共有

第951話

作者: 金招き
「うっ!」

痛みに堪えきれず、香織は低く呻いた。

その指先は、圭介の腕の肉に食い込むほどに力を込めていた。

圭介は彼女の痛みを理解していた。

だが、この状況で慰めの言葉など──あまりにも無力だった。

彼は彼女の頬を撫でながら、憲一に言った。

「早くしてくれ」

憲一は既に最速で作業していた。

集中して、弾を取り除くことに専念していた。

幸いなことに、特殊な器具を使わずとも弾丸の位置がはっきりと見えていたため、処置は順調だった。

弾を取り出した瞬間、血がさらに激しく流れ出した。

彼は止血薬を傷口に押し付け、出血を抑えた。

香織は、あまりの痛みに気を失いそうになった。

彼女の体はまるで風呂上がりのように、汗でぐっしょりと濡れていた。

憲一は車外にいる誠に向かって叫んだ。

「出発だ」

誠がすぐに車に乗り込みんだ。

「弾は取り出せたのか?」

「ああ」

憲一は短く答えた。

車が再び走り出した。

この場所はすでにF国との国境に近い。

この街を越えて少し進めば、D国の境界線を超える。

「少し休め」

憲一は香織に声をかけた。

だが彼女はもう、返事をする余力もなかった。

圭介の腕の中で、ぐったりと身を預けていた。

「眠ってていい」

圭介が囁くと、香織は小さく彼に体を寄せた。

閉じたまぶた。

乾ききった唇。

そして、血の気を失った顔色は、まるで白紙のように真っ白だった。

──どれほど時間が経ったのか。

やがて、彼らはD国を出て、F国の領内に入った。

これで、少しは安全になった。

少なくとも、F国の領土内では、あれほど公然と銃を向けてくることはできないはずだ。

だが、それでも彼らは警戒を緩めず、すぐに屋敷へは戻らなかった。

ウォース町であっさり見つかったことから、追跡されている可能性を考慮し、車を乗り換え、迂回ルートを取ったのだ。

車を降りる際、憲一が前に出た。

「俺が香織を抱えていこうか?」

「必要ない」

圭介は即座に言った。

圭介は頑なに自分で抱き上げた。

憲一はそれ以上言わず、道案内をする役に徹した。

「お前って、本当に器が小さいな」

憲一は呆れたように言った。

「怪我してるし、目も見えない状態だろ?手伝っただけだ。香織にやましい気持ちなんか、あるわけないだろ」

「俺の女だ。手ぐらい、自分で
この本を無料で読み続ける
コードをスキャンしてアプリをダウンロード
ロックされたチャプター

最新チャプター

  • 拗れた愛への執着: 結婚から逃げた総裁に愛された   第954話

    「喋るなって言ってんだ、黙ってろ」圭介は冷たく言った。「……」「圭介、お前ってほんと口が悪いよな」「出て行け」圭介の声は低かった。憲一は動かず、手元の作業を続けた。「……俺が出たら、地図を正しくメールできるか?俺がいなきゃ、お前トイレの場所も分からないだろ」圭介の視力を失っている今、憲一の態度も大胆になっていた。反論されても言い返せない圭介は、つい怒鳴った。「……いい加減にしろ、出て行けっ!!」だが憲一は一歩も引かなかった。「出て行けって言ってもな、俺が嫌だって言ったら、どうしようもないだろ」圭介は眉をひそめた。「お前、ヒマすぎて頭やられたのか?」「いや、まだ飯も食ってないのに」憲一は涼しい顔で続けた。「メール送ったら一緒に飯に行こうぜ。そろそろ執事が準備終わってる頃だし、もうペコペコだよ」「……よくそんな気分でいられるな。状況分かってんのか」圭介が鼻で笑うように言った。憲一は真顔になりつつ、真っすぐな声で返した。「俺が焦ったところで無駄だろ。結局お前に頼るしかないんだからさ」「頼るなら静かにしていろ。うるさくするな」圭介が立ち上がった。憲一は急いで彼を支えた。「今の俺はお前の目だ。だからついていくしかないんだよ。俺だって別にお前を煩わせたいわけじゃないけど、どうしようもないだろ」彼の皮肉めいた言い方に、圭介もただ顔をしかめるしかなかった。──そう、今の圭介の目は見えない。もし視力が戻ったなら──きっと憲一なんて蹴飛ばされていただろう。だが今だけは、その不遜な態度も許されている。なにせ、圭介には彼の助けが必要だったから。二人が書斎を出たところで、誠も戻ってきた。「先に食事を済ませておけ」圭介はそう言って、自室へ戻ろうとした。しかし、憲一は嫌味ったらしく言った。「お前は目が見えないんだから、部屋に戻っても香織の顔も見えないし、食事に行ったほうがマシだろ?」「……」圭介は言葉を失った。誠はこっそり圭介の顔色を窺った。──案の定、その顔は真っ黒に曇っている。さすがに、あんなこと自分じゃ言えない。憲一だけが、死を恐れぬ無鉄砲さでやりたい放題だ。憲一は執事を呼び寄せた。「食事を部屋に運んでくれ。香織も腹減っ

