魔女の婚活 〜理想の夫を育成したら、世界を滅ぼす魔王になりました〜

魔女の婚活 〜理想の夫を育成したら、世界を滅ぼす魔王になりました〜

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بواسطة:  ぱすた屋さんتم تحديثه الآن
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「理想の結婚相手がいないなら、私が一から育てればいいわ」 三百年の時を生きる最強の『黒夜の魔女』ヴェラ。 彼女の夢は、愛する人と寄り添い合う「普通の夫婦」になることだった。 しかし、強大すぎる力と恐ろしい悪名のせいで、婚活はお見合い百連敗中。 人間の男たちは皆、彼女をバケモノと恐れて逃げ出してしまう。 そんなある日、ヴェラは路地裏で息絶えかけていた戦災孤児の少年・アシュを拾う。 誰も恐れず、私だけを愛し、絶対にそばから離れない男がいないなら。 純白のキャンバスのようなこの子に、食事を与え、魔法を教え、愛情を注ぎ、「最高の夫」へと作り変えればいい。 魔女の狂った合理性から始まった、異常な『婚活(いくせい)』

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الفصل الأول

第1話:理想の夫がいないなら、ゼロから育てればいい

「愛」というものが、私にはよくわからない。

三百年間生きてきても、その正体だけは一向に掴めなかった。

ただ、目の前を歩く老夫婦を見ていると、胸の奥がわずかに疼くような気がする。

シワだらけの手と手をしっかりと繋ぎ、同じ歩幅でゆっくりと石畳を歩いていく二人。

合理的ではない。

手を繋げば片手が塞がり、いざという時の防御行動が遅れる。

歩幅を合わせるのも、身体能力の低い方に合わせるという非効率な行為だ。

けれど。

「……とても、暖かそうね」

カフェのテラス席で紅茶を傾けながら、私はぽつりと呟いた。

誰かと寄り添い、共に老い、最期まで隣にいる。

そんな『普通の夫婦』というものに、私はずっと憧れていた。

私には、それが致命的に欠けているからだ。

「はぁ……また、失敗してしまったわ」

冷めた紅茶を見つめながら、私は小さくため息をついた。

つい一時間前の出来事を思い出す。

今日で、記念すべき百回目の『お見合い』だった。

相手は、王都でも有数の資産家である若き伯爵。

顔立ちも整っており、魔力もそこそこ。

条件としては悪くなかった。

しかし、私が黒いヴェールを脱ぎ、名を名乗った瞬間――彼の態度は一変した。

『ヴェ、ヴェラ・ノクスだと!?』

椅子を蹴倒して後ずさり、まるで死神でも見たかのような顔で震え上がったのだ。

『なぜ、二百年前の“魔女戦争”を生き抜いた化け物がここにいる!』

『国を滅ぼす気か! 騎士団を! 誰か、早く騎士団を呼べ!!』

……化け物とは、酷い言い草である。

私はただ、結婚を前提としたお付き合いを提案しただけなのに。

「確かに、過去に少しばかり山を吹き飛ばしたり、海を割ったりしたことはあるけれど……もう何十年も前のことじゃない」

魔女。

それが私の種族であり、人間たちから向けられる恐怖の代名詞だ。

数百年の時を生き、国家すら単機で滅ぼせる強大な魔力を持つ長命種。

人々は私を“災厄”として恐れ、遠ざける。

近づいてくる者がいたとしても、私の魔力を軍事利用したい王族か、魔女を従えているという名声が欲しい愚か者だけ。

純粋に私という個人を見て、「好きだから一緒にいたい」と言ってくれる男など、この三百年間ただの一人もいなかった。

「理想の結婚相手を見つけるのが、魔法の深淵を覗くより難しいなんてね」

カップを置き、私は席を立った。

テーブルに銀貨を一枚置き、夕闇が迫る王都の街を歩き出す。

空は血のように赤い夕焼けに染まっていた。

婚活市場において、私の価値はゼロに等しいらしい。

どれだけ容姿を美しく保とうと、豊富な知識を持っていようと、『強すぎる』というだけで男たちは逃げていく。

彼らが求めているのは、自分より弱く、庇護欲をそそる可愛らしい妻なのだ。

私のように、指先一つで男の首を吹き飛ばせるような女ではない。

「……私の条件は、決して高くないはずなのに」

私が夫に求める条件。

一、私を恐れないこと。

二、私だけを見て、私だけを愛すること。

三、絶対に私のそばから離れないこと。

それだけだ。

ただ、私を愛し、私に管理されてくれればいい。

外は危険だから、ずっと私の目の届く安全な場所で笑っていてほしい。

それが私の考える『愛』であり『夫婦』の形だった。

しかし、人間の男たちはなぜか「自由を奪うな」と怒り出すのだ。

本当に理解できない。

「完成された理想の男なんて、この世には存在しないのかしら……」

ふと、足を止めた。

路地裏から、鈍い音が聞こえてきたからだ。

ドゴッ! バキッ!

