無くした恋のその先へ ~この恋を忘れたふりはもうできない~

無くした恋のその先へ ~この恋を忘れたふりはもうできない~

last update最後更新 : 2026-07-19
作者:  けもこ剛剛更新
語言: Japanese
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10
1 評分. 1 評論
35章節
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故事簡介

現代

純愛

泣ける

元カレ

元カノ

後悔

もう会うこともないと忘れたはずの人が目の前に―再会×未練×大人の恋 ― 大手リゾート企業で働く冬月朱莉、30歳。会社のパーティーに現れた代表設計士は、8年前、何の説明もなく彼女の前から去った元恋人・篠宮蒼也だった。ずっと、忘れたふりをしてきた...... その想いは再会で揺らぎ、蒼也もまた別れの本当の理由を抱えたまま未練を抑えきれない。 あの別れは決断か、すれ違いか。 過去と未来が交差する、大人の再会ロマンス。

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評論

けもこ
けもこ
互いに想い合いながら、すれ違う2人が焦ったくて、でも甘くていい
2026-07-16 06:30:54
1
0
35 章節
第1話 朱莉①
冬月朱莉は、目の前にあらわれた人物を信じられない思いで見つめていた。どうしてこんな所に彼がいるの?この会社で働き始めて8年、秘書室の中では結構な古参に入る。この4月から秘書室長の推薦を受けて代表取締役の水無瀬社長の専属秘書となった。今夜開催される新しいリゾート開発プロジェクトのラウンチパーティに、社長が同行すると言って連れて来た代表設計士は、朱莉が忘れようとして、いまだに忘れられない元カレだった。秘書カウンターのこちら側で驚いた顔をしている自分を見つめて、向こうも一瞬目を見張ったが、その後すっと目を外された。まぁ、そうでしょうね。今さら私を見たところで......朱莉は、心の中で苦々しくそう思った。でも、私はそうじゃないのよ。ずっと忘れられなくて苦しかった。これだけ時間が経って、ようやく忘れられそうだったのに。社長室に入っていく男の後姿を見つめながら、過去を振り返った。◇◇◇篠宮蒼也と朱莉が出会ったのは、朱莉が大学1年の時だった。その頃、朱莉は、弟の聖と都内で2人暮らしをしていた。母が残してくれた保険金のおかげで大学への進学が叶い、朝夜アルバイトをすることでなんとか生活をすることができた。特に夜のバイト先のバーは、店の雰囲気もとても良く、オーナーでバーテンダーの神木さんもとてもいい人で本当に大当たりのバイトだった。特に、客のいない時間には、事務所のPCで大学の課題をすることを許してくれるという神対応にまさしく“神木だけに神!”だった。蒼也とは、客と店員としてバイト初日に出会った。「珍しいね。神木さんが女の子のアルバイトを雇うなんて」目の前に座る人の良さそうな笑顔が、人たらしな感じでちょっと警戒してしまったのは、もう自分が彼に惹かれ始めていたからだったのだと思う。「朱莉ちゃん、蒼ちゃんにはジントニと一緒にラスクとシチューを出してあげて」そう言われて、店の隠れた売りでもあるバターラスクとシチューをカウンター越しに置いた。「ありがとう。ほぼ毎日この店に来てるから、これからもよろしくね」蒼也は、同じ大学の建築学専攻の大学院3年目で、1級建築士でもあった。 実はこのバーのリフォームの設計をしたのが初めての仕事だったのだそうだ。「もともと、このバーのある建物が、古く
last update最後更新 : 2026-07-03
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第2話 朱莉②
