LOGIN政略結婚で若き国王と結婚した私。 敗戦国の王女であれど、望まれて望まれて結婚したと思っていたはずが、夫となるべく彼は冷たい眼差しを私に向ける。 険悪な状態のまま籍だけ入れたものの何処までも冷たい夫。 挙句にどこからともなく現われた神聖力を持つ巫女が現れて夫と恋仲になってしまう。 嫉妬に狂った私は2人の仲を引き裂く為に彼女対する嫌がらせや浪費を繰り返し、ついに悪妻として断罪されて処刑される。 そして新たに生まれ変わった世界で幸せに生きていたのに、またしても不慮の事故で死んだ私は何故か国王に嫁ぐ直前に回帰していた。 今更後戻りできない結婚。それなら今度は生き残りを画策することに自分の人生を捧げることにしよう―
View Moreカァ……
カァ……血のように赤い夕焼け空に無数のカラスが空を飛び、不気味な鳴き声を響かせている。
その空の下。敵意を込めて私を見る大観衆の中を、ロープで引きずられながら歩かされていた。
貧しい麻布の服に着替えさせられ、半ば強制的に処刑執行人によって連行されている私の姿を観衆達は面白そうに見つめている。罪状は、公金の横領と『聖なる巫女』の暗殺未遂事件。
私は贅を尽くし、国費を潰しただけでなく、夫が寵愛する『聖なる巫女』の命を狙った罪で今から城下町の中央広場で公開処刑されるのだ。
素足で歩く地面は質が悪く、時折小石が足裏に突き刺さってくる。
その為、地面には私の足から流れでた血が点々と続いている。「う……」
私は痛みを堪えてこれから処刑される為に、自らの足で断頭台へと向かわされていた。
ズズ……
ズズ……地面を引きずるような重い音は私の右足首にはめられた鉄の足かせ。
チェーンのその先には丸い鉄球が繋がっている。 これは私が逃げ出さないようにする為につけられた重りである。尤も……そんなことをしても今の私には逃げる気力など、とうに無くしているのに。
長く美しかった私の自慢のプラチナブロンドの髪は処刑しやすくする為に、冷たい牢屋の中で耳の下でバッサリ乱暴に切られてしまった。
あの時から、私の中で生き続けたいという気持ちが髪を失ったと同時に完全に断たれてしまったのかもしれない。
「ほら! さっさと歩け!」私を縛り上げているロープをグイッと処刑執行人が引っ張った。
「あ!」
思わずその勢いで、前のめりに倒れてしまう。
ドサッ!
両手を縛られ、バランスがうまく取れなかった私は無様にも地面に転んでしまった。転んだはずみで、肘や手首を擦りむいてしまう。
途端に広場にドッと観衆達の嘲笑が沸き起こる。
「ほら、見ろよ。あの悪女の無様な姿を」
「ああそうだ。俺たちはこんなに辛い生活をしているのに……贅沢しやがって」
「早く死んでしまえばいいのに」
等々……辛辣な言葉を浴びせてくるも、私は黙ってその言葉を受け入れる。
何故なら彼らが私を憎むのは当然だから。けれど……私はそれほどまでに贅沢をしただろうか?
『聖なる巫女』の命を狙ったと言われているけれども……夫に近づくなと脅しの手紙を何通か届けさせたことが罪に問われるのだろうか?
お茶のマナーを知らない彼女をお茶会に招き、恥をかかせたことが…それほど重罪なのだろうか?
自問自答していたその時。
「ほら! さっさと立て!」
ヒュッ!
処刑執行人の鞭が飛んでくる。
バチンッ!