「このクソガキ! 誰の財布に手を出したか分かってんのか!」

「死ね、路地裏のドブネズミが!」

王都の華やかな大通りのすぐ裏側。

そこは、光の届かないスラムの入り口だった。

薄暗い路地裏で、三人の柄の悪い男たちが、うずくまる『小さな塊』を蹴り上げている。

どうやら、孤児がスリを働いて捕まったらしい。

治安の悪いこの一帯では、珍しくもない光景だ。

普段なら、わざわざ首を突っ込んだりはしない。

けれど、私の目はその『塊』――灰色の髪をした少年に釘付けになった。

「…………」

少年は、声を上げて泣くことも、命乞いをすることもなかった。

ただ身を丸め、急所を守りながら、嵐のような暴力をじっと耐え忍んでいる。

泥と血にまみれた頬。

痩せこけた体。

年齢は十二、三歳といったところか。

だが、何よりも私の目を引いたのは、その『瞳』だった。

隙間から覗く、血のように赤い双眸。

それは、絶望などしていなかった。

恐怖に屈してもいなかった。

ただ静かに、冷たく、男たちの隙を窺っている。

『どうすればこいつらの喉笛を噛み千切れるか』。

そんな、純粋で獰猛な生存本能だけが、赤い瞳の奥でギラギラと燃えていたのだ。

美しい、と思った。

これほどまでに研ぎ澄まされた、飢えた獣のような目を見るのは久しぶりだった。

「おい、こいつの腕切り落として裏の店に売り飛ばそうぜ」

「だな。目玉も高く売れそうだ」

男たちが下卑た笑いを浮かべ、剣を抜いた。

少年の赤い瞳が、わずかに見開かれる。

――その瞬間、私は無意識のうちに歩み寄っていた。

「そこまでにしたらどうかしら」

私の声が路地裏に響く。

男たちが一斉に振り返った。

「あぁ? なんだお前、引っ込んで――」

男の一人が私を怒鳴りつけようとし、そして絶句した。

私の漆黒のドレスと、人間離れした金色の瞳を見たからだ。

「お、おい……嘘だろ……?」

「黒い服に、金の目……『黒夜の魔女』……ッ!?」

男たちの顔から、一瞬にして血の気が引く。

「あら、ご名答」

私が軽く指を鳴らすと。

ドズンッ!!!

