LOGIN私の旦那様は小柄で太っちょで丸顔。 どうしてあんな人を選んだのと言われるけれど、私は旦那様を愛している。 結婚して数年、屋敷のみんなとも上手くやっていたと思う。 でも事故にあってから周りの様子がおかしくなった。 真っ暗な部屋、外出禁止、態度の違い、全てが変だ。 その理由を知った時、私は何を残すかを迫られる。
View More「奥様、もうお時間ですよ」
メイド長のアナスタシアの声で目が覚める。
嫌な夢だった。
体がばらばらに引き裂かれる夢。
手足がちぎれていく感覚はものすごく生々しくて、起きた今でも思い出せる。
思わず体を身震いさせてしまう。
「どうされましたか?」
「なんでもないの、アナが起こしに来るなんて珍しいわね」
「ちょっと事情がございまして」
少し困った表情をしているので何かあったのだろう。
普段ならスフィーナやイリーシャが起こしに来るはずで、わざわざアナが起こしに来る必要なんてない。
「それにどうしてこんなに真っ暗なの?」
あまりの暗さで夜かと思ってしまった。
窓を見ると外側から何かで塞がれているようだ。
「今改築中でして一週間ほどこの状態になります」
そんな話聞いてなかった。
教えてもらえなかかったのは何か理由があるのかな?
でもリチャードとアナが決めたことならきっと大丈夫だ。
ただ改装ってかなり大がかりだけど、一週間で済むのはすごく早い。
もしかして外壁を塗りなおすだけとかなのかな?
「改築は何をする予定になっているの?」
「窓の雨避けの改修と屋敷の外壁塗装ですね」
聞かれるのは想定済みらしくスラスラと答えが出てくる。
うん、大体想像通りの内容。
外壁の一部だけ塗装がはがれていたからあそこを修繕するんだろうな。
「そのためメイド含めて大勢駆り出されています」
「ああ、そういうことなのね」
でもけっこう人手不足みたいね。
わざわざ屋敷の人間まで駆り出すなんて。
「え、でもそんな状況で本当に一週間で終わるの?」
「契約魔術が交わされておりますので問題ありません」
一瞬納得しかかったけどすぐ疑問が浮かんだ。
え? 契約してるっていうことは間に合わなかったらメイドとかも処罰される?
そう思ったのが顔に出ていたようでアナがさらに説明を加えてくれた。
「契約は業者との間に交わされたものなので屋敷の人間は関係ありません」
「でもメイドたちのやる気がなかったから間に合わなかったとか言われたらこちらのせいにならない?」
「心の中は証明できないので大丈夫ですが、実際に動きが悪ければなるかもしれません」
「じゃあ……」
お手伝いみたいな仕事で処罰される可能性があるなら、やらない方がいいんじゃないかな?
どうしてアナは屋敷の人間を手伝わせたりしたんだろう?
「別に契約違反したからと言っても強制執行しなければ良いのですよ」
「強制執行しない?」
「契約違反してるぞ、いつでも強制執行できるぞ、だからさっさと遅れを取り戻せと言うためです」
なるほど、間に合わないのは仕方ないにしても、そのままだらだらと長引かれるのは困る。
だから遅れた時は契約違反を盾に催促するということなのね。
それならそこまで気にしなくていいか。
話をしている間にもアナの手は止まらない。
「奥様のお世話は久しぶりで少し緊張しております」
たしかに昔に比べて動きに迷いを感じる気がする。
何をしたらいいか思い出してるのかな?
慣れない手つきだった新婚のころを思い出す。
「昔はよくアナに化粧してもらったわね」
「あのころの奥様はお化粧嫌がられて大変でしたよ」
「だって今までほとんどしたことなかったし」
「お化粧でさらにお綺麗になりましたね」
たしかにリチャードは「リタが綺麗すぎる」とものすごく喜んでいた。
あんなに喜んでくれるから私も化粧が嫌じゃなくなった。
感を取り戻してきたのか手の動きが早くなっていく。
たしかに間近で見てもアナはすごく美人。
短い髪はきっちりセットされてるし肌はつやつやしてる。
私より年上なんて信じられない。
「あまり見ないで下さい」
「どうして?」
「化粧で必死に誤魔化しているので」
「全然綺麗よ、私よりずっと」
「!…そんなこと」
あれ? 顔を強張らせているアナなんて初めて見た。
綺麗って言われて何かあるのかな?
