ANMELDEN柚香は部屋に戻ると、簡単にシャワーを浴びた。浴室から出ると、スマホに時也からの着信履歴が一件残っていることに気づいた。髪を乾かしてから、折り返し電話をかける。すぐに相手が出た。「休んでた?邪魔しちゃったかな」「まだ寝るには早いよ」柚香はガラスの引き戸を開け、床から天井まである大きな窓の前に立った。「どうしたの?」「いや、たいした用じゃないんだけど。遥真の居場所、何か分かった?」時也は一日中探し回っていたせいで、かなり焦っていた。「いろんなところを探したけど、全然見つからないんだ」「会ったよ」「!!!」時也は驚いた。慌てて尋ねる。「どこにいる?話はどうだった?」「久瀬家の本宅から南東へ三キロくらいのところ」柚香は淡々と答えた。「あとで住所を送るね」時也は数秒、黙り込んだ。もし柚香と遥真が話し合ってうまくいっていたのなら、わざわざ自分に住所を教える必要なんてない。「遥真が、君の言うことを聞かなかった?」「誰の言うことも聞く気がないみたい」柚香は事実をそのまま伝えた。「雅人さんのことは、もう何があっても自分のやり方でやるつもりだよ。時也も説得しに行かないほうがいい」「でも……」時也は言葉を濁した。「行ったら、修司さんの人間に見つかるよ」柚香は事情を隠さず、すべて時也に話した。あとは時也自身がどうするか決めればいい。「遥真が意地を張って突っ走るなら、もう好きにさせるしかないよ」時也はまだ何か言いたそうだった。けれど、柚香が遥真を見つけ出したうえ、説得までしに行ったのだ。そこまでしてくれた彼女に、これ以上何かを求める資格はない。「じゃあ、これからどうするつもり?」「蒼海市に帰る」柚香はもう決めていた。言うべきことは、すべて伝えた。そのために、今までなら絶対にしなかったほど大きな譲歩までした。それでも遥真は聞き入れなかった。なら、もうこれ以上は関わらない。凛音が言っていたように、本人が感情に任せて突っ走りたいのなら、好きにさせればいい。何か起きたとしても、自分で責任を負えばいい。人は誰だって、自分の意地やわがままの代償を、自分で背負わなければならない。それに。修司が欲しいのは、ただ権力だけだ。「それもいいと思う」今回は時也も、柚香の決断に口を挟まなかった。「帰った
「私、こういうの苦手なの。人見知りだし」隊長は言った。康平は口元を引きつらせた。「初日に俺たちの隊員全員を叱り飛ばした人が、人見知りですか?」隊長はしみじみと言った。「そうよ。こんなか弱くて繊細な女の子が、どうして知らない人に会いに行けるの?」康平は言葉を失った。昼に食べたものまで吐き出しそうだった。そんな康平を救ってくれたのは、慎吾からの電話だった。「はいはい、好きなだけ繊細ぶっててください。慎吾から用事です。じゃあ切りますね」「京原市のほうはもう大丈夫」康平が電話を切ったあと、柚香が口を開いた。「明日の朝一番で蒼海市に戻れるよ」「遥真さんのこと、まだ片付いてないでしょう?」康平が言う。「それはあの人の問題だから」柚香は、自分で言ったことを最後まで貫くつもりだった。「あの人が自分で解決するよ」康平は何か言いかけたが、結局、先に慎吾からの電話に出た。続きは戻ってから、ゆっくり話すつもりだった。三十分後。二人は慎吾と合流した。乗ってきた車も路肩に停め、専門の業者に連絡して引き取ってもらった。慎吾はまず柚香に挨拶してから、助手席でだらしなく座っている康平を見た。「遥真さん、見つかった?」「戻ってから話す」康平は、今の柚香がこの話をあまりしたがっていないことを分かっていた。慎吾もそれ以上は聞かなかった。柚苑に着いた頃には、夜の七時を少し過ぎていた。執事はすでに豪華な夕食を用意させていた。食事中、柚苑の使用人たちは何度も柚香に視線を向けていた。柚香が遥真を見つけたのか、気になって仕方がないのが見て取れる。けれど柚香は話すつもりなどまったくなく、食事を終えるとそのまま二階へ上がっていった。明らかに元気のない柚香を見て、慎吾は夕食を終えると康平を庭へ連れ出して尋ねた。「遥真さん、見つからなかったのか?」康平は二階を見上げ、これまでのことを話した。「二人が具体的に何を話したのかは知らない。でも、うまくいかなかったのは間違いない」康平は続けた。「お嬢様は明日の朝一番で蒼海市に戻るって言ってる。京原市のことはもう放っておくつもりみたいだ」「じゃあ、蒼海市に帰ろう」慎吾は即答した。康平は目を丸くした。「……?」少し意外そうに尋ねる。「二人の仲を取り持とうとは思わないのか?」慎吾は