「「「ぎゃあぁぁぁッ!?」」」

見えない巨大な圧力が上から押し潰すように、三人の男たちは地面に這いつくばった。

重力魔法の応用。ただ魔力を少し放出しただけだ。

「私の前でみだりに刃を抜かないでくれる? 少し、目障りよ」

「ひ、ひぃぃぃッ! お許しをぉぉッ!!」

這いつくばったまま、男たちは泡を吹いて気絶した。

本当に人間というのは脆くて弱い。

「さて」

私は男たちには見向きもせず、倒れている少年の前にしゃがみ込んだ。

「……ッ」

少年はビクッと体を震わせ、後ずさろうとした。

その手には、どこで拾ったのか、鋭く尖ったガラスの破片が握られている。

私に向かって、それを必死に構えていた。

まるで、傷ついた野良猫のようだ。

「威勢がいいわね。でも、そんなもので私は殺せないわよ」

私は微笑みながら、彼の手からガラスの破片をそっと取り上げた。

少年は抵抗しようとしたが、あまりの力の差に身動き一つ取れない。

「痛かったでしょう」

私が少年の血まみれの頬に手を触れた瞬間。

淡い光が彼を包み込んだ。

高度な治癒魔法。

折れていた肋骨が繋がり、打撲の痕が消え、切れた唇が元通りになっていく。

「……え?」

少年が、初めて戸惑いの声を漏らした。

痛みが完全に消え去った自身の体を、信じられないというように見つめている。

今まで、彼に優しさを向ける者など誰一人いなかったのだろう。

ただ殴られ、奪われ、生きるために這いずり回ってきた。

そんな真っ白な世界に、私が初めて『絶対的な庇護』を与えたのだ。

少年の赤い瞳が、揺れ動く。

警戒と、混乱と、そして……ほんのわずかな『縋るような光』。

その顔を間近で見つめながら、私の頭の中に、ある合理的で完璧な閃きが舞い降りていた。

そうか。

この世界に『理想の夫』が存在しないのなら。

私を恐れず、私だけを愛し、私にすべてを委ねる男がいないのなら。

――私が、一から創り上げればいいのだ。

この少年は、まだ何も知らない。

愛も、常識も、魔女への偏見すらも。

ただ生きることに必死なだけの、純白のキャンバス。

私が食事を与え、知識を与え、魔法を与え、そして『愛』を教え込めば。

彼は間違いなく、私だけの完璧な夫になる。

なんという合理的な解決策だろう。

なぜ、こんな簡単なことに三百年間も気付かなかったのか。

「ねえ、あなた。名前は?」

私が優しく問いかけると、少年はかすれた声で答えた。

「……アシュ」

「そう、アシュ。いい名前ね」

私はアシュの体を抱き寄せた。

泥と血の匂いがしたが、不思議と不快ではなかった。

むしろ、これから私が自分の色に染め上げていくのだと思うと、胸が高鳴った。

「アシュ。今日から、あなたは私のものよ」

私がそう告げると、アシュは息を呑んだ。

「私があなたにご飯を食べさせてあげる。ふかふかのベッドも、暖かいお風呂も、生きるための力も、全部私が与えてあげる。誰もあなたを傷つけられないように、私が一生守ってあげるわ」

「……どう、して……?」

震える声で尋ねるアシュに、私は心底愛おしそうに微笑みかけた。

「だって、あなたは将来――私の『理想の夫』になるのだから」

アシュの赤い瞳が、大きく見開かれた。

その奥に、決して消えることのない、昏く重い執着の火種が宿ったのを、私はまだ知らなかった。

ただ、見つけた。

私だけの、可愛いお人形。

これから極上の夫へと育て上げる、最高の原石。

こうして、私とアシュの、甘くて異常な『婚活(いくせい)』が幕を開けたのだった。

――これが後に、世界を焼き尽くす最悪の魔王を誕生させることになるとは、この時の私は夢にも思っていなかった。

 

