FAZER LOGIN海外へ出稼ぎに出て5年、私は恋人の瀬戸蒼真(せと そうま)から教えられた住所を頼りに、私たちの新居となるはずの家を訪れた。 だが、ドアを開けると、子どもを抱いた若い女がそこに立っていた。 「どちら様ですか?」 私、望月安奈(もちづき あんな)が驚きから我に返る間もなく、彼女は再び口を開いた。 「夫の蒼真の同僚の方ですよね?あの人、また大げさに心配して、わざわざご飯を届けさせたんでしょう?二人目を妊娠したくらいで、そんなに興奮しないでって何度も言ってるのに」 彼女は一歩下がって私を招き入れた。 「上がっていきませんか?」 彼女の幸せそうな様子を見つめながら、帰国したら結婚しようという蒼真の約束を思い出した。手のひらに爪が食い込んで血がにじむのを感じながら、私は涙まじりの笑みを浮かべて答えた。 「ええ、お邪魔します」
Ver mais蒼真はハッと息を呑んだ。私は静かに告げる。「あなたが、私にいつも安らかでいてほしいって……そう願ってくれたからよ。でもね。その後、私から安らぎを奪い去ったのは……あなただった」彼の呼吸が微かに震える。私は構わず続けた。「だから、今日からもう、私の名前はあなたとは何の関係もないわ。私のこれからの安らぎも、もうあなたに祈ってもらう必要はない」そう言い捨てて電話を切り、私はその番号を着信拒否リストに入れた。その後、私は一度だけ蒼真の姿を見かけたことがある。それは1年後、業界のビジネス交流会でのことだった。私のスタジオは、すでに法人化して立派な会社に成長していた。その日、私はゲストとして壇上に立ち、証拠保全の重要性、女性の財産的自立、そして海外出稼ぎでのトラブル回避について講演を行った。客席には大勢の人が座っていた。スピーチを終えると、会場に大きな拍手が湧き起こる。その拍手の中――最後列の席にいる蒼真の姿を、私は見つけた。彼は色あせたシャツを着て、痛々しいほどに痩せこけていた。私が視線を向けたのに気づくと、彼は慌てたように立ち上がった。すぐに立ち去ろうとして、それでも去りがたい。交流会が終わった後、彼は会場の入り口で私を待っていた。冷たい風が吹く中、彼は両手で大切そうに小さな小箱を抱えている。私は避けなかった。ただ静かに、彼を見つめた。彼はその箱を差し出してきた。「……泥人形、直したんだ」私は視線を落とす。箱の中には、かつて真っ二つに割られたあの泥人形のペアが、不格好に接着剤でくっつけられていた。修復の痕は痛々しいほどにくっきりと残り、まるで醜い傷跡のようだった。彼は言った。「いろんな職人に見てもらったんだけど……誰もが、これ以上は無理だって。安奈。わかってるんだ、一度壊れたものは、もう元には戻らないってことは。でも……どうしてもお前に返したくて」私はその泥人形を見つめた。18歳の私。児童養護施設の裏庭に座り込んで、泥だらけの手でそれを作った。蒼真は私の隣に座って、不器用な手つきで人形に目を描き入れていた。彼は言ったのだ。「こっちがお前で、こっちが俺。俺たち、ずっと一緒にいような」一陣の風が吹き抜けていく。その瞬間、私の心の中で憑き物が落ちたように、すっと
半年後、私のコンサルティングスタジオは地元のニュース番組で取り上げられた。インタビュアーに「なぜこの仕事を始めたのか」と問われ、私は少し考えてから、こう答えた。「かつての私は、耐え忍んで尽くしさえすれば、温かい家が手に入ると信じていたからです。でも、後になって知りました。自分を救えるのは、幻想を捨てて目を覚ますことだけなのだと」ニュースが放送されたその日の夜、見知らぬ番号から着信があった。電話の向こうは、長いあいだ沈黙している。しかし、それが誰なのか、私には一瞬で分かった。「……安奈」蒼真の声は、以前よりもずっとひどく掠れ、疲れ切っていた。彼はもう出所したのだろう。あるいは、その後の手続きの最中なのかもしれない。私は何も答えなかった。彼はおずおずとした声で尋ねてきた。「元気に、暮らせてるか?」私は窓の外に目を向けた。スタジオの入り口には、暖かみのあるオレンジ色のランプが灯っている。テーブルの上には、今日相談者から差し入れでもらったみかん。部屋の空気には、ふわりと淡いお茶の香りが漂っていた。「ええ、とても」私が静かに答えると、彼の呼吸がピタリと止まった。まるで、その答えに胸を刺されたかのように。「ニュース、見たよ……今のお前は、本当にすごいな」私は淡々と返した。「ありがとう」蒼真は低く笑い声を漏らしたが、それは泣き声よりもずっと痛々しく響いた。「昔から、お前はすごかったんだよな。俺がクソ野郎すぎて……ずっと気づけなかっただけで」私は相槌を打たなかった。彼はそのまま続ける。「莉乃は……お腹の子を堕ろしたよ」スマホを握る手が、一瞬、強張った。「俺とは離婚した。彼女の父親が、彼女を遠くの地方へ送ったんだ。もう二度と、この街には戻さないって。今の俺には、もう何もない。仕事も、家も、車も……全部失った。親戚も友達も、みんな俺を避けてる。お母さんだって……いや、俺にお母さんなんて最初からいなかったな」そこで彼は言葉を詰まらせた。私には分かる。彼もまた、あの児童養護施設を思い出したのだ。お互いに二度と振り返りたくないけれど、確かに存在していたあの過去を。蒼真の声が小刻みに震え始めた。「安奈、俺……最近よく子供の頃の夢を見るんだ。お前が、自分のパンを半分に割って俺にくれ
