Short
私の結婚式の日、花嫁は姉だった

私の結婚式の日、花嫁は姉だった

By:  黒羽ミントCompleted
Language: Japanese
goodnovel4goodnovel
Not enough ratings
9Chapters
13views
Read
Add to library

Share:  

Report
Overview
Catalog
SCAN CODE TO READ ON APP

Synopsis

幽霊目線

後悔

ドロドロ展開

因果応報

家族修羅場

クズ

結婚式当日、両親が突然、婚約者を連れて私の部屋に現れた。そしてこう言った—— 「今日の花嫁、結月じゃなくて、思羽にしてほしいの。 お姉ちゃん、もう長くないの。末期の病気で……彼女のたった一つの願いが、湊一と結婚することなの。 実の妹でしょ?少しぐらい譲ってあげなさい。家族のために、お願い」 婚約者の朝霧湊一(あさぎりそういち)も隣でこう続けた—— 「心配しないで。ただのセレモニーだよ。彼女が逝ったあと、正式に籍を入れればいい。ね?」 私はもちろん、首を縦に振らなかった。 すると、父と母は無言で私の手足を縛りあげた。 「式が終わったら、ちゃんと出してあげるから」 でも—— 彼らが家を出てから間もなく、部屋にひとりの男が押し入ってきた。 知らない顔、知らない声。 そして、私は…… 何の理由もなく、残酷に命を奪われた。 ようやく私の存在を思い出したとき、家族の目に映ったのは、腐り果てた私の死体だけだった——

View More

Chapter 1

第1話

結婚式当日、両親が突然、婚約者を連れて私の部屋に現れた。そしてこう言った——

「今日の花嫁、結月じゃなくて、思羽にしてほしいの。

お姉ちゃん、もう長くないの。末期の病気で……彼女のたった一つの願いが、湊一と結婚することなの。

実の妹でしょ?少しぐらい譲ってあげなさい。家族のために、お願い」

婚約者の朝霧湊一(あさぎりそういち)も隣でこう続けた——

「心配しないで。ただのセレモニーだよ。彼女が逝ったあと、正式に籍を入れればいい。ね?」

私はもちろん、首を縦に振らなかった。

すると、父と母は無言で私の手足を縛りあげた。

「式が終わったら、ちゃんと出してあげるから」

でも——

彼らが家を出てから間もなく、部屋にひとりの男が押し入ってきた。

知らない顔、知らない声。

そして、私は……

何の理由もなく、残酷に命を奪われた。

私の魂は空中を彷徨いながら、冷ややかな眼差しで、本来は私のものであったはずの結婚式を見下ろしていた。

式場の視線は、皆、ステージの中央に注がれている。

本来なら私が着るはずだったウェディングドレスに身を包んだ綾瀬思羽(あやせしう)が、私の婚約者、湊一とともに、感動的な誓いの言葉を交わしていた。

客席の最前列では、私の両親が目を潤ませながら「思羽がようやく幸せになれたのね」と、何度も何度も呟いている。

拍手と歓声の渦の中、新郎新婦は幸せそうに笑いながら、彼らなりの「運命の物語」を語っていた。

運命的な出会い、深い愛情——

その一つ一つの言葉の中に、私という存在は欠片すらない。

まるで最初からいなかったかのように。

あのウェディングドレス。

以前私が試着したときはきつくて呼吸も苦しかったのに、いま思羽が着ると、まるで彼女のために仕立てられたかのように完璧に似合っていた。

私は宙を漂いながら、全身がどんどん冷えていくのを感じていた。

そうか——最初から今日、湊一と結ばれるのは、私ではなかったのだ。

思えば、式の準備中から、湊一はどこか上の空だった。

スマホを見つめては、理由もなく微笑んでいたあの表情。

いまなら、その意味がよくわかる。

でも——

どうして彼らは思羽を愛していながら、私を犠牲にする必要があったの?