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第1話:理想の夫がいないなら、ゼロから育てればいい
「愛」というものが、私にはよくわからない。三百年間生きてきても、その正体だけは一向に掴めなかった。ただ、目の前を歩く老夫婦を見ていると、胸の奥がわずかに疼くような気がする。シワだらけの手と手をしっかりと繋ぎ、同じ歩幅でゆっくりと石畳を歩いていく二人。合理的ではない。手を繋げば片手が塞がり、いざという時の防御行動が遅れる。歩幅を合わせるのも、身体能力の低い方に合わせるという非効率な行為だ。けれど。「……とても、暖かそうね」カフェのテラス席で紅茶を傾けながら、私はぽつりと呟いた。誰かと寄り添い、共に老い、最期まで隣にいる。そんな『普通の夫婦』というものに、私はずっと憧れていた。私には、それが致命的に欠けているからだ。「はぁ……また、失敗してしまったわ」冷めた紅茶を見つめながら、私は小さくため息をついた。つい一時間前の出来事を思い出す。今日で、記念すべき百回目の『お見合い』だった。相手は、王都でも有数の資産家である若き伯爵。顔立ちも整っており、魔力もそこそこ。条件としては悪くなかった。しかし、私が黒いヴェールを脱ぎ、名を名乗った瞬間――彼の態度は一変した。『ヴェ、ヴェラ・ノクスだと!?』椅子を蹴倒して後ずさり、まるで死神でも見たかのような顔で震え上がったのだ。『なぜ、二百年前の“魔女戦争”を生き抜いた化け物がここにいる!』『国を滅ぼす気か! 騎士団を! 誰か、早く騎士団を呼べ!!』……化け物とは、酷い言い草である。私はただ、結婚を前提としたお付き合いを提案しただけなのに。「確かに、過去に少しばかり山を吹き飛ばしたり、海を割ったりしたことはあるけれど……もう何十年も前のことじゃない」魔女。それが私の種族であり、人間たちから向けられる恐怖の代名詞だ。数百年の時を生き、国家すら単機で滅ぼせる強大な魔力を持つ長命種。人々は私を“災厄”として恐れ、遠ざける。近づいてくる者がいたとしても、私の魔力を軍事利用したい王族か、魔女を従えているという名声が欲しい愚か者だけ。純粋に私という個人を見て、「好きだから一緒にいたい」と言ってくれる男など、この三百年間ただの一人もいなかった。「理想の結婚相手を見つけるのが、魔法の深淵を覗くより難しいなんてね」カップを置き、私は席を立った。テーブルに銀貨を一枚置き、夕闇が迫る王都の
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第2話:泥まみれの原石と、はじめての『甘やかし』
彼を拾ったのは、純粋な合理性からだった。完成された理想の男がいないなら、真っ白な子どもを一から育て上げればいい。三百年間生きてきて、なぜこんな簡単なことに気付かなかったのか不思議なくらいだ。「……っ、おい、どこに行くんだよ」路地裏から引きずり出された少年――アシュは、私の手を振り払おうと必死に抵抗していた。だが、ひ弱な少年の力で、魔力で身体強化をしている私から逃れられるはずもない。「どこって、私のお家よ」「はなせ! 俺をどうする気だ! 奴隷商人か!? それとも怪しげな儀式の生贄か!?」「嫌だわ。そんな野蛮なことしないわよ」私はふふっと笑いながら、彼の灰色の髪を撫でた。泥と血でカピカピに固まっているが、洗えばきっと綺麗な銀糸になるだろう。「あなたは今日から、私の『理想の夫候補』になるの。大切に、大切に育ててあげるわ」「は……? おっと、夫……?」アシュはぽかんと口を開け、赤い瞳を瞬かせた。無理もない。スラムでその日暮らしをしていた孤児にとって、「結婚」や「夫」などという概念は、宇宙の果ての話より縁遠いものだろう。「ええ、そうよ。だからまずは、綺麗にしないとね」私はアシュの手を引いたまま、人通りのない裏路地の奥で立ち止まった。そして、指先で空中に複雑な魔法陣を描く。「な、なんだこれ……光って……」「舌を噛まないようにね」パチン、と指を鳴らす。次の瞬間、視界がぐにゃりと歪み、凄まじい浮遊感が私たちを包み込んだ。空間転移魔法。魔力消費が激しく、正確な座標計算が必要な高等魔法だが、私にとっては息をするように簡単なものだ。一瞬の暗闇ののち、視界が開けた。「う、おえぇ……っ」「あらあら、初めての転移は少し酔うわよね。深呼吸して」アシュは石畳の床に膝をつき、必死に吐き気を堪えていた。私は彼の背中を優しくさすりながら、周囲を見渡す。王都から遠く離れた、深い森の奥。そこにあるのは、私が長年住み処としている巨大な洋館だった。黒大理石で作られた柱、磨き上げられた床、天井から吊るされた豪奢なシャンデリア。「ここは……王宮、か……?」顔を上げたアシュが、呆然と呟く。スラムの路地裏しか知らない彼にとって、この屋敷はあまりにも異世界すぎたのだろう。「私の家よ。広すぎるのが難点だけど、今日からあなたが一緒に住んでくれるから、少
