貴方を癒すのは私。 では私を癒してくれるのは、誰? 悪役令嬢 × 異能 × 西洋風ロマンスファンタジー ここに開幕! ミカエラ・ラングヒル伯爵令嬢は王太子アイゼルの婚約者であり、『愛する人を守る』という異能を持っていた。 アイゼルが受けた危害はミカエラが代わりとなってその身に受ける。高い治癒能力があるので死ぬことはないが、壮絶な痛みを受けて苦しむことになる能力だ。 そんなミカエラに浴びせられる言葉は、可愛げが無い、不気味、悪役令嬢。 一方アイゼルは冷たい態度をとりながらもミカエラを愛していて、愛するゆえに手放せず苦しむ。 アイゼルとミカエラの気持ちはすれ違うが、異能は止まらない――――
view more(助けてっ! 誰か助けて!)
猿ぐつわを嵌められて暗い部屋の床に転がされているミカエラは、声を出せないまま心の底から願った。
此処が何処なのかも分からない。 夜会会場から誘拐されたミカエラは、長い黒髪をハーフアップに整えて華やかな金色のドレスを着ている。 ドレスが華やかな分、床に転がされている現状が余計に惨めで残酷だとミカエラは感じた。(あぁ、わたくしは王太子の婚約者だというのに誰も助けにきてくれないの? わたくしが悪役令嬢だから? でもわたくしが殺されれば困るのは、婚約者であるアイゼルさまなのに……護衛は何をしているのかしら?)
その時だ。
心細さに震えるミカエラの耳に、ガシャンという派手な音が響いた。 ミカエラを閉じ込めていた部屋の扉が粉々に砕け飛び散る。 (眩しい!)いきなりまばゆい光が室内へ押し寄せるように差し込む。
目もくらむような眩しい光の中には、金色の髪をなびかせるアイゼルの姿があった。 (なぜアイゼルさまが⁉)混乱するミカエラを、青い目がとらえる。
彼女を見たアイゼルは一瞬だけ痛ましげに表情を歪めると、キュッと口元を引き締めた。「もう大丈夫だ。安心して」
アイゼルは彼女の傍らに跪くと、ミカエラの口元から猿ぐつわを外した。
自由になった口で、ミカエラは疑問を言葉にする。「アイゼルさま……なぜ、此処へ?」
アイゼルはミカエラの拘束を解いて助け起こしながら、どうということはないといった調子で平然と言う。
「愛する君が消えたんだ。必死になって探すに決まっているだろ?」
「……え?」ミカエラは呆然と、少し怒っているような、拗ねているような様子のアイゼルを見つめた。
(愛する君⁉ アイゼルさまが、愛する君? え?……それは本当に、わたくしのことですか?)助け起こされながらも、ミカエラがそう思うのも無理はない。
可愛げが無い、不気味、無能。
そして悪役令嬢。 それがミカエラの評判だ。 婚約者であるアイゼルも、その評判を肯定するかのように、ミカエラへ冷たく当たった。(アイゼルさまは、変な呪いにでもかかっているのでは?)
ミカエラがそう思ってしまうほど、アイゼルの彼女に対する態度は酷かった。
だがアイゼルにも事情がある。「そこまでポカンとした表情をされるとは思わなかったな。これでも君を守ろうとしていたんだよ。ちっとも伝わってなかったみたいだけど」
「きゃっ⁉」アイゼルは照れ隠しするように顔を背けながら、ミカエラを横向きに抱き上げた。
ミカエラがアイゼルへの苦しい想いに悩んでいた時、アイゼルはアイゼルで苦しんでいたのだ。 ミカエラを愛するゆえに冷たくし、愛するゆえに手放すこともできずに苦しんでいたアイゼルと、アイゼルへの愛と愛ゆえに発動する異能により苦しめられていたミカエラ。2人の物語を語るために、時は少し遡る――――
「レイチェル! ポワゾン伯爵令嬢、来ていたんだね」 ミカエラに背を向けたアイゼルの青い瞳がとらえたのは、お気に入りのご令嬢だ。「はい。ご機嫌麗しゅうございます、王太子殿下」(今日も綺麗ね、ポワゾン伯爵令嬢は。双子だけあって、お兄さまであるイエガーさまとそっくり) ミカエラはポワゾン伯爵令嬢を眺めながら思う。「今夜は疲れたよ。付き合ってくれないか」「はい」 王太子はポワゾン伯爵令嬢の手を取って、ミカエラを振り返ることなく何処かへ行ってしまった。 令嬢たちは嬉しそうにさざめく。 「やはり、王太子殿下はポワゾン伯爵令嬢のことがお気に入りね」「おかしいと思ったのよ。ミカエラさまと踊るなんて」 令嬢たちのクスクスという笑い声が、ミカエラの心に刺さる。(わたくしが一番、分かっていることよ) ミカエラの様子を楽しみながら、令嬢たちは忙しく囁き合う。