INICIAR SESIÓN御影樹(みかげ いつき)は、私が明るい色の服を着るのを嫌がった。 派手な色は安っぽい。自分まで安く見られる。 そう言われていたから、結婚して六年。 私のクローゼットには、黒と白とグレーの服しかなかった。 一度だけ、違う色を着たことがある。 樹が新鋭画家賞を受賞した日だった。 私は、初めて彼に会った日に着ていた小花柄のワンピースを選び、オーダーメイドの小さなケーキを手に、お祝いに向かった。 「脱げ。じゃなきゃ、俺の車には乗せない」 その場にいた人たちが、一斉に私を見た。 笑っていた顔が、今にも崩れそうになる。ケーキの袋の持ち手が、手のひらに食い込んで痛かった。 「樹、帰ってから話そう?」 けれど彼は、何も言わずに車を出した。 その日は、ひどい雨だった。 樹は一度も振り返らなかった。知らない街に、雨の中、私を置いていった。 …… そして、カラフル・マラソンの取材に行った日。 私は、一組のカップルに声をかけた。 二人が顔を上げる。 樹と、彼の幼なじみの森美詩(もり みう)だった。 美詩は楽しそうに話しながら、小花柄のワンピースの裾を揺らしていた。 まるで蝶みたいに、樹のそばで軽やかに笑っている。 私は目を伏せた。 黒ずくめの自分が、視界に入る。 なるほど、安っぽかったのは、色じゃなかった。 私だった。
Ver más彼は、私の首元の赤いマフラーを何度も整えた。そして、風邪だけはひかないでくれと小さくぼやく。私は思わず笑った。彼があの赤い毛糸玉を受け取ったとき、涙を流していた姿を思い出したからだ。あんなに大柄な人が、ぼろぼろになった毛糸玉を抱えて、ぐしゃぐしゃに泣いていた。しゃくり上げながら、絶対に直すと言っていた。私は、編み針に触ったこともないくせに、絵を描くことしかできない人がどうやって直すの、と笑った。彼は何も言わなかった。ただ目を赤くしたまま、その夜のうちに十数パターンものマフラーの絵を描き、私に確認させた。ここを直して。そこは違う。そうして、元の形を一つずつ確かめていった。その頃から、彼はよく姿を消すようになった。何をしているのか、妙にこそこそしていた。私は、彼が編み物教室に通っていることに気づかないふりをした。背中の後ろに隠した編み針も、見ていないふりをした。本当に、ばかな人だ。編み物教室の申し込みメールはスマホに堂々と残っているし、あんなに長い編み針を横向きに背中へ隠せるはずもないのに。……私の誕生日の日。彼は、昔とそっくり同じ赤いマフラーを取り出した。私はそれを巻き、彼の腕に寄り添って笑った。「これで、また支えが二つになった」彼には、意味が分からなかったはずだ。それでも、私と一緒に笑ってくれた。私たちはふざけ合いながら玄関へ向かった。そこで、呼んでもいない客に出くわした。樹はギフトバッグを提げていた。その後ろには、いかにも傷ついたふうな顔をした美詩が立っている。私たちを見るなり、樹は慌ててギフトバッグから赤いマフラーを取り出した。急いで私に見せようとして、私の首元に巻かれているものに気づく。以前と、まったく同じ赤いマフラー。樹は、手の中のマフラーを握りしめた。柔らかいはずのそれを握りながら、目元を赤くしている。「これは俺が編んだ。お前が戻ってきてくれるのを、待っていた」褒めてほしそうな言葉だった。けれど今の彼は、そのマフラーを私に見せることさえ恥じているようだった。きっと、気づいたのだ。良かれと思って入れた小さな柄や模様のせいで、それがもう、元のマフラーとは別物になってしまったことに。彼がどんな気持ちなのか、私
あのときの言葉を、そのまま返した。彼も思い出したのだろう。私の手首をつかむ力が、ふっとゆるんだ。フランクの車に乗ってから、私は気まずくなって頭をかいた。「変なところ見せちゃったね。元旦那、ちょっとおかしいんだ。助けてくれてありがとう」フランクは笑った。「お礼なんていいよ」彼は私のシートベルトを引き出して留めると、片目をつむってみせた。「ただ、さっき言ったこと、いつでも本気だから。紗和が俺と一緒にいたいと思ってくれるなら、俺の婚約者は紗和だよ」私は返事をしなかった。失敗した結婚を終えたばかりで、もう少し時間をかけて自分を取り戻したい。自分の気持ちを整理したい。そう伝えるだけにした。車を降りるとき、私は振り返って彼を見た。「キャンディの瓶、返して。あの人のものを、あなたのところに残しておくわけにはいかないから」フランクは首を横に振った。「だからこそ、紗和のところには置いておけないよ」それでも説得しようとすると、彼は胸を押さえ、今にも泣き出しそうな顔をした。「紗和、元旦那のために俺のお願いを断るの?」私は押し切られ、結局その瓶は預けることにした。……一週間後、海の向こうから荷物が届いた。樹が署名した離婚届だった。私はようやく息をついた。日々は、少しずつ正しい軌道に戻っていった。気の置けない友人が何人かでき、記者としての仕事も順調に進んだ。ほどなく昇進も決まり、恋の気配まで少しずつ増えてきたように思えた。樹は、まるで消えてしまったかのようだった。彼の消息を再び耳にしたのは、メディアの記事を通してだった。画風が激変したという。以前の、みずみずしく自然な雰囲気はすっかり消え、代わりに画面いっぱいの重苦しさと憎しみが広がっている、と。彼が公の場で、自分のインスピレーションの源であるミューズは、実は元妻だったと名指しした。さらには、取り憑かれたように絵を描く時間を削って、いわゆる恋愛カウンセラーに相談し、大金をだまし取られたという話まであった。私はそれを聞いて、ただ笑った。日々は相変わらず、静かに過ぎていく。彼はまた新作を発表した。テーマは、やはり『永遠の愛』。けれど内容は第一作よりもさらに痛々しく、さらに狂気じみていた。ま