その答えを知る前に、私は命を落とした。

場所は、あの安アパートの一室。

両親に手足を縛られ、動けないまま、目の前で玄関がこじ開けられ、仮面をつけた男が押し入ってきた。

そのとき私は妊娠していた。

だが、彼はそれを一切顧みず、私の身体を蹂躙し、そして命を奪った。

私の死に様は、あまりにも無惨だった。

あの男はナイフで私の手首を何度もなぞり、血がじわじわと流れ出すのを楽しむように眺めていた。

喉の奥に悲鳴を押し込んだまま、私は血を流しながら静かに死んでいった。

口にはタオルが詰め込まれていた——

両親が、私が叫ばないように、そうしていったのだ。

思い返せば、幼い頃からずっと、両親は思羽ばかりを可愛がっていた。

私たち姉妹が同じお菓子を欲しがっても、それはいつも思羽のものになり、憧れていたフリルのワンピースも、買ってもらえたのは彼女だけだった。

進学のときも同じだった。

家には二人分の学費はなく、両親は迷うことなく思羽の進学を優先し、私はアルバイトをしながら大学に通うしかなかった。

だけど——

まさか、「思羽が癌で余命わずか」と知らされたとき、私の婚約者まで差し出せと言われるなんて——

最も信じていた湊一までが、私を裏切った。

大学時代からずっと一緒だったのに。

私は冷たい目で、この茶番のような式が無事に終わるのを見届けた。

そして彼らが荷物をまとめ、新婚旅行に出かけるとき、私はまた、黙ってその背後に憑いていった。

A国の海辺。

夕陽に染まる砂浜を、思羽と湊一は手をつないで歩いていた。

柔らかな陽光が二人を包み、海風が髪をなでていく。

思羽は湊一の首に腕を回し、二人は深く唇を重ねた。

周囲の観光客たちは笑顔で見つめ、拍手まで送っていた。

普段はあんなにも保守的だった両親でさえ、隣で嬉しそうに微笑んでいた。

——その瞬間、誰か一人でも思い出しただろうか。

あのアパートの片隅に遺された、私という存在を。

誰か一人でも、こんな仕打ちが「不公平」だと思ってくれたのだろうか?