もしかして良い人でも出来た?
それなら全力でお祝いするんだけど。
「化粧終わりましたよ」
「ありがとう、鏡をもらえる?」
「すみません、今大掃除中でして鏡がありません」
「あ、そうなの」
「わたくしから見てとてもお綺麗ですよ」
「ありがとう」
「旦那様が起きるのをお待ちされていましたよ」
「まあ、それは大変、すぐ行かないと」
動こうとして気づく。
もう既に着替えてある。
「汗をかかれておりましたので寝ている間に着替えさせて頂きました」
「ありがとう」
そんなに汗かいてたんだ。
嫌な夢だったから仕方ないか。
それにしても少し体が重い気がする。
悪夢でしっかり眠れなかったかも。
少しゆっくりした足取りで食堂に向かう。
屋敷中の窓という窓が塞がれている。
おかげで今が朝だと分からないぐらい。
ここまで全て塞ぐ必要があるのかな?
「あなた方だけでは謝罪が足りない、周りも謝罪が必要だ」「は?」「リチャード!?」 旦那様は謝罪を受け入れられませんでした。 これはみんな想定外で奥様すら驚いておられます。「僕のことはいい、でもリタを悪く言ったのは許さない」「ひっ!?」 旦那様に見られた女性が悲鳴をあげました。 よく見ると先ほど奥様に淫売と言った女性です。「リタに謝罪しろ」「リチャード!? 私はそんなこと気にしないわ!?」「僕が気にするんだ、さあ早く」 これほど怒っている旦那様を見るのも奥様の言うことを聞かなかった旦那様を見るのも初めてです。「む、無理やり言うことを聞かせるなんて野蛮です」「そ、そうだ、主催の貴族が謝罪しているんだから受け入れろ」 主催の貴族が謝ってもあなた方が謝ったことにはならない。 そんなことすら分からないのでしょうか?「謝罪がなければ本家に処分を依頼する、リチャード=スオルムの名にかけて」 『本家に処分を依頼する』この言葉で会場が一気に静まりました。 特に主催の貴族達は顔を青ざめさせています。 スオルム家は王族と強いつながりがある家系です。 旦那様はその分家の末席になります。 もちろん直接的な力は何もありませんが本家に頼みごとをする程度は可能です。 ただし頼めば無償で動いてくれる訳ではありません。 十分な代価が必要となります。 今回のようにこうやって名前を出すだけでも寄付とは比べ物にならない代価を要求されるでしょう。 ましてや処分を依頼するとなるといくらになるか想像がつきません。 その分相手に対する効果は絶大です。「リチャード殿、それは……」 あわてて主催の貴族達が取りなしに来ました。 処分が来る場合は巻き添えを喰らう可能性が高いので必死です。「この馬鹿が、早く謝れ!!」「だ、だって」「つべこべ言うな、周りを巻き込むな!!」 他の貴族は奥様に暴言を吐いた夫人を取り囲んで謝罪を迫っています。 夫と思われる貴族も必死に謝らせようとしています。「も、申し訳ありませんでした」「次はないと思え」「は、はい」 これを皮切りにして貴族達が次から次へと謝罪に来ていますがそれに対して高圧的にも見える態度で対応されています。 いつもお優しくて誰に対しても強く出なかった旦那様があのように怒りをあらわにされるなんて思いませ
「貴族というのは子どもにお金をたかるものなのかしら?」「は? そいつは成人だろ」「子どもの振りして寄付から逃れようっていうのか?」「あなた方がいつリチャードを成人扱いしたのですか?」「実際に成人だろ」 その言葉を聞いた奥様が周りを見回しながら問いかけます。「誰がそれを認めているのですか?」 その言葉に周りは黙り込みました。「リチャードを成人と認めてくださる方はいらっしゃいますか?」 奥様がさらに問いかけても誰も反応しません。 旦那様の友人の方も声を出されませんが仕方ありません。 下手に発言すれば主催の貴族たちに目をつけられます。「誰も成人と思っていないようですが?」 主催の貴族たちに向き直り改めて問いかけられましたが返答はありません。「平民風情が出しゃばるな!!」「そうだ、ここは平民が話す場ではない!!」「どうせ金目的で子豚のものを咥えこんだんでしょう、汚い淫売が」 主催の貴族が黙ったことでここがご機嫌取りの機会だと思ったのでしょう。 周りにいる夫人たちが口汚い言葉で旦那様と奥様を罵ります。 