Masuk海斗が慌てて駆け寄り、柚香からスマホを奪おうとした。柚香はその場から動かなかった。次の瞬間。飛びかかってきた海斗は、陰から柚香を護衛していた慎吾に蹴り飛ばされた。ドン!「ずいぶん無防備ですね」康平も姿を現した。片手をポケットに入れた姿は、妙に様になっている。「慎吾の反応が間に合わなくて、何かあったらどうするんですか?」「慎吾はプロだから」柚香は理沙が電話に出るのを待ちながら、二人と落ち着いて話していた。「一歩でも引くほうが、慎吾を信用してないってことになるでしょ」慎吾は相変わらず、感情の読み取れない無表情な顔をしている。「その通りです!」康平は思わず吹き出した。「よくも俺を蹴りやがったな。俺が誰か分かってるのか!」海斗は胸を押さえながら立ち上がり、震える指で慎吾を指した。「このことをお父さんに言ったら、ただじゃ済まないからな!」「どうぞご自由に」柚香は淡々と返した。海斗は怒りで顔を真っ赤にした。その横では、静香が不安そうな顔をしている。海斗の袖を引っ張り、小声で尋ねた。「どうしよう」「何がだよ」海斗はまだ頭に血が上っていた。「私たちがやったこと、柚香に見られたじゃない」静香は心臓が激しく鳴っていた。このあと待っていることを考えると、怖くて仕方がない。「柚香が理沙に全部話したら、絶対に許してもらえないよ」海斗は拳を強く握りしめた。柚香さえいなければ。こんなところを見られることもなかったのに。「理沙さんが電話に出ない」柚香はスマホをしまい、慎吾と康平に声をかけた。「二人ともここで見てて。私、下に行ってくる」海斗と静香がわざわざ理沙の予備のドレスを切り刻みに来たということは、下でも何か仕掛けを用意しているはずだ。何しろ今日は理沙の誕生日だ。念のため、早めに知らせておいたほうがいい。その頃、理沙は両親と一緒にいた。スマホをうっかりマナーモードにしていたため、電話がかかってきたことにも気づいていなかった。「おじいちゃんとおばあちゃんは静かなところが好きなのに、どうしてこっちに呼んだの?」理沙は穏やかな口調で尋ねた。「湊人くんに会いたいって言ってたのよ」佳代は上品なドレス姿で、落ち着いた雰囲気を漂わせていた。理沙は目をわずかに上げた。まだ、自分と湊人を結婚させるつもりなの?
理沙は一瞬、言葉を失った。目には驚きの色が浮かび、胸の奥にも大きな波が立つ。込み上げてきた感情をそっと押し込め、口元にわずかな笑みを浮かべた。「そこまで言ってくれるなら、遠慮なくもらうね」「うん」柚香は頷いた。「八桁もするプレゼントを、あっさり贈っちゃうなんて。柚香さん、太っ腹ね」理沙はからかうような口調で続けた。「でも、あなたの誕生日には、私じゃこんな高価なもの返せないよ」「最初から期待してないから」柚香は理沙の口調を真似して返した。理沙は笑った。朔也からは、むやみに友達を作るな、痛い目を見たことを忘れるなと何度も言われている。それでも、こんなに素直で可愛い人と、どうして友達にならずにいられるだろう。「パーティーは何時から?」理沙のメイクも髪もすっかり仕上がっているのを見て、柚香は何気なく尋ねた。「八時ちょうど」理沙は時間を確認した。まだ七時前だと分かると、柚香に気を遣って先に声をかけた。「忙しいなら、今すぐ送っていくけど?」「理沙さん、私の席は用意してくれてるのかなって聞きたかったの」せっかく来たのだから、柚香は急いで帰るつもりもなかった。「昨日歩き回りすぎて、今日はもう立ってられないの」理沙は笑った。「もし用意してないって言ったら?」柚香は平然と言った。「じゃあ、理沙さんの膝に座る」「いいよ」柚香はそれ以上何も言わなかった。しばらくして、部屋のドアが開いた。池田家の使用人が入ってきて、仕事の報告でもするような調子で告げた。「お嬢様、お母様がお呼びです。下にいらっしゃるおじい様とおばあ様に、ご挨拶してほしいとのことです」理沙は「分かった」と答えた。柚香が人付き合いをあまり好まないことを知っているので、下へ行く前に、隣の部屋で休めるよう手配した。柚香も断らなかった。休憩室は静かだった。柚香は一人掛けのソファに座り、スマホをいじりながら青葉医療の進捗を確認した。今のペースなら、あと三か月もあれば第二プロジェクトは完成する。そのとき、検収を無事に通過し、神崎家から課されている試験にも合格できれば、母に起きたあの事件を徹底的に調べることができる。黒幕には、必ず代償を払わせる。ちょうどそのときだった。外から、こそこそと話す声が聞こえてきた。「準備は全部できた?」
