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浮き草の愛

浮き草の愛

By:  砂糖菓子Completed
Language: Japanese
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京極瑛舟(きょうごく えいしゅう)と結婚して四年目、陸野亜眠(りくの あみん)は妊娠した。 手続きがよく分からず、彼女はたくさんの書類を持って区役所で妊娠届を出そうとした。 職員は彼女が持ってきた書類を見て、これらは必要ないと伝えようとしたが、ふと亜眠の持ってきた婚姻届受理証明書が偽物のように見えた。 亜眠は思わず目を瞬かせた。 「偽物?そんなはずないです」 「ここ、印刷がずれているし、色もおかしいですよ」 亜眠は諦めきれず、戸籍担当窓口の職員に確認してもらったが、答えは同じだった。 「この証明書は偽物です。それに、おっしゃった京極瑛舟さんは既婚で、配偶者の名前は陸野知綾(りくの ちあや)と記載されています……」 ……知綾? 雷に打たれたように、亜眠の頭は真っ白になった。 知綾は彼女の異母姉であり、瑛舟の初恋の人だった。 かつて知綾は夢を追い、留学のために結婚式当日に式場から逃げ出し、瑛舟を無情にも置き去りにした。 知綾が逃げた後、両家の面子を守るため、亜眠は代わりに瑛舟と結婚した。 それなのに今、法律上の妻が知綾だというのか。 ……

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Chapter 1

第1話

京極瑛舟(きょうごく えいしゅう)と結婚して四年目、陸野亜眠(りくの あみん)は妊娠した。

手続きがよく分からず、彼女はたくさんの書類を持って区役所で妊娠届を出そうとした。

職員は彼女が持ってきた書類を見て、これらは必要ないと伝えようとしたが、ふと亜眠の持ってきた婚姻届受理証明書が偽物のように見えた。

亜眠は思わず目を瞬かせた。

「偽物?そんなはずないです」

「ここ、印刷がずれているし、色もおかしいですよ」

亜眠は諦めきれず、戸籍担当窓口の職員に確認してもらったが、答えは同じだった。

「この証明書は偽物です。それに、おっしゃった京極瑛舟さんは既婚で、配偶者の名前は陸野知綾(りくの ちあや)と記載されています……」

……知綾?

