると、セレーネは四阿近くの回廊で倒れていたところを発見されたそうだ。 すぐに宮廷付きの医師が呼ばれ、セレーネの容態を診察したのだが、身体に異常はなく、貧血で倒れたのだろうということだった。「どこも異常はないから大丈夫よ」 雷に打たれたわりには医師も異常がないというのだから、大丈夫だろう。 どうやらセレーネが雷に打たれたところは誰も目撃していなかったらしく、敢えて倒れていた理由は黙っておくことにした。それに雷に打たれたけれど無傷でしたと言っても、誰も信じないだろうと考えてのことだ。「そうではなくて……はあ。もういいです。どうせ何を申し上げても、頑固な貴女は言う事を聞かないでしょうから」 ローラントは諦めの表情を浮かべ、ひとつため息を吐く。セレーネが一度こうと決めたことは頑なに貫こうとすることを知っているからだ。 彼とはセレーネ付きの補佐官となってから二年の付き合いだ。おかげでセレーネの人となりは理解してくれている。「ため息を吐くと幸せが逃げるわよ」「誰のせいだと思っているのですか? とにか
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3
 朝議の後、国王の執務室に入室すると、書類に目を通している国王の姿のみがセレーネの視界に映る。国王補佐官の姿はなく、人払いされているようだ。 あらかじめローラントに託したメッセージカードに大切な話をしたいので、人払いをしてほしいとお願いしておいたからだろう。用意周到な国王に感謝する。 セレーネがカーテシーをして挨拶をすると、国王は立ちあがって迎えてくれた。「セレーネ。倒れたと聞いたが大丈夫なのか?」 国王から開口一番に気遣いの言葉をかけられたので、セレーネは苦笑する。随分と心配をかけていたようだ。 セレーネが倒れたことは王宮内で箝口令が敷かれたはずだが、人の口に戸は立てられない。朝議の間にセレーネが現れた途端、貴族たちが一斉にセレーネに注目し、室内がざわめいた。一国の王太女が倒れたのだ。重病ではないかと勘繰りたくもなるだろう。 騒ぎを静めたのはもちろん国王だ。何事もなかったかのように朝議の開始を宣言した。「ご心配をおかけいたしました、お父様。このとおり元気ですわ」 微笑みかけると国王はほっと息を吐き、相好を崩す。普段は厳しい輝きを宿しているアースアイの瞳が優しさを帯びる。アースアイというのは青、緑、茶色などの色が混ざり合い、「海と大地」を表しているかのような複雑な色合いを持つ瞳のことだ。 セレーネは国王と同じアースアイを持っている。リンドベルム王家のみに受け継がれる色だ。この瞳を父である国王から受け継いだおかげで王女だということが判明した。加えて髪の色も国王と同じ黄金色なのだ。顔立ちは母に似ているらしいが、セレーネが生まれた時に亡くなったので真偽は定かではない。「そうか。元気であれば良い」 公の場では威厳のある国王だが、二人だけの時は普通に父親の顔をしている。「お忙しいところ、お時間を作っていただきありがとうございます」「構わない。それで大切な話というのは何だ?」 一応、言いたいことは頭の中でまとめてきたセレーネだが、果たして国王はヴィンセントとの婚約破棄を了承してくれるだろうかと不安になる。   不安を振り払うよう
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4
