LOGIN結婚を控えた一ヶ月前ーー彼は、自分の「初恋の人」と子どもを作ると言い出した。 もちろん、私は反対した。しかし彼は、毎日のようにその話を繰り返してきた。 結婚式の半月前、妊婦健診の通知が届いた。 その時初めて知った。彼の「初恋の人」は、すでに妊娠してほぼ一ヶ月が経っていた。 彼は最初から、私の同意なんて求めていなかった。 その瞬間、何年もの想いが音もなく崩れ落ちた。 だから私は、式をキャンセルした。二人に関する思い出をすべて処分し、式当日には閉鎖型の研究施設にこもった。 ーーそれ以来、彼とは一切関わりがない!
View More柚希は承諾し、その夜、招待状と引き出物のお菓子を人を通じて彼に送った。冬翔はキャンディをひとつ取り出し、ゆっくりと口に入れた。ーー甘いって、こんな感じだったっけ。結婚式当日、浜城市の会場にはたくさんのゲストが集まっていた。休暇中の教授や研究室の仲間たちまで駆けつけてくれた。教授は悠斗の肩を軽く叩きながら、にこやかに言った。「まさか君が篠原とゴールインするとはね、やるじゃないか」同僚たちも冗談まじりに冷やかしていた。柚希は隣に立つ黒いスーツ姿の悠斗を見つめながら、胸いっぱいに広がる幸せと満たされた気持ちを噛みしめていた。悠斗と出会って、ようやく隠さずに愛せるってことを知ったんだ。式が始まり、柚希は父に手を引かれながら、バージンロードを一歩一歩進んでいった。父は柚希の手を、そっと悠斗の手に託した。「娘を、よろしく頼むよ」悠斗はまっすぐに父を見て、しっかりとうなずいた。「大丈夫です。命を懸けて、彼女を守ります」そして、誓いの言葉、指輪の交換、キス。会場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。誰もがこの新しいふたりの門出を心から祝ってくれていた。会場の片隅で、冬翔もまた拍手を送っていた。まばたきもせず、柚希をじっと見つめながらーーふと、二年前の、あの消えてしまった結婚式の記憶がよみがえる。あのときの柚希も、きっと全力で式の準備を進めてたんだろう。ウェディングプラン、ドレス、披露宴ーー何度も比べて、やっとひとつずつ決めていったに違いない。それなのに、すべてをキャンセルする決断をした瞬間、柚希はどれだけ苦しかったんだろう。そう思うと、胸が詰まって、ただただ申し訳ない気持ちでいっぱいになる。今、柚希はちゃんと幸せを見つけた。ーーだから、心から祝福しなくちゃいけないんだ。冬翔はそっと目を閉じた。目尻を一筋の涙が伝った。式が終わったあと、柚希は来賓へのあいさつで忙しく動き回っていた。ようやく夜になって、席について一息つこうとしたところで、日和がちょっと困ったような顔で封筒を差し出してきた。「……これ、冬翔が渡してくれって。あと、結婚おめでとうだってさ」そう言って、日和は柚希の肩をぽんと叩いてその場を離れた。そのとき、ようやく思い出した。ーーそういえば昨日、冬翔は結婚式に来るっ
冬翔は弱々しく口元を引きつらせた。「……あるさ、十分に」「君が俺を助けた時も、きっとこんなふうに痛かったんだろうな」私は、話すのもつらそうな冬翔の様子を見て、思わず言葉を止めようとした。でも、冬翔は首を横に振って、ゆっくりと、でもしっかりした声で話し始めた。「つきまとってたわけじゃないんだ。ただ……昨日の君の言葉を聞いて、ずっと考えてた。やっと気づいたんだよ」「俺、これまでずっと、君の気持ちに甘えてただけだったんだ」「今日は、それをちゃんと伝えたくて来たんだ。……後悔してるって」「どう言えばいいかわからなくて、ずっと迷ってた。でも、まさかあんなふうに君が襲われるなんて……その時、頭に浮かんだのは一つだけ。君だけは、絶対に傷つけたくなかった」私は驚いていた。数年前なら、きっとこの言葉に胸が締めつけられただろう。でも今は、もう違う。私の中にあるのは、冬翔への「愛情」ではなく、ただの「感謝」だけだった。冬翔は、私の沈黙を見て、すべてを悟った。でも、ほんのわずかな望みを捨てきれずに、もう一度口を開いた。「もし、夏蓮がいなかったら……俺たち、うまくいってたと思う?」私はそっと首を横に振った。「……無理だったよ」夏蓮はきっかけに過ぎなかった。五年のあいだ、冬翔の冷たい態度が少しずつ、でも確実に私の心を削っていった。たとえ結婚していたとしても、冬翔は自分の態度がどれだけ私を傷つけていたか、気づけなかったはずだ。そのままなら、いずれ壊れていた。だからこそ、夏蓮の存在はむしろ、ふたりにとって救いだったのかもしれない。早く別れたことで、お互いに深い傷を負わずに済んだから。冬翔は、もう元には戻れないことを理解した。しばらく黙ったあと、彼は口を開いた。「君の婚約者に……会わせてもらえないかな?」思いがけない申し出に私は一瞬戸惑ったが、すぐに答えた。「……君がいいって言うなら、構わないよ」悠斗にそのことを話すと、彼もすぐに快くうなずいてくれた。後日、悠斗が病室に入ってくると、そっとドアを閉めて、ふたりきりの空間を作った。冬翔は、目の前の男を見て、不思議と妬みではなく、憧れのような気持ちを覚えた。この男が、これから私と一緒に人生を歩いていくんだ。悠斗は、冬翔の腹に巻か
