LOGINロンドン駐在のキャリア外交官 綾瀬塔也(30) × 天涯孤独のイギリス人ハーフ 沢尻長閑(26) ロンドンでの熱い一夜は 彼にとって長い人生で袖を掠めた程度の関わり 「あなたの子です 父親としての責任をとってください」 あの夜宿した小さな命を抱いて 押しかけ妻は国境を越える 人生でたった一度 愛された幸福を忘れられず
View More大使館を出て、十分ほど車を走らせてフラットに帰り着いた。玄関からまっすぐラウンジに向かうと、慧斗がきゃっきゃっとはしゃぐ声が、ホールにも聞こえてくる。「い~ち、に……わっ」弾む声でなにかをカウントしていた長閑が、パチパチと拍手をしている。そして、ラウンジに入った俺に気付き、「あ」と顔を綻ばせた。「塔也さん! お帰りなさい」随分と高揚した様子だ。俺は相槌で応えたものの……。「で? 今はなにをしてたんだ? お前」床にペタンと座った彼女の前には、これまた興奮気味の慧斗がいる。「慧斗が何秒立てるか、計測です」「は?」「あー、また写真撮り損ねた……」俺はパチパチと瞬きをして、尻を浮かせてドスドスと跳ねる慧斗に目を落とした。「初たっちって……前から立ってたろ」「それは掴まり立ちです! 伝い歩きもするけど、なにか支えがないとダメで。でも今、なにも掴まらなくても、たっちできたんですよ、一秒も!」「……ふ~ん?」子供の成長スピードはよくわからない。曖昧に流す俺に、長閑が憤慨した。「すごいことなのに! 塔也さんは感動が足りない!」頬を膨らませてプリプリする彼女の隣に、俺もドスンと胡坐を掻いた。「感動もなにも……こんなブレブレの写真でどう感動しろって」上着のポケットからスマホを出し、彼女の前に突きつける。「慧斗が初めて立った瞬間に、未確認飛行物体でも着陸したか? むしろその方が奇跡だ」「う……だって驚いて、スマホ落っことしちゃって」長閑が、しゅんと肩を落とす。まあ……確かに、その瞬間の彼女の動転だけは、よく伝わってくる画像ではあるけれど。「……どれ。慧斗、立て」慧斗の脇に両手を挿し込んで持ち上げ、床に両足をつかせる。「むー。ぱー」なにか不服そうな声を漏らすのに構わず、両手を抜いてみる。慧斗は一秒ももたずに、へにゃっと座り込んだ。「……立たねえじゃん」「もーっ!! 塔也さんのバカ」長閑は勢いよく慧斗を抱き寄せ、二人揃って俺をじっとりと睨んでくる。「あー、はいはい」俺はつーっと視線を逸らし、指先でポリッとこめかみを掻いた。長閑にぎゅうっと抱きしめられた慧斗は、機嫌を直してコロコロと笑っている。感動の瞬間も、大ブレの画像で共有されただけだ。一人だけ疎外され、無意味に面白くない気分に駆られ――。「っ、え? ひゃっ!」俺は慧斗を抱く長閑を、後ろから抱え込んだ。「な? なに?」「なにって。ショッピ
長閑と慧斗を連れてJONAS OCEAN TRADING本社に乗り込んだあの日――事前の打ち合わせ通りの時間に、オリヴィアとその上司である国税局幹部の男が、応接室に入ってきた。JONAS OCEAN TRADINGの脱税疑惑を捜査している当局の男に、真相解明に向けての協力を求められ、エヴァンズ氏は当惑した。しかし、やや硬い表情ながら、素直に応じた。最初から、俺が国税局側と行動を共にしなかった理由は、エヴァンズ氏が抵抗に出る可能性があったからだ。結婚を約束した愛する女性とお腹の子を捨て、自身をも犠牲にして救った会社だ。愛着がないはずがない。脱税は重大犯罪だと正論を翳し、良心に訴え出ても、拒否される可能性を否めなかった。会長秘書という、願ってもいない強力な協力者を逃すわけにはいかない。俺とオリヴィアは、上司も交えて綿密に作戦を立て……彼らが来る前に、エヴァンズ氏に長閑と慧斗を会わせることにしたのだ。どんなに社に忠実で鉄壁な男だったとしても、捨てたはずの恋人が娘を産んでいて、その上孫を連れて目の前に現れたら、動揺しないわけがない。彼の人情に訴えるという、素朴で泥臭い、一か八かの賭けでもあった。結果的に、俺たちの目論見通り、彼を協力者に取り込むことに成功したが――。それからしばらくして、改めて思考を巡らせても、俺は長閑と慧斗の力を借りずとも、エヴァンズ氏の協力を仰ぐことは可能だったと考えている。『私は父の会社の何千という従業員とその家族を守ったかもしれないが、自分の大事なものは守れなかった。そんな男が、一企業の経営者になってはいけない』たとえ救済合併とはいえ、一企業の社長子息だった男が、今、会長秘書という身分に甘んじている理由をそう語った彼には、無理矢理引き摺り出すまでもない真摯な人情を感じた。『エミとノドカを犠牲にして守った会社を、これ以上汚すわけにはいかない』沈痛に顔を歪めながらも、しっかりした口調で言い切り、協力を約束した彼だから――長閑の母親が死ぬ間際まで忘れず愛していたのも、納得できる。会長秘書という協力者を得たことで、JONAS OCEAN TRADINGの組織的脱税疑惑は、国税局の手によって全貌解明に向かっていた。そして、三月が終わり四月。第二土曜日、オリヴィアから、『来週初めに、国税局が強制捜査に入るわ』という報告の電話をもらった。午前の休日出勤中に電話を