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第3話:急速な成長と、純白のキャンバスに染み込む猛毒
アシュを拾ってから、半年が過ぎた。泥と血にまみれていた路地裏の野良猫は、見違えるように美しい少年へと成長しつつあった。毎日の十分な食事と、温かいベッド。そして私という、絶対的な庇護者の存在。それらが、アシュの本来持っていたポテンシャルを急速に引き出していたのだ。くすんでいた灰色の髪は、今や月光を吸い込んだような美しい銀色に輝いている。痩せこけていた体にも適度な筋肉がつきはじめ、背もぐんと伸びた。まだ十二歳の少年だが、すでに末恐ろしいほどの美貌の片鱗を見せ始めている。「ヴェラ様」書斎の扉がノックされ、澄んだ声が響いた。「入っていいわよ、アシュ」ガチャリと扉が開き、アシュが一礼して入ってくる。純白のブラウスに、仕立てのいい黒の細身のパンツ。その所作は、どこの高位貴族の令息かと見紛うほどに洗練されていた。「本日の課題、終わりました。確認をお願いできますか」アシュはそう言って、私に羊皮紙を差し出した。そこには、流麗で美しい文字で、古代魔法語の翻訳がびっしりと書き込まれていた。「……すごいわね。たった半年で、ここまで読めるようになるなんて」私は驚きと共に、アシュの銀髪を撫でた。「えへへ……」アシュは嬉しそうに目を細め、私の手にすり寄ってくる。出会った当初の、あの威嚇するような野良猫の面影はもうない。今の彼は、私にだけ懐く従順で愛らしい子犬のようだ。「あなたの学習能力には本当に驚かされるわ。文字の読み書きすらできなかったのに、今では貴族の教養課程をほぼ終えているなんて」「ヴェラ様が、丁寧に教えてくださるからです」アシュは私の手を取ると、その甲に恭しく唇を落とした。これも、私が教えた『紳士の礼儀作法』の一つだ。完璧な所作。
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第4話:成長した狂犬と、初めての『お出かけ』
朝の陽ざしが、大きな窓から寝室に差し込んでくる。 「……ん」 私が微かに身じろぎすると、待っていたかのように優しい声が降ってきた。 「おはようございます、ヴェラ様。よく眠れましたか?」 目を開けると、ベッドの脇に一人の青年が立っていた。 銀色に輝く髪。 透き通るような白い肌。 そして、私のすべてを映し込むような、深く美しい赤い瞳。 「おはよう、アシュ。……ええ、とても良い目覚めよ」 私が体を起こすと、彼は流れるような動作で温かいタオルを差し出し、私の顔を優しく拭ってくれる。 アシュをあの路地裏で拾ってから、三年が経過していた。 十二歳だった彼は十五歳になり、見違えるような成長を遂げた。 背丈はすでに私を追い越し、細かった体にはしなやかな筋肉がついている。 少し低くなった声も、心地よく耳に響く。 「本日の紅茶は、ヴェラ様がお好きな東の国の茶葉を取り寄せてブレンドいたしました。お口に合うと良いのですが」 「ありがとう。……うん、完璧な温度ね。香りも素晴らしいわ」 私がカップに口をつけると、アシュは花が咲いたような美しい笑みを浮かべた。 この三年間、私の『理想の夫育成計画』は、これ以上ないほど順調に進んでいた。 彼は私に教えられた知識をスポンジのように吸収し、今では魔法も剣術も一流の域に達している。 何より素晴らしいのは、この献身的な態度だ。 朝の身支度から、食事の準備、屋敷の掃除に至るまで。 彼は私が命じる前に、私の望むことをすべて完璧にこなしてしまう。 「ヴェラ様、髪をお梳かしします」 アシュは私の背後に回り、銀の櫛で私の長い黒髪を梳き始めた。 その手つきは驚くほど優しく、私の髪の毛一本すら傷つけないように慎重だ。 心地よい刺激に、私は思わず目を細める。 「アシュは本当に器用ね。私の専属の侍女になってしまえそう」 「俺は、ヴェラ様のためだけに存在していますから。ヴェラ様のお世話をすることは、俺の生きがいなんです」 耳元で囁かれる甘い声。 彼の言葉には、一点の曇りも嘘もない。 あぁ、なんて素晴らしいのだろう。 私が探し求めていた『絶対に私を裏切らない、私だけを愛してくれる男』が、着実に完成しつつある。 ただ、一つだけ問題があるとすれば。
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第5話:完璧な防壁と、誰にも言えない秘密の宝箱