「ミカエラさまから何か交換条件でも出されたのではないの?」「そうよね。ミカエラさまは、策士だもの」「何か悪い事を企んだのではないのかしら?」「あらあら。王太子殿下とダンスすることが悪巧み?」「いえいえ。悪巧みをやめる条件が王太子殿下とのダンスだったのよ」 囁きは広い会場にあっても、ミカエラの耳に奇妙なほど届く。「まぁ、怖ろしい。どんな悪い事を考えたのかしら?」「さぁ? 私たちには考えも付かないような『何か』よ」「どんな事かしら?」「考えても無理よ。きっと貴女には思い浮かびもしないことだから」「そうよね、ミカエラさまは悪女でいらっしゃるから」「うふふ。悪役令嬢ですものね」「そうよ。ふふふ」 やっぱりね、とばかりに令嬢たちはクスクスと嘲笑している。 ミカエラの背後に控えていた侍女も溜息を吐いて言う。「ミカエラさま。もう下がってしまって良いでしょうか?」「……ええ、いいわ」 ミカエラが許可を与えると、ルディアはそそくさと会場を後にしていった。 取り残されたミカエラに集まるのは、嘲笑と好奇の目。(耐えられない) なによりも耐え難いのは、期待してしまった自分。(なんて……惨めなのかしら……)「ミカエラさま。我が兄が不調法で申し訳ない」「……」 ミゼラルが話しかけてきた。 同情でもされたのだろう。 いつもなら、適当に返事をして合わせることができるけれど。 今夜
王城の大広間は、夜会のために華やかに飾り立てられていた。 もとより豪奢なつくりの大広間はピカピカに磨かれた大理石の床が広がっていて天井も高く開放的である。 豪華なシャンデリアの下がる天井は、人の手で作られたことが不思議なほど曲線が優美なレリーフや、彩も鮮やかな絵で飾られていて煌びやかだ。 広々としているはずの場所ではあるが、そこに集う人々も競うように艶やかな装いに身を包んでいるため少々息苦しく見える。 豪華に飾られていて貴族たちが顔を揃えている夜会の席に必要なものが全て整った万全のタイミングで入場することが許されているのは王族のみだ。 そのタイミングを待って王太子に手を取られ、颯爽と会場に入っていくミカエラの立場は羨望の的だ。 貴族たちの視線はアイゼルを称えるように見た後で、ミカエラへと向けられる。(わたくしの座を狙う者だらけね。わたくしは侮られているから……) 贅を尽くした会場は、ミカエラにとっては戦場だ。 いつもの赤いドレスであれば、貴族たちにとってミカエラは脅威ではない。 だが今宵は王太子から贈られた金色のドレスを身にまとっている。 明らかに様子の違うミカエラに、貴族たちはどよめいた。「あれは王太子殿下の色」「ミカエラさまといえば赤では?」「王太子殿下がドレスを贈られたのか?」 アイゼルにエスコートされたミカエラは、ふたり並んで大階段上に設えられた舞台から会場を見下ろす。 そして貴族たちに向かって見せつけるように、軽く頭を下げた。 体を震わせるような会場内のどよめきを感じながら、ミカエラは顔を上げた。(無理もないわね。隣には王太子。互いの色を取り入れた華やかな装い。こんな……婚約者であることを見せつけるような衣装をまとったことなどないもの) 令嬢たちに対して、これ以上の牽制など必要ないほどではなかろうか。「やはり、王太子殿下の婚約者はミカエラさまですわ」 侍女ルディアは後ろから付き従いながら満足気に呟く。(これで少しは、私の扱いも変わるかしらね) ミカエラはそんな風に思いながら、アイゼルに手を取られて、ゆっくりと大階段を降りていった。 正面を見据える彼女の視線に迷いはない。 「どういうことかしら?」「王太子殿下の愛は、レイチェル・ポワゾン伯爵令嬢に与えられているのではなかったの?」「見て、あのドレス。
