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第13話

Auteur: タカラくん
時宗が困っている様子を見て、同じく事情を知っている鈴木教授はすぐに助け舟を出した。

「時宗を責めないで。彼に黙っているよう指示したのは私だから」

その言葉を聞いて、颯人は信じられないといった表情を隠さなかった。

「先生……奈々が俺にとってどれほど大切か、分かっているはずなのに、どうして……」

「奈々は本当に気の毒な子でね。

彼女の人生は私の弟子になってからようやく明るさを取り戻し始めたんだ。

君の個人的な執着や感情のために、彼女が築き上げたものを台無しにしてほしくないんだよ」

颯人はまるで顔面を殴られたかのように呆然とし、しばらくして、信じられない思いで言葉を絞り出した。

「つまり……先生も時宗も、俺の愛が奈々を不幸にすると思っているんですか?」

鈴木教授と時宗は黙ったままだったが、その目に宿る思いは言葉以上に雄弁だった。

「奈々は、どんな環境でも生き抜く、逆境を生き抜く雑草のような自立心の強い存在だ。

女性でありながら、君や時宗よりもずっと精神的に強い子なんだよ。

あの時、君は家庭環境が厳しく、勉強を続けるのも大変だったが、少なくとも家族が足かせになることはなかった。

一方、奈々には重病の母親がいて、毎日帰宅すれば終わりのない家事に追われ、夜遅くまで目を酷使する内職をこなしていた。

それでも彼女は君たち二人より優秀な成績で京市医科大学に合格したんだ」

鈴木教授は痛ましさと惜しむ気持ちを込めて言った。

「もし奈々の母親の容態が急変していなければ、彼女は医療費のために退学して働く必要もなかった。

もし奈々が君たちのように学業を全うできていたら、医学界での彼女の功績は君たちのどちらにも引けを取らなかっただろうと断言できる」

その言葉を聞いて、颯人は胸を痛め、うつむいた。

奈々に対する言葉にできない悲しみが心の奥底から湧き上がってきた。

その後のことは彼も知っていた。

奈々が毎日必死に働いて貯めたお金をすべて出し、彼の学業と夢を支えてくれたことを。

自分がずっと詩織に騙され、奈々をあれほど傷つけてしまったことを思い出すと、颯人は自分を平手打ちしたいほどの後悔に苛まれた。

「奈々が私のもとを訪れた時は、体中が病に蝕まれていた。私が診察したところ、確かに脳に大きな影響が出ていて、記憶喪失も不思議ではなかった」

鈴木教授は、罪悪感
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