アシュを拾ってから三年。 十五歳の彼は、私の想像を遥かに超える速度で成長を続けていた。 「――そこまで」 私が声をかけると、中庭に響いていた激しい金属音がピタリと止んだ。 「はっ……はぁっ……」 荒い息を吐きながら木剣を下ろすアシュ。 彼の足元には、私が魔法で創り出した『泥人形(ゴーレム)』が、文字通り木端微塵になって散らばっていた。 ただの泥人形ではない。 大理石ほどの硬度を持たせ、一流の騎士三人分の動きをインプットした、実践用の高度な魔法生物だ。 それを彼は、たった一人で。 しかも魔法を一切使わず、剣術だけで圧倒してみせたのだ。 「素晴らしいわ、アシュ。踏み込みの速度も、太刀筋の鋭さも申し分ない」 私が拍手をしながら近づくと、アシュは額の汗を拭いながら、パッと花が咲いたような笑顔を見せた。 「ありがとうございます、ヴェラ様! 俺、うまくやれましたか?」 「ええ、完璧よ。王宮騎士団の団長クラスでも、今のあなたと剣だけで打ち合うのは骨が折れるでしょうね」 「ヴェラ様にそう言っていただけるのが、何よりの褒め言葉です」 アシュは嬉しそうに目を細め、私にすり寄ってくる。 十五歳になり、身長はすでに私より高くなったというのに、私に向ける態度は拾った当初の忠犬のままだ。 いや、むしろ私への依存度は年々高まっているようにすら感じる。 「でも、少し無理をしすぎじゃないかしら? 毎日夜遅くまで、魔法と剣の訓練を自主的にやっているでしょう」 私が彼の頬についた泥をハンカチで拭ってやると、アシュは心地よさそうに目を閉じた。 「無理などしていません。ヴェラ様をお守りするためには、もっと、もっと強くならなければ」 「私を守る?」 私は思わずクスリと笑ってしまった。 「嬉しいけれど、私はこれでも三百年生きた魔女なのよ? 自分の身くらい自分で守れるわ」 「ダメです」 アシュの声が、ふいに低くなった。 目を開けた彼の赤い瞳が、私を真っ直ぐに射抜く。 「ヴェラ様がご自身で手を下すような真似は、させたくありません。ヴェラ様に害をなすものは、すべて俺が排除します。それが、俺の役目ですから」 真剣な眼差し。 私はその言葉を聞いて、胸の奥が温かくなるのを感じた。 あぁ、なんて献
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第6話:社交界デビューの提案と、完璧な鳥籠の設計図
朝。 さんさんと降り注ぐ陽光が、ダイニングルームを明るく照らしていた。 私は淹れたてのミルクティーを片手に、王都から取り寄せた新聞に目を通していた。 「……あら」 一面の大きな見出しを見て、私は思わず声を漏らした。 そこには、先日この屋敷にやってきて、私に不躾な態度をとった男の名前が踊っていた。 『バルバトス伯爵、深夜の屋敷で突如発狂! 当主の座を退き幽閉へ』 『不正蓄財と密輸の証拠も多数発見! バルバトス家、取り潰しの危機か』 記事には、伯爵が何かに酷く怯えた様子で「化け物が来る」「俺の目を潰しに来る」とうわ言を繰り返し、精神を病んでしまったと書かれていた。 さらに、彼の書斎からは長年にわたる不正な取引の証拠が、まるで誰かが意図的に並べたかのように机の上に置かれていたらしい。 「どうされましたか、ヴェラ様」 背後から、心地よい声が降ってきた。 振り返ると、アシュが焼きたてのスコーンを乗せた銀のトレイを持って立っていた。 彼の銀糸のような髪が、朝の光を受けてキラキラと輝いている。 「これを見て。先日いらっしゃったバルバトス伯爵、どうやら自滅したみたいね」 私が新聞を見せると、アシュは無表情のまま記事に目を落とし、ふんと小さく鼻を鳴らした。 「自業自得ですね。ヴェラ様に対してあのような無礼を働いたのですから、天罰が下ったのでしょう」 「そうね。まあ、私にはもう関係のないことだわ」 私は新聞をパタンと閉じ、アシュが取り分けてくれたスコーンに手を伸ばした。 クロテッドクリームと自家製の苺ジャムがたっぷりと乗せられたそれは、一口食べると幸せな甘さが口いっぱいに広がる。 「美味しい。アシュ、あなたまた腕を上げたわね」 「ありがとうございます。ヴェラ様の笑顔が見られるなら、俺はいつだって最高の料理を作りますよ」 アシュは花がほころぶような美しい笑みを浮かべ、私のカップにミルクティーを注ぎ足してくれた。 彼が微笑むたびに、私は胸の奥が温かくなるのを感じる。 バルバトス伯爵の失脚が、まさか目の前にいるこの完璧な少年の手によるものだとは、私は微塵も思っていなかった。 私にとってアシュは、少し過保護で愛情深い、健気な『理想の夫候補』でしかないのだから。 「アシュ、あなたももう十
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第7話:仕立て屋の悲劇と、メジャー越しの重すぎる抱擁
