大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。

大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。

last updateLast Updated : 2026-08-16
By:  菊池まりなUpdated just now
Language: Japanese
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25歳の朱里は、同じ部署の先輩・嵩にずっと片想いをしていた。けれども不器用な朱里は、素直に「好き」と言えず、口から出るのはいつも「大嫌い」。彼女のツンデレな態度に最初は笑って受け流していた嵩も、次第に本気で嫌われていると思い込み、距離を置き始める。 そんな中、後輩の瑠奈が嵩に好意を寄せ、オープンに想いを伝えていく。朱里は心の奥で「私は本当は死ぬほど好きなのに」と叫びながらも、意地とプライドが邪魔をして一歩踏み出せない。 しかし、嵩の転勤が決まり、別れが迫ったとき、朱里はついに「大嫌い」と100回も繰り返した心の裏にある“本音”を告白する決意をする――。

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Chapter 1

第1話  雨の日の救世主

四月の雨が、新緑の街路樹を濡らしていた。

中谷朱里なかたにあかりは、傘を持たずに会社を出た自分を心底呪っていた。

天気予報では晴れのはずだったのに、午後から急に雲行きが怪しくなり、今では本格的な雨に変わっている。

「最悪……」

スマートフォンで時刻を確認する。午後六時四十分。

重要なクライアントとの打ち合わせが明日の朝一番にあるというのに、資料を会社に忘れてきてしまった。

新人の頃から完璧主義で通してきた朱里にとって、こんな失態は許されない。

雨脚が強くなる中、朱里は意を決してビルから駆け出した。会社まで三ブロック。全力で走れば五分とかからない。濡れるのは我慢するしかない──。

「中谷さん!」

背後から声をかけられ、朱里は振り返った。

雨の向こうから、黒い傘を差した男性が走ってくる。

平田嵩ひらたたかし。営業部のエース。朱里より三つ年上で、社内でも評判の好青年。

「どうしたんです、こんな雨の中」

嵩は息を切らしながら朱里に傘を差し掛けた。

「傘、お持ちじゃないんですか?」

「あ、いえ……資料を取りに戻るだけなので」

朱里は慌てて答えた。傘の下に入ると、彼の体温が近くに感じられる。

シャツに残る微かな香水の匂い。整った横顔。

心臓が、さっきまでの雨よりも激しい音を立てている。

「資料って、明日の朝のプレゼンの?」

「え……どうして知ってるんですか?」

「噂で聞いたんです。中谷さんが大きな案件を任されてるって。すごいじゃないですか、入社二年目でクライアント相手にプレゼンなんて」

嵩の声には素直な賞賛が込められていた。

それが余計に朱里を戸惑わせる。

「別に、すごくなんて……」

「いやいや、謙遜しないでくださいよ。僕なんて二年目の頃は資料のコピー取りがメインでしたから」

気さくに話しかけてくる嵩に対して、朱里はどう反応していいかわからなかった。

こんな風に先輩と二人きりで話すことなど、今まで一度もなかったのだ。

会社のビルが見えてきた。エントランスの前で、嵩が足を止める。

「はい、到着です」

嵩は微笑んだ。

「資料、無事に取れるといいですね」

「あ、あの……」

朱里は何かお礼を言わなければと思った。

でも、なぜか言葉が出てこない。嵩の優しい笑顔を見ていると、胸の奥がざわざわして、頭が真っ白になってしまう。

気がつけば、全く違う言葉が口をついていた。

「ありがとう、なんて言いません」

「え?」

嵩が目を丸くする。

