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第1410話

Author: 山本 星河
これは有名な職人による逸品で、たとえ現代工芸品であっても高価なものだから、贈り物としてぴったりなの。

このような工芸品は昔から俗物なんかじゃなかった。

ベラはその工芸品のなめらかな表面を愛おしそうに撫でながら言った。「フェイ、本当に私のこと、よくわかってる!」

「あなたがしてくれたことに比べれば、こんなの大したことじゃないよ」由佳は優しい声でそう言って、もうひとつ小さな箱を差し出した。「これも開けてみて」

ベラは待ちきれない様子で2つ目の箱を開けた。中には、十二個の精巧な小さなキャニスターが綺麗に並べられていた。

「これって......」ひとつ開けた瞬間、上品なお茶の香りがふわっと広がった。

「虹崎市の名産品だよ」由佳が説明した。「キャニスターごとに違う品種が入ってるから、少しずつ味わってね」

ベラは興奮気味に由佳に抱きついた。「最高!フェイ......ありがとう!」

「あなたには本当にいろいろ助けてもらってるから、当然のことだよ」

アパートで一息ついたあと、由佳は清次に無事の連絡を入れ、太一を誘ってベラを食事に連れ出した。

......

櫻橋町、中村家の邸宅。春の夕日が彫刻入りの窓枠を通してリビングに差し込んでいた。

勇気はすでに学校に戻っていた。

加奈子と陽翔の結婚式は3月16日に決まり、あと半月もない。

早紀は準備に追われる日々を送り、雪乃との間には一時的な休戦状態が続いていた。

執事が使用人たちを指示して、買い揃えたばかりの結婚式用の布やお菓子を分類しながら並べた。

早紀はリビングの中央に立ち、使用人に水晶のシャンデリアに吊るされた装飾アイテムの高さを調整させていた。

「左をもう少し高くして......そう、それでいいわ」

視界の端に賢太郎が入ってきたのを見て、早紀の顔にぱっと笑みが浮かんだ。

「東城?仕事終わったの?どうしてこの時間に来たの?」

賢太郎はスーツの上着を脱いで使用人に渡しながら言った。「書斎に取りに行かないといけない書類があって」

彼は室内の華やかな飾り付けを一瞥してから尋ねた。「父さんは?」

「二階にいるわ」

賢太郎はまっすぐ階段を上っていった。

その背中を見送りながら、早紀は言った。

「賢太郎、今夜はここで食事していきなさい。あなたの好きな蒸し魚、家政婦に頼んで作らせるから」

「ありがと
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