  • 拗れた愛への執着: 結婚から逃げた総裁に愛された   第953話

    誠はその言葉を聞き、少しほっとした様子で近づき、「つまり、簡単に治るということですか?」と尋ねた。医師は首を横に振りながら言った。「外傷性であれば、体内の疾患よりは治しやすいですが……『簡単に治るかどうか』は、失明の原因を詳しく調べてからでないと、何とも言えません」──原因が何よりも重要なのだ。誠は再び肩を落とした。……そんなの当たり前だろ。何の役にも立たない答えだった。医者は彼を一瞥した。「静かにしてもらえますか?検査中に邪魔されたくないので」誠は圭介の表情をそっと窺った。口元が引き結ばれ、まったく余裕のない顔つき。何も言わない方がよさそうだ。今、ひと言でも余計なことを言えば、本当に怒鳴られかねない。医者は圭介の目を開いて、ライトを当て、瞳孔の反応を確認して尋ねた。 「光は感じますか?」「……わずかに」圭介は答えた。「痛みはありますか?」「ない」「現段階では、網膜に損傷がある可能性が高いです。ただし、より正確に診断するには、病院での検査が必要です。もし衝撃による網膜損傷であれば、治療は比較的容易です」その言葉を聞き、圭介の胸の内にも、少しだけ安堵が広がった。「……わかった」医師は道具を片付け、医療用カバンを持ち上げた。「送っていけ」圭介は誠に向かって言った。だが誠はその場を動かず、気になる様子で尋ねた。「……病院、行かなくていいんですか?ちゃんと調べたほうがいいと思います」──さっきの医者の話を聞いて、放っておくには不安すぎる。もし治療が遅れたら──取り返しのつかないことになったら、どうするんだ?しかし圭介は何も説明せず、冷たく言い捨てた。「行け」誠はしぶしぶうなずき、医師に向き直った。「……どうぞ、こちらです」医師は軽く会釈して、静かに部屋を出ていった。ドアが閉まると、圭介は憲一を呼び戻した。──視界がないのは、やはり不便だ。だが、いくつか電話をかけなければならない。今のところ、越人が本当に捕まったのかどうか、はっきりしていない。まずは、彼の行方を突き止めることが最優先だ。「机の右側、一番上の引き出し。中に茶色のノートがある。それを出して、一ページ目、上から六番目の番号をかけろ」圭介は憲一に言った。憲一は

