柚香にはわからなかった。男はみんな、家の中では本妻を手放さず、外では別の女に手を出したいものなのだろうか。けれど、そんな無茶を押し付けられても、絶対に受け入れられない。京原市の誰もが知っている。落ちぶれた元お嬢様・橘川柚香(きっかわ ゆずか)は、久瀬家の次男・久瀬遥真(くぜ はるま)から、誰もが羨むほどの愛情を注がれていると。彼女が欲しいと言えば、彼は必ずそれを与えた。気に入ったものがあれば、彼はためらいもなく差し出した。家の中にはブランド物の限定品があふれ、ジュエリーもバッグも時計も、壁一面を埋め尽くしている。ガレージには高級車がずらりと並び、どれを見ても目が回るほどだ。パーティーではいつも彼がそばにいて、どこへ行くにも彼女の手をつないで離さなかった。まるで、彼女が少しでも傷つくのを恐れているかのように。そんな愛されぶりに、周囲は羨望のまなざしを向けた。柚香自身も、遥真は本気で自分を愛しているのだと、そう信じかけていた。「ママ」眠そうに目をこすりながら、小さな男の子が顔を上げ、柔らかな声で尋ねる。「今日、元気ないの?」柚香は布団をかけ直して、優しい笑みを浮かべた。「ううん、大丈夫よ」男の子はベッドから起き上がり、彼女の不思議そうな視線を受けながら、駆け寄って抱きついた。「抱っこ!」柚香は一瞬、動きを止めた。「どうして元気がないのかわからないけど、何があっても、僕はずっとママのことが大好きだよ」小さな腕にぎゅっと力をこめ、体のぬくもりを伝えようとする。柚香はそっと微笑み、彼の背中をなでた。そして、あることについて確かめる勇気も、少しずつ湧いてきた。夜の十一時。子どもを寝かしつけたあと、柚香はリビングで何度も時計を見た。針が十一時四十分を過ぎたころ、ようやく玄関の鍵が回る音がした。遥真は、白いシャツ姿で黒のスーツの上着を腕に掛けたまま入ってきた。清潔で整った顔立ちはどこを取っても完璧で、まるで神様が丁寧に作り上げたかのようだった。「まだ起きてたのか」いつものように隣に腰を下ろすと、彼は自然に腕を伸ばし、柚香を抱き寄せた。その手が服の中に滑り込み、腰をなぞる。柚香は、流されそうで怖くなり、そっと彼の手を押し戻した。「ちょっと待って。話があるの」「話なら、しながらでもいいだろ」
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