これ以上、彼の芝居に付き合う気にはなれなかった。私は苛立ちを隠さずに言った。「じゃあ、もう帰ってくれる?」彼は口を開いた。私を引き止めようとしたらしい。けれど、手についた花粉が気になるのか、近づくことも離れることもできずにいた。私は深く息を吸い、彼の横を通り過ぎる。そのとき、震えるような小さな声が聞こえた。「悪かった」樹が、こんなふうに頭を下げて謝るところを、私は一度も見たことがなかった。ひどくばつが悪そうで。ひどく、御影樹らしくない。昔の私なら、きっとその顔をじっくり眺めていただろう。彼が耳まで赤くなるまでからかって、ようやく満足したはずだ。でも今は、その芝居じみた謝罪が気持ち悪いだけだった。……仕事は順調だった。樹と過ごした六年間で積み上げた美術の知識を生かし、私は国際的にも知られる画家、フランクへの取材を無事に取りつけた。共通の話題が多かったこともあり、私たちはそれなりにうまくやっていた。彼は樹とは違う。外向的で、気さくで、いつも目元に笑みを浮かべている。話も弾む人で、場の空気を冷ますことがなかった。樹と並んでも見劣りしない顔立ちのせいもあって、私は少しだけフランクに好感を持っていた。二度目の取材が終わり、フランクを会社の外まで見送ったときだった。そこで、樹に出くわした。彼は車にもたれていた。私を見ると、数歩でこちらへ近づいてくる。そこでようやく、彼が何を持っているのか分かった。キャンディの瓶だった。けれど、中に入っていたのはキャンディではない。透明なキャンディの包み紙で折られた、たくさんの折り鶴だった。付き合って二年目の頃、彼に聞かれたことがある。どうしていつも折り鶴を折っているのか、と。私は言った。このキャンディ瓶いっぱいに折り鶴を詰めたら、それを「結納品」にして、私があなたを「お嫁にもらう」のだと。彼はおかしそうに笑い、私の頭を撫でただけで、何も言わなかった。けれど、私が瓶いっぱいのキャンディを食べ切って虫歯になる前に、彼は黙ってプロポーズしてくれた。私は急に怖くなった。フランクに、私たちの過去を知られるのが怖かった。樹が本当にそのキャンディ瓶を持って、もう一度、私の前で片膝をつくのが怖かった。樹は私
到着してから、私はネットで内見を予約していた家を見に行った。部屋は広く、南向きで日当たりもいい。庭には、枝を大きく広げたマンゴーの木まであった。大家さんは満足そうに言った。「これはね、南国から取り寄せたものなんです。大事に育てれば、毎年実がなりますよ」私は小さく笑い、マンゴーの幹にそっと触れた。「マンゴーなんて、もうずいぶん食べていません」「どうしてですか?」樹にアレルギーがあったから。それに、あの鮮やかな黄色を見るのも嫌がったから。私はその理由を飲み込み、軽く手を振った。「大した理由じゃありません。今はもう、関係のないことですから」一週間後、私は新しい会社に入社した。会社では歓迎会を開いてくれて、私はかなり飲んだ。少しふらつきながら家へ向かっていると、知らない番号から電話がかかってきた。深く考えずに出る。「紗和、お前、何を騒いでる?」電話の向こうから聞こえた声には、妙に覚えがあった。私は酔いでぼんやりする頭を揺らした。「誰?元旦那に声、似てるね」そう言って、自分で先に笑ってしまう。「ありえないか。あの人は大画家だから。毎日、自分のミューズにお茶を出したり、優しく気遣ったりして、忙しいはずだもんね」電話の向こうの男が、もう一度口を開いた。「俺だ。樹だ。ひとまず戻ってこい。誤解なら、いくらでも解ける」御影樹。昔の私なら、その名前だけで胸が跳ねた。今では、酔いを一気に冷ます氷水でしかない。「戻る?どこへ?私の好きな服が一着もなくて、母の形見ひとつ置いておけない家に?」彼はため息をついた。「違う、そうじゃ――」私は彼の言葉を遮った。「それとも、誤解って何?あなたと彼女がカップル取材を受けたこと?ペアリングをしていたこと?私が仕事を失う原因を作ったこと?それとも、何度も私を雨の中に置き去りにしたこと?」電話の向こうが、しばらく黙った。次に聞こえた声は、少しかすれていた。「そんなに傷ついていたなんて、知らなかった」私は怒りを通り越して、笑ってしまった。「知らなかった?そんなに何も見えてなくても、画家ってできるんだね。私たちの間に、誤解なんてない。あなたはただ、私が傷ついているかどうかなんて、最初から気にもしていなかっただけ