  • 拗れた愛への執着: 結婚から逃げた総裁に愛された   第952話

    憲一がまだ言葉を発する前に、電話の向こうから再びあの狂気じみた声が響いてきた。「来る勇気もないってか?じゃあこうしよう。お前、住所を教えろよ。そしたら、こっちでこいつの脚を一本バラして、お前に届けてやるよ。どうだ?」「──お前、もし越人に手出したら、バラバラにしてやるからな!」憲一は怒りで声を荒げ、受話器越しに怒鳴り返した。だが、返ってきたのは余裕たっぷりの嗤い声。「へえ〜?そうか?俺には全然信じられないけどな。やれるもんなら来てみろよ。待ってるぜ」憲一は言葉を失い、拳を握りしめた。そして、咄嗟に電話を切って通信を遮断した。――位置を特定されるかもしれない。あいつらは、正真正銘の狂人だ。越人が捕まった……何をしでかすか分からない——どんな残酷なことでもやりかねない!憲一は焦りに駆られ、屋敷の中を落ち着きなく歩き回った。どうすれば……どうすれば越人を助け出せる?——圭介。今、自分たちの中で一番頭の切れるのは彼だ。結局この件も、彼に判断を仰ぐしかない。しかし——彼の視線は、寝室の扉に向けられた。今、香織は銃弾を受けたばかりで、摘出は済んだものの、静養が必要だ。圭介自身も視力を失っている。誠も、まだ医者を迎えに行ったきり戻っていない。そして、自分たちは長く行方不明になった挙句、ようやく帰ってきたばかり。食事すら口にしていない。それでも——越人の件は、待ったなしだ。憲一は覚悟を決め、寝室のドアをノックした。しばらくして、微かな物音がして、扉が開いた。圭介は無言で手を上げた。憲一はすぐに察し、腕を差し出した。「書斎に行こう」圭介は静かに言った。憲一は頷き、彼を連れて書斎へ向かった。道中、憲一は耐えきれず口を開いた。「越人が捕まったんだ」圭介の表情が一瞬変化したが、すぐに平静を取り戻した。慌てふためくのは愚の骨頂だ。だが憲一の焦りは止まらなかった。「向こうは、越人の脚を切るって脅してきた。なぁ、本気でやる気だと思うか!?」「慌てるな」圭介は低く言った。「……」憲一は黙った。彼はおそるおそる圭介の顔を覗き込んだ。「なあ……あいつら、もしかして……ただ脅してるだけじゃないのか?」「そうとは限らない」

  • 拗れた愛への執着: 結婚から逃げた総裁に愛された   第951話

    「うっ!」痛みに堪えきれず、香織は低く呻いた。その指先は、圭介の腕の肉に食い込むほどに力を込めていた。圭介は彼女の痛みを理解していた。だが、この状況で慰めの言葉など──あまりにも無力だった。彼は彼女の頬を撫でながら、憲一に言った。「早くしてくれ」憲一は既に最速で作業していた。集中して、弾を取り除くことに専念していた。幸いなことに、特殊な器具を使わずとも弾丸の位置がはっきりと見えていたため、処置は順調だった。弾を取り出した瞬間、血がさらに激しく流れ出した。彼は止血薬を傷口に押し付け、出血を抑えた。香織は、あまりの痛みに気を失いそうになった。彼女の体はまるで風呂上がりのように、汗でぐっしょりと濡れていた。憲一は車外にいる誠に向かって叫んだ。「出発だ」誠がすぐに車に乗り込みんだ。「弾は取り出せたのか?」「ああ」憲一は短く答えた。車が再び走り出した。この場所はすでにF国との国境に近い。この街を越えて少し進めば、D国の境界線を超える。「少し休め」憲一は香織に声をかけた。だが彼女はもう、返事をする余力もなかった。圭介の腕の中で、ぐったりと身を預けていた。「眠ってていい」圭介が囁くと、香織は小さく彼に体を寄せた。閉じたまぶた。乾ききった唇。そして、血の気を失った顔色は、まるで白紙のように真っ白だった。──どれほど時間が経ったのか。やがて、彼らはD国を出て、F国の領内に入った。これで、少しは安全になった。少なくとも、F国の領土内では、あれほど公然と銃を向けてくることはできないはずだ。だが、それでも彼らは警戒を緩めず、すぐに屋敷へは戻らなかった。ウォース町であっさり見つかったことから、追跡されている可能性を考慮し、車を乗り換え、迂回ルートを取ったのだ。車を降りる際、憲一が前に出た。「俺が香織を抱えていこうか?」「必要ない」圭介は即座に言った。圭介は頑なに自分で抱き上げた。憲一はそれ以上言わず、道案内をする役に徹した。「お前って、本当に器が小さいな」憲一は呆れたように言った。「怪我してるし、目も見えない状態だろ?手伝っただけだ。香織にやましい気持ちなんか、あるわけないだろ」「俺の女だ。手ぐらい、自分で