毎晩、店に来る彼に会うのを楽しみにしていた。だから、毎日シフトに入りたがって、神木さんに『7連勤とかしなくていいから』と断られるほどだった。まぁ、これだけわかりやすくウキウキと接客しているのだから、向こうは自分が好意を持たれていることにはすぐに気づいただろう。「チケットがあるから、もし、嫌じゃ無かったら、一緒に行かない?」そう言って、都内のギャラリーで開催される『現代建築家展』のチケットをカウンターに置かれた時には、ついに来た!と感じた。建築について、造詣が深いわけでもないが、ここ最近、彼の話をよく聞いているので、それなりに興味もあった。それになんといってもデートのお誘いだ。飛びつかない筈が無かった。待ち合わせ場所にしていた駅前のカフェに現れた彼は、夜にバーで出会うよりも年相応に若い印象で、それも自分の胸にはキュンキュンときた。「建築家って、建物を考える人だと思ってましたけど、周りの環境とかも考えるんですね」ギャラリーの展示物とその解説を見ながら聞いてみる。「もちろん、そうだよ。例えば、個人の家の場合は、住む地域、周辺の形状、暮らし方を考えて設計するね。僕の専門は公共建築なんだけど、その場合は、もっと考える必要がある。人がどこから流れてくるか。どういう人たちを集めたいのか。周囲の住環境やそこに根差す文化も考慮しないと建物だけ浮いてしまうからね」自分の専門分野について話す時、彼は生き生きとしている。自分の好きなことにオタクな感じもいい。「時々、田舎の図書館とかでものすごく奇抜なやつあるじゃないですか。あ、ほらほら、こんな感じ」目の前の、高名な建築家が設計した建物の模型を指さす。それはクジラが泳いでるように見える形の建物だった。「水族館かと思ったら、多目的ホールって。こういうのもちゃんと考えられて作ってるんですか? ただの目立つ建物って感じしますけど」蒼也が口に拳を当てて、声を押さえて笑う。朱莉はその姿に心を撃ち抜かれた。なんだよ!可愛いかよ!反則!「確かに、建築家の得意な設計をアピールしたものや、人目《ひとめ》を集めるためだけのものもあるよ。でも、それも、それ自体が訪れる目的になって建てられているってこともあるんだ。まぁ、すべてがそうでないこともあるんだけどね」ギャラリーを出て、良かったら、と昼食に誘われた。そんなの断る訳ない。誘っ
last update最後更新 : 2026-07-03
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第3話 朱莉③
「蒼也さんは、子どもの頃から建築家を目指してたんですか?」「実は、今も建築家を目指してるわけではないんだけどね」「え?じゃぁ、何になるつもりで設計士に?」食事をしながら、ズケズケとだいぶ踏み込んで聞いていた。蒼也が嫌がるそぶりを見せないので、随分と調子に乗っていたのだと思う。「小さい頃からモノ作りが大好きだったし、住んでた家が古くて、それにものすごく愛着があってね。気づいたら建物好きになってた。僕は、ただの建物オタクなんだ」暇があればあちこちに建物巡りに行くらしい。できれば将来は大学に残って、建築史やランドスケープを含めた建築デザインについての研究者になりたいと熱く語る。「冬月さんは商学部だよね。将来、何かやりたい仕事とかあるの?」「朱莉です。朱莉って呼んでください」そう迫ると、蒼也の耳がにわかに赤くなり、それがまた自分のど真ん中だった。「あ、朱莉さんは、どういった仕事がしたいの?」そう言いながら、やや照れて下を向いてシチューを掬い始める。この店でもシチューを頼んでいる蒼也の、スプーンを持つ長く細い綺麗な指から朱莉は目が離せなかった。あの指に触れられたらどんな感じだろう。「私は、蒼也さんみたいに、ものすごくやりたい事やつきたい職業って無いんです。まぁ、金融やマーケティングについて広く学ぶのがいいかなと思って商学部ですかね」アルバイト以外に収入源のない自分は、聖の今後の為にも、母が残してくれたお金を大きく減らすわけにはいかなかった。だから、市場経済や金融の仕組みを学ぶ為に商学部を選んだ。とはいえ、お金を増やす方法を勉強したくて、とはさすがに初めてのデートでは言えない。その後は、それぞれの趣味の話などたあいのない話をした。
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第4話 朱莉④