静かな森の奥に佇む洋館。 その優雅な応接室で、私は満足げに頷いていた。 アシュを拾ってから三年。 私の『理想の夫育成計画』は、客観的に見ても大成功を収めていると言っていい。 私が夫に求める条件を、改めて頭の中で反芻してみる。 一、私を恐れないこと。 ――これは完璧にクリアしている。アシュは私を恐れるどころか、神様のように崇め奉っている。 二、私だけを見て、私だけを愛すること。 ――これも文句なしだ。彼の口から出る言葉は、朝から晩まで私への称賛と愛の言葉ばかりである。 三、絶対に私のそばから離れないこと。 ――これに至っては、むしろ離れなさすぎて少し困るくらいだ。私がトイレに行く時すら、扉の前で護衛しようとするのだから。 「ふふっ。やっぱり、私の考えは合理的で正しかったわ」 私は淹れたてのハーブティーを傾けながら、一人ごちた。 三百年間、誰からも愛されなかった最強の魔女。 男たちは私の魔力と寿命を恐れ、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。 だが、初めから何も知らない真っ白な子供を拾い、私の手で愛情たっぷりに育て上げれば、こんなにも完璧で、私を真っ直ぐに愛してくれる理想の夫が完成するのだ。 なぜもっと早く気付かなかったのかしら。 そうすれば、百回もお見合いに失敗して落ち込むこともなかったのに。 「ヴェラ様」 応接室の扉が開き、噂をすればなんとやらの張本人が姿を現した。 十五歳になったアシュだ。 仕立てのいい黒の執事服に身を包んだ彼は、王族の血を引いていると言われても誰もが信じるほどの、圧倒的な美貌と気品を備えている。 「本日の三時のティータイムには、ヴェラ様がお好きな東の国の茶葉と、新作のチェリータルトをご用意いたしました」 「ありがとう、アシュ。いつも悪いわね」 「とんでもありません。ヴェラ様の笑顔を見ることが、俺の唯一の喜びですから」 アシュは完璧な微笑みを浮かべ、テーブルにトレイを置いた。 本当に、非の打ち所がない。 少しばかり愛情が重い気もするが、私を恐れて逃げていく男たちに比べれば、何百倍も愛おしい。 「そういえばアシュ。そろそろ、王都から彼が到着する時間ね」 私が時計を見上げながら言うと、アシュの動きがピタリと止まった。 「……ええ。
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第8話:森の侵入者と、血に染まらないティータイム
あの日、王都一の仕立て屋が悲鳴を上げて逃げ帰ってから、わずか一週間。 私の目の前には、息を呑むほど美しい二着の衣装が並んでいた。 一つは、深い漆黒の生地に銀糸で細やかな刺繍が施された、上品で格式高いイブニングドレス。 もう一つは、ドレスと対になるようにデザインされた、洗練されたシルエットの純白の礼服。 「……信じられないわ」 私は、マネキンに着せられたそのドレスにそっと触れた。 指先から伝わってくるのは、最高級のシルクの滑らかな感触。 デザインも、縫製も、一切の妥協がない。 逃げ出したムッシュ・ジルが作るはずだったものより、遥かに私の好みを捉えていた。 「お気に召しましたか、ヴェラ様」 私の背後で、アシュが静かに微笑んでいた。 彼の手には、まだわずかに裁縫道具の跡が残っている。 「これ、本当にあなたが一人で作ったの?」 「はい。ヴェラ様の美しいお体を一番よく知っているのは俺ですから。誰の手も借りず、俺がヴェラ様のために一針一針、心を込めて縫い上げました」 アシュは誇らしげに胸を張った。 あの後、アシュは王都から最高級の生地と糸を取り寄せると、三日三晩部屋にこもってこのドレスを完成させてしまったのだ。 剣術や魔法だけでなく、裁縫までプロ級の腕前になってしまうとは。 「あなたって子は……本当に底知れないわね。魔女の私でも、ここまでの芸当はできないわ」 「俺のすべてはヴェラ様のためにあると、何度も申し上げたではありませんか。ヴェラ様が望むなら、俺は星でも落としてみせますよ」 アシュは私の手を取り、その甲に恭しく口づけた。 「さあ、ヴェラ様。ぜひ袖を通してみてください。俺の仕立てたドレスが、あなたの白い肌にどれほど似合うか……早く見たくてたまりません」 アシュの赤い瞳が、熱を帯びた光を放っている。 その視線はあまりにも真っ直ぐで、少しだけ気恥ずかしくなってしまう。 「ええ、わかったわ。着替えてくるから、少し待っていてちょうだい」 私はドレスを持って更衣室へと向かった。 アシュの言う通り、私のサイズを寸分違わず測り取って作られたドレスは、恐ろしいほどぴったりと私の体にフィットした。 鏡に映る自分の姿を見て、私は満足げに頷く。 三百年生きてきて、ここまで自分の魅力を
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第9話:聖騎士団の進軍と、狂犬の完璧な隠蔽工作
