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第2話
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春はやがて冬を去っていく 第24話
春子がぼんやりしていた十数分の間、清嵐にはまるで十年も経ったかのように感じられた。彼は必死に唇を噛みしめて、自分を落ち着かせようとしていた。春子を悲しませるような言葉を口にするのが、怖かったからだ。あの男は春子と五年間も一緒に過ごしてきた……彼が春子のせいで自殺を図ったと知ったら、彼女は戻ってしまうかもしれない。胸を強く押さえ、息苦しさを堪えた――車内はますます空気が重くなったようで、彼は呼吸も苦しくなった。「運転手さん、止めて！」春子が突然タクシーを止め、そしてそのまま車から降りて行った。背中を見送る清嵐は、苦笑を浮かべた。やっぱり、一か月の付き合いなんて、五年の過去には敵わなかった。でも自分は高校時代からずっと、五年どころかもっと長く待ち続けた。やっと彼女と夫婦になり、一生一緒にいられると思ったのに。それがただの夢だったとは。目が覚めると、また一人だった。春子の笑顔や仕草を思い出し、抑えきれずに顔を覆って絶望の叫びを上げた。運転席の運転手は困惑し、バックミラー越しに清嵐を見て、車を動かせずにいた。突然、ドアが再び開き、酔い止めの箱が手渡された。「清嵐、車酔いしたの？早く酔い止め飲んで……」言いかけて、春子は彼の涙で濡れた顔を見て慌てた。「清嵐、どうしたの？車酔いでそんなに辛いの？病院に行こう……」清嵐は信じられないように目を見開き、何度も瞬きを繰り返した。彼の目には春子の口だけが動いて見え、彼女以外の声も全て遮断された。春子が言葉を続ける前に、彼は突然彼女を抱き寄せ、その小さな唇に強くキスを落とした。戸惑う春子を見て、清嵐は輝く笑みを浮かべた。「車酔いなんかじゃなかったのね。胸を押さえて黙りこくってたから、具合が悪いのかなと思ったよ」春子は怒り混じりに言った。ふと、彼がそうなった理由に気づいたように言った。「まさか私が冬樹のところに戻ると、思ってたんじゃないでしょうね？」彼の涙がまた溢れそうになるのを見て、春子は呆れながらも微笑み、彼の頭をそっと撫でた。冬樹と五年間も一緒にいた彼女は、彼が自殺をしたと聞き、確かに少し焦った。誰かが自分のせいで命を絶とうとしたら、罪悪感に苛まれるのは当然だ。だが冬樹が救急成功のニュースを見ると、彼女は冷静
春はやがて冬を去っていく 第23話
冬樹が告白したとき、こっそり立ち去ろうとしていた春子は、明菜のヒステリックな罵声を聞いて足を止め、振り返った。憎しみで歪んだ明菜の顔を冷たく一瞥し、そしてこう言った。「鈴木さん、あなたたちの間に何があったかは知らないし、関わりたくもない。でも私と冬樹は五年間も一緒にいた。あなたは私たちが別れる前から彼に近づいて、何度も一緒に夜を過ごし、家に帰らせなかったでしょ？だから、裏切り者とクズ女という言葉はあなたたち二人にこそふさわしいと思うわ」もう過ぎたことだ。春子は本当はこれ以上触れたくなかったし、二人に関わりたくもなかった。だけど冬樹が公然と自分に迷惑をかけ、明菜がひどい言葉で責めてきた以上、この気持ちは飲み込めなかった。春子の反論に明菜の顔色が少し青ざめたが、それでも理不尽に言い返した。「唐澤さんは私があんた達の仲に水を差したって言うけど、あんた自身はどうなの？今だって冬樹を誘惑して、私たちの関係に干渉してるじゃない！？あんたが言う？」それを聞いて春子は、ただ彼女のことを哀れに思えた。「鈴木さん、はっきり言うけど、冬樹が私にプロポーズしたのは彼自身の判断で、私とは関係ないわ」一呼吸置いて、一言ずつはっきりと言った。「それに、私は最初から受け入れるつもりなんてないし」冬樹の体が再び震えた。明らかにかなりのショックを受けたのだ。だが春子が背を向けて去ろうとすると、冬樹はまた慌てて彼女の腕を掴んだ。「春子、行かないで、お願い……」彼の声は弱々しく、涙ぐんでいるようだった。突然、誰かが冬樹の手を強く振りほどき、春子を抱き寄せた。呆れた声で清嵐が言った。「俺の婚約者にプロポーズしてる奴がいるって？誰だよ、そんな恥知らずは」冬樹は聞こえなかったかのように、ただ春子をじっと見つめていた。「春子、俺と明菜は過去に何もなかったし、これからもない。全部誤解なんだ。一緒に帰ろう、な？」彼の頼む声は震えていた。春子は小さくため息をついた。「冬樹、あなた、相変わらず自分勝手ね。自分の目的のためなら誰だって傷つけられる。昔は鈴木さんと一緒になるために私をゴミのように捨てて、今度は私を取り戻すために彼女を捨てる。こんなに騒いでおいて、ここは美咲の結婚式よ。他人の結婚式で主役になってどうするの