「だって……だって、余計なお世話ですから」

朱里の声が震えている。

「一人で濡れて帰るつもりだったのに、勝手に傘を貸して……大嫌いです、そういうの」

──一回目。

言った瞬間、自分でも信じられなかった。

嵩の顔が困ったような表情になる。

「あ……すみません。余計なことを……」

「そうです、余計です!」

朱里は勢いよく傘から飛び出すと、雨の中を会社のエントランスに向かって走った。

自動ドアが開く寸前で振り返ると、嵩がまだ同じ場所に立って、こちらを見ていた。

心臓がバクバクと鳴り続けている。

でも今度は、さっきとは違う理由で。

エレベーターに乗りながら、朱里は自分の頬を両手で覆った。

「馬鹿……なんであんなこと言ったの……」

優しくしてくれたのに。傘を貸してくれたのに。

本当は嬉しかったのに。

なのに、どうして「大嫌い」なんて言ってしまったんだろう。

──一回目の「大嫌い」が、こんなに重くのしかかるなんて。

オフィスの電気をつけながら、朱里は小さくため息をついた。

きっと平田先輩は、今頃自分のことを変な後輩だと思っているに違いない。

でも、仕方がない。素直になるなんて、朱里には無理なのだから。

──その夜、朱里は何度も布団の中で寝返りを打ちながら、嵩の困った顔を思い出していた。

そして、胸の奥で静かに呟いた。

「本当は……ありがとうって言いたかったのに」

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第1話  雨の日の救世主
四月の雨が、新緑の街路樹を濡らしていた。中谷朱里は、傘を持たずに会社を出た自分を心底呪っていた。天気予報では晴れのはずだったのに、午後から急に雲行きが怪しくなり、今では本格的な雨に変わっている。「最悪……」スマートフォンで時刻を確認する。午後六時四十分。重要なクライアントとの打ち合わせが明日の朝一番にあるというのに、資料を会社に忘れてきてしまった。新人の頃から完璧主義で通してきた朱里にとって、こんな失態は許されない。雨脚が強くなる中、朱里は意を決してビルから駆け出した。会社まで三ブロック。全力で走れば五分とかからない。濡れるのは我慢するしかない──。「中谷さん!」背後から声をかけられ、朱里は振り返った。雨の向こうから、黒い傘を差した男性が走ってくる。平田嵩。営業部のエース。朱里より三つ年上で、社内でも評判の好青年。「どうしたんです、こんな雨の中」嵩は息を切らしながら朱里に傘を差し掛けた。「傘、お持ちじゃないんですか?」「あ、いえ……資料を取りに戻るだけなので」朱里は慌てて答えた。傘の下に入ると、彼の体温が近くに感じられる。シャツに残る微かな香水の匂い。整った横顔。心臓が、さっきまでの雨よりも激しい音を立てている。「資料って、明日の朝のプレゼンの?」「え……どうして知ってるんですか?」「噂で聞いたんです。中谷さんが大きな案件を任されてるって。すごいじゃないですか、入社二年目でクライアント相手にプレゼンなんて」嵩の声には
last updateLast Updated : 2026-07-07
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第2話  すれ違う傘
翌朝、朱里は鏡の前でため息をついていた。 「はぁ……顔、むくんでる」 昨日の夜はほとんど眠れなかった。 何度目を閉じても、雨に濡れた街角でのやり取りがフラッシュバックしてくる。 ──傘を差し出す嵩の横顔。 ──「大嫌い」と言い放ってしまった自分の声。 あの瞬間から、朱里の心はずっと落ち着かないままだった。 会社に着くと、偶然にもエントランスで嵩と鉢合わせした。 嵩は笑顔で軽く会釈する。 「おはようございます、中谷さん」 その穏やかな声に胸が跳ねる。 昨日のことを根に持っている様子はなさそうだ。 むしろ、何事もなかったかのように接してくれている。 (……優しい。