ゆっくりと昼食を取ったあと、夕方からバイトに入る予定の自分と一緒に、蒼也もバーまでついて来た。「あれ?なんなの?うちのバーは同伴出勤とか無いんだけど」店に着くと看板に灯りを入れようとしている神木さんが、からかうように声をかけて来た。「神木さん、朱莉さんに失礼ですよ。さっきまで一緒に食事をしていたので送って来ただけです」珍しく蒼也が少し怒ったような口調で言う。こういう真面目で堅い感じもいい。もう、蒼也の何もかもが朱莉にはまりまくっていた。「へー。デートしてたの? 蒼ちゃんもそういうことするんだねぇ。2人は付き合ってるの?」「違いますよ」堅い口調で否定する蒼也の返事に心底がっかりする。今日誘ってもらったことで何か進展するかと思ったのに、向こうはそうじゃなかったのだろうか。「神木さん、朱莉さんが困ってしまうからそう言うこと言わないで......」「困らない。私は、ちっとも困りません。蒼也さんが困るならやめて欲しいけど、そうじゃないなら!」蒼也の言葉に被せるように勢いよく言ってから、そうじゃないなら、なんだ?と言葉に詰まる。あぁ、自分の無駄に思い切りのいい性格が恨めしい。「そ、そうじゃないなら‥‥付き合って欲しいです」言葉尻はすぼんで、最初の勢いは消えてしまった。まだ、人通りは少ないとはいえ、ぼちぼちと夜の営業に向けて店の準備をする人たちがいる路地で、少なくとも神木さんのいる前で、公開告白をしてしまった。神木さんも蒼也も驚いて黙っている。沈黙が痛い......「ええと...その、困ったな」蒼也が口元に拳を当てて、耳を赤くして困っている。困っている、ということは脈無しか......さっきまでの浮かれた気持ちはすっかり萎えた。こんな状況では断る方も気を遣うだろう。特に蒼也は、そういう真面目な性格だ。「あ、嘘です。すみません、冗談ですから。じゃ、バイトなので私はこれで」ヘラヘラと笑って早口でそう言うと、神木さんの後ろをすり抜けて店の中に入り、事務所で着替えた。そして、パイプ椅子に座って項垂れた。あぁ、やってしまった。なんでこう無駄に勢いのある性格なのか、自分は。項垂れた鼻の先から涙が零れた。
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第5話 朱莉⑤
涙の零れる目を、テーブルのティッシュで俯いたまま擦らずに拭う。目を腫らさずに泣くコツだ。コンコンと事務所のドアがノックされた。「朱莉ちゃん、入っていい?」神木さんが声をかける。「ダメです。着替えてるので」たぶん、声で泣いていたのはばれているだろう。「蒼ちゃん、とりあえず帰ったから。ごめんね、僕がつまらないこと言ったせいで」「神木さんの所為じゃないです」ため息を一つついて、扉を開けた。そこには心配そうな神木さんの顔があった。「今日‥‥バイト無理そうなら、帰ってもいいよ? もちろん、バイト代3時間分くらいはつけるからさ。お詫びに」「大丈夫です。それにまだしばらくお客さん来ないでしょう? 仕込みしますね」その後は、ただ黙々と仕事に励んだ。何か言いたそうな神木さんにこれ以上慰められたくなくて、いつも以上に仕事をした。お客さんには、3割増しで笑顔を振りまいた。そうしているうちに気持ちはマシになっていった。失恋くらい誰でもするさ。その日、蒼也は客として来なかった。あのまま帰ったのか......もし、これで蒼也が店に顔を出しづらくなったら、あまりに申し訳なさすぎる。そう思ったら失恋云々よりもそっちが気になった。家に帰ると、弟の聖がソファで眠っていた。配信動画をテレビで見ながら寝落ちしたようだ。テレビの中で聖の好きそうな俳優が、半分壊れた中世ヨーロッパの鎧を纏った状態でムキムキの体を晒していた。「ひーちゃん。風邪ひくよ。部屋で寝なさい」そう声をかけても、うぅん、と唸ったきり起きる気配はない。仕方ないので、部屋から毛布を持って来てかけた。ミルクティー色のふわふわとした髪がまだ幼い顔つきをより子どもっぽく見せる。その寝顔が、失恋でささくれた心をほんの少し癒してくれた。
last update最後更新 : 2026-07-03
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第6話 朱莉⑥
母は、自分が中学1年生の時に病で亡くなった。母が病に冒される以前から、両親の夫婦仲は冷めきっていて、父は小学生の頃から不在がちだった。時折帰ってくるので、離婚をしていないのはわかったが、帰ってくるたびに父から離婚を迫られ、激しく反発する母の声が夜の間中響いた。正直、さっさと別れてしまえばいいのに、と思い続けていた。中学に上がってすぐに母が体調を崩した。検査で入院した後、数回の入退院を繰り返し、結局、家には帰ってこないままだった。鮮明に覚えているのは、母が病んだことを喜んでいたこと。「お父さんの所為で病気になったようなものだから、最後まで面倒を見て貰わないと」そう呟いた一言とその表情を今でもはっきりと思い出せる。