春はやがて冬を去っていく 第22話
正午が近づく頃、春子は祝儀袋と結婚祝いの品を持って会場のロビーに入った。清嵐は急に電話会議が入ってしまい、先に春子が祝儀を渡しに来たのだった。祝儀は縁起のいい時間に渡すのが礼儀で、できれば正午までに済ませるのが理想だ。入口から入ると、ロビー中央のテーブルに香りの強い百合の花束が置かれているのが目に入った。春子は思わず鼻をしかめた。あの時、冬樹が深夜に「ついでに」百合の花束を届けてから、百合の香りがどうしても受け入れられなくなっていたのだ。鼻先で手で扇ぎながら、春子は祝儀と贈り物を渡し、結婚式の会場へ足を踏み入れた。結婚式はまだ始まっていなかったが、ゲストはほぼ皆席についていた。控えめな装いの春子だったが、復活した彼女は薄化粧でも十分に輝いて見えた。そのせいで入場した途端、視線が彼女に集中した。独身の男性たちはさっそく彼女の素性や恋愛事情を探り始めていた。同じテーブルに座っていた明菜は、優雅に歩く春子を見て、歯を食いしばりながら憎しみを募らせていた。明菜は元々今回の結婚式を利用して冬樹の心を取り戻そうとしていた。しかし春子がいることで、結末がどうなるのか見えなくなってしまった。明菜はまず冬樹を探そうと会場を見渡した。すると突然、彼女の目が輝いた。そこには、背筋を伸ばし微笑む冬樹の姿があったのだ。明菜はすぐに近づこうとしたが、冬樹は反対方向へ歩いていった。冬樹は人混みの中で春子を一瞬で見つけた。彼女は昔と変わらず小柄で可愛らしく、さらに美しさが増していた。そして何より、彼女は男性の付き添いもなく、一人で結婚式に来ていたのだから。冬樹の心臓は激しく鼓動し始めた。あの時、春子がこのスーツを送ってくれたのは、本当にもう一度チャンスをくれたということだと確信した。喜びを抑えきれず、彼は早足で春子に駆け寄った。会場に戻ってあの丁寧に選んだ百合の花束を取る暇もなく、振り返ったら春子がまた消えてしまいそうで怖かった。胸に抱えたダイヤの指輪を強く握りしめ、冬樹は春子のそばにたどり着いた。春子はスマホを見ていて、彼の接近に気づかなかった。冬樹は迷わず片膝をついた。「春子、あの時は俺が悪かった。もう一度チャンスをくれないか？結婚してほしいんだ」春子は驚いて顔を上げた。彼の
春はやがて冬を去っていく 第21話
春子は美咲から結婚式の招待状を受け取った。美咲は春子が仕事を始めた頃に知り合った同僚で、その後の付き合いはあまり多くなかったが、最初の二年間は彼女にたくさんの助けをくれた。招待状にはとても丁寧に、往復の航空券代も負担すると書かれていた。だが、冬樹と明菜もその大学の同級生だったことを思うと、春子は気が進まなかった。招待状をじっと見つめている春子に、清嵐がそっと近づき、腰に手を回した。「行くなら、俺も一緒に行くよ。ちょうど国内の屋台料理が食べたくなったんだ」春子は彼の優しい表情を見て、自然と微笑んだ。彼はいつもそうだった。春子の気持ちや欲しいものに細かく気を配り、さりげなく望みを叶えてくれた。清嵐はすでに彼女たちのために家政婦を雇い、静香の体調もすっかり回復した。すべてが整ったあと、二人は帰国の飛行機に乗った。もともと少し休暇を兼ねた帰国なので、美咲の結婚式まではまだ数日あった。その間、春子は清嵐を連れて帝都の街を隅々まで案内し、数えきれないほどのグルメに彼は「天国みたいだ」と大喜びだった。ただ一つ、春子を困らせたのは、清嵐が彼女に構いすぎることだった。彼女が何かに数秒でも視線を止めると、数分後には清嵐がそれを買って手元に届けてくれていたのだ。「清嵐！もう荷物いっぱいよ。これ以上買い物したらスーツケース壊れちゃうわ！」春子は手を腰に当てて、少し怒ったように言った。清嵐は無邪気に肩をすくめ、言った。「入らなければ預ければいいさ。お金はちょっとかかるけど、大事なのは春子が喜ぶことだろ？」そう言いながら、春子の頭を優しく撫でた。春子はどうしようもなくなり、抱えきれないほどの買い物の山を見て、無言で彼を睨んだ。その瞬間、昔、冬樹と旅行に行った時のことを思い出した。いつもお土産を買って親戚や友達に配りたがる春子に対して、冬樹は「荷物が多すぎて入らない」といつも不機嫌だった。だが清嵐と出会ってから、どんな面倒なことでも、彼女のことを好きでいてくれる人にとっては大したことではないと気づいた。しかもそれが、喜びになるのだ。ふと自分がぼんやり遠くを見ていることに気づいた春子は、素早く財布を取り出そうとする清嵐の手を押さえた。そして微笑みながら彼の腰に腕を回し、言った。「清嵐、明日は結婚