そういうところが、余計にずるいんです) 朱里は視線を逸らし、そっけなく返す。 「おはようございます」 二人で並んでエレベーターに乗り込む。 密室に流れる沈黙。朱里は心臓の鼓動を聞かれそうで落ち着かない。 「昨日は……大変でしたね」 嵩が口を開いた。 「雨の中、走って戻ってきて。風邪とかひいてませんか?」 「ひいてません」 朱里は短く答える。 (またそうやって心配して……) 本当は嬉しい。でも、素直に喜ぶことができない。 「もし風邪引いたら、困りますから。明日のプレゼン、あなたがいないと回りませんし」 嵩が少し冗談めかして言う。 朱里は思わず口を尖らせた。 「……だから嫌いなんです。そうやって誰にでも優しいから」 ──二回目。 嵩が一瞬きょとんとした顔をする。 だが、すぐに苦笑して「厳しいですね」とだけ返した。 朱里は自分の発言を後悔しつつ、もう引っ込みがつかない。 (本当は嬉しいくせに。どうしていつも逆のことばかり言っちゃうの、私) その日の午後。 プレゼン準備で資料を確認していた朱里のデスクに、嵩がやってきた。 「中谷さん、これ昨日のデータの追加分です。あなたの資料に差し込んでおくと、説得力が増すと思います」 「……ありがとうございます」 思わず口をついて出た言葉に、自分でも驚く。 嵩が少し嬉しそうに微笑んだ。 「よかった。昨日みたいに『大嫌い』って言われるかと思いました」 「っ……!」 朱里の顔が一気に赤くなる。 「そ、そうです、大嫌いです!」 ──三回目。 「えぇ……」嵩は苦笑しながら頭をかいた。 「まぁ、そうい
last updateLast Updated : 2026-07-07
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第3話  揺れる心音
翌朝。 オフィスの窓から差し込む朝日が、朱里の眠そうな顔を照らしていた。 昨夜は結局ほとんど眠れなかった。 枕を抱えて何度も寝返りを打つたびに、頭の中には同じ場面がよぎる。 ──「大嫌いです。そういう押しつけがましいの」 自分の声。 嵩の苦笑。 そして、雨の夜道を一人で駆け抜けた寂しさ。 (何やってるんだろう、私……) コーヒーを一口飲んでも、胸のもやもやは消えなかった。 午前中の会議。 朱里が説明している最中、嵩が何度もフォローを入れてくれる。 その度に会議室の空気は和やかになり、上司たちの反応も良くなる。 (……やっぱりこの人は、すごい) 尊敬と同時に、またも嫉妬が胸をかすめる。 彼が「誰にでも優しい」ことを知っているからこそ、その優しさを独り占めしたくなる。 会議が終わった後。 嵩が朱里に声をかけた。 「さっきのプレゼン、すごく良かったですよ」 「……ありがとうございます」 思わず素直に礼を言ってしまい、朱里は慌てて顔を背ける。 すると嵩が続けた。 「でも、ちょっと疲れてませんか? 昨日……無理しましたよね」 朱里の心臓が跳ねた。 やっぱり見抜かれていた。 「そんなことないです」 否定の言葉と同時に、口が勝手に動く。 「そうやって心配ばかりして……だから、大嫌いなんです」 ──五回目。 嵩は困ったように笑う。 「またですか……」 朱里は視線を落とし、机の書類をいじるふりをする。 (どうして。どうしてこうなるの。素直になれないだけで、本当は──) 昼休み。 朱里は社食の隅の席に一人で座っていた。 トレイの上のパスタをほとんど手つかずのまま、ただフォークでかき回している。 「ここ、いいですか?」 不意に声をかけられて顔を上げると、嵩が立っていた。 「……他の席、空いてますよ」 「でも、中谷さんと話したくて」 嵩は勝手に隣に座り、同じトレイのハンバーグを置いた。 近い距離に、朱里の心臓が早鐘を打つ。 「最近、何かあったんですか?」 真っ直ぐな視線。 「僕に隠してること、ありますよね」 朱里の呼吸が止まる。 (あるに決まってる。全部、あなたに関すること。 でも言えるわけない。『好きです』なんて、絶対に) 「……ありません」 絞り出すように答えた。 嵩は少し黙り込んでか