 今日の午後はヴィンセントとの茶会が予定された日だったが、婚約が白紙に戻ったので特にすることがない。茶会が中止されたことは婚約解消の通達とともに、ヴィンセントにも伝わっているだろう。「クズ男の望みどおりになったのはちょっとムカつくけど、清々したわ! もう関係ないし、せいぜいフローラと仲良くすればいいのよ。セレーネとしてはまだ十八歳だし、しばらく独身を謳歌しよう」 午後からはゆっくり休めと言われたセレーネだが、昼食の後執務室へ籠ることにした。落ち着いて考え事をするには適した場所だからだ。「とりあえず整理しよう。『エステルの戴冠』でフローラがエステルの名を授かったのは十四歳だったわね」 フローラに神託がおりたのは、水害に遭った地方へ慰問に訪れた際のことだった。 水害によって破壊された家屋や傷ついた人々を目の当たりにしたフローラは、涙を流しながら一心に女神エステルに祈ったのだ。「どうか一刻も早く復興に向かい、傷ついた人々が癒されますように」と。  するとフローラの周りが金色の光に包まれ、女神エステルの声が聞こえる。「わたくしの愛し子よ。貴女にエステルの名と力を授けましょう」 直後金色の光がフローラの体内に収束されたかと思うと、辺り一体が眩い光に包まれた。    光が収まった後、水害で破壊された家屋は元通りの姿を取り戻し、人々の傷は癒える。 奇跡の御業を目にした人々はフローラを崇めた。 百年ぶりの「女神の愛し子」が現れたと……。「確かセレーネの代理としてフローラが慰問に赴いたのよね。でも二年前に水害が起こった地方はなかった。いまだにフローラがエステルの名を授かっていないのは、きっかけがないと考えていいのかしら?」 もう一つ気がかりなことは先ほどの国王の言葉だ。フローラには王位継承権がないという。だが、女神の愛し子としてフローラがエステルの名を授かったとすれば、国王も王位継承権を与えずにはいられないのではないか?「いろいろ謎だらけよね。作者が裏設定を作っていたのかしら?」 無意識に執務机から離れ、ウロウロ
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5
 リンドベルム王国はまもなく建国祭の時期となる。今年はちょうど三百年目となるため、外国から賓客を迎え盛大に開催される予定だ。  セレーネは王太女として国王とともに賓客をもてなす役目を負っている。それだけでも重責だが、本来は王妃の仕事である晩餐会の仕切りも任されているのだ。王妃であるセレーネの母は故人で、フローラの母である側妃も故人なので、必然的にセレーネの仕事となった。おかげでここのところ忙しい毎日を送っている。「さすがに働きづめではありませんか? 少しは休憩なさってください、殿下」とローラントに半ば無理やり執務室を追い出されたセレーネは、王宮のはずれにある植物園で休憩をとっていた。「今日中に晩餐会に出す食事の段取りを終わらせたいと思っていたのに」 セレーネは植物園に設置されているベンチに座って植物を眺めながら、ブツブツと文句を言っている。とはいえ、朝早くから夜遅くまで執務をこなしているセレーネに、補佐官であるローラントもまた同じように長時間働かせていることになるのかと思い直す。「とんだブラック企業よね。一日の労働時間や有給休暇とか取り決めがあればいいのに……」 前世でセレーネが勤めていた会社は限りなくブラックに近いグレー企業だった。万年人手不足のわりに定時帰りを推奨していたのだが、仕事が終わらないうちは帰れない。完全週休二日制だが仕事が終わらないので、休日は自宅にパソコンを持ち帰り、在宅勤務をする。実に悪循環な職場だった。「もしかして、私過労死したんじゃない?」 いまだに前世の死の瞬間は思い出せない。もしかしてまだ生きていて、長い夢を見ているだけだろうかと考えたこともある。だが、この世界は妙にリアルだ。実際生きている感覚しかない。「あら? お姉様じゃない」 考え事に没頭をしていたら、聞き覚えのあるというか聞きたくない声が響く。声がした方へ顔を向けると、フローラとヴィンセントが腕を組んで歩いてくる。(あまり会いたくないヤツらに会っちゃったわ。休憩する場所を間違えたかな?) 無視するわけにもいかないので、セレーネは立ち上がると、毅然と背筋を
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6