予想していた痛みは、思ったよりも早く現れなかった。私は慌てて振り返ると、冬翔がその背後に立っているのが見えた。彼はお腹を押さえていて、見る見るうちに顔色が悪くなっていった。手で押さえているところからは、どんどん血が流れ出していた。冬翔が今にも倒れそうになるのを見て、私は急いで彼を支えながら、もう一方の手でとっさに119番へ電話をかけた。冬翔の意識はぼんやりしていて、激しい痛みが全身を支配していた。まさか、こんなにも痛いなんて。あの時、私もきっと同じような痛みを感じたんだろう。なんとか目を開けた冬翔は、私の焦った顔を見て、ふっと微笑んだ。でもすぐに、お腹の傷がまた痛みだして、彼は苦しそうに顔をゆがめた。私はとにかく血を止めることしか考えられなかった。傷口に手を当てながら、必死に叫んだ。「頑張って、冬翔、眠っちゃだめ」「すぐお医者さん来るから、絶対に耐えて」冬翔が意識を失いかけたそのとき、遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。救急隊はすぐに彼を運び出し、血を止めながら病院に連絡し、緊急手術の準備を始めた。冬翔は私の方を見ながら、私が動揺しているのを感じたのか、そのまま意識を失ってしまった。三時間にも及ぶ手術のあと、冬翔の容体は安定した。医師は言った。「あの一撃は命に関わるほどではなかったけれど、かなり深く刺さっていたから、出血がひどかった」と。私はほっとして、どっと力が抜けてその場に座り込んだ。病室に目をやると、まだ意識を取り戻していない冬翔の顔が見えた。胸の中は複雑で、どうしていいかわからなかった。まさか、冬翔が私を守ろうとして命をかけるなんて思わなかった。もしかして、ずっと私のことを追いかけてたの?昨日、あんなにはっきり言ったのに、どうして彼は……心の中にはたくさんの疑問が渦巻いていたけど、冬翔がまだ目を覚まさないので、その思いをそっとしまい込んだ。冬翔の両親も病院に駆けつけてきた。彼らは、元気だった冬翔が今こうしてベッドに横たわっている姿を見て、涙をこらえきれなかった。あのとき私が結婚式の日に突然姿を消したことが、冬翔がずっと立ち直れなかった理由のひとつになっていた。そして、たった数日しか経っていない今、またこんなことが起きれば、私に対して怒りが湧くのも無理は
冬翔は、なぜそんな質問をしたのか理解できなかった。私は話を続けた。「好きだったって言うけど、どうして誕生日にプレゼント一つくれたことがないの?どうして一緒に旅行に行こうって言ってくれなかったの?どうして他の女を妊娠させたのに、私とウエディングフォトまで撮ったの?」「私だって心がある。痛みだって感じる」「もしそれがあなたの好きなら、ごめん、そんなものいらない」私が一言言うたびに、冬翔の顔色はどんどん青ざめていった。過去の記憶が、彼の脳裏に次々とよみがえる。言い返そうとしても、どこを探しても反論できる記憶は見つからない。どれもこれも、まさに私の言った通りだった。最後に冬翔は、夏蓮の話題にすがるようにして呟いた。「俺が夏蓮に優しくしたのは、助けてくれた人だと思い込んでたからで……もし最初から君だってわかってたら、そんなこと」「もういい」私は彼の言葉を遮った。彼は、問題の核心が夏蓮の存在だけにあると思っているのだろうか?二年経っても、彼はまだ私たちの問題の本質に気づいていなかった。「夏蓮じゃなくても、他に夏蓮がいたでしょ。ユカでもマイでも、誰でもよかったのよ」「仮に本当に命の恩人だったとしても、感謝を伝える方法なんていくらでもあるのに、なんで全部一人で背負おうとするの?」「今のあなたが引きずっているのは、二十年も私に追いかけられてきて、私が去ったことが悔しいだけ」「もう探さないで。きれいに終わろう」そう言い終えて、私は彼を家から追い出した。冬翔は、ぼんやりとしたまま自分の部屋へ戻った。ーーただの悔しさなのか?彼にはもうわからなかった。だけど、ふと脳裏に浮かぶのは、あの日の記憶。「付き合ってほしい」と彼が言ったとき、私の顔は真っ赤になって、どもりながら「罰ゲームでもしてるの?」と聞いてきた。本気だと伝われると、顔が一気に輝き、彼に気づかれないように小さく勝利のサインをしていた。あれが、私たちの五年間にわたる日々の始まりだった。その五年の間、私が彼に注いでくれた想いは、確かに届いていた。彼は、別れを考えたことなど一度もなかった。プロポーズを受けたときも、本気で一生を共にしたいと思っていた。だが今日、初めて気づかされた。五年間、彼は一度も自分から愛を表現して
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