朝。 私がゆっくりとまぶたを開けると、視界いっぱいに美しい銀色の髪が広がっていた。 「おはようございます、ヴェラ様。今朝もこの世の何よりもお美しい」 ベッドのすぐ傍らに膝をつき、私の寝顔をじっと覗き込んでいたアシュが、花がほころぶような笑みを浮かべた。 「……おはよう、アシュ。ずいぶん早起きね」 「はい。ヴェラ様の寝顔を見つめていると、瞬きをする時間すら惜しくて。結局、一睡もできませんでした」 「え?」 私は体を起こし、目を瞬かせた。 「一睡もしていないって……まさか、夜中ずっと私のことを見ていたの?」 「はい。ヴェラ様の規則正しい寝息を聞き、その美しい胸の上下を数え、月明かりに照らされる白い肌を網膜に焼き付けておりました。至福の時間です」 アシュは恍惚とした表情で、私の手を取り、指先にそっと口づけを落とした。 ……普通なら、ドン引きするレベルの重い発言だろう。 夜中にずっと寝顔を見つめられているなんて、ホラー以外の何物でもない。 しかし、私は恋愛感覚が致命的に欠落している魔女だ。 「もう。しっかり睡眠をとらないと、背が伸びなくなってしまうわよ? あなたは私の理想の夫になるのだから、健康管理も完璧にこなさなきゃ」 私は彼を咎めるどころか、「健康に悪い」という斜め上の心配をして、その銀色の髪を優しく撫でた。 「ふふっ。ヴェラ様にそう言っていただけるなら、今夜からは俺も隣で眠ることにします。ヴェラ様の温もりを感じながらなら、きっと深い眠りにつけるでしょうから」 「ええ、それがいいわ」 私がニコリと微笑むと、アシュの赤い瞳にドロリとした熱い光が宿った。 だが、それはほんの一瞬のことで、すぐにいつもの忠犬のような愛らしい笑顔に戻る。 「では、お着替えのお手伝いを。本日は王都から取り寄せた、新しい紅茶の葉がございます」 アシュの手際の良いエスコートで、私はベッドから降りた。 この三年間、アシュは私に対して文字通り「付きっきり」だ。 私がどこへ行くにも影のようについて回り、私の身の回りの世話を完璧にこなす。 私を恐れることなく、真っ直ぐに愛し、絶対にそばから離れない。 私の掲げた「理想の夫の条件」を、彼は百点満点でクリアし続けている。 少しばかり執着が強すぎる気もするが
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第10話:迷い込んだ小鳥と、聖なる宝石の首飾り
青く澄み渡った空の下、屋敷の中庭には色とりどりの花が咲き乱れていた。 私がベンチに腰掛けて見守る中、アシュは庭の中央に立ち、目を閉じて魔力を練り上げている。 「いいわよ、アシュ。的はあの空高く浮かべた五つのリンゴ。同時に、かつ正確に射抜いてみて」 「はい、ヴェラ様」 アシュが静かに目を開く。 彼の赤い瞳が、スッと細められた。 ――ヒュンッ! 魔法の詠唱はおろか、腕を振るう予備動作すらなく。 アシュの周囲空間に生み出された五つの「氷の矢」が、音速を超えて空へと打ち上げられた。 パンッ! パンッ! パンッ! パンッ! パンッ! 瞬きをする暇もない一瞬の出来事だった。 上空数十メートルに浮かべていた五つのリンゴが、すべて寸分違わず中心を貫かれ、空中で粉々に砕け散った。 砕けたリンゴの破片は、氷の魔力によってキラキラと輝く粉雪へと変わり、太陽の光を反射しながら美しく舞い落ちてくる。 「……素晴らしいわ」 私は思わず立ち上がり、拍手を送った。 「威力、速度、正確性。どれをとっても完璧よ。それに、最後に破片を雪に変える魅せ方までできるなんて。たった三年で、ここまで魔力制御を極めるなんて思わなかったわ」 私が絶賛すると、アシュは嬉しそうに駆け寄ってきて、私の前で恭しく片膝をついた。 「すべては、ヴェラ様が丁寧に教えてくださったおかげです。俺の力は、ヴェラ様を喜ばせるためにこそあるのですから」 十五歳になったアシュは、すっかり青年の骨格になり、見上げる顔も恐ろしいほど大人びている。 だが、私に向けられるその笑顔だけは、出会ったあの路地裏の時のように、純粋で愛らしいものだった。 「ふふっ。本当に、いい夫になりそうね。三年後の社交界が今から楽しみだわ」 「俺もです。早く、ヴェラ様の隣を堂々と歩ける男になりたい」 アシュは私の手を取り、指先にそっと口づけを落とした。 その体温は温かく、私に安心感を与えてくれる。 私の婚活は、本当に大成功だ。 これほど優秀で、美しく、私だけを愛してくれる男を育て上げたのだから。 私は彼が数日前、森の入り口で教会の聖騎士団三千人を、文字通り『瞬殺』したことなど微塵も知らない。 彼は私に心配をかけまいと、血の一滴、悲鳴の一つすらこの屋敷に届かせなか
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