春はやがて冬を去っていく 第20話
静香が退院してから、清嵐は唐澤家に来る回数が増えた。春子を迎えてあちこちデートに連れて行くだけでなく、未来の婿としての責任感も感じていた。家に来るたびに、清嵐は静香に「薬はちゃんと飲んでる？」と気遣い、春子と一緒に「無理しないでもっと休んだほうがいいよ」と説得した。静香は少し煩わしく感じることもあったが、春子の笑顔が増えているのを見て、我慢して受け入れていた。春子は毎日のように清嵐と遠足に出かけたり、お店を巡ったりしていた。一ヶ月も経たないうちに、その回数は過去五年分の合計を超えそうなくらいで、毎日が幸せで楽しかった。ただ一つ嫌なことがあった。冬樹がどこからか大量の知らない電話番号を手に入れたか、番号を次々変えながら、毎日長文のメッセージを春子に送り続けていたのだ。内容は謝罪や許しを求めるものばっかりだった。春子は一度も読まずにすべての番号をブロックし、メッセージも全部削除してゴミ箱に入れた。しかし、それもだんだん面倒になり、いっそ新しい電話番号を作り、古い番号は完全に放棄した。そんな頃、帝都市立病院の事務室で、冬樹はスマホの画面をぼんやり見つめていた。強制送還されてから仕事に戻ったものの、調子が悪く、誤診やミスが続き、診察権を一時停止され、簡単な仕事だけを任されていた。昔のプライドの高い冬樹だったら、絶対にそんなことを許さなかったが、今は頭が一つのことでいっぱいだった――この数日間、春子に送ったメッセージにブロックされた表示が出なかった。つまり、彼女が許してくれようとしているのかもしれないと、思った。心臓がドキドキしながら、冬樹は慎重に新しいメッセージを打ち始めた。そのとき、ノックの音がして、とある人影が入ってきた。案内カウンターの看護師・木村奈々子（きむら ななこ）だった。冬樹は眉をひそめた。案内の看護師から何の用だろう？もしかして患者の入退院記録を間違えたとか？そんなことを考えていると、奈々子ははっきり言った。「柳原さん、明国からの荷物が受付に届いております。お受け取りをお願いします」冬樹は体が震え、耳を疑った。「明国からの荷物？」奈々子は困惑した目で彼を見て、うなずいた。「はい、国際便です。お受け取りをお願いします」そう言うと、奈々子はそのまま立ち去っ
春はやがて冬を去っていく 第19話
冬樹がついに春子を見つけたとき、彼女は清嵐と抱き合い、「一生一緒にいる」と約束していた。春子の恥ずかしそうな表情が、まるで鋭いドスのように冬樹の心を深く刺した。昨日から一切連絡が途絶え、冬樹は狂ったように春子の家へ駆けつけた。しかしそこにあったのは、誰もいない空っぽの玄関と、散らばった薬の瓶だけだった。彼は春子の安否を案じ、隣近所を片っ端から訪ね、近くの病院も全て回った。一晩中走り回り、二十時間以上も眠っていなかった。なのに、ようやく見つけた彼女は、別の男と抱き合っていた。怒りを抑えきれず、冬樹は力いっぱい病室の木製のドアを殴った。振り返った春子と清嵐は、まだ抱き合ったままだった。冬樹は血まみれの手を振り上げ、春子を自分の前に引き寄せた。「春子、あいつからと別れろ。お前は俺の婚約者だ。来月結婚するはずだったのを忘れたのか……」真っ赤な目をした冬樹に驚き、春子は一瞬呆然とした。必死に振りほどこうとしたが、冬樹はしっかり肩を掴んで離さなかった。「冬樹、あなた、正気？もうとっくに別れたんでしょ」母が病床にいることを気にして、春子は声を潜めた。しかし冬樹は聞く耳を持たず、大声で繰り返した。「春子、俺が悪かったんだ。別れないでくれ……春子、一緒に家に帰ろうよ？」その時、ついに清嵐が堪えきれず、冬樹の手を力強く払いのけ、彼を病室の外へ引きずり出した。「このクソ野郎が。春子さんのお母さんはまだ病室にいるんだぞ。自分のことしか考えないで大騒ぎして、しつこく絡んで。来てから彼女たちのこと、気にかけたことあるか？お前に春子さんを嫁にもらう資格あるのか？」冬樹は最初は激しく抵抗したが、その言葉を聞いて動きが固まった。ようやく春子の青ざめた顔に気づいて、恐る恐る尋ねた。「春子、お母さんは大丈夫か？」春子は顔を背け、清嵐に肩を抱かれて慰められていた。二人の親密な様子を見て、冬樹の理性は完全に崩れ、狂ったように笑い叫んだ。「春子を離せ！俺は春子と五年間も一緒にいたんだ！彼女の体は隅々まで知ってる。俺のものだ。一生俺のものなんだ！」春子が反応する前に、清嵐は素早く正確に冬樹に一撃を加えた。冬樹は抵抗しようとしたが、清嵐に押さえつけられ、殴られ、間もなく顔は腫れ上がった。「お前みたい