Expand
Next Chapter
Download

Latest chapter

More Chapters

Comments

No Comments
9 Chapters
第1話
結婚式当日、両親が突然、婚約者を連れて私の部屋に現れた。そしてこう言った——「今日の花嫁、結月じゃなくて、思羽にしてほしいの。お姉ちゃん、もう長くないの。末期の病気で……彼女のたった一つの願いが、湊一と結婚することなの。実の妹でしょ?少しぐらい譲ってあげなさい。家族のために、お願い」婚約者の朝霧湊一(あさぎりそういち)も隣でこう続けた——「心配しないで。ただのセレモニーだよ。彼女が逝ったあと、正式に籍を入れればいい。ね?」私はもちろん、首を縦に振らなかった。すると、父と母は無言で私の手足を縛りあげた。「式が終わったら、ちゃんと出してあげるから」でも——彼らが家を出てから間もなく、部屋にひとりの男が押し入ってきた。知らない顔、知らない声。そして、私は……何の理由もなく、残酷に命を奪われた。私の魂は空中を彷徨いながら、冷ややかな眼差しで、本来は私のものであったはずの結婚式を見下ろしていた。式場の視線は、皆、ステージの中央に注がれている。本来なら私が着るはずだったウェディングドレスに身を包んだ綾瀬思羽(あやせしう)が、私の婚約者、湊一とともに、感動的な誓いの言葉を交わしていた。客席の最前列では、私の両親が目を潤ませながら「思羽がようやく幸せになれたのね」と、何度も何度も呟いている。拍手と歓声の渦の中、新郎新婦は幸せそうに笑いながら、彼らなりの「運命の物語」を語っていた。運命的な出会い、深い愛情——その一つ一つの言葉の中に、私という存在は欠片すらない。まるで最初からいなかったかのように。あのウェディングドレス。以前私が試着したときはきつくて呼吸も苦しかったのに、いま思羽が着ると、まるで彼女のために仕立てられたかのように完璧に似合っていた。私は宙を漂いながら、全身がどんどん冷えていくのを感じていた。そうか——最初から今日、湊一と結ばれるのは、私ではなかったのだ。思えば、式の準備中から、湊一はどこか上の空だった。スマホを見つめては、理由もなく微笑んでいたあの表情。いまなら、その意味がよくわかる。でも——どうして彼らは思羽を愛していながら、私を犠牲にする必要があったの?その答えを知る前に、私は命を落とした。場所は、あの安アパートの一室。両親に手足を縛
Read more
第2話
「湊一……ねえ、うちの妹、まだ電話してこないけど……もしかして、怒ってるのかな?」思羽は、わざとらしく弱ったふりをしながら、湊一の胸に寄りかかってきた。「まさか。だって、君たちは姉妹だし、思羽はいま重い病気なんだ。これは君の最後の願いでもある。結月はそんな冷たい子じゃない。あとでちゃんと補償してあげれば、わかってくれるよ」湊一はそう優しく答え、彼女の肩をそっと撫でた。思羽はにっこりと頷き、そのまま湊一と両親を引っ張って、夕食へと繰り出していった。百万円近くもした海鮮ディナーに、両親は心底うろたえていたが、思羽は当然のような顔で料理を平らげていく。——私はそのまま彼らに憑いて、ホテルへ戻った。思羽が艶っぽい寝間着で誘惑してきたが、湊一は応じなかった。バルコニーに出て、黙ってタバコを吸いはじめた。彼の視線は夜空のどこかを漂い、何を思っているのかはわからなかった。私は踵を返し、両親の部屋へと向かった。まだ灯りが消えておらず、ベッドに腰を下ろした二人は、ため息をつきながら何度も首を振っていた。どうやら、今夜の法外なディナー代がよほど応えているらしい。母がスマホを取り出して、私に電話をかけようとしたが、電源が入っていないことに気づいた。その瞬間、二人の顔が強ばる。彼らにとっての「親子喧嘩」とは——ひとしきり怒鳴り散らし、手を上げたあと、機嫌取りに菓子でも差し出せば、それで帳消しにできる程度のものだった。向こうから電話一本かけてくれば、それだけで「歩み寄ってやった」と思い込み、すべてをなかったことにできると信じている。私との関係を、そんなふうにしか捉えていなかった。