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58話

Author: さいだー
last update Last Updated: 2025-08-17 17:05:46

 陽川と別れ、俺は補習教室へと足を運んだ。

 教室の扉を開けると、既に数人が席についていた。

 みんな赤点を取った者らしくおしゃべりを楽しんでいる様子だった。

 教卓に立つ理科ちゃんはそれをニコニコとした表情で眺めていたが、俺は知っている。

 この人を怒らせたら怖いことを。

「はい、それじゃあ始めますよー」

 微笑んでそう言ったのに、声色は怒りを隠せていない。

 みんなそれに気がついて、瞬時に教室内に静寂が訪れた。

 このまま立ってたら俺に矛先が向きそうだから、いそいで一番後ろの端の席に座る。

「桐生くん。あなたは補習にも遅れてくるのね。それも一番後ろの席で、うんうん。いいんじゃないかしらね」

 かなり怒っていることだけは理解した。

 すぐに席を立つと、理科ちゃんの正面の席に座り直した。

 すると理科ちゃんは満足そうに頷き、こちらに背を向け、ホワイトボードと向き合った。

 そして、テストの解説を始めるのだった。

 1時間ほど過ぎた頃、ドアの隙間から覗く影があった。

 ちらりと視線をやると、なんとそこにいたのは――吉岡。

 なんでアイツがいるんだよ。

 俺が気がついたのがよほど嬉しいのか、にやけ顔で手を振ってきた。

 こいつ、煽るためだけにここに来やがったな。許せん。

「桐生くん。気が散っているみたいだけど、何かあったのかしら?」

 そりゃ一番前でよそ見をしていたら目立つよな。そうだ。ちょっとした仕返しをしてやろう。

「すいません。バカが教室をのぞいていたもんで」

 俺はそう言って、扉を指差した。

 理科ちゃんは扉の方へツカツカと歩いていき、一気に開いた。

 そこには固まって動けなくなっている吉岡の姿があった。

「あら、吉岡くん。こんなところで何をしているのかしら?」

「いや、えっとあの、なんでもないです」

「なんでもないのに覗きをするなんて、良くないわね」

「……す、すいません」

「あなた点数は取れているけど、普段、授業に参加する態度はあまり良くないわよね?……そうだ。せっかくだからあなたも受けていきなさい」

「えっ、いや俺は……」

 俺は知ってたよ。強気な女性に責められるのに弱いことを。

 普段おちゃらけているくせに、何も言えなくなっている吉岡が滑稽で、笑うのを我慢するのが大変だった。

「あっ、すいません。うちのけんちゃんが迷惑かけてしまったみたいで」

 吉岡の
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