 セレーネはほっと胸をなでおろす。ようやくこの茶番から抜け出すことができる。ローラントが急ぎ足で植物園にやってきたということは、緊急で処理が必要な案件があるのだろう。 ローラントはフローラとヴィンセントの姿を認めると、胸に手を当てて軽く膝を折る。王女であるフローラに礼をとっているのだ。どこかの誰かとはえらい違いだと、セレーネはチラリとヴィンセントに軽蔑の眼差しを向ける。「フローラ王女殿下にご挨拶を申しあげます」 ローラントはフローラに挨拶をした後、ヴィンセントには軽く目礼で挨拶を交わす。同じ公爵令息という身分なので、公の場でない限り畏まった挨拶はいらないからだ。 ヴィンセントは少しムッとした表情ではあるが、同じく目礼でローラントに挨拶を返していた。「ごきげんよう。ドレンフォード卿。お姉様を引き留めてしまってごめんなさい」 セレーネにとる態度とは違い、実に殊勝だ。フローラは人前では姉を敬っている体を装っている。裏表がある性格なのだ。「とんでもございません。ご歓談のところを失礼いたしました」「お姉様、わたくし達のことはお気になさらず、どうぞお仕事に戻ってくださいませ」 可憐に微笑んでいるように見えるが、もちろん愛想笑いなので心から笑っているわけではない。だが、そんなことはどうでもいい。早くこの場から離れたいセレーネは、にっこりと微笑みを浮かべる。「ええ。それではフローラ、ノルクシュタット公爵令息。これで失礼するわ。行きましょう、ドレンフォード卿」「御意」 二人に背を向けたセレーネはローラントを伴い、植物園を出ていった。 執務室に戻ったセレーネは急ぎの書類を決裁しようと準備をする。 だが、机の上にそれらしい書類が見当たらない。いつも急ぎの書類は執務机の左側に設置してある決裁箱の一番上に置いてあるのだ。「ローラント。急ぎの書類はどれかしら?」「……申し訳ございません。特に急いでいる案件はございません」「どういうこと?」 怪訝な表情を浮かべるセレーネにローラン
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ヴィンセントの憂鬱
 セレーネが雷に打たれて倒れた日の翌日、国王からの書状がノルクシュタット公爵家へ届いた。 国王の書状を読んだノルクシュタット公爵家当主アドルフは、怒りをあらわにヴィンセントの部屋の扉を乱暴に開ける。「ヴィンセント! 王太女殿下との婚約が白紙に戻ったとはどういうことだ!?」「父上!? いきなり何ですか?」 礼儀には厳しいはずの父がノックもせずに部屋へ飛び込んできたことに、ヴィンセントは驚く。もっとも怒号に驚いた割合の方が大きいのだが。「説明しろ! お前の有責により、王太女殿下との婚約を白紙に戻すと国王陛下よりの書状が届いたのだ」「え? は? セレーネ殿下との婚約が白紙に戻ったのですか?」「とぼけるな! お前はいったい王太女殿下に何をした!?」 父の怒号よりセレーネとの婚約が白紙に戻ったことに、ヴィンセントは歓喜した。まさか本当にセレーネが自分から婚約破棄を申し出るとは思わなかったのだ。「セレーネ殿下から国王陛下に婚約破棄を申し出てほしいと頼んだだけですよ」「何だと? 何故そのような戯けたことを申したのだ?」「僕はフローラを愛している。彼女以外との結婚など考えられない。だから正直にセレーネ殿下に伝えただけです。まさか本当に国王陛下に婚約破棄を申し出てくれるとは思わなかったですが」 アドルフは拳をぶるぶると震わせる。ヴィンセントの愚かさにさらに怒りが増したのだ。「この痴れ者! 何というバカなことをしてくれたのだ! 王太女殿下との婚約を結ぶのに私がどれだけ苦労をしたと思っている!?」「父上。そんなに怒らないでください。王家との縁が結びたいのであれば、フローラと婚約をすればいいだけのことではっ……ぶっ!」 突然の頬への衝撃にヴィンセントは文字どおり吹っ飛んだ。度重なるヴィンセントの失言に堪忍袋の緒が切れたアドルフは息子を殴った。「どこまで愚かなのだ! そのような単純なことではない! とにかく明日は王宮へ赴き、国王陛下と王太女殿下にお詫びをしなければならぬ。お前も一緒に来るのだ、ヴィンセント!