振り降ろされた鞭は私の服を破き、叩かれた背中から小さな血がほとばしる。まるで焼けた鉄を押し付けられたかの様な激痛が背中を走る。
「……っ!!」
私は無言でその痛みに耐え、ゆっくり起きあがった。
そう……私の国は敗戦し、この国の属国となってしまった。けれども……それでも私は王女だったのだ。
王族ともある者は決して人前で情けない姿を晒してはいけない。それが例え、眼前に死があろうとも。 私は今は亡き父に、そして母にそう言われて育ってきた。 私が立ち上がったのを目にした執行人はフンと鼻で笑うと、再びロープを強く引いて断頭台へと向かわせた――****
やがて私の眼前に赤い空の下、ひときわ高い壇上に設置された断頭台が不気味なシルエットを浮かび上がらせて現れた。
あの鋭い刃で、私はこれから首を落とされるのだ。
一瞬ゴクリと息を飲む。
「階段を上れ。もし逃げようとしたり、抵抗するなら……足を切り落とす」
背筋が凍るくらい、ぞっとする声で執行人が私に告げた。
けれど私は死ぬ覚悟はもうとっくに出来ていた。「大丈夫です。どこにも逃げるつもりはありません」
気丈に答えると、1人で木の階段を1歩1歩登ってゆく。
やがて壇上を登りきると、眼前には私の夫……アルベルト・クロムが『聖なる巫女』と呼ばれるカチュアと並んで座る姿が目に飛び込んできた。
アルベルトは冷たい瞳で私を見ている。一方カチュアは私を見て震えていた。
何故彼女が震えるのだろう?
これから処刑されるのは私なのに。それとも私の姿を見て怯えているのだろうか?
じっとカチュアを見つめると、彼女はビクリと肩を震わせアルベルトの胸に顔をうずめた。
途端に彼が私を睨みつけてきたので、私は慌てて視線をそらせた。そこへ断頭台に先ほどの執行人が上って来た。
執行人は乱暴に私の腕を掴んで強引に木枠の中に頭を入れる。ガシャン!
更に上から木枠がはめられ、私の首は完全に固定されてしまった。するとアルベルトが立ち上がり、観衆に向けて声を張り上げた。
「これより、稀代の悪女であるクラウディア・シューマッハを公金の横領罪と『聖なる巫女』の暗殺を謀った罪で処刑する!」
「……」
私は黙ってアルベルトの言葉を聞いていた。
不思議と恐怖は無かった。ただ……来世があるなら、今度は普通の人生を送りたい。
それが私の願いだった。 「やれ!」アルベルトの掛け声と共に、刃物の滑り落ちる音が聞こえ、私の意識は飛んだ。
こうして私は若干22歳と言う若さで一度目の死を終えた――精神的ショックのせいか、それとも旅の疲れがたまっていたせいなのかは分からなかったが、あの夜から私はベッドに臥してまった。 時間の感覚も分からず混濁する意識の中、見知った人達が私のもとへやってきた。アルベルトは勿論、侍女長のメラニーやマヌエラ、新しくメイドになったエバ。そして……。「申し訳ございません……クラウディア様……。私は何てことを……」涙で濡れたリーシャがいた。彼女は私の元を訪れるときはいつも誰かと一緒だった。それはまるで監視されているようだった。そして気付けばいつもそばにいるのはマヌエラとエバの姿で、リーシャの姿はそこになかった。「クラウディア……」 朦朧とする意識の中、名前を呼ばれて薄目を開ければそこにはアルベルトの姿があった。彼は心配そうな顔で私を見つめている。「クラウディア。お前は無理に催眠暗示を解こうとした為に身体に負担がかかり、後遺症にかかっているんだ」 アルベルトは私に声が届いているのかも定かでは無いのに状況を説明している。「リーシャは何者かによって、深い催眠暗示に掛けられていた。お前を陥れる為に操られていたのだ」え……? リーシャが……? それで、もしかしてネックレスを外すように……?「もう彼女の暗示は解けているが、今は謹慎処分中だ。お前の体調が回復してから彼女の処遇はこれから考える」そんな、リーシャを私から離さないで……。