last updateLast Updated : 2026-07-07
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第4話  雨宿りの距離
夕方、退社時間になると、外は激しい雨に変わっていた。 オフィスの窓を打つ雨音に、朱里は小さく舌打ちをした。傘を持っていない。朝の天気予報を信じてしまった自分を恨む。 「中谷さん、傘、持ってます?」 声をかけてきたのは嵩だった。 「……持ってません」 「じゃあ、良かったら一緒に帰りませんか?駅までなら相合傘でいけます」 差し出された黒い折り畳み傘。朱里は一瞬、ためらった。 嬉しいはずなのに、口から出たのは反射的な言葉。 「そういうの、誰にでもしてるんでしょう?大嫌いです」 七回目の「大嫌い」。 嵩の眉がわずかに下がった。 「僕、誰にでもこんなことしませんよ」 「……」 答えられずにいると、嵩は軽く笑った。 「まあ、いいです。強がってても風邪ひかれたら困るんで」 結局、朱里は彼の傘に入ることになった。 狭い歩道、肩が触れるほど近い距離。雨の匂いと、嵩のスーツの柔らかな香りが混ざって胸をざわつかせる。 「……あの、大嫌いって、どういう意味なんですか?」 嵩がふいに尋ねてきた。 「どういう意味って……そのままの意味です」 「でも、嫌われるようなことした覚えはないんですよね」 朱里は視線を逸らす。傘の端から落ちる雨粒をじっと見つめた。 本当は、嫌いなんて一度も思ったことがない。むしろ、好きで仕方ない。 でもその気持ちを言葉にする勇気がない。 「……先輩って、優しすぎるんですよ」 ようやく絞り出したのは、そんな曖昧な言葉だった。 「優しすぎる……それも、嫌われる理由になるんですか?」 嵩の真剣な声に、朱里の胸が苦しくなる。 「……わかりません」 答えは結局、逃げるように曖昧にした。 駅の屋根の下に着くと、嵩は静かに傘を閉じた。 「中谷さんが何を考えてるのか、まだわからないですけど……もし本当に嫌われてるなら、僕は困ります」 その言葉に、朱里の心臓が大きく跳ねた。 困る、なんて。そんなふうに思ってくれていたの? 「……とにかく、風邪ひかないように」 嵩はそれ以上何も言わず、改札へと歩いていった。 残された朱里は、しばらくその背中を見つめていた。 「大嫌い」と言えば言うほど、彼は困った顔をする。 それが、どうしようもなく愛おしい。 ──百回なんて、とても言い切れそうにない。 朱里はそう思いながら、ゆっ
last updateLast Updated : 2026-07-07
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第5話  言えない言葉
家に帰り着いたのは、夜の九時過ぎだった。 雨で濡れた髪をタオルで拭きながら、朱里は鏡の前に立つ。そこに映るのは、頬をほんのり赤らめた自分。 「……何やってるの、私」 独り言をつぶやいて、タオルを投げ出した。 頭の中には、駅前で傘を閉じて振り返った嵩の姿が焼きついて離れない。 『もし本当に嫌われてるなら、僕は困ります』 あの言葉を思い出すだけで、胸が熱くなる。 困る、なんて──どうしてそんなふうに言ってくれるのだろう。 「大嫌い、なんて……嘘ばっかり」 本当は、一度だって嫌いになんて思ったことはない。 むしろ、気づけば視線で追ってしまう。些細な言葉に一喜一憂してしまう。 それを知られたくなくて、つい口をついて出るのは「大嫌い」。 「百回言ったら、好きに変わる……どころか、もうとっくに好きなのに」 ベッドに倒れ込み、枕に顔を埋める。 心臓の鼓動がうるさくて、眠れそうになかった。 朱里はスマートフォンを手に取って、連絡先一覧を眺めた。 「平田嵩」という名前に指先が触れる。 けれど、開くこともできず、画面を消した。 言いたいことはたくさんある。 「ありがとう」とか、「優しいところが好き」とか。 でも、口から出てしまうのは「大嫌い」ばかり。 どうしてこんなに素直になれないのだろう。 もしも、正直に伝えたら……彼は笑ってくれるだろうか。 それとも、困ったように距離を置かれてしまうのだろうか。 「……怖い」 ぽつりとつぶやいて、朱里は目を閉じた。 眠りに落ちる寸前、心の中で繰り返したのは─── 「大嫌い」ではなく、「好き」という言葉だった。
