LOGIN由宇子は、2人の子供と夫との4人暮らし。幸せな日々を過ごしていた。 夫の将康は、仕事大好き人間で由宇子の反対をスルーし、会社から転勤を 命じられると迷うことなく、1人嬉々として単身赴任先へと赴く。 将康は、既婚者でありながら、社内社外で非常にモテる男であった。 しかし、彼自身は決して浮気性な人間ではないので、妻の由宇子が心配するようなことは、何もないのだが。 ただ、脇の甘い将康に、近づいてくる独身女性たちがいて、妻が聞いたらば眉を顰めそうなことばかり将康はおこすのだった。 そのような中、由宇子はひょんなことから夫のある胸の内を知ることになり、 絶望する。そして──由宇子は自分を守るために行動を起こすことに。
View More「ねぇ、今度こそ――――
会社から打診されている仕事を受けようかと思ってるんだ」 「打診って……それって強制じゃなかったよね、確か。 別に今まで通り本社での仕事を続けていてもいいんでしょ? 単身赴任しないといけないなんて、私は応援できないわ」 以前にも夫から、一度昇進するためにも単身赴任の仕事を受けてみたいと 聞かされたことがあった。 本当なら子供もまだ未就学なのだから、思い切って子供を連れて 帯同すればいいのかもしれない。 しかし私たち夫婦には、現在、そして夫婦の結婚前からの将来設計などを 鑑みても、夫にくっ付いて行くということは選択肢になく、夫がどうしても その新しい仕事に取り組みたいとなれば、単身赴任は必至だった。 その夫の単身先の仕事というのは、家族にとってものすごく厄介だった。あちらに居る期間がどれくらいなのか、全く決められていないのだ。
子供を持つ既婚者がするような仕事じゃないわよ全く。
会社も会社よね。 どうして出先に出ないと出世ができないような仕組みにするのか?社長に文句言ってやりたいくらい。
こんな仕事形態《勤務形態》なので、出世を捨てて安定した家族との生活を
選んでいる社員も少なくはないのだとも、夫からは聞いている。 就職してからすぐに頭角をめきめきと現し、会社に将来を嘱望される ようになった夫は――――。 私と結婚した時には、すでに激務をこよなく愛するモーレツ仕事人間《社員》になっていた。 それでも恋愛中、そして新婚時代、第一子妊娠中、娘が3才になるか ならないかの頃まで……まぁ、第二子出産辺りまでは、それでも土・日は家に 居られるような生活だった。夫は、娘のことも可愛がってくれたし、家族に目が向いてたように思う。
そんな私たちの結婚生活は、6年が過ぎようとしていた。いや、確かに彼が自分に(単身赴任を8年し、帰宅してみたら俺の妻が 元妻になって彼の妻になっていたという、あの別ワールドとしか言うこ とのできない)あのコトについて話しかけてきたのは現実のことだと思う。 そっか、やっぱり。 あちらの世界も続いているんだ。 あっちで寂しい生活を送っている俺のことは気に掛かるが、 どうしようもない。 また日常の忙しさにかまけて妻に寂しい思いをさせたり蔑にしたりすれば、 あちらの世界に戻されそうな気がする。 もうすでにあちらに俺が存在するのなら、こんな言い方は変だが。 とにかく俺は今ある幸せを大事にしようと思った。 当たり前にある幸せは、当たり前じゃないのだから。 ◇ ◇ ◇ ◇ それなのに、やっぱりこちら側でも気が付くと俺は妻から離婚を 突きつけられ、独りに戻った。 喧嘩などなかったじゃないか。 家族サービスも頑張った。 できる時は、ちょっとした家事なども手伝ったし。 それなのに何がいけなかったというのだろう。 結局はこちらでも離婚されてあちら側と同じに なってしまい、笑うしかなかった。 最初離婚された時は、幸いなことに由宇子の不満とその呟きを 思い出したことで、こちら側に飛んでこれた。 だが、今回は原因が分からない。 どこが不満なのか教えて欲しいと俺は由宇子に問うた。 今回も由宇子は聞こえるか聞こえないかの声音で呟いた。 「蛇の生殺し。 あなたといると蛇の生殺しなの。 だからもう耐えられない」「どういうこと? 何のこと?」 だが、元妻は頑として口を割らなかった。 理由が分からないので修復のしようがない。 そのせいか? もう俺は2度と由宇子や子供たちと暮らす新しい別ワールドへ飛んでいく ことはできなかった。 その後、俺は誰とも再婚しなかった。 ◇ ◇ ◇ ◇ 還暦を迎えたある黄昏時、散歩がてらに寄った公園に腰掛けていると、 子供を遊ばせながら話している小さな子連れの女性ふたりの会話が 聞くともなしに聞こえてきた。 片方の女性が放った言葉が胸に刺さった。 それはずっと長年どういう意味だったのだろうと、苦しい思いで 胸に抱えていた元妻の言葉と同じだったから。 「私、離婚しようと思うの」