  • 拗れた愛への執着: 結婚から逃げた総裁に愛された   第950話

    目の前の景色が二重にぶれて、ぼんやりとしてきた。「圭介……眠い……」香織はかすれた声でつぶやいた。圭介は顔を寄せ、そっと彼女の頬に唇を落とした。「だめだ、寝ちゃだめだよ」「うん……」香織は力なく応えた。「憲一、近くに病院はないのか」圭介は言った。憲一が携帯で調べたが、近くには病院が見当たらなかった。「俺が診てみる」彼自身も医師であり、応急処置はできる。誠が路肩に車を停めた。憲一が降りて後部座席に移動し、ドアを閉めると誠は再び発進した。香織の傷を調べると、弾丸は肩の深くに食い込んでいた。今も傷口から絶え間なく血が滲み出していた。憲一はためらわず、自分のシャツの一部を噛み切り、力を込めて裂いた。そして布の帯を作り、彼女の腕を持ち上げ、脇の下を通して肩に巻きつけた。さらにもう一枚裂いた布で腕に縛り付け、圧迫止血を施した。香織が震える手でメスを差し出した。それは彼女が護身用に持っていたものだった。憲一は彼女の意図を悟り、即座に首を振った。「これだけ出血してるってことは、動脈に当たってる可能性が高い。ここで弾を取り出そうとしたら、大出血になるかもしれない。車の中じゃ何もできない。今は血がやや収まってきた。もう少し我慢してくれ」香織は唇を青白くしながら、「うん……」と小さく頷いた。気力を振り絞って意識を保とうとしたが、まぶたがどうしても重くなってくる。「……圭介……」彼女は低く呼んだ。「……寒いの。抱きしめて……」圭介は全身で彼女を包み込んだ。その体は壊れそうなほど脆く、力を入れれば粉々になりそうだった。「頑張れ」憲一は声をかけた。だが、香織はもう答えられなかった。言葉を紡ぐ力さえ、残っていなかったのだ。憲一の顔には焦りが浮かんでいた。1時間ほど経ち、誠は幹線道路から外れて、別の市街地へ向かっていた。彼は必死に病院を探していた。「薬局でもいい!」憲一が言った。薬があれば、自分で弾を取り出せるからだ。誠は頷いた。「わかった」憲一はすぐに地図アプリを開き、周辺の病院や薬局を確認した。大きな病院はどれも市街地の中心部にある。今いる場所は外れに近く、小さな診療所ならあるかもしれないが、地図には表示されていない。

  • 拗れた愛への執着: 結婚から逃げた総裁に愛された   第949話

    香織はうなずいた。「わかったわ」彼女もできる限り協力するつもりだった。仲間が外で戦ってくれていると知り、憲一の緊張は幾分和らいだ。少なくとも、この窮地から脱出する見込みはある。どちらの勢力なのかはわからないが、まるで弾が無限にあるかのように銃声が響き続けていた。たぶん、あれは敵のほうだろう。越人があそこまで多くの武器や弾丸を持っているとは思えない。敵の火力が圧倒的に強い――そう思った瞬間、再び不安が胸を締め付けた。もし、越人たちが敵わなかったら?自分たちは、このまま逃げ場を失ってしまうのではないか?――生まれて初めて、こんな至近距離で銃撃戦を体験している。今は平和な時代のはずなのに——やはり国内の治安は良い。外国はやっぱり違う……銃声はしばらく続いたが、はっきりとわかるほど、敵は後退し始めていた。通りの突き当たりには、曲がり角のある路地がある。相手はその奥に追い詰められたようだった。そのとき——誠が車を回してきた!憲一が真っ先に外に出てドアを開け、そして香織が圭介を支えて続いた。全員が車に乗り込むと、誠はすかさずアクセルを踏み込んだ!馬力の強い車のおかげで、車は一気に加速して飛び出した!車の動きに気づいた敵がすぐに追ってきて、銃撃を始めた。敵の武装は越人たちを遥かに凌いでいた。だからそのせいで、越人の側は完全に防ぎきれなかった。さらに、車の後部ガラスがないせいで、中の様子が丸見えだった。一人の金髪の男が、冷たい目で銃を構え、こちらを狙っていた。その瞬間——香織が圭介を押し倒した。パンッ!銃声が響いた。誠はアクセルを一気に踏み込み、車を加速させた。その背後では、越人が何とか敵の注意を引きつけ、道を開いてくれていた。危険ではあったが、なんとかその場を脱出することに成功した。憲一の顔には深い緊張が浮かんだ。「越人は大丈夫だろうか……」火力の差があまりにも大きすぎた。誠はハンドルを握ったまま答えた。「アイツは、うまくやるさ」憲一は小さく頷いた。だが、胸のざわつきは止まらなかった。今回の件は、普通じゃない。この異常な執拗さ……まるでこちらを抹殺しなければ終わらないようだ……「香織」後部座席で圭介

続きを読む
無料で面白い小説を探して読んでみましょう
GoodNovel アプリで人気小説に無料で!お好きな本をダウンロードして、いつでもどこでも読みましょう!
アプリで無料で本を読む
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status