しかし奥様はその言葉を無視して問いかけます。「あなた方はどのくらい寄付をされるのですか?」 夫人たちの言葉が詰まりました。 おそらく寄付はしていないのでしょう。 普段から見ていても寄付をしているのは旦那様だけです。「まさか平民以下ということはありませんよね?」「平民を嫁にするような格下の貴族だから寄付してるのよ!!」「そうよ、格が足りないから金で補ってるだけ!!」「つまり格はお金で買えると言っている訳ですね」「は?」「補うことが出来るなら結果としては等しくなりますよね?」 奥様の言葉に周りの貴族のみならずわたくしも驚いています。 そのような発想自体ありませんでした。「な、な、何言ってるの、格の違いはお金なんかで補えるわけないでしょ!!」「金、金、金、ってあさましい」 先ほどまでと言っていることが違います。 格が足りないというのはどこにいったのでしょうか。「つまり寄付に意味はないと?」「招いてあげてるんだからせめて金ぐらい出すべきよ」「そうよ、参加料よ」「なるほど、みなさん寄付ではなく参加料であるという認識なのですね」 奥様の声が少し高くなりました。 これは奥様が怒っているときの癖
奥様は貴族夫人として相応しくなるよう大変な努力をなされています。 毎日厳しい教育を受けている様子を見て旦那様はかなり心配しておいででした。「リタ、大丈夫かい? つらくないかい?」「大丈夫ですよ、リチャード」 ジョゼット様のことがあるからでしょう。 ことあるごとに声をかけていらっしゃいます。「心配性ですね、一人で大丈夫ですよ」「だって大変そうだよ」「リチャードも子どものころに一人で教わったのでしょう?」「でも……」「リチャードにずっと見られていたらアナスタシアもやりづらいですよ」「わかった、愛してるよ、リタ」「私も愛していますよ」 渋々といった表情で部屋を後にされる旦那様。 退出前に奥様の手を握って寂しそうにしてたのが印象的でした。「リチャードは甘えん坊ですね」 奥様はよくそうおっしゃいますが今までこのようなお姿はほとんど見たことがありませんでした。 奥様によほど心を開いていらっしゃるようです。 ただ毎日のように『好きだ』『愛してる』という言葉を聞くのでこちらが赤面してしまいます。「今日はリタに我慢させることになると思う」「構いませんわ」 今日は結婚後初めての貴族の交流会です。 平民である奥様にはいろいろと厳しいことを言われるでしょう。 旦那様はかなり気にしておいでですが奥様はあっけらかんとしておられます。 会場に到着しました。 周りの目が一斉にこちらを見ます。「まあ、あれが例の……?」「ええ、そうですわ、何でも平民の出だとか」「割れ鍋に綴じ蓋でちょうどいいでしょう」 わざと聞こえるように話しているのでしょう。 奥様にも聞こえたようですがなんの反応もありません。 しかし割り当てられた席に座ろうとした時、顔色が変わりました。「リチャード、それは?」「いいんだ、リタ」 旦那様に用意されていたのは子ども用の椅子。 さらに近くには踏み台まで用意されていました。「座りやすくてちょうどいいよ、ははは」「リチャード……」 最近こういうことが増えてきました。 旦那様が我慢しておられるので耐えていますが招いておいてこの対応は許せません。 しかし使用人の立場では言えないのが歯がゆく感じます。「さあ早くリタも座りなよ」「……ええ」 奥様も戸惑いながら座られました。 全員着席したところで主催の貴族
どうしましょうか。 突然の旦那様の願いに戸惑いを隠せません。 ジョゼット様の件以降、旦那様は婚約者をお作りになりませんでした。 相手が明らかに財産目当てだったのもありますが一番は旦那様が興味を持ちませんでした。 『僕が好きになった人と結婚したい』とおっしゃる旦那様はよほどジョゼット様のことが尾を引いていると思われます。 そんな旦那様が結婚なさるおつもりだと言うのは非常に喜ばしいことです。 ただ相手が平民となると話が変わります。 平民と貴族は住む世界が違います。 それは身分の差と言う意味だけでなく魔力の有無という意味もあります。 貴族の世界は魔力があることを前提に作られています。 わたくし達のような平民では呼び鈴すら鳴らすことができません。 