夢なのか何なのか、とにかく単身先の俺の8年はなくなり、本来失くしてしまったはずの家族との生活が8年を過ぎていった。 とにかくどちらが現実でどちらが夢なのか――タイムスリップからのパラレルワールドというヤツなのか、いろいろ考えうる思考を働かせてみたが全く見当もつかない。 俺自身の気が変になったって可能性もあるのかもしれないが、俺はこちら側の妻や子供たちと暮らしている世界にずっといたいと思う。 あのぞっとするような地球上で独りボッチになったような感覚に陥った苦しい現実世界には戻りたくなかった。 由宇子のあの時の呟きを思い出そうとした……思い出した俺へのご褒美なんだきっと、と俺は考えた。 俺の意思が反映しているのか、そのまま俺は家族と一緒にいる世界でずっと過ごせている。 今では単身赴任先へ行ったほうの生活こそが夢だったのかと思うほどになっている。 ◇ ◇ ◇ ◇ 夏になって妻の従姉弟が遊びに来た。 相変わらず綺麗な男だ。 昼食の後、子供たちにせがまれた妻が子供たちを連れて近所のロー○ンまで出かけた折、従姉弟の薫くんが言った。「大倉さん、こちら側の世界に来れたんですね、残念。 俺折角由宇子ちゃんと結婚できたのに、フフっ」「えっ?」「大倉さん、あちらの世界のこと覚えてますよね?」「えっ、君は……」「……っていうか、あっちでは由宇子ちゃんと結婚して幸せにやってるので僕はこちらでは我慢しますよ?」「君、何を……その知ってるんだ?」 シレっと恐ろしい? ことを囁いた薫くんは俺の質問に答えることはなかった。 さっきの囁きは聞き間違えで幻聴だったのかと思えるほど、今まで通りの彼で、先ほど俺に意味深なことを話しかけてきた時の顔つきはもう、彼の表情のどこにも見ることはできず、それ以上の会話は望めなかった。
胸に痛みを感じた俺が涙目で顔を上げると、驚いたことに当時の部屋にいて、側には由宇子がいた。 えっ? 俺は夢を見ているのか? 脚を抓《つね》ってみた。 イタイっ! 元妻が言った。「ねぇ、会社からの強制じゃないなら単身赴任は止めてもらえない?私も子供たちを連れて一緒に行ければいいけれど、こちらで自営(税理士)のお客様もたくさんついてるし、子供のこともあるし何年で帰ってこれるかだけでも確定していれば、策も練らられるけれど、それも分からないでしょ? 中途半端でまたこちらに帰ってくることを考えたら、就学時期を跨ぐ形になる子供たちにも大きな負担を強いることになるし――。だからってあなたにすぐにひとりで行かれたら私、不安だわ。 いろいろと……」 あの日と同じ台詞だ。 夢か幻か……エエイっ、夢幻でもいい元妻が俺に不安だと言ってるんだ。 ちゃんと答えろ、オレ。「分かった、わかったよ。 仕事も大事だが君と子供たちが一番大切だからね。 俺も家族とは離れたくない。 すまない、この話しは忘れてくれ。 これまで仕事優先にしてきて申し訳なかったな。 これからもよろしくお願いしたい」「あーっ、よかった」 元妻は涙目で言った。「あなたが単身赴任決めちゃったらどうしようかって思った。 私たちのことを一番に考えてくれてほんとにうれしいわ。 ありがとう。 力一杯お仕事させてあげられなくてごめんなさい。 私のほうこそ、これからもよろしくお願いいたします」 俺たちの間には暖かい空気が流れていた。 どうなってるんだ? 俺は時空の違うふたつの世界を行ききしたのか? それとも単なる夢で、ずっと夢なのか。 そのまま俺は元の家族との夢の中? での生活が続いた。 会社でも俺は単身赴任しておらず、別の者が内定し単身赴任先へと旅立っていた。 ◇ ◇ ◇ ◇ 月日は流れ8年後 そして会社の件の同僚女子は独身のままだ。 このままだと以前というか、別ワールドで単身赴任先から帰ってきた後の彼女との会話も勿論ないのだろう。
それは単身赴任を受ける話をした日の、元妻の姿と反応だった。 俺は妻のことを知らず知らずのうちに、蔑にしてたのだろう。 あの時、由宇子は俺に何かをポソッと呟いてた。 俺はソコを華麗にスルーしていた。 どうして今になってそのシーンが蘇ってきたのだろう。 大事なことだからかもしれない。 俺は由宇子の呟きを思い出そうと努力した。 何度か記憶を手繰り寄せてはその声無き声を聞き取ろう、思い出そうとした。 まずは前後の会話を思い出すことからはじめてみた。 ◇ ◇ ◇ ◇「ねぇ、会社からの強制じゃないなら単身赴任はやめてもらえない? 私も子供たちを連れて一緒に行ければいいけれど、こちらで自営(税理士)のお客様もたくさんついてるし、子供のこともあるし。 何年で帰ってこれるかだけでも確定していれば、策も練られるけれど、それも分からないでしょ? 中途半端でまたこちらに帰ってくることを考えたら、就学時期を跨ぐ形になる子供たちにも大きな負担を強いることになるし……。 だからってあなたにすぐにひとりで行かれたら私、不安だわ。 いろいろと……」*「今までだって単身赴任のようなものじゃないか! 申し訳ないとは思うけど、長時間勤務や出張で子育てには参加できてないし、ただ寝に帰ってるようなものだしね。 心配しなくてもあんまり君たちの環境は変わらないと思うよ?」 あっ、そうだった。 俺のこの台詞のあと、元妻が何かぼそっと言ったんだった。 俺は頭の中で繰り広げられる過去の会話の中の肝心の元妻の次の台詞をじっと待った。「そっか、ならいいや。もういらないや」 あの時は聞く耳持たずスルーしていた元妻の言葉が、すっと耳にはっきりと入ってきた。「ならいいや、もういらないや」 あの時、元妻は俺のことをもういらないとはっきり言っていたのだった。 大切な元妻《ひと》からの大事な言葉を、いとも簡単にスルーしてた自分の態度に、頭を抱えたくなった。 頭の中がガンガンしはじめ、胸が苦しくなってきた。