私は、塔也さんの寝室に、お姫様抱っこで運ばれた。彼の大きなダブルベッドの真ん中に組み敷かれ、何度も何度も角度を変えてキスをする間に、服を全部脱がされていた。「っ……」目元を情欲でけぶらせた彼が、遠慮なく視線を注ぐから、激しい羞恥で身を捩る。「こら、隠すな」胸を隠した腕に、塔也さんが手をかけて解こうとする。「嫌。恥ずかしい……」「この期に及んで、なにを言う」「だって。塔也さん……貧相って言った」私が、じっとりと詰るような目を上げると、まったく悪びれることなく、ふんと鼻を鳴らした。「事実だろ」「ひっ、酷っ……!」「あの時も今も肉付き足りないし、煮干しみてえ」「にっ……!?」あまりに酷い喩えように涙目で絶句する私に、ふっと目尻を下げて笑う。口にするのはデリカシーのない最低な言葉なのに、反則なくらい優しい微笑み。ズルすぎるギャップに、私の胸がドキッと弾む。塔也さんは私に覆い被さり、唇を奪った。「んっ、ふ」今までで一番の、執着めいたキス。呼吸を乱し、胸を上下させる私に、塔也さんがベッドについた腕を支えに上体を持ち上げ、ねっとりとした視線を絡ませる。「なのに……俺はこの身体に狂わされたんだよな……あの日」「え……? あ、んっ!」なにか耳慣れない言葉を向けられ、虚を衝かれた隙に、胸を覆っていた両腕を観音扉みたいに開かれた。躊躇なく顔を埋められ、彼のサラサラの前髪や吐息が肌を掠めて、ビクンと身体が撓る。敏感な胸の先を、チロチロと動かす舌先に容赦なく攻め立てられ、いやがおうでも腰が跳ねた。「あ、あ……」二年近く前、他でもない彼自身から植えつけられた、生まれて初めての官能の痺れ。今もなお変わらず、ゾクゾクと背筋を昇る。「とう、塔也、さ……」堪らず、彼の頭を掻き抱いた。「好き。塔也さんが、好き……」喉に引っかからせながら、掠れる声で必死に想いを紡ぐ。荒い呼吸で途切れ途切れになってしまい、聞き取りづらかったかもしれないけど……。「っ、く……」塔也さんはブルッと頭を振って、小さな声を漏らした。そして、指で、舌で、私に施す愛撫を強めていく。「俺も……好きだ、長閑。愛してる」耳元に湿った声で囁かれ、体幹から湧き上がるゾクゾクとした痺れに戦慄いた瞬間。「あっ……!」ズシッと存在感のある質量のなにかに、容赦なく身体の中心を貫かれ――ビクンビクンと痙攣して、目の前に星が飛んだ。「大丈夫か? 落ち着け
午後十時。私は慧斗を寝かしつけた後、お風呂に入った。髪をタオルドライしながら出てくると、塔也さんがラウンジのソファに座っているのを見つけた。条件反射で、胸がドキンと跳ねる。夕方フラットに帰ってきてから、私は慧斗と二人で客室に閉じこもっていた。いろんなことがありすぎて、少し落ち着いて自分自身を見つめ直したかったけど、夜になっても頭がふわふわしている。でも――私は思い切って、ソファに歩いていった。私が声をかけなくても、気配で気付いた彼が顔を上げる。「お前も、飲むか?」「え……」なにを問われたかと答えを探して、ローテーブルに目が向いた。いつかと同じように、ウィスキーボトルとグラスが置かれていた。塔也さんは自分のグラスを軽く揺らして、私の返事を待っている。「……はい」私は一度頷いて、彼の隣に腰を下ろした。「待ってろ」塔也さんは私と入れ違いで立ち上がり、キッチンに入っていった。氷を入れたグラスを一つ手に、戻ってくる。ドスッと勢いよく私の隣に座り、持ってきたグラスに琥珀色の液体を注いだ。「ん」と、私に差し出してくれる。「……ありがとうございます」私は両手で受け取って、グラスに口をつけた。一口、ゴクンと飲んで……。「ごほっ」喉が焼けるように熱くて思わず噎せ返った私に、塔也さんがブッと吹き出す。「お前、ウィスキー飲んだことないのか? 水みたいに飲むな。原液だぞ、これ」面白そうに肩を揺らす彼の隣で、私は何度か咳き込み――。「はああっ」一度大きく息を吐いて落ち着いてから、膝の上で両手で支えるように持ったグラスに目を落とした。「あの……ありがとうございました」ボソッとお礼を言った私に、塔也さんは無言で横目を流してくる。「あの人に会いたがったのは母だから。亡くなってるなら、どこの誰かも知らなくていいって思ってたけど……会えて、よかったです」あの人が……父が私をずっと欲しかった子だと言ってくれたことを思い出し、胸が締めつけられる。それと同時に、塔也さんの言葉も導かれてくる。『俺はお前を産んだ母親に感謝してるよ!!』――。「っ……」胸がきゅんと疼いて、鼓動を猛烈に昂らせるのに慌てて、勢いよく下を向く。塔也さんは、私があたふたするのを気にする様子はなく、短い相槌で返してきた。「悪かったな。二年前……亡くなった可能性が高いなんて嘘ついて」私がそっと視線を戻すと、グラスを持って口元に運んだ。一口含
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