「帰れ」遥真は視線を逸らすと、突然、ひどく冷たい態度を取った。「あなたは?」柚香は尋ねた。「俺のことに、君みたいな元妻が口を出す必要はない」遥真は初めて、柚香に対してきつい言葉を口にした。さっきの問いかけで、柚香が自分を選ぶとはっきり言わなかったことが、引っかかっていた。「こんなときまで意地張るの?」柚香は遥真のことをよく分かっている。だから、今の言葉がただの意地だということも分かっていた。遥真の目が、まるで知らない人を見るように冷たくなる。「自分を買いかぶりすぎじゃないか?」「本当にそんな言い方をするつもり?」「どう言えばいい?」柚香は真剣な顔で言った。「私はあなたと一緒に問題を解決するために来たの。それなのに、これ以上そんな嫌味な言い方をするなら、私は迷わず帰る。あなたが私を遠ざけようとしたことに、何か理由があったとしても」遥真はまた黙り込んだ。真っ黒な瞳が柚香に向けられ、唇がきゅっと結ばれる。「私がどんな性格か、あなたなら分かってるでしょ」柚香の言葉には迷いがなかった。いつもより、経営者としての強さが滲んでいる。「あなたが私を突き放すなら、私は本当に帰るよ」「帰りたければ帰れ」遥真の目には、少しの感情も浮かんでいなかった。「誰も止めない」柚香は立ち上がった。「本当に?」「本当だ」「後悔しない?」遥真の手が無意識に強く握りしめられる。それでも口から出るのは、彼女を追い返す言葉だった。「そんなに言うってことは、本当に俺と復縁したいのか?」柚香はもう遥真を見なかった。スマホを手に取ると、そのまま部屋を出ていった。すれ違った瞬間、遥真は反射的に手を伸ばして彼女を引き止めようとした。けれど指を開いたところで、思い直したように手を引っ込めた。カチャ――ドアが勢いよく開く。そしてすぐに、「バタン」と閉じる音が響いた。柚香はあっさりと出ていった。遥真にも、柚香が怒っていることは分かっていた。それでも今回は、彼女を追いかけて機嫌を取るわけにはいかなかった。雅人の件では証拠が見つからない。彼を罪に問う唯一の方法は、本人が警察に出頭することだ。だが、相手は雅人だ。何よりも面子と権力を重んじる雅人が罪を認めに行くはずがない。だから雅人が出頭しない以上、自分が千景の家族のためにけ
その言葉を聞いて、柚香はようやく、遥真が本気で決意を固めているのだと分かった。「このあと、君は蒼海市に帰れ。俺は京原市にいる」遥真は柚香との間に一線を引くように言った。「必要がなければ、もう会わなくていい」「あなたがどうしてもそうするなら、私も一緒にいる」柚香は自分の意思をはっきり伝えた。これまで、いろんなことを遥真が自分に付き添ってきた。だから今回は、自分が遥真に付き添いたいと思った。「必要ない」遥真は迷うことなく拒んだ。表情一つ変わらない。「俺のことは俺が片をつける。千景のことにも、他の人間が関わる必要はない」「じゃあ、最後の一線を越えないって約束してくれるなら、あなたと復縁するって言ったら?」柚香はふと、一つの答えを知りたくなった。それは、自分の決断を左右するかもしれない答えだった。「それでも断る?」遥真が考えている最後の一手。それは、雅人を千景の家族のもとへ送ることだった。雅人が憎むべき人間なのは確かだ。けれど、遥真のやり方はあまりにも過激で、極端すぎる。遥真の瞳が揺れた。唇が、きゅっと一文字に結ばれる。彼は長いこと黙っていた。外が少しずつ暗くなっていくほど、長い沈黙だった。普段の遥真なら、たとえ柚香が本気で復縁を望んでいるわけではないと分かっていても、迷わず受け入れていただろう。柚香がその言葉を口にしたということは、これまでのすべてを手放し、自分によって抱えた恐怖や不安を乗り越えて、もう一度自分を受け入れようとしているということだから。でも、今は……このすべてを、手放すことができなかった。水沢家と千景が雅人のせいであんなことになったと知った以上、彼らのために必ずけじめをつけなければならない。それに、水沢がいなくても柚香は幸せになれる。今は母親と昭彦がそばにいて、陽翔もいる。「もう決めた?」柚香は、彼に考える時間を十分に与えた。「これを言うのは、これが最後。そして、これっきりだから」「君は本心から俺と復縁したいわけじゃない」遥真はようやく口を開いた。自分の気持ちを優先して、答えを直接口にすることはしなかった。「俺は君の同情なんていらない。哀れまれるのも御免だ」「いつもそればっかり言うけど、結局あなたも受け入れてたじゃない」柚香は容赦なく言い返した。いくら優しく言っても聞く耳を
