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第98話

Author: 藤崎 美咲
「一日だと?」智央は冷笑を浮かべながら星乃を見下ろした。「いいだろう。じゃあ一日だけ待ってやる。明日になっても解決できなかったら、容赦しないからな」

そう言い捨て、星乃が何か言う間もなく、智央は怒りを露わにして、背を向けて立ち去った。

「……」

星乃は、最初はちゃんと話し合うつもりだったのに、千佳の無用な煽りのせいで、その機会を完全に失ってしまった。

智央の背中が見えなくなった頃、千佳がどこか得意げな表情で近づいてきた。

「星乃主任、悠真社長に謝って、遥生社長を説得して、冬川グループの出資を取りつけてください。聞いた話だと、悠真社長は前からUMEと協力したがってたし、あなたみたいな美人が現れたら、きっと気が変わりますよ」

星乃は口元を引きつらせた。

確かに腹は立ったが、彼らとはまだ知り合ったばかりで、千佳が本当に気を利かせたつもりなのか、それともわざと火に油を注いだのか判断がつかなかった。

だが、ここで感情的になるのは得策ではないと考え、丁寧に言った。「この件は私が自分で対応しますので、心配しなくても大丈夫です」

すると千佳は不満げに唇を尖らせた。「どういう意味ですか?私が余計なことをしたって言いたいんですか?」

星乃が返答する前に、千佳は勝手に自分で納得したように続けた。「……ですよね、やっぱり。最初から口出すべきじゃなかったですね」

そう言い捨て、星乃を無視して自分のデスクに戻り、黙々と作業を再開した。

全身から「裏切られた」オーラを放ちながら。

「……」星乃は頭を抱えた。

そのとき、オフィスの奥からざわめきが聞こえた。

受付が慌てて走り込んできて、焦った様子で言った。「星乃主任、イケメンからお呼びです!」

「イケメン」と言った瞬間、受付の顔は興奮で赤らんだ。

星乃は不思議そうに受付についていき、玄関まで来ると、遠くから大きなバラの花束を抱え、スーツのベストを着て、鼻筋に金縁の眼鏡をかけた律人の姿が見えた。

彼は口に一本のバラをくわえていて、それがとても自然に見えた。表情は気だるげで優雅だった。

まるで孔雀が羽を広げるような存在感だ。

思わず目を奪われた星乃だったが、同時に少し眩暈を覚えた。

だが受付の反応はまるで真逆だった。両手をぎゅっと握りしめ、顔をさらに真っ赤に染めながら、「カッコいい……」「ロマンチック……」と心
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