子どもの自分には、その情念の深さがとにかく恐ろしくおぞましかった。母が亡くなって2か月ほどして、父の再婚相手だという女性とその息子だと言って聖《ひじり》が家にやってきた。小学4年生だというが、年齢よりかなり小さく幼く見えた。周りから見れば複雑な関係だっただろうが、兄弟のいなかった自分にとって、聖は圧倒的に可愛い弟だった。聖が自分と同じ格好をしたがるのが微笑ましかったし、自分に良く懐いて、付いて回る姿も愛おしかった。我が家が大きく歪み始めたのは、そこから2年ほどして、義母が妊娠してからだった。聖と2人で兄妹が増えるね、と楽しみにして喜んでいたが、しばらくしてそれは、父の子では無かったことが明らかになり、そして彼女は聖を置いて出て行ってしまった。父は荒れ、次第に聖に暴言を吐き、暴力を奮うようになった。一方、自分に対しては徹底して無関心で、家事をやる分には便利に使っているという感じだった。
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第7話 朱莉⑦
高校受験が終わり、中学卒業が近づいていた、春先の寒さの残る夕方。卒業を惜しむように友達と遊び、カラオケに行って帰宅が遅くなった。とはいえ、いつもなら父が帰る時間には早かったのだが、この日は違った。近くまで帰り着いた時、家の前に近所の人が集まっているのが見てとれ、隣家のおばさんが自分を見つけて走り寄ってきた。「朱莉ちゃん!大変なのよ。聖ちゃんが外に放り出されてるの。裸で。警察呼ぼうかどうしようかと思ってたとこだった」急いで門を回ると、寒空の下、聖が植え込みの陰で下着姿で震えていた。青ざめた唇から小さく自分を呼んだ。「あ、あーちゃん......」「ひーちゃん! どうしたの!」不審がる近所の人に『もう大丈夫です』と言いながら聖を家に入れ、ストーブの前に連れて行き、エアコンをつけて部屋を温めて毛布をかけた。台所のゴミ箱には、ぐちゃぐちゃになった、聖のために作った晩御飯の弁当箱と、自分のワンピースが破かれて入っていた。「ごめんなさい。あーちゃん......あーちゃんのワンピースを着てお姫様ごっこしてたら......お父さんが帰ってきちゃって」嗚咽を漏らしながら聖が謝る。牛乳を温めてココアを作り、マグカップを持たせて毛布ごと抱きしめた。「ごめん。一人にして。もう、大丈夫だよ」聖は、ココアを飲みながら鼻水を垂らしていた。父は、聖を放り出した後、どこかへ出かけたようだ。もう随分と学校に通えていない聖。自分が守らなければ、この子には居場所がない。来週から春休みだ。 思い切って父が帰る前に家を出ることにした。ホントは聖が温まってから出かけたかったが、グズグズとして父と鉢合わせしたくない。聖にセーターを3枚着せて靴下を重ね履きさせ、家を出た。その夜は、さっきまで友達といたカラオケボックスに行き、早朝まで過ごした。一般料金で入ったので、だるそうな受付のアルバイトには何も言われなかった。
last update最後更新 : 2026-07-03
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第8話 朱莉⑧
翌朝、電車を乗り継いで山梨の祖母の家に行った。 事前に電話をして「卒業式終わったし、春休みだからお祖母ちゃんに会いたくなって」とごまかした。祖母は訪問を喜んでくれたが、一緒に来た聖のことはあまり歓迎していないようだった。「卒業と高校合格おめでとう。はい、お祝いよ。そうそう、お母さんから朱莉ちゃんのことで頼まれていたことがあったの。それもあって会いに行こうと思ってたの。ちょうど良かったわ」祖母は、母から頼まれていた「信託預金」について説明した。「お母さんは、朱莉ちゃんが高校も大学も行けるように、お金を準備してくれていたのよ。お母さんは、本当に朱莉ちゃんのこと思っていたのねぇ」祖母は、娘を思い出してウルウルと目を潤ませる。母は、保険の受取人を自分にし、管理者を祖母に指名して、父には一銭も渡らないようにしていたらしい。2週間ほど山梨に滞在したが、同居している叔父家族の聖への態度がどうにも嫌でたまらなかった。この事件の後、進学先の高校の近くに祖母を保証人として部屋を借りてもらった。父との話も祖母にお願いした。山梨に身を寄せることを勧められたが、高校に合格したばかりだったし、何より聖が肩身の