けれど今回ばかりは、もうその電話に出る人は、どこにもいない。「ねえ、思羽って、あんなにお金使いまくって……将来、貯金なんか全然残らないんじゃないか?老後はやっぱり結月に頼るしかないと思うんだが……でも、電話出なかったってことは、怒ってるのかもね」母が不安そうに父を見た。父は煙草に火をつけ、一息吐くと、鼻で笑ってこう言った。「なに言ってんだ。俺たちはあの子を産んだ親なんだぞ?姉さんが病気なんだから、妹が譲るのは当たり前だ。結月が怒る資格なんて、あるわけないだろ」私は部屋の隅にじっと佇み、感情のない目で二人を見つめていた。その
Read more
第3話
彼は、すべて知っていた。両親の露骨なえこひいきも、私が幼い頃からどれだけ不公平な扱いを受けてきたかも、そして、せめて彼だけは迷わず私を選んでくれると、どれほど願っていたことか——それでも湊一は、思羽の救世主でいることを選び、私を迷わず切り捨てた。この書斎には、私の夢と努力が詰まっていた。あらゆる成果の瞬間が、この部屋の空気に残っているような気さえした。けれど今、それは少しずつ侵食され、跡形もなく消えていこうとしている。やがて書斎は消滅し、その代わりに現れたのは、ピカピカの衣装部屋。まるで私の人生そのものが、思羽に完全に「上書き」されたようだった。部屋の隅に、一枚の証明写真が落ちていた。それは私——綾瀬結月(あやせゆづき)のものだった。湊一は誰にも気づかれないようにそれを拾い上げ、ゆっくりと財布の中へ滑り込ませた。会社に戻ると、社員が彼に報告した。「綾瀬さん、もう何日も出社していません。取引先との契約に必要なデザイン案も、一つも提出されていなくて……」その瞬間、湊一の顔色が一変した。無言でスマホを取り出し、私に電話をかける。だが、コール音は虚しく続くだけで、誰も出ることはなかった。ついに彼は初めて社員の前で怒りを爆発させた。机を叩いて立ち上がり、書類を床に叩きつけた。そして、「無断欠勤」を理由に、私の解雇を宣言。代わりに、デザインの知識もない思羽を、私のポジションに据えたのだった。——そしてその日、彼はオフィスで思羽に身を委ねた。二人は社長室で熱く抱き合い、まるで恋に落ちたばかりのカップルのように唇を重ね、デスクにもたれながら、椅子に腰掛けながら、何度も求め合っていた。私はその光景を見ながら、吐き気にも似た嫌悪感を覚え、思わず、自分の少しだけ膨らんだお腹に手を当てた。——私は、妊娠していた。もう一ヶ月になる。本当は、彼に喜んでもらうつもりだった。けれど今となっては、私とお腹の子は、すでにこの世にいない。ひとつの命で、ふたつの命を奪われた——それが、私の最期だった。その後数日間、湊一はまるで取り憑かれたかのように、私にメッセージを送り続けた。【どこにいるんだ】まるで、浮気の熱から覚めた男が、現実に引き戻されたかのような口調で——卑屈に、必死に、私の居場
Read more
第4話
「うん、もちろん。思羽のためなら、なんでもするよ」湊一は笑顔を浮かべ、気前よくうなずいた。思羽を喜ばせようと、夕食の席では誰一人として「私の失踪」には触れなかった。そのとき——玄関の扉を激しく叩く音が響いた。湊一の顔が一瞬にして輝いた。彼は誰よりも早く立ち上がり、玄関へ駆け寄っていった。きっと、思ったのだ。今日、結月が思羽の妊娠を知り、全てを許して戻ってきたのだと。家族そろって、笑い合える日がようやく来たのだと。だが——扉の外に立っていたのは、彼が予想だにしなかった人物だった。新名すみれ(にいなすみれ)。私の幼馴染であり、親友。腕を組んだすみれは、鋭い視線で湊一を頭からつま先まで値踏みするように見下ろした。そして開口一番——「結月はどこ?」すみれは複雑な家庭で育った。母親は離婚後に再婚し、彼女は酒浸りの父親と暮らすことになった。そんな環境が、彼女をまるで少年のような率直で強気な性格に育てた。けれど私の前では、いつも優しくて、頼れる存在だった。どんなときも、私のためなら真っ先に動く。守ってくれる。そんな人だった。「ここにはいないわ。