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7
 朝議の後、セレーネは国王と連れ立って回廊を歩いていた。今日の昼食は国王と父子水入らずで食べることになっているので、一緒に食堂へ移動しているのだ。ちなみにフローラも誘ってはみたらしいが、用事があるようで断られたとのことだった。あまりフローラと顔を合わせたくはないセレーネとしてはありがたいのだが、国王は残念だと思っているのかもしれない。 フローラとは晩餐会以外で食事を共にすることはあまりない。国王とセレーネはいつも遅くまで執務に追われているので、夕食の時間が違うのだ。「セレーネ、あの法案はなかなかに面白いな。もう少し詳細にまとめてみてはくれないだろうか?」 今朝の朝議でセレーネが提出した法案を国王が気に入ったようだ。「はい! 午後から早速ローラントとまとめてみます」 ローラントと相談をしながら、まとめた法案だ。さらに詳細に詰めるのであれば、彼にいろいろ意見を聞いた方がいいだろうとセレーネは考える。「ローラントはよくやってくれているようだな」「はい。優秀な補佐官です。陛下に推薦していただけて良かったですわ」「推薦か。まあ、そうだな。ところでセレーネはローラントをどう思う?」 意味ありげに問う国王の意図が分からず、セレーネは首を傾げる。「どうとは? 先ほども申し上げたとおり、優秀ですよ」「いや。そういう意味ではなくてな。まあ、今はまだその話は良いか」 曖昧な国王の言葉にますます訳が分からないセレーネだが、彼女がその真意を知るのは、まだ先の話だ。◇◇◇ 王族の食事は豪華だ。何せ朝から魚や肉をふんだんに使った料理が出てくる。だが、セレーネが特に好きなものは米だ。主食にパンか米のどちらかが選べるのだが、前世の記憶が戻ってからというものセレーネは毎食米を選んでいる。(何が感動するかってこの国には米があることよね。さすが日本人が書いた小説の世界だわ。グッジョブ! 作者) リンドベルム王国は資源が豊富な国だが、農業も盛んであり、特に穀物は小麦よりも米の生産が主流だ。文化は西洋風ではあるが、やはり一部は日本らしい一面もある。
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8
 アンカーレ地方は王都から馬車で一日かかる道程だ。セレーネを乗せた馬車は朝早く王都を出発したのだが、アンカーレ地方に入った頃にはすでに日が傾いていた。「殿下。まもなく離宮に到着いたします」 視察は三日の予定でその間は離宮に滞在することになっている。「道中長かったわね。お尻が痛くなっちゃったわ」 王族の馬車は割と乗り心地を重視して作られてはいるが、それでも長時間座りっぱなしだと疲れるのだ。ただ、道中はローラントと建国祭の最終的な打ち合わせや、例の法案について話し合っていたので、退屈はしなかった。「あまり人前でそういった発言はされませんように」 オブラートに包まず、ダイレクトに”お尻”と言っていることをローラントは諫めているのだ。「心得ているわよ。これだから市井育ちは品がないとか言われたら、お父様の顔に泥を塗ってしまうものね。私はどれだけ悪く言われても構わないけれど……」「殿下を悪く言う人間は滅多におりませんよ。王太女となられてからは特にです。もっと自信をお持ちください」「滅多にということは稀には悪口を言う輩がいるのよね。別に全ての人間に褒められようとは思っていないから平気よ」 自己評価が低いセレーネだが、実際のところ国の重鎮たちのセレーネに対する評価は高いのだ。ヴィンセントと婚約して彼にかまけてばかりいたわけではない。王太女として仕事をよくこなしていた。物語では悪役王女としてしか描かれていないが、セレーネはなかなかハイスペックなのである。「割り切っていらっしゃるのであればよろしいのですが……」「それより、今日の予定を確認するわ。今夜は特に予定はないのよね?」「長旅でしたので、本日はそのままお休みいただいても構いません。明日は穀倉や収穫の様子を視察していただく予定です」 すでに収穫が終わっているところもあるが、これから収穫するところもある。その様子を視察する予定なのだ。「分かったわ。離宮に到着したら、少し休んで軽食をとろうかしら?」「
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