あの頃の蒼真の瞳は、雪のように澄み切っていた。私はかつて、彼を愛していた。自分のすべてを懸けて、彼を愛していた。蒼真は声を詰まらせた。「すまなかった……本当に……すまなかった」私は彼をじっと見つめた。長い、長い時間。それから、静かに口を開いた。「蒼真、あなたが謝るべきなのは今の私じゃないわ。かつて、心の底からあなたを信じていた私よ」彼の目から涙がこぼれ落ちた。けれど、私はもう彼を見ることはなかった。きびすを返して裁判所を後にしたとき、降り注ぐ陽射しが痛いほど目に刺さった。階段を下りきったところで、私はふいにしゃがみ込んでしまった。九条弁護士が驚いて声をかけてくる。「望月さん?」私は手を振って制した。「大丈夫です」けれど、涙はすでに床に落ちていた。一滴。二滴。あっという間に、足元の地面を小さく濡らしていく。私が泣いているのは、蒼真のためじゃない。23歳の私のために泣いているのだ。努力さえすれば、いつか「家」が持てると信じていた私のために。異国の地で高熱にうなされながらも、歯を食いしばって彼に送金し続けた私のために。身ごもった子を諦め、冷たい手術台の上でひとりぼっちで横たわりながら、それでも「いつかきっと良い暮らしが待っている」と自分に言い聞かせた私のために。その日の夜。仮住まいの小さな部屋に帰った私は、スマートフォンの中にある蒼真の写真をすべて見返した。児童養護施設の門の前で撮ったツーショット。古ぼけたアパートで祝った誕生日のケーキ。彼が初めて買ってくれた薔薇の花。二人で一緒に作った、あの泥人形のペア。一枚見ては消し、また一枚見ては消す。そうやって消し続け、最後に残ったのは一枚の写真だけだった。それは、粉々に砕け散ったあの泥人形の写真。私はそれをじっと見つめ……やがて、それも削除した。その夜、私は夜が明けるまで泣き続けた。泣き尽くした後、顔を洗い、服を着替えた。スーツケースを開け、荷物を少しずつ、丁寧に収めていく。私の前半生は、ここで終わったのだ。朝日が昇る時、カーテンを開け放つ。眩しい光が部屋に差し込んできた。私は鏡の中の自分に向かって、静かに呟いた。「安奈、家に帰ろう」そこでふと、自嘲気味に笑ってしまった。私に帰る「家」なんて、どこにある
私は電話を切った。窓の外は雨が降っていた。絶え間なく叩きつける密な雨音。それはまるで、かつてA国の農場で耳にした、トタン屋根を打つあの音のようだった。ふと、5年前、異国に降り立った最初の夜を思い出した。言葉は通じず、スマホのバッテリーも切れ、空港の照明は氷のように冷たかった。私はトイレの個室にしゃがみ込み、スーツケースを抱きしめて泣いていた。あの時、私は蒼真にメッセージを送った。【怖いよ】3時間経って、ようやく彼から返信が来た。【泣き言を言うなよ。俺たちの家のことを考えろ】だから、私は涙を拭った。本当に、あの「家」のことだけを考え続けた。5年間、ずっと。なのに最後になってようやく知った。あの家には最初から、私の居場所など微塵もなかったのだと。開廷の日、天気は快晴だった。私は黒いコートを着て出向いた。九条弁護士が、冷静さを印象付ける色だと言っていたからだ。鏡を見た時、そこに映る自分と目が合った。酷く痩せている。目は落ちくぼみ、手の甲には長きにわたる肉体労働の荒れた痕が刻み込まれたままだ。けれど、私の瞳だけは異様に輝いていた。まるで、果てしなく長い悪夢からようやく目を覚ましたかのように。法廷に姿を現した蒼真は、別人のようにげっそりとやつれていた。スーツではなく、シワだらけの白いシャツを着ている。髭は剃り残され、その両目は真っ赤に血走っていた。私を見つけた瞬間、その瞳にすがりつくような光が不意に灯った。「安奈……」廷吏に静粛にするよう注意され、彼はうつむいた。莉乃は来ていなかった。聞くところによると、切迫流産の危機で入院したらしい。蒼真とは、凄まじい罵り合いになったそうだ。彼女は「あなたが私の人生を台無しにした」と蒼真を罵り、蒼真は「桜井家のコネ目当てじゃなきゃ、俺がこんな羽目になるか」と罵り返したという。互いに牙を剥き出しにして噛み付き合う様は、まるで干上がった浅瀬でもがく二匹の魚のようだったそうだ。だが、もう私には何の関係もない。裁判は、拍子抜けするほどスムーズに進んだ。証拠が一つずつ提示されていく。私と蒼真の長年にわたる交際の事実。結婚を約束していたメッセージ履歴。私が送金したすべての明細。「マイホームの資金がまだ600万足りない」「権