雷に打たれたように、亜眠の頭は真っ白になった。

知綾は彼女の異母姉であり、瑛舟の初恋の人だった。

かつて知綾は夢を追い、留学のために結婚式当日に式場から逃げ出し、瑛舟を無情にも置き去りにした。

知綾が逃げた後、両家の面子を守るため、亜眠は代わりに瑛舟と結婚した。

それなのに今、法律上の妻が知綾だというのか。

……

役所を出た亜眠は、魂の抜けた人形のように足元もおぼつかず歩き、視線は宙をさまよっていた。

目の前に止まったタクシーに乗り込むと、それまで必死にこらえていた涙が、静かに頬を伝った。

四年前、結婚した当初、瑛舟は亜眠に冷たかった。

それでも亜眠は一度も不満を漏らさず、彼の生活を細やかに世話し続けた。

時を重ねるうちに、瑛舟は少しずつ心の壁を下ろした。

亜眠に彼のスケジュールを乱されても許すようになった。

くだらない冗談にも最後まで耳を傾け、仕事の極秘書類さえ安心して預けてくれるようになった。

やがて、瑛舟はますます彼女に優しくなった。

限度額のないブラックカードを渡し、ミシュランの店を共に巡った。

たとえ彼女が真夜中に、家から遠く離れた店でしか売っていないケーキを急に食べたくなっても、瑛舟は車を飛ばして買ってきてくれた。

そして彼女の頬をつまみ、呆れたように言った。

「こんな食いしん坊な子、見たことないな」

亜眠はようやく瑛舟の心を温められたと信じていた。

……あの二か月前、癌を宣告された知綾が突然帰国するまでは。

その夜、父の陸野林平(りくの りんぺい)は家庭会議を開き、真剣な顔で告げた。

「知綾は末期癌で、余命は半年もない。最大の心残りは瑛舟くんと結婚できなかったことだ。

だから一時的に身を引け。式が終わって姉が亡くなれば、瑛舟くんはまたお前の夫になる」

継母の陸野美月(りくの みつき)は必死に頼み込んだ。

「知綾はあなたの実の姉なのよ。今回だけは我慢して」

知綾も涙ながらに叫んだ。

「これが死ぬ前の唯一の願いなの。お願い、叶えて」

亜眠は耳を疑った。

涙を滲ませ、声を震わせて問い詰めた。

「当時は私を操り人形みたいに姉さんの代わりに差し出し、今度は瑛舟を姉さんに譲れって?私を何だと思ってるの?絶対に嫌よ!」

林平は亜眠の訴えを聞き流し、彼女の外出を禁じ、「同意するまで出すな」と言い渡した。

閉じ込められてから三日目、瑛舟が林平の前でグラスを叩きつけ、怒りをあらわにしたと聞いた。

十三日目、「俺の妻は永遠に亜眠だけだ」と彼が公言するニュースが流れた。

二十八日目、瑛舟は陸野家との取引を全面凍結し、亜眠を引き渡すよう迫った。

そして一か月後、ようやく鍵のかかった部屋のドアが開いた。

この間、瑛舟がしてくれたことを思い出し、亜眠の目はたちまち熱くなった。靴も履かず、よろめきながら彼の胸に飛び込んだ。

しかし次の瞬間、かすれた声が降ってきた。

「亜眠……ごめん。

ご両親の意志は固かった。跪いてまで頼まれたんだ。長年の付き合いもある。だから君の姉と、この芝居を演じるしかなかった。

でも安心しろ。形式だけの結婚だ。俺の妻は、永遠に亜眠だけだ」

その一言で、亜眠の心は底まで沈み、呼吸さえ鋭い痛みを伴った。

二秒ほど呆然とした後、やせ細った彼の頬をそっと撫で、涙をこらえた。

「……もう十分、頑張ってくれたね」

やがて彼が、世間の注目を浴びながら知綾に指輪をはめ、盛大な式を挙げるのを、亜眠は最後まで見届けた。

その後も瑛舟は変わらず亜眠に優しかった。

だが、知綾と過ごす時間は増え、やがて連泊にまで及ぶようになった。

亜眠が不満をぶつければ、彼は辛抱強く説明した。

「愛してはいない。ただ友人として、最後まで見届けたいだけだ」

亜眠はその言葉を信じた。

……結局、真実が無情だった。

……

車が京極グループのビルに着く頃には、亜眠は感情を整えていた。

手には、偽の婚姻届受理証明書を握り締めて。

最上階に着くと、瑛舟の秘書と鉢合わせた。

秘書の表情がわずかに固まった。

「奥様、どうしてこちらに?」

「瑛舟に会いに」

「今、社長は会議中で……」

制止を振り切り、亜眠はオフィスに早足で向かった。

ドアに手をかけたその時、中から知綾の声が聞こえた。

「瑛舟、私の目を見て答えて」

知綾は左手で彼のネクタイを引き寄せ、右手を胸に当てた。

「ここ……ずっと私を忘れられなかったんでしょう?」

瑛舟の喉が上下し、指先の温もりに呼吸が詰まりそうになったが、声は冷ややかだった。

「考えすぎだ」

「考えすぎ?」

知綾は笑った。

「亜眠と偽装結婚したのは、私の帰りを待つためでしょう?私が帰国した途端、すぐに婚姻届を出したんじゃない?

それに、日記に書いてたことも……

亜眠を身代わりにしたのは、私を振り向かせるため……むっ」

言葉の続きを、瑛舟は乱暴に知綾の首筋をつかみ、唇で塞いだ。

目は熱を帯び、歯の隙間から絞るように言った。

「そうだ。一度たりとも君を忘れたことはない。だから……この借りをどう返すつもりだ」

ドアの外で、亜眠の全身は氷水に浸かったように冷え、感覚が麻痺していった。

つい先日まで、彼は自分を抱き寄せ、髪に口づけながら囁いていたのだ。

「亜眠、知綾はもう過去の人だ。今は君だけが、俺の真心を受け取る資格がある」

……なんて滑稽なのだろう。

その「真心」とやらは、結局偽りに過ぎなかった。

二人の結婚は、最初から偽りだったのだ。

亜眠はゆっくりと目を閉じ、涙をこらえた。

……これが瑛舟の選んだ道なら、彼女は背を押してやろう。

彼が本当に愛する人と、共に歩むように。

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