「もう二十五なんだから、そろそろ結婚しなさい。湊人は悪くないわよ。あの子だって、私たちが小さい頃から見てきたんだから。もう少ししたら、お父さんと一緒に向こうのご家族と話してみようと思ってる。あなたはどう?」「私はまだ結婚するつもりないから」中から聞こえてきた理沙の声は、柚香と電話していたときとはまるで違っていた。「お兄ちゃんだって、まだ結婚してないじゃない」「お兄ちゃんは会社を経営していて、結婚する暇がないのよ」理沙の母親は諭すように言った。「あなたは会社を継いでるわけでもないのに、いつまで先延ばしにするつもり?」それを聞いていた柚香は、ようやく理沙が自分を何に利用しようとしているのか分かった。柚香は手を上げ、「コンコン」とドアを軽く叩いた。中が一瞬で静かになった。ほどなくして、ドアが開く。柚香の姿を見た理沙の目に、かすかな笑みが浮かんだ。そのまま手を伸ばし、柚香をぎゅっと抱きしめる。「やっと来た。来てくれないのかと思った」「危うく間に合わないところだった」柚香も抱き返し、親しい友人同士の芝居にとことん付き合った。「はい、誕生日プレゼント」「何かしら?」理沙はきれいに包装された箱を受け取りながら、興味津々に尋ねた。「いいもの?」「当ててみて」理沙は笑うと、目を伏せたまま箱を開け始めた。「あなた、柚香でしょ?」理沙の母親は柚香に目を向け、穏やかな口調で声をかけた。「佳代おばさん、こんにちは」柚香は蒼海市の名家について最初から一通り調べていたので、理沙の母親のことも当然知っていた。「理沙から、優しくて上品なお母さんがいるってずっと聞いていました。今日はようやくお会いできました」「まあ、優しくて上品だなんて。あの子が勝手に言ってるだけよ」池田佳代(いけだ かよ)は満面の笑みを浮かべた。「二人でゆっくり話しててちょうだい。私は下に行って、理沙のおじいちゃんとおばあちゃんを迎えてくるから」「はい」柚香は微笑んだ。ほどなくして。部屋には柚香と理沙の二人だけになった。普段は生真面目なのに、さっきは驚くほど口が回った柚香を見て、理沙はドア枠にもたれながら、口元に笑みを浮かべた。「私、いつそんなこと言った?それに『理沙』って。私たち、そんなに親しかったっけ?」「誕生日だって、どうして教えて
「そんなにはっきり言って、私が傷つくとは思わないの?」理沙は相変わらず、からかうような口調だった。柚香はごく自然に答えた。「むしろ、私のほうが傷つくんじゃない?私を利用しようとしてるんだから」理沙はくすっと笑った。柚香はそのまま外へ向かいながら聞いた。「場所は?」「ホテル」車に乗り込みながら、柚香は言った。「私が聞いたのは、詳しい住所」理沙はチャットで住所を送ると、そのまま話を続けた。「ついでに来るとき、ジュエリーショップで限定品のネックレスを一点買ってきて。できれば八桁以上のものがいいわ」柚香「?」いつの間にか理沙ともすっかり打ち解けていた柚香は、すぐに返した。「お金ちょうだい」「これくらいのお金、柚香さんにとっては大したことないでしょ」理沙はのんびりした口調で言った。「理沙さんにとっては、もっと端金でしょ」柚香は住所を康平に送って車を出してもらいながら、電話越しに続けた。「お金が先、商品はそのあと」理沙「ケチね」柚香「理沙さんは太っ腹なんだから、九桁のものを私にプレゼントしてくれてもいいんじゃない?」「九桁どころか、あなたが必要になった日には、世界に一つしかないものを用意してあげる」理沙はさらりと答えた。ふと階下を見ると、人がどんどん増えている。「そうだ」「何?」柚香が尋ねる。「さっき話した、私があなたを利用するって話。覚えてる?」理沙の声に、自然と真剣さが混じった。柚香は「うん」と答えた。理沙は隠さずに言った。「あなたに私の友達のふりをして、そのネックレスを私に届けてほしいの」柚香は一瞬きょとんとしたが、迷うことなく答えた。「いいよ」このところネット上に柚香に関する情報が一切出ていないのは、理沙のおかげだった。お金をもらって仕事をしているとはいえ、理沙がきちんと役目を果たしてくれているのも事実だ。「どうしてって聞かないの?」今度は理沙のほうが、本気で不思議そうだった。「利用し終わったら、自然に教えてくれるでしょ」柚香は理沙の性格を、なんとなく分かってきていた。「部屋番号を教えて」「部屋番号はないわ」理沙は、深いブルーを基調にしたイブニングドレスを身にまとっていた。胸元には、きらめくパールが一列にあしらわれている。「会場は大広間。あなたが着いたら、迎えを寄こす