探すなら、別の場所へ行って」そう言って思羽が湊一の背後から現れ、ドアを閉めようとした。だが、すみれの手が素早く扉を押さえた。力強く中に踏み込みながら、声を張り上げる。「結月?いるんでしょ、返事して!」「出て行きなさいよ!あのバカ女、ここにはいないって言ってるでしょ!」思羽が叫びながらすみれに掴みかかる。そのまま二人は取っ組み合いになり、室内はたちまち修羅場と化した。「すみれ!落ち着いてくれ、結月は本当にいないんだ!」湊一は慌てて思羽をかばい、すみれを突き飛ばした。その光景に、すみれの怒りは限界を超えた。バチン——!彼女の平手打ちが湊一の頬を打ち抜く。湊一の顔がはじかれるように横を向いた。次の瞬間、頬に真っ赤な痕が浮かんだ。「朝霧湊一!あんた、結婚式当日に花嫁を替えて、平気な顔してるってどういう神経してるのよ!結月がどれだけあんたのことを思ってたか……その気持ちを踏みにじって、何してんのよこのクズ!二人そろって地獄に落ちなさいよ!偏った親もまとめて、全員報いを受ければいい!もし結月に何かあ
Read more
第5話
湊一は、その場で崩れるように倒れ込んだ。「そんなはず……ない……」呆然と呟きながら、手から滑り落ちたスマホが床に叩きつけられ、画面が粉々に砕け散った。「湊一、どうしたの?しっかりして!」母が慌てて彼を支えようと手を伸ばした、そのとき——「結月が……死んだんです」「……は?」母の顔が一瞬で青ざめる。「何言ってるのよ!結月が死ぬなんて、そんなの嘘に決まってるでしょ!」怒鳴りながら、湊一の肩を激しく揺さぶる母。家族は警察署へ向かうタクシーに飛び乗り、誰もが願った——「どうか人違いであってくれ」と。しかし、安置所で白布に覆われた遺体の足元から見えたのは、見覚えのある亜麻色の髪。湊一の手が震えながら布を捲る。——そこには、腐敗の進んだ私の姿があった。父と母は泣き崩れ、母は遺体にすがりついて叫ぶ。「結月……お願いだから目を覚まして……ごめんなさい、ごめんなさい……」冷たい安置所に、絶望の泣き声だけがこだまする。やっと彼らも私のために涙を流し、後悔の色を見せた。けれど——私がもうこの世にいないという事実だけは、変えようがなかった。湊一はその場に崩れ落ち、ぼう然と私の顔を見つめていた。顔に触れようとしたが、損傷がひどく、どこにも「私らしさ」は残っていなかった。「ごめん……ごめんな……」彼はその場に跪き、頬を何度も何度も自ら叩いた。思羽は、そんな光景から目を背け、遠くで気配を殺すように立っていた。泣くこともせず、まるで「穢れ」を避けるかのように。しかし——やがて周囲の悲鳴と怒号に耐えきれず、わざとらしく涙を浮かべながら足を踏み鳴らした。「湊一……私、怖い……ここにいたら赤ちゃんに悪いよ……帰ろう?」「怖いなら……外で待ってなよ」「やだ!湊一がいなきゃイヤ!」湊一は必死に感情を抑えながら言葉を選んでいたが、思羽は一切譲ろうとせず、ついには私を罵り出した。「本当に迷惑な女ね……死んでもまだ私たちの邪魔をするなんて……!」「出ていけ!!」ついに堪忍袋の緒が切れた湊一が、怒りに満ちた声で思羽を一喝した。「彼女はお前の妹だろ!?少しは心ってもんがないのかよ!」両親ももう止めなかった。ただ私のそばで、幼かった娘を見つめながらすすり泣いていた。思羽はし
Read more
第6話
「湊一、違うの!彼女の言ってることなんて嘘よ!私と浅倉翔吾はもう別れてるの、私は……私は何もしてない、濡れ衣よ!」思羽は縋るような声で叫んだ。だが、すみれは鼻で笑った。バッグの中から厚みのある封筒を取り出すと、その中の写真をバラリと湊一の前に広げた。写真には、つい最近まで続いていた、思羽と翔吾の親密な関係が克明に写っていた。「湊一!私を信じて!違うの、これは違うの!」さらに何かを言いかけた思羽に、母の手が飛んだ。パァン、と乾いた音が室内に響き、思羽は尻餅をついてその場に崩れ落ちた。……ここ数日、思羽はひどく落ち着きを失っていた。首にかけていたネックレスも姿を消し、湊一とは口もきかない冷戦状態。謝罪のつもりで食事を用意しても、湊一はそれを無視して帰ってこなかった。