「犯人の目星はついているが……証拠が無い。だが必ずいつか証拠を掴み……罰を下す。俺はお前を……」そこから先はもう何を言っているか分からなかった。再び私の意識が遠くなってきたからだ。アルベルト……。 何故そんなに私を……?貴方は私を処刑したのに……何故今更……。そして最後に耳に残るあの声。『おい!? しっかりしろ!! クラウディアッ!!』あれは……。そして私の意識は闇に沈んだ――****「う……」夢も見ない深い眠りから、急に私は目が覚めた。何故なら部屋の外で大きな声が聞こえていたからだ。『頼む! どうか……クラウディア様に会わせてくれ!』『いいえ! なりません! 陛下の許可なく会わせるわけには参りません!』『だが、俺はクラウディア様より直々に専属護衛兵士に任命されているんだ! 頼む!』「え……? ユ……ダ……?」気付けば私の口から言葉が出ていた。いつの間に
私達は家族4人で、夫の運転する車で温泉旅行に向かっている。助手席に座っていた私は車の揺れが気持ちよく、いつの間にか眠りに就いてしまっていた。『母さん、起きろよ。外の景色が綺麗だよ』倫の声が聞こえている。『倫、やめなよ。お母さんは皆の旅行の準備で寝たの遅かったんだから。ホテルに着くまで寝かせておいてあげなよ』フフ……葵。大分私を気遣えるようになってきたわね……。『ちぇっ。折角綺麗な紅葉だったから見せてやろうと思ったのに』『まぁそう言うな、倫。母さんは普段からパートの仕事に家事を頑張っているんだから。元々今回の旅行だって母さんを休ませる為に企画したようなものだからな』あなたったら……企画って……ここは会社じゃないのよ?『う~ん……でも、そろそろ起きた方がいいな……。恵、頼む。どうか早く目を覚ましてくれ。このままだと……大変なことに……』え? 何? あなた……。何をそんなに切羽詰まっているの?一体何が大変なの……?****バチンッ!突然右手の平に痛みが走り、私は目を開けた。え……?気付けば私は月夜に照らされた肌寒い森の中を歩いていた。痛みを感じた原因は、どうやら茂みの枝が手の平に当たったのが原因だったようだ。だけど……何故私はこんなところにを歩いているのだろう? ここは恐らく監獄へ続く森。獰猛な番犬が放たれている危険な場所だというのに。こんな恐ろしい森を引き返したくて堪らないのに私の意思に反して身体は勝手に前へ前へと歩き続ける。その事実に気付いた時、私は激しい恐怖を感じた。しかも声を出そうにも出すことが出来ない。「!!」その時、私は闇夜に光る無数の目に気付いた。そして風に乗って低い唸り声が聞こえてくる。番犬だ……!!背筋に冷たい汗が流れて来るのを感じた。番犬は低い唸り声を上げながら私を威嚇している。あの番犬たちは、自分たちのテリトリーに入った途端に一斉に侵入者に襲い掛かるように訓練されている恐ろしい番犬だ。その時、アルベルトの言葉が脳裏に蘇る。『これを肌身離さず身に着けていれば……お前を守ってくれるはずだ』「う……」私は勝手に前に歩き出す自分自身に抵抗しながら、鉛のように思い右腕を必死に動かし、ポケットの中に入れるとネックレスに手が触れた。この中にはアルベルトがくれた賢者の石のネックレスが入っている。危ない
「クラウディア様、陛下とのお食事はいかがでしたか?」ベッドメイクをしながらリーシャが尋ねてきた。「そうね。私の好きな魚料理が出てきたわ。とても美味しかったわね」するとリーシャはこちらを振り向いた。その様子はどこか呆れたように見える。「私はそのようなことを尋ねているわけではありません。陛下とのお食事時間は楽しかったかどうか伺っているのですけど?」「そ、そうだったの?」まさかアルベルトと過ごした時間の感想を尋ねられるとは思いもしなかった。「はい、そうです。それでどうでしたか?」「ええ、有意義な時間を過ごすことが出来たわ」何しろアルベルトからは賢者の石が埋め込まれたネックレスを貰うことが出来たし、専属護衛兵士にユダを指名することが出来たのだから。