Masuk25歳の朱里は、同じ部署の先輩・嵩にずっと片想いをしていた。けれども不器用な朱里は、素直に「好き」と言えず、口から出るのはいつも「大嫌い」。彼女のツンデレな態度に最初は笑って受け流していた嵩も、次第に本気で嫌われていると思い込み、距離を置き始める。 そんな中、後輩の瑠奈が嵩に好意を寄せ、オープンに想いを伝えていく。朱里は心の奥で「私は本当は死ぬほど好きなのに」と叫びながらも、意地とプライドが邪魔をして一歩踏み出せない。 しかし、嵩の転勤が決まり、別れが迫ったとき、朱里はついに「大嫌い」と100回も繰り返した心の裏にある“本音”を告白する決意をする――。
Lihat lebih banyak目が覚めた瞬間、朱里は「今日だ」と分かった。目覚ましが鳴る前だった。頭より先に、体が起きていた。(逃げないって、決めた日)カーテン越しの朝の光が、少しだけ眩しい。いつもより早く起きたはずなのに、時間はゆっくり流れている。キッチンでお湯を沸かす。カップにコーヒーを注ぎながら、手元がわずかに震えた。(……緊張してる)当たり前だ。昨日、ノートに書いた言葉を思い出す。好き。怖いけど、逃げない。転勤は、一緒に考えたい。一緒にいたい。たったそれだけなのに、胸の奥が重い。シャワーを浴び、髪を乾かす。服を選ぶ。気合いを入れすぎない。でも、だらしなくもしない。結局、いつもの服に落ち着いた。(これでいい)鏡の前に立つ。「……大丈夫」声に出すと、少しだけ現実になる。出勤。電車の中、スマホを見る。嵩からのメッセージは来ていない。(今日は、言葉を準備する日じゃない) (受け取る日だ)
夜。部屋の電気は落としたまま、スタンドライトだけをつけていた。静かすぎると、考えが暴走する。でも明るすぎると、逃げ道がなくなる。その中間。朱里はソファに座り、膝にノートを置いた。(……話す内容)嵩と話す日が、決まった。“場所”は決めた。次は──“中身”。ペンを走らせる。・好き・怖い・転勤・一緒にいたい・失いたくない・でも、縛りたくない全部、本音。でも全部言ったら、きっと相手が溺れる。(選ばなきゃ)一度、ノートを閉じる。好き。これは、言う。怖い。……これは?(怖いって言われて、嵩はどうするだろう)守ろうとする。背負おうとする。それは、嵩の優しさで、今まで何度も自分を逃がしてくれた場所。(でも、今回は)“怖い”は、言う。ただし、丸投げしない。ノートを開き直す。・怖い(でも逃げない)次。
翌日。仕事終わりが近づくにつれ、朱里の集中力は静かに削られていった。(……場所、か)嵩からのメッセージは、まだ頭の奥に残っている。《ちゃんと話せる場所、作ろう》“場所”と言われただけで、胸がざわつく。言葉より先に、覚悟を試されている気がした。定時。席を立つタイミングを探していると、スマホが震えた。嵩だ。《今日、少しだけ時間ある?》 《歩きながらじゃなくてもいい》朱里は一度、画面を伏せる。歩きながらは、もう限界だ。流されて、決めきれなくなる。(……ちゃんと、向き合うなら)ゆっくり打つ。《あります》 《座って話せるところがいいです》すぐに既読がつく。《わかった》 《じゃあ、駅前の喫茶店》 《静かなところ》朱里の肩から、少し力が抜けた。(選ばせてくれた)そのことが、何よりありがたい。会社を出ると、嵩が待っていた。「お疲れさま」「……お疲れさまです」並んで歩くが、今日は歩幅を合わせる意識はしなかった。急がない。
夜。嵩は帰宅しても、ジャケットを脱げずにいた。ソファに腰を下ろし、ネクタイを緩める。部屋は静かで、時計の音だけがやけに大きい。(……まだ、ちゃんとした言葉にならないけど)朱里からのメッセージは、何度も読み返した。短い。曖昧。でも──逃げていない。スマホを伏せ、天井を見上げる。(待たせてるのは、俺の方かもしれない)転勤。選択。どちらを選んでも、朱里の時間を揺らす。“ちゃんと話したい”その一文に、胸が締めつけられた。(……急がせないって言った) (でも、待つって……どういうことだ)待つ、は何もしないことじゃない。嵩は立ち上がり、キッチンへ向かう。冷蔵庫を開け、何も取らずに閉める。落ち着かない。朱里の顔が浮かぶ。怒った顔。傷ついた顔。それでも、逃げなかった昼の後ろ姿。(彼女は、立ってる)美鈴の声が、脳裏をよぎる。“朱里は待ってるんじゃない。立ってるの”──そうだ。なら、自分も