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第5話

Author: 佐藤真理
翌朝、知佳は健太のキスで目を覚ました。

彼は疲れ切った様子で、急いで家に帰ってきたばかりだった。

知佳がベッドを降りようとすると、健太は片膝をつき、彼女に靴を履かせた。

「知佳、父さんと母さんが俺たちを呼んでる。一緒に食事に行こう」

知佳は目をこすり、平然を装いながら問いかけた。「昨日、帰ってこなかったの?」

健太はいつものように嘘をついた。「仕事が忙しくてね。起こしたくなかったから、そのまま会社で寝たんだ」

知佳の表情が少しひきつる。

もし本当に会社にいたのなら、昨夜彼女のスマホに届いた美穂からの艶めかしい写真は何だったのだろう。

彼の体からの香水の匂いは、どう説明するつもりなのか。

だが、彼女はそれ以上聞かなかった。

男の嘘は、追及してもまた次の嘘で覆い隠されるだけだ。

支度を終えると、健太は彼女のために用意した朝食をテーブルに並べた。

七年の交際の間、彼は彼女に関わることを他人任せにしたことがなかった。

「知佳、台所からお湯を持ってくるね。この二日くらいで生理が始まるだろ?お腹を冷やしたら駄目だよ」

彼女が飲み終えると、彼は優しくお腹を温めてくれた。「この時期は特に大事だから、絶対に冷たいものは口にしちゃだめだよ」

車に乗り込んでも、彼はまだぶつぶつと言い続けていた。

知佳はうんざりして、イヤホンを耳につけ、音楽を聴き始めた。

もう子供じゃない。自分の体くらい、自分でちゃんと管理できる。

彼女の拒絶を目から感じ、健太は一瞬言葉を失い、しばらくして低い声でつぶやいた。「……忘れてた。君は留学していた三年間で、もうちゃんと自分を大事にできるようになったんだな」

初めて彼女と出会った頃の知佳は自分の体さえ顧みなかった。

彼女はこう言ったのだ。「もし私が壊れてしまえば、あの人たちに息子のための犠牲を強いられることもなくなる」

その言葉に、健太は初めて「彼女のために何かしてやりたい」と強く思った。

そして一人で彼女の養父母の家へ行き、数百万円で彼女の戸籍を買い戻した。

昔、知佳は大変な人生を送っていた。だから、これからの人生は自分が愛で満たしてやろう。

大学時代、彼は彼女がするすべての選択を支えた。

留学を迷っていたときも、真っ先に背中を押し、経済学を学ぶことを勧め、費用をすべて負担した。

彼にとって、この世で知佳以上に大切なものは存在しなかった。

そう考えているうちに、思わず口にしてしまった。「知佳、俺は一生君のそばにいていいかな?」

「え?」

知佳はイヤホンを外した。

「今なんて言ったの?音楽聴いてて聞こえなかった」

健太は顔を上げ、笑みを浮かべた。「……なんでもない」

窓から差し込む朝日が彼の横顔を照らす。その一瞬、知佳はなぜか胸の奥にかすかな切なさを覚え、思わず視線をそらした。

「着いたわ」

屋敷の外では、すでに健太の両親が待っていた。

二人が降りてくると、嬉しそうに家へと迎え入れた。

リビングに座った健太は、ふと思い出したように口を開いた。

「そうだ。まだ知佳に結婚祝いを贈ってなかったな。考えた末に決めたんだ。俺が持っている佐藤グループの全株を、彼女に譲ろう」

その言葉に、健太の両親は目を見開き、知佳も驚いて彼を見つめた。

健太は彼女の手をしっかり握りしめた。「父さん、母さん。止めなくていい。俺の決意は変わらない」

健太の両親はしばらく見つめあっていた。

知佳の錯覚かもしれないが、紗英の目に涙が光ったように見えた。

やがて二人は静かにうなずいた。「……わかった。知佳と結婚するのなら、家族の一員として株を持つのも当然だ」

少し話したあと、使用人が昼食の用意ができたと告げにきた。

食卓で紗英は料理を取り分けながら言う。「あなたの好みがわからなかったから、健太が細かく注意点を書いてくれたのよ。口に合うかしら?食べてみて」

知佳は無意識に言う。「ありがとうございます、お母さん」

そうい言った瞬間、場の空気が凍りついた。

結婚の手続きは済ませたが、正式に結婚したわけではない。今まで「おばさん」と呼んでいたのに、お母さんと呼ぶには、まだ早すぎた。

しかし健太はにこやかに笑い、彼女の頭を撫でた。「早く呼んでくれるに越したことはないよ。俺の最後の願いは、君を妻として迎えることなんだから」

知佳は胸をなで下ろした。疑われてはいなかった。

食後、健太は彼女を連れて佐藤グループへ行き、株の譲渡契約書に署名した。

そのとき、ふと知佳が指に何もつけていない事に気づき、彼の心がぎゅっと締め付けられた。

「知佳……俺が贈った指輪は、どこにあるんだ?」

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