last updateLast Updated : 2026-07-07
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第6話  すれ違う言葉、重なる想い
翌朝。 昨日の雨が嘘のように晴れ渡り、街路樹の葉が朝日を浴びてきらめいていた。 朱里は少し早めに出社した。 まだ人の少ないオフィスでパソコンを立ち上げ、書類を整理していると、背後から声がした。 「おはようございます、中谷さん」 振り返ると、嵩が立っていた。 朝の光に照らされたその姿は、いつもより柔らかく見えて、朱里の胸がどきりと跳ねる。 「おはようございます……」 朱里は視線を落とし、キーボードを叩くふりをした。 けれど嵩は少し迷ったあと、彼女の机の横に立った。 「昨日……急に帰ってしまったから、気になって」 「あれは……」 言いかけて、朱里は口をつぐんだ。 本当は「八つ当たりしてごめんなさい」と言いたい。 でも、喉の奥で言葉が固まってしまう。 「もし、僕に何か至らないことがあったなら──」 「ち、違います!」 思わず声を上げてしまい、朱里は慌てて続けた。 「平田先輩が悪いわけじゃなくて……ただ、私が……」 言葉が途切れた。 続きは「好きだから」と告げればいいのに、それだけがどうしても出てこない。 嵩は朱里の様子を見て、少しだけ笑った。 「……なら良かったです。無理はしないでくださいね」 それだけ言って、自分の席へ戻っていく。 朱里は机の下で拳を握りしめた。 今なら──ほんの一歩、素直に近づけたかもしれないのに。 「……バカ」 小さくつぶやいて、顔を伏せる。 でも心の奥で、昨日よりも少しだけ前に進めた気がした。 「大嫌い」と口にする自分の中に、確かに「好き」が芽生えているのだから。 朱里は小さなため息をついてモニターに向き直った。 新しい一日が始まる。 それは同時に、彼女と嵩の関係が少しずつ変わっていく予感でもあった。
last updateLast Updated : 2026-07-07
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第7話  親友の診断
土曜の午後。 朱里はカフェの片隅で、カフェラテをかき混ぜながらため息をついた。 向かいの席でケーキを頬張っていたのは、大学時代からの親友・田中美鈴。 朱里の表情をひと目見ただけで、彼女はあきれ顔になった。 「で、また“平田先輩大嫌い事件”ってわけ?」 「……事件じゃない。ただの事実」 「はいはい。中谷朱里さんの口癖、また出ました〜。“大嫌い”って何回目だと思ってんの?」 「……さあ」 「私のカウントだと、もう余裕で60回は超えてるけど?」 朱里は思わずむせそうになった。 「ちょ、ちょっと、なんで数えてるのよ」 「親友としての義務。でね、60回中59回は顔がにやけてたから。“好きすぎて大嫌い”ってやつでしょ?」 「違う!」 即座に否定したが、耳が熱くなる。 美鈴はストローをくわえて、ニヤリと笑った。 「わかりやすっ。あんたさ、ツンデレっていうより、もはや呪いの儀式だよね。“大嫌い百回唱えたら愛が叶う”とか信じてんの?」 「信じてない!……でも」 言いかけて口をつぐむ。 美鈴は小さく肩をすくめた。 「ほら。そうやって素直になれないから、こじらせ女子って言われんのよ。好きなら好きって言えばいいのに」 朱里はストローを強くかみしめた。 