ミカエラがアイゼルにエスコートされるのは初めてのことではない。 だが部屋まで来てくれたのは初めてのことだ。(やっぱり素敵……) 夜会のために華やかな衣装を身に着けたアイゼルを見上げると、彼は整った顔に甘い笑顔を浮かべてミカエラを見ていた。 贈られた白薔薇越しの王太子は、魅力的で麗しい。 ミカエラは両手を胸の前で組み、思わずため息を吐いた。(気のせいかしら? アイゼルさまの目には、義務ではない愛情がこもっているように見えるわ) 他の令嬢にも平気で甘い笑みを向ける愛しくも憎い婚約者の目が、今は自分だけに向けられている。 ミカエラはうっとりとした表情を浮かべて彼を見つめた。(わたくしの王子さま。わたくしの愛する人。わたくしはアイゼルさまのことが好き。期待を幾度となく裏切られても……やはり期待してしまうの。好意を返されることを) アイゼルは今日も王太子として相応しい装いに身を固めていた。 青と黒の幾何学模様が埋め尽くす生地を使った上着には、たっぷりと金刺繍が施されていている。 白いブラウスの首もとに白レースのクラバットが美しく巻かれ、スッと伸びた長い足には黒のトラウザーズをまとっている。 ミカエラに贈られたドレスと揃えて作った衣装のようだ。(私の……色) 黒のトラウザーズは一般的なものだ。 だがその黒に意味を見出すなというのは、今のミカエラには無理な話である。 ミカエラは甘い予感に酔っていた。「さぁ、行こうか。ミカエラ」「はい」 アイゼルが差し出した左手に、ミカエラは自分の右手を重ねた。 その手をアイゼルが自分の左腕に重ねるのを見ながら、ミカエラは彼の隣に立つ。 ミカエラはアイゼルの笑顔に促されて、夜会会場を目指して廊下へと歩みを進めた。 大広間へと続く廊下は、大広間に近付くにつれて豪奢になっていく。 ピカピカに磨かれた大理石の床の両脇には太い柱が並ぶ。 大広間へと近付くにつれ柱への細工が細かく立体的になっていき、次に変わってくるのが窓の細工だ。 レリーフや色彩鮮やかな絵の描かれた壁に、天井から下がる豪華なシャンデリア。 赤い絨毯の敷かれた床が現れれば、天井もレリーフや天井画で華やかに飾られている。 だがどれもミカエラの興味をひくことはできない。(アイゼルさまの輝きを超えるものなど、この世にはないわ) ミカエラ
その日はやってきた。「お綺麗ですよ、ミカエラさま」「ありがとう、ルディア」 笑顔で軽く頭を下げながら反応するミカエラに、侍女は満足げな笑みを浮かべて鏡越しに頭を下げた。 ルディアが陣頭指揮をとって何人ものメイドを動員して身支度を整えたミカエラは、文句のつけようもなく美しい。「王太子殿下さまから贈られたドレスは、本当にミカエラさまのためのドレスですね。とてもお似合いです」 ルディアはうっとりと溜息を吐いた。 アイゼルの王太子の金髪を思わせる金色のドレスは、ミカエラの華奢な体を活かすデザインだ。 細身の体の場合、ボリュームが足りなくなって華やかさに欠けてしまうデザインになりがちだが、このドレスは違う。 軽やかなチュールレースも多用したボリューム満点のデザインが、ミカエラの体の欠点を補っていた。 胸元には同じく贈られた豪華なネックレスが輝いている。 大ぶりのダイヤモンドがはまったゴールドのネックレスは、黒地に金の薔薇模様の刺繍が施されたレースへと繋がっていくようなデザインで幻想的だ。「結い上げても素敵ですけれど……これだけ立派なネックレスなら、この先何度でも出番があるでしょう。ハーフアップの若々しい髪型に合わせられるのは、ご結婚前の今しか出来ないかもしれませんね」 侍女の揶揄うような口調に、ミカエラは頬を赤く染めた。「それにこのイヤリング。大ぶりのダイヤモンドがハーフアップでもこんなに映えるのですから、髪を結い上げて耳がスッキリと見えるようにしたらどれだけ美しく見えるか。アップスタイルで付けられる日も楽しみですわ」 ルディアはイヤリングの位置を調整しながら未来を夢見るように語っている。「ふふ。贈られたアクセサリーの中には髪飾りはありませんでしたが。これだけ大ぶりのイヤリングなら、髪をアップにしてティアラを付けたら充分ですもの」 侍女がはしゃぐよう素振りを見せながらドレスの最終調整に入った。 パタパタとレースやフリルを整える気配を感じながらミカエラは思う。(ティアラを付ける……そんな日は、本当にくるのかしら?) 鏡のなかに映るミカエラの姿は完璧だ。 ハーフアップにされた黒髪。 縦ロールは黒髪の艶やかさをより際立たせていた。 ふんわりと整えられた前髪。 白い肌に施されたメイクは華やかで、眉は綺麗な弓形を描き、口元はぷっくりと