「ありがとう」千尋は頷いた。柚香は千尋を見つめた。「今回ここを離れたら、しばらく京原市には来ないと思う」「分かってる」本当に話したくないのだと分かり、柚香もそれ以上は聞かなかった。帰る前に、紗季の電話番号を千尋に渡した。紗季は母の友人だ。遥真すら恐れない人なら、修司を怖がるはずもない。「もし周りのボディーガードが修司さんに何か報告したとしても、適当にそれらしい理由をつけてごまかせばいいから」柚香はふと足を止め、最後に残っていた不安も取り除いた。千尋は「分かった」と答えた。そしてこの瞬間、千尋はさっき真実を話さなくて本当によかったと思った。柚香は優しくて思いやりのある性格だ。もし修司が妹を人質にして自分を脅していると知ったら、きっと何とかして助けようとするだろう。けれど、柚香自身も神崎家や黒崎家、それに遥真のことで抱えている問題が山ほどある。これ以上、自分のことで柚香に心配や不安を抱えさせたくない。弁護士を探してくれるだけでも、十分すぎるほどありがたいことだ。気持ちを落ち着かせて外へ出ると、まだ二歩ほど歩いただけなのに、アシスタントが小走りで追いついてきた。「千尋さん、さっき中で会ってたのって、柚香さんだよね?」「食事は持ってきた?」千尋は答えず、逆に尋ねた。美咲は頷いた。「持ってきた」千尋が短く返事をすると、美咲はまだ何か聞きたそうにしていた。けれど、千尋の沈黙した様子を見て、それ以上は聞かなかった。一方、柚香のほうでは。康平は車を空港へ向けて走らせながら、興味津々といった様子で尋ねた。「その顔を見る限り、あんまりうまく話せなかったみたいですね」「うまくいかなかったわけじゃないよ」柚香はもう考えないことにした。千尋の決断を尊重すると決めた以上、最後までその意思を尊重するつもりだった。「ただ、世の中には人間とは呼べないような人もいるんだなって、急に思っただけ」修司が千尋をそばに置いておくために、表には出せないような手段を使っていることは想像していた。それでも、千尋の生活まで監視しているとは思わなかった。そんな環境の中で、千尋はどうやって過ごしてきたのだろう。「それは、まだ世の中を知らなさすぎるんですよ」康平はむしろ淡々としていた。前を見ながら、左手をハンドルに置いている。「目の
監督がドアを閉めると、入口に立っていた千尋の視線がまっすぐ柚香へ向いた。「柚香さん……?」「こっちに来て座って」柚香は千尋の手を取ると、自分のそばへ連れてきた。千尋はまるで夢を見ているような気分だった。監督に呼ばれたときは、撮影について何か話があるのだと思っていた。まさか、柚香に会わせるためだったとは思わなかった。「挨拶はいいから」柚香は千尋の姿を上から下まで見て、ひとまず元気そうだと確認してから本題に入った。「今朝、私に送ってきたメッセージ、どういう意味?」千尋の動きが止まった。二、三秒ほど黙ったあと、複雑な表情で尋ねる。「そのためだけに、わざわざ来てくれたの?」柚香は頷いた。「うん」千尋は外の様子をちらりと確認した。監督に呼ばれて入ってきた以上、ボディーガードやアシスタントが中の会話を盗み聞きすることはないだろう。それでも、四六時中監視されている生活が長く続けば、どうしても無意識に警戒してしまう。「二人で話してください」康平は千尋の気持ちをすぐに察し、自分から声をかけた。「俺と慎吾は外に出て、見張ってますから」二人が出ていくと、千尋も少しだけ肩の力を抜いた。「修司を怖がらずに立ち向かえる弁護士を探してほしいの」千尋は自分の考えを柚香に話した。「証拠が全部揃ったら、あの人を訴えるつもり」柚香はすぐに頷いた。「分かった」千尋は胸につかえていたものが少しだけ軽くなった。「ありがとう」「どうして直接電話してこなかったの?」柚香はしばらく考えた末、やはり聞くことにした。「それと、LINEじゃなくてSMSで連絡してって言ったのはどうして?」千尋はしばらく黙っていた。「修司に、あなたとは連絡を取るなって言われてるの。私のそばにいるアシスタントもボディーガードも、みんな彼の人間だから」迷った末に、千尋は打ち明けた。「それとLINEだけど、彼が使ってるタブレットに私のアカウントがログインされたままなの」たったそれだけの話だった。それでも、柚香にはすべて分かった。修司は千尋の自由を制限しているだけではない。普段の生活まで監視しているのだ。「私に何か手伝えることはない?」「大丈夫」千尋はきっぱり断った。これ以上、柚香をこの問題に巻き込みたくなかった。「私に合う弁護士を探してくれるだけで、十分あ