「それは良かったですね。きっとお2人は仲睦まじい結婚生活になること間違いないですね」リーシャはどうやら私の言葉を勘違いして解釈しているようだった。私とアルベルトが仲睦まじく?確かに回帰前のアルベルトと今の彼は大違いだ。けれど、私の中には彼によって処刑された記憶が残っている。今はカチュアのことを敵視しているように見えるけれども、この先どうなるか分からない。何しろ彼女は人の心を掴むのがとても上手な女性だったから。「クラウディア様? どうかされましたか?」不意にリーシャに声をかけられて、現実に引き戻された。「いえ、何でもないの。ごめんなさいね、ぼんやりして」「やはり、お疲れなのですよ。ベッドメイクも終わりましたから今夜は早くお休みになって下さい」「そうね。そうさせてもらうわ」「クラウディア様、そのネックレスですが眠るときは危ないですので、外しておいた方がいいかもしれませんよ」「ええ。分かったわ」「はい、それでは灯りを消しますね。お休みなさいませ、クラウディア様」「おやすみなさい」リーシャはサイドテーブルに置かれたランプだけ灯りを残すと、全ての部屋の灯りを消してくれた。「それでは失礼いたします」「ええ、貴女も早く休んでね」「はい、ありがとうございます」リーシャは頭を下げると、部屋を出て行き……扉にカチリと鍵がかかる音が部屋に響いた。その音を聞いた時、ふと疑問に思った。「あら……? そう言えばリーシャはこの部屋の鍵を持っていたのかしら?」でも、きっとリーシャは私の専属メイド
部屋に入り、壁掛け時計を見ると20時を少し過ぎたところだった。「お風呂にでも入ろうかしら」そこで室内にあるバスルームへ向った。中に入り、コックを捻ってバスタブにお湯を入れ始めると着替えを取りに室内へ戻った。「ふ~……いいお湯……」浴槽に浸かりながら天井を見上げる。「王女でありながら、1人で入浴するなんて変に思われるかもしれないわね」思わず呟きが漏れる。かつての私だったら考えられないことだった。入浴する際は、必ず城のメイド達を呼びつけて身体や髪を洗わせて着替え迄手伝わせていた。それは嫁いで来てからも同じだった。自分がこの城の者達からどれほど嫌われているか知っていたにも拘わらず。けれど、今は前世の橋本恵としての記憶が勝っている。誰かの手を借りて入浴などあり得ない話だった。「やっぱり1人で入浴するのが一番落ち着くわね。檜の入浴剤があれば良かったのに」 私は檜の入浴剤が大好きだった。息子の倫も私と同じで檜の入浴剤が好きだったけれども、葵はラベンダーやジャスミンといったハーブ系の入浴剤を好んでいた。そこで日替わりで入浴剤を変えたお風呂に入っていたことが思い出される。けれど、この世界には入浴剤というものは存在しない。「もしも、入浴剤を作ればこの世界でも流行するかしら……」入浴剤を『レノスト』国の領民達に作らせて、流行すれば彼らの生活は潤うだろう。そうすれば、敗戦して貧しくなってしまった領民達を救うことが出来るし、城の人々の暮らしぶりも改善させることが出来るかもしれない。「明日、朝食の席でアルベルトに相談してみようかしら……」どうせ2人で面と向き合って食事をしても特に会話があるとは思えない。入浴剤の話をすれば、アルベルトはどんな顔をするだろう? 何を妙なことを口にしていると思われるかもしれない。「別にアルベルトにどう思われようが構う事は無いわね」そして窓から見える夜空を見上げながら、久しぶりに懐かしい日本の家族の思い出に浸った――****「いいお湯だったわ……」夜着に着替えてバスルームから戻ると、驚いたことに部屋の中にはリーシャの姿があった。「リ、リーシャ。どうしたの? 驚いたわ。部屋の中にいるなんて」「はい。とっくに夕食から戻られているはずなのに、いくらノックをしてもお返事が無かったので。てっきり、何かあったのでは