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第1257話

Author: 夏目八月
半時間かけてようやく、その恐怖から自分を引き剥がすことができた。すぐに馬に跨り、宮城へと向かった。都を離れる理由が必要だった。

天皇は玄武から二通の書状を受け取っていた。最初の書状では、ある村の不審な様子が報告され、村人たちが私兵である可能性が示唆されていた。それを受けて天皇は密かに山中の偵察を命じていた。

二通目の書状によれば、一度山に入った際、厳重な警備を確認し、明らかに私兵の存在が疑われたものの、武器や糧食の所在は突き止められていなかった。天皇は再び密旨を下し、武器と糧食を探し出して破壊するよう命じていた。

それ以降、音信は途絶えていた。

数人で広大な山域を探るのは危険すぎる。私兵の数も、武芸の達人がいるかどうかも分からない。天皇の胸中には不安が去来していた。

しかし、これは絶好の機会でもあった。武器を発見し破壊できれば、匪賊討伐の名目で近隣から兵を差し向けることができる。大規模な軍事行動を避け、犠牲も最小限に抑えられる。

さくらから半月も消息がないと聞き、天皇の不安は一層深まった。

だが、状況が確認できない以上、軍を動かすわけにはいかなかった。

そこで天皇は、奥多摩への佐賀錦貢物の護送を任せる詔を下した。これは平安京への贈り物で、決して失うわけにはいかないものだった。

奥多摩の周辺は山賊の活動が活発なことで知られていた。起伏に富んだ地形を利用し、通行する商隊を襲撃する者たちがいた。

玄甲軍のさくらを派遣する理由としては、これ以上ないほど正当なものだった。

ただし、貢物護送に大軍は必要ない。五十人だけを配属し、それ以上の人員が必要なら、さくら自身で手配するように、と。

紫乃、あかり、饅頭、石鎖さんと篭さん、音無楽章、紅羽たちが出立の準備を整えた。粉蝶と緋雲らは都の留守を任されることになった。

玄甲軍は普段から税金の護送任務を担っていたため、今回の出城も特に人々の注目を集めることはなかった。部隊の規模もさほど大きくはなかったからだ。

有田先生も同行を望んだが、さくらは「大師兄が既に梅月山に連絡を入れ、師叔が援軍を寄越すはず。むしろ都に留まって事態を見守り、必要があれば迅速に人員を動員できるようにしておいてください」と説得した。

出発の際、さくらは七叔父から贈られた腕輪を身につけ、腰に赤い鞭を巻き付け、桜花槍を手に馬に跨った。

青い
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