——そして、警察から知らされたのは、結月の体には、新しい命が宿っていたという残酷な事実。しかも、その命は、もう人の形をしていた。その日、警察署の中に響いたのは、湊一の慟哭だった。「うわああああああああああ!!」拳を床に何度も叩きつけ、血が滴るまで泣き叫んだ。父と母も、声を失って泣き崩れた。——生きていたときには誰もくれなかった「心」。死んで初めて、彼らはそれを私に向けた。そんな中、翔吾が逮捕されたという報せが入った。そして警察は、思羽の自宅のインターホンを鳴らした。「事情聴取のため、綾瀬思羽さん、ご同行願えますか」——翔吾が自白したのだ。結月を殺したのは、自分であり、その動機は「思羽の指示だった」と。「思羽は俺を愛してる、でも金がなきゃ結婚できない」——そう言って、彼女は私の婚約者を思い出した。そして、順調に伸びていた私たちの会社にも目をつけた。一番手っ取り早い方法は、私をこの世から完全に消すこと。彼女が湊一と結婚し、財産を手に入れた後で離婚し、すべてを持って彼と海外に逃げる——そうやって仕組んだのが、私の「自殺」を装う計画だった。すべては思羽の筋書き通りだった。だが、翔吾は最後に理性を失い、私を凌辱した。遺体からは、彼のDNAが検出された。そして、決定的だったのは——思羽の癌は、完全なる虚偽だった。彼女の病気も、涙も、すべては私をこの世から消すための準備
Read more
第7話
彼は最後まで、私の遺影の正面を見ようとはしなかった。祭壇を飾る白い布は、彼の目を真っ赤に染めていた。湊一は、深く、そして取り返しのつかない後悔に沈んでいた。——あの時、思羽の「最期の願い」なんて受け入れなければよかった。——結月を、もっと大切にしていればよかった。——あのぬくもりと未来を、裏切らなければよかった。一緒に年を重ねていけたはずなのに。今では、もう生と死で隔てられてしまった。背後から誰かに罵倒されても、彼は一言も返さない。すべてが自業自得であり、自分はそれに値すると分かっていたからだ。誰も気づかぬ祭壇の影に、黒い影がすっと忍び寄った。誰にも気づかれぬように、そっと祭壇の上の骨壺を抱きかかえ、外ではまだ雨が静かに降り続いていた。その骨壺は、まるで赤ん坊のように大切に胸に抱きしめられ、一滴の雨さえも当たらぬよう、そっと、そっと守られていた。その人物は——すみれだった。彼女の目の下には濃いクマができ、かつての明るさは失われていた。小さな太陽のように、誰より元気で、誰よりよく笑った彼女が、今はまるで、壊れかけの月のようだった。彼女は濡れた地面を踏みしめながら、静かに歩き始めた。私と、子どもの頃に一緒に遊んだ道を——まるであの頃のように。「結月、覚えてる?幼い頃、酔った父に殴られ、私は二階の部屋に閉じ込められた。飲まず食わずで、まるで見捨てられたかのように放置されたあの日。誰も助けてくれなかったのに……あんたは梯子をかけて登ってきた。高いところが怖いって言ってたのに、手を震わせながら……母は、私が閉じ込められていることも、半死半生にされていることも知っていた。でも、助けてくれたのは、皮肉にもあなただったんだよ、結月——助け出してくれた後、ずっと貯めてたお小遣いで肉饅買ってくれて。二人でその肉饅食べたよね。あれ、本当においしかった……あれ以上に美味しい肉饅、ないんだよ……」彼女は微笑みながらも、頬には涙が伝っていた。私はその涙を拭おうとしたけど、指先は彼女をすり抜けた。——愛は、たくさんのものを救える。——でも、愛ではどうしても救えないものもある。もし最初から、終わりが決まっていたなら——私は、彼女ともっと長く過ごしたかった。だっ
Read more
第8話