「……だって、そんなの、似合わないでしょ」 「似合う似合わないの問題じゃないでしょ。言わなきゃ伝わんないの。あんたのその“強がりフィルター”が一番の敵なんだって」 美鈴の言葉が胸に刺さる。 だけど朱里は、結局いつものようにそっぽを向いてしまった。 「……いいの。私はこのままで」 「ほんっと頑固。まあ、見てて面白いから応援はするけどさ。こじらせすぎて手遅れになる前に、せめてリハビリくらいはしな?」 美鈴の茶化す声を聞きながら、朱里はカップの底に沈んだ泡を見つめていた。 心の奥では分かっている。 このままじゃダメだって。 それでも、口から出るのはやっぱり同じ言葉だった。 「大嫌い、なんだから」 まるで呪文みたいに。
last updateLast Updated : 2026-07-07
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第8話  見えない距離
翌週の月曜日。 営業部に新しい顔がやってきた。 「今日からお世話になります、望月瑠奈と申します!」 明るく響いた声に、オフィスの空気が一瞬で和んだ。 瑠奈は大きな瞳と笑顔が印象的で、その場にいた誰もが惹きつけられる。 (……なんか、眩しい) 朱里は自分とは正反対のタイプだと思った。 案の定、瑠奈はすぐに人懐っこさを発揮し、あっという間に職場に溶け込んでいった。 「望月さん、この資料のまとめ方、すごく分かりやすいですね」 隣の会議室から聞こえてきたのは、嵩の声だった。 「ありがとうございます! 平田先輩のアドバイスのおかげです」 褒められて頬を染める瑠奈。その様子に、朱里の足は思わず止まった。 (……先輩、あんな優しい声、私にはかけてくれたことないのに) 昼休み。 朱里がこっそり公園のベンチで一人ランチをしていると、背後から声がした。 「あ、中谷先輩もここにいたんですね!」 振り返ると、瑠奈が笑顔で立っていた。 「え、ええ……」 「よかったらご一緒してもいいですか?」 押しの強さに断れず、結局二人で並んで食べることになった。 「先輩って、平田先輩と仲良いですよね?」 「……普通です」 「ふふ、そうなんですか。私、平田先輩のこと、すごく尊敬してるんです」 瑠奈の瞳がキラキラと輝く。 朱里の胸に、不安と嫉妬が入り混じった。 (美鈴の“診断”……当たってたのかもしれない) その日の午後、朱里は偶然、嵩と瑠奈の会話を耳にしてしまう。 「先輩、今度の土曜日、お時間ありますか? セミナーがあって、一人じゃ心細くて……」 「セミナー? いいですよ。一緒に行きましょう」 そのやり取りに、朱里の心臓は強く跳ねた。 (本当に……他の人に行っちゃうかもしれない)
last updateLast Updated : 2026-07-07
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第9話  ライバルの影
木曜の夕方。 朱里はオフィスのコピー機の前で、資料を整理していた。 ふと視線を上げると、廊下の向こうで嵩と瑠奈が話しているのが見えた。 「平田先輩、この間のセミナーの件、本当にありがとうございました!」 「いえいえ。望月さんの頑張りのおかげですよ」 笑顔を交わす二人。 (……なんか、距離近くない?) 朱里の胸に、ざわりとした感情が広がった。 そんなとき──瑠奈がふと振り返り、目が合った。 「あっ、中谷先輩!」 勢いよく駆け寄ってくる瑠奈に、朱里は一瞬身構える。 「実は……ご相談があって」 「な、何?」 「私、平田先輩のこと、すごく尊敬してるんです。だから、もっと近づきたいっていうか……」 瑠奈は小声で照れ笑いした。 「先輩って、いつも平田先輩と一緒にいるじゃないですか? だから、中谷先輩にアドバイスもらえたらって」 (ちょ、ちょっと待って……なにそれ!) 朱里の脳内は大混乱。 自分の“恋のライバル”が、堂々と協力を仰いでいるのだ。 「ア、アドバイスなんて……別にないわよ」 「えぇ〜!