ミゼラルと共に神殿へ向かうのも、ミカエラの朝の日課となった。 神殿への道は開かれていて、誰でも向かうことができる。 護衛を引き連れたミカエラと、護衛を引き連れたミゼラルは、安全のアイコンだ。 防犯上のメリットもある。 だからどこからともなく貴族たちは湧いてきて2人の後に続いた。 そして2人の会話を聞こうと耳を澄ます。「ミカエラさま。今朝もご一緒できて楽しかったです」「ありがとうございました、ミゼラルさま」 一緒に神殿へ行った2人は、神殿へとつながる長い階段の上でいつも通り別れの挨拶を交わす。 だが今朝は少しだけ続きがあった。「あ……ミカエラさま」 踵を返しかけたミゼラルがミカエラに向き直り、改まった様子で話しかける。「夜会へは行かれるのですよね?」「はい」「よろしければ、僕にエスコートをさせていただけませんか?」 ミゼラルは紳士的に申し出た。「いえ……アイゼルさまに誘われておりますので……」 ミカエラが語尾を濁しつつも断ると、ミゼラルは驚いたように一瞬だけ目を見張った。(アイゼルさまにエスコートしていただけるというウキウキした気分に、さっそく水を差されてしまったわ。やはりアイゼルさまは、外聞を考えてエスコートを申し出たのね)「そうですか。それは残念……いえ、ミカエラさまにとっては喜ばしいことですね」 ミカエラは目の前にいるミゼラルを見上げた。 黒い髪に赤い瞳をした恵まれた体格の若者は、恵まれた立場にいるとはいえない。 (立場でいえば、わたくしとミゼラルさまは似ているのかもしれない。ミゼラルさまも魅力的だし、似た者同士で気の合うところもあるかもしれないけれど、わたくしが好きなのはアイゼルさま。わたくしの異能は、あの方にしか発現しない) 恵まれない立場なら、せめて心は自由でいたい。 嘘と策略にまみれながらも自由でいたい。 思うようにならない人生ならば、一矢報いたい。(ミゼラルさまへ心変わりすれば、一矢報いることになるかもしれないけれど……わたくしには、それすら出来ないの) ミカエラは淡く自分を嗤った。 ミゼラルは引き時を心得ていて、笑みと共に別れの言葉を告げる。「では僕は鍛錬場へ行きますので、ここで」「はい。お気をつけて」 ミカエラは去っていくミゼラルの後ろ姿を見送った。(アイゼルさまは、わたくしの異
最近のミカエラの朝は贈り物から始まる。 それは変わりないが、その日はいつもとは違った。 テーブルの上はいつものように朝露のついた白薔薇が1本、置かれていた。 ミカエラは輝くような笑顔で白薔薇を手に取ると新鮮な白薔薇の香りを嗅ぐ。 そして何気なく視線をやった先にリボンの掛けられた箱を見つけた。 金色のリボンはもちろん、赤いベルベットを張った箱は高級感がある。 この国では包装は中身に見合ったものが選ばれるため、ミカエラは驚きに目を見張った。「これは?」「今朝、レクターさまが白薔薇と共に届けてくださいました。王太子殿下の贈り物ですよ。どんなに素敵な物が入っているか楽しみですね」「そうね」 ウキウキしている侍女の期待に満ちた視線を浴びながら、ミカエラはさっそくリボンを解いた。 リボンの豪華さはもちろん箱に張ってある赤いベルベット生地の肌触りもよい。(上質なものだわ。まるでいなかったかのような扱いの今までとは大違い。アイゼルさまってば、どうなさったのかしら) ミカエラは高鳴る胸の鼓動を感じつつ、箱を開けた。「まあっ!」 ミカエラの後ろから覗いていた侍女が声を上げて息を呑んだ。 箱の中には、大ぶりのダイヤモンドを使った金のネックレスが入っていた。 お揃いのイヤリングに下がるダイヤモンドもかなり大ぶりだ。 (なんて豪華なの) ミカエラも目を見開いて息を呑む。 先に口を開いたのは侍女のほうだ。「あら、このデザイン……ドレスとお揃いですわ」 アクセサリーの地金に施されたデザインは、ドレスに使われたレースと繋がるようなデザインになっていた。「なんて素敵な! 夜会の時に使うアクセサリーはこちらに変更ですね、ミカエラさま」「えっ? ……えぇ、そうね」「夜会の日が楽しみですねぇ。今日のカード素敵ですよ。そちらへ置いてございます」 ミカエラは侍女に促されてカードを手に取った。 「あら? 夜会の当日はエスコートしてくださるそうよ」「いやですわ、ミカエラさま。婚約者がエスコートしてくださるのは、当たり前のことではありませんか」 ミカエラは戸惑ったような表情を浮かべて侍女を見る。「いえ。そうではなくて……部屋まで迎えにきてくださるみたい」「えっ⁉ それは初めての事ではありませんか⁉」 驚く侍女に、ミカエラは苦く笑って頷いた。
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