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第949話

Author: 楽恩
南は、この世で来依のことを一番理解している人間だった。

それでも海人は完全に安心できなかった。とはいえ、これ以上何も言えず、ただ一言。

「うん、やっぱり親友のほうがすごいな。一言で俺の十言分だ」

来依は彼の顔を軽く叩きながら言った。

「それには、あんたが十言しゃべれなきゃね」

「……言ってないっけ?」

海人は彼女の手を取り、軽くキスした。

「俺の人生の言葉は、全部お前一人に使い切るつもりだから」

……

空港で南が鷹を待っていた時、いきなり抱きつかれた。

「南さん!」

南は口元をほころばせ、何も言わないうちに、その後ろから清孝が現れるのを見た。

そこまで見張るなら、最初からしとけばいいのに。

「南さん、来依さんに頼まれて、私を迎えに来たの?」

「俺の奥さんだから、迎えに来たのは俺に決まってる」

南がまつ毛を持ち上げると、広い肩と引き締まった腰を持つ男が、ゆっくりと歩み寄ってきた。

いつもの気だるげな笑みを浮かべながら、彼女を腕の中に引き寄せた。

「他人の嫁を抱くんじゃない」

紀香と鷹が関わったのは、前に佐夜子と蘭堂の撮影に行ったときだけだった。

その一度の撮影で、彼女には鷹という男がどんな性格か、よく分かった。

特に、あの口……毒舌極まりない。

彼女は一言も話そうとしなかった。

彼女は南のほうを向いて言った。

「来依さんがご飯奢るって言ったのに、何も言わずに大阪に戻っちゃって、私はおっさんに押しつぶされそうになったの。謝ってもらわなきゃ」

南は彼女の後ろに立つおっさんを一瞥し、頷いた。

「先にホテル行ってて。今は彼女、用事があるから」

今頃、きっと気持ちの整理をしてる頃だろう。

もし感情の爆発があったら、そこで邪魔が入れば、海人の策士っぷりで清孝を使って紀香を落としにかかるのは目に見えている。

かわいそうな子。

紀香は飛行機を降りたばかりで、ネットで起きていることはまだ知らなかった。

けれど清孝は知っていた。

彼は、これ以上南と紀香が話すのを許さず、彼女を強引に引っ張っていった。

「このクソジジイ、放してよ!」

清孝は彼女の細い腰を引き寄せ、ぐっと抱きしめ、顔を近づけた。

低く沈んだ声に、脅しが混じる。

「これ以上喚いたら、人前でキスするぞ」

「……」

紀香は黙った。

南は呆れたようにその様子
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