そこをなんとか!」 瑠奈は人懐っこい笑顔を浮かべ、朱里の腕に軽く触れてくる。 その仕草が余計に苛立ちを煽った。 「……とにかく、私は関係ないから!」 思わず強い口調になってしまう。 「そっか。じゃあ、ライバルですね!」 瑠奈がキラキラした目で、まるでゲームを宣言するみたいに言った。 「はあ!?」 「だって、中谷先輩って平田先輩のこと、好きなんですよね?」 図星を突かれて、朱里の顔が一気に赤くなる。 「ち、ちがっ……大嫌いよ!」 反射的に飛び出した言葉。 瑠奈は一瞬驚いた後、ふっと笑った。 「そっか。じゃあ私、全力でいきますね」 その笑顔は挑戦状そのものだった。 朱里の胸は不安と怒りと、そしてどうしようもない焦りでいっぱいになる。 (……本当に“ライバル”が現れちゃった) 帰宅途中、駅のホームで朱里はスマホを握りしめた。 美鈴の診断を思い出す。 ──“放っておくと、相手は別の人に行っちゃうわよ?” まさにその通りになりかけている。 でも、素直になれない。 「大嫌い」と言いながら、心の奥では嵩のことを誰よりも大切に思っている。 朱里はため息をついた。 (どうすればいいのよ……) その背中に、知らず知ら
last updateLast Updated : 2026-07-07
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第10話  ライバル宣言
「中谷先輩って、平田先輩のこと……どう思ってるんですか?」 ランチの帰り道、コンビニ袋を提げたまま隣を歩く瑠奈が、ふいに切り出した。 あまりに直球すぎる質問に、朱里は思わず足を止めた。 「は? な、なに急に」 「だって気になるんです。先輩って、平田先輩と仲良いですよね。つい、この間も営業資料のことで呼び出されてましたし」 「そ、それは仕事だからでしょ」 朱里は声を荒げながらも、内心は動揺していた。瑠奈の目はまっすぐで、無邪気というよりは探るような光を帯びている。 「ふーん……」 瑠奈は唇に指を当てて、わざとらしく考え込む仕草をした。 「私、平田先輩のこと、すごく尊敬してるんです。憧れっていうか……好きっていうか」 「っ……!」 その一言に、朱里の心臓が跳ね上がった。予想はしていた。していたけど、実際に口にされると破壊力が違う。 「だから、中谷先輩がどう思ってるのか知りたくて」 瑠奈はにこっと笑う。その笑顔が挑発のように見えて、朱里は喉がカラカラになった。 「べ、別に……普通の先輩よ。ただの、ね」 「ほんとですか?」 「……ほんとよ!」 否定する声が裏返ってしまった。瑠奈はにやりと笑みを浮かべ、まるでとどめを刺すように言った。 「じゃあ、遠慮なく私、アプローチしちゃいますね」 朱里は思わず立ち止まり、瑠奈を睨みつける。 「な、何それ……宣戦布告ってこと?」 「えへへ、そうかもです。だって恋愛って自由競争じゃないですか?」 ──この子、見た目は天使なのに中身は小悪魔じゃないの!? 朱里はぐっと拳を握りしめ、悔しさを必死で飲み込む。 本当は今すぐにでも「嵩先輩は渡さない!」と叫びたい。けれど、そんなこと言えるわけがない。 だから代わりに、つい口から出てしまった。 「……ああもう! 平田先輩なんて、大嫌い!!」 「えっ? えっ!? いきなりどうしたんですか先輩!」 瑠奈が目を丸くする。 朱里は耳まで真っ赤になりながら、慌てて取り繕った。 「ち、違うの! その……あの人、誰にでも優しいから。そういうところが大嫌いって意味で……!」 「なるほど……そういう“大嫌い”ですか」 瑠奈は含みのある笑みを浮かべ、何も言わずに歩き出した。 朱里はひとり取り残されて、胸の奥をぎゅっと掴まれるような感覚に襲われる。 ──何
last updateLast Updated : 2026-07-07
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