もし平民が妻となれば社交で問題が出ることでしょう。 ただ先ほどの様子だと既に覚悟を決めておられるようです。 ……ならば使用人としては最善を尽くすのみでしょう。「分かりました、さっそく調べてまいります」・・・ 数日である程度情報は集まりました。 名前はリタ様と言うそうで旦那様と同い年の結婚経験なし。 明るく優しく聡明な方で結婚していないのが不思議だとか。 妾であれば文句のない相手なのですが……。 旦那様に報告すると『すぐにでも挨拶に行く』とのことでした。 よほど待ちきれないのでしょう。 準備を整えて彼女の住む家に向かいます。「いきなり貴族の嫁になると言うのは大変でしょうが、必ず幸せにします」 それを聞いた彼女は興味深そうな目で旦那様を見ていました。 彼女の印象は悪くありませんね。 ただ家族の方はひどいものです。 彼女の母は得体の知れないものを見る目だったし彼女の姉に至っては嫌悪感を隠しもしない。 旦那様がひどい貴族であれば何らかの処罰を受けていたでしょう。「断っても不利益が生じることはない」 その言葉で彼女の母が安堵したのがわかります。 大事な娘を無理やり奪われると思ったことは理解できますが旦那様の誠意を理解していないことには腹立たしさを感じます。「少しお時間をいただけないかと」「わかった、しっかり考えてほしい」 旦那様は食い下がることなくその場を後にしました。 旦那様の雰囲気だと断られた時は素直に諦めてしまいそうです。 しかしここまで気に入られているなら妻
「私は自分が死者だと気づいていなかった」「は? 何言ってる、彼に『私はもう死んだ』と言っていたじゃないか」「『私はもう死んだ"と思って"諦めて』としか言っていない」 ちょっとした言い回しの違い、それは契約においては致命的な違いとなる。 でも魔術師はそれに気づいていない。「その前にも鼻を触っていただろう? 存在しなくなった鼻を」「そう、てっきり事故でなくなったんだと思ってた」 実際はそこで蘇生されたと気づいていた。 でもそれは客観的に証明できない。 だって私は何も言っていないから。「死んだ"と思って諦めて"と言っている時点で死んでいるとは言っていない」「は?」「あなたが
事故後に初めて食堂に言った時、リチャードが「事故にあった」「よかった」と言っていた。 あの時のリチャードには驚きと喜びがあった。 私の顔の変化に対する驚きと私が生きていた喜びと考えれば辻褄が合う。 でもこれだけの怪我をしているのに、私に痛みはないのはなぜだろうか? 体を見せない、突然の改築、全身のだるさ、食欲のなさ。 軽く手をつねってみる。 まったく痛みを感じない。 総合的に考えて導き出される結論は……。 そうか、私は事故で死んだのか。 そして何らかの方法で生き返らされた。 ……死者蘇生。 魔術師と呼ばれる存在が使うことが出来る秘術。 死んだものを生き返らせて
「奥様、朝でございますよ」「ううーん」 いつものように頭のある辺りに手を伸ばすと、その手は空を切った。 目を開けて見てみるとそこには誰もいなかった。「あれ? リチャードは?」「旦那様はもう起きて仕事しておられます」 珍しいこともあるものだ。 私と一緒に寝る時はいつも私に抱き着いたまま起こされるのに。 寝顔を見ながら頭をなでるちょっとした楽しみが出来なくて残念。「あ、服着替えないと」「もう着替えは終わっております」 言われて服を見てみるとたしかに寝る前と変わっている。 リチャードが起きた時にアナに伝えてくれたのかな? ただ何か全体的に動きづらく感じる。 いつも着慣れて
「あれ……、私?」「もう朝だよ」「え!?」 目が覚めるとリチャードがベッドの隣の椅子に座っていた。 どうもベッドで横になってそのまま寝入ってしまったらしい。「久々にリタの寝顔を堪能できたよ」 目じりを下げて満面の笑みを浮かべるリチャード。 普段は私の方がリチャードの寝顔を堪能するのに今日は堪能されてしまったらしい。 何か悔しいのでほっぺたをタプタプしておく。「おおお、やへるんだ(やめるんだ)」「恥ずかしい思いをしたからお返しです」 昔より贅肉が増えている気がする。 もう少し運動してもらわないと駄目ね。 ……そういえばしばらく夜の営みをしてないし、今日の夜に誘ってみよ