康平はきっぱりと言った。「俺は心配しないよ」恭介と健太は、そろって康平を見る。どうしてそこまで言い切れるのか分からない、といった様子だった。「喧嘩になろうがなるまいが、本当に困るのは遥真さんのほうだけだ」康平は事情をよく分かっていた。「お嬢様がここへ来たのだって、昔の情と、陽翔の父親だからって理由で、少し説得してみようと思っただけだ。もし説得できなかったとしても、お嬢様には何の損もない」何しろ、お嬢様は今、幸せで穏やかな生活を送っている。本当に話がまとまらなかったのなら、それはただ、遥真にはまだ乗り越えなければならない試練が残っているということだ。その頃、二階では沈黙が続いていた。ドアが閉まってから、二人は長いこと何も話さず、そこに座っていた。一人はさっきのこともあって、今は口を開きたくない。もう一人は、口を開けばきっと言い争いになると分かっている。時間だけが、少しずつ過ぎていく。十分経ったようにも、まだ数十秒しか経っていないようにも感じられた。重苦しい空気の中、遥真は柚香に視線を向け、よそよそしく淡々と言った。「俺を探しに来るなって言っただろ?」「あなたが、どうでもいい人のために自分を犠牲にするのを見たくないの」柚香は、自分がここへ来た理由を伝えた。「俺のことは放っておけ。今の生活を大切にしていればいい」遥真は柚香を見つめた。「ほかに用がないなら、恭介に送らせる」柚香は尋ねた。「雅人さんをどうするつもり?」遥真は答えなかった。「まず問い詰めて、もし認めたら法に従って裁かせる。認めなかったら、自分のやり方で友達の仇を取るつもり?」柚香は、遥真の考えを口にした。「そして、あなた自身のやり方っていうのは、雅人さんを自分の手で友達の家族のところへ送ることなんでしょ?」遥真の表情は変わらなかった。「もう話は終わった?」柚香は遥真を見つめた。「そんなことをして、本当に意味があるの?」「意味があるかどうかじゃない」遥真の口調は冷静で、淡々としていた。「誰だって、自分が犯した過ちの代償は払わなきゃいけない。法律で裁けないなら、俺がやる」「そうする自分を、義理堅くて格好いいと思ってる?」柚香は、普段は冷静で落ち着いている遥真の中に、こんなにも子供っぽい一面があるとは思わなかった。「千景が今のあなたを
柚香が顔を上げた。ちょうど二人の視線がぶつかった。その瞬間、空気が静まり返った。恭介は二人に話があるのだと察し、康平と健太に目配せして、そっとその場を離れようとした。「誰が君たちに、彼女を中へ入れろと言った?」一瞬呆気に取られた遥真だったが、すぐにいつもの淡々とした態度に戻った。「誰かに入れてもらったんじゃない。私が自分で入ってきたの」柚香は遥真の視線をまっすぐ受け止め、よそよそしい態度に気づいた。「あなたが会いに来てくれないなら、私から来るしかないでしょ」遥真の心が、わずかに揺れた。柚香は彼をまっすぐ見て言った。「話したいことがあるの」「俺たちの間に、話すことなんてない」遥真は全身から、人を寄せつけない冷たい空気を漂わせていた。柚香はそのまま彼のほうへ歩いていった。遥真の横を通り過ぎるときも何も言わず、そのまま階段を上っていった。残された者たちは、息をするのもためらうほど緊張していた。しばらくして。遥真は振り返り、柚香のあとを追って階段を上っていった。やがて二階からドアの閉まる音が聞こえると、恭介と健太はようやく張りつめていた気持ちを緩めた。「元夫婦が会って話してるだけだろ。なんでそんなにビクビクしてるんだ?」康平は何事にも動じない性格で、半分冗談めかして言った。「遥真だって、まさか本気で君たちに何かするわけじゃないだろ」「それはそうだけど……社長が怒ったときは、やっぱり怖いんだよ」健太はまだ気が抜けない様子だった。「でも、どうして社長がここにいるって分かったんだ?」恭介は少し不思議そうに尋ねた。雅人は人知れずここへ移された。そのため遥真は、わざと別の場所に、かなり細かく調べなければ見つからないような手がかりを残していた。他の人間の注意をそちらへ向け、ここに辿り着かせないためだ。「ここが一番、人を隠すのに向いてるからな。万が一バレても、すぐに別の場所へ移せる」康平は答えた。周辺の道路には監視カメラがなく、分かれ道も多い。自分が同じことをするなら、ここを選ぶ。「でも、さっきは水沢家の本宅のほうへ向かってたんじゃないか?」恭介は部下から入ってきた情報をもとに言った。「十分前までは、あの車はずっとそっちへ向かってたはずなんだけど……」そこまで言ったところで、恭介はふと