万物が芽吹き、春の光が地を照らす。木蓮の枝には小さな蕾が膨らみ、その下には、今年もすみれが早朝からやってきた。彼女は、私の好きだった白いワンピースを身にまとい、ケーキを手に草の上へと腰を下ろす。私はそっと彼女の肩に寄り添うようにして目を閉じる。——すみれの身体からは、相変わらず柔らかくて優しい洗剤の匂いがした。清潔で、温かくて、心が落ち着く香り。すみれは私の気配を感じたのか、ひとり言のように話しはじめた。日々の愚痴、最近の出来事、世間の話、そして——私の家族のことも。彼女の話によれば——思羽と翔吾は共に服役中。思羽が産んだ子は、湊一に押し付けられたが、DNA鑑定の結果、彼の子ではなかった。湊一は会社を潰し、今では廃人のように日々を過ごしているという。すみれは小さく笑った。その顔には、あの頃の哀しみよりも、前を向こうとする強さが宿っていた。「すみれ、早いね。今日も来てくれたのか」背後から聞こえてきた声に、彼女が振り向く。そこには、私の両親と湊一がいた。彼らもケーキや菓子を手にしていた。どれも、かつて思羽だけに与えられていたものたち。今さら与えられたところで、私はもう、何も感じなかった。すみれは草の上に寝転がり、口に猫じゃらしを咥えたまま言う。「はは……大したもんだよ。あんたらが、結月の誕生日を覚えてたなんてね。てっきり、頭の中には思羽のデータしか残ってないのかと思ったわ」その言葉に、三人はうつむいたまま、何も言い返せなかった。私はそれを見て、思わず笑ってしまった。やっぱり、すみれの毒舌は絶品だ。すみれは荷物をまとめ、静かにその場を後にした。家族は供え物を墓前に並べ、それぞれが心の奥底のごめんねを口にした。泣きすぎた母は、今ではもう目が見えなくなっていた。両親の背は丸くなり、手足は震えていた。湊一もまた、かつての姿を完全に失っていた。髪は白く、目の輝きもない。——あの頃、私が恋をした彼はもう、どこにもいなかった。話すうちに、母がまた泣き出した。父と湊一が彼女を支え、歩いて帰っていく。墓前には——子どものころ大好きだったマンゴー味のアイス、欲しくて買ってもらえなかったフリルのスカート、行きたくて行けなかった海辺の合成写
Read more
第9話
私はうつむきながら、土の上に小さな円を指でなぞる。——命もまた、ひとつの円なのだろう。彼らはみんな、私に「さようなら」を言ってくれた。そして、すみれの子どもも、少しずつ大きくなっていった。彼らが私に手を振ると、木蓮の木がざわりと揺れる。まるで、私の代わりに挨拶してくれているように。何年が経ったのか、もうわからない。私の魂は、だんだんと透けるようになっていった。風に運ばれ、時には戻れなくなることも増えた。「すみれ……じゃあね。小さな子も、またね」私は精一杯、彼らに手を振った。消えていく寸前、すみれが涙を浮かべながら、同じように手を振ってくれた。「結月……さようなら。来世では——また姉妹になろうね」私の存在が光の粒になって、風に溶けた。番外編:朝霧湊一視点俺は、結月を愛していた。でも、その愛は、今となってはただの皮肉だ。あの日、思羽が両親を連れてきて、「最期の願い」だと言って結婚を懇願された。「湊一さんは立派だ、きっと結月も理解してくれる」そう言われ、俺はその場の感情でうなずいてしまった。——でも、忘れていた。結月は子どもの頃からずっと「譲って」ばかりだった。その日までも、結婚相手まで譲らなければならなかったのか。彼女が何度も口にしていた偏愛の苦しさ。俺は、それに目をつぶり、仲間となって、彼女を追い詰めた。——俺は、人間のクズだ。ハネムーン先の海辺で、思羽が抱きしめてきた。でも、波の音の奥に、俺は結月の気配を感じた。美しい景色、豪華な料理。すべてが色褪せて見えた。「帰ったら……すぐに謝ろう」そう思った。けれど、家に戻っても、いつものように迎えてくれる人はいなかった。誰もいない家を前に、得体の知れない不安に胸がざわついた。最初は、結月が怒っているだけだと思った。いつものように、俺が下手に出て謝れば、すぐに元通りになるはずだと——でも、いくら待っても、連絡は一向に来ない。まさか、結月が……この世からいなくなったなんて。七年も愛し合ってきた恋人が、本当に、俺の前から永遠に去ってしまうなんて——想像すらしていなかった。警察から電話がかかってきたとき、俺は必死に祈った。「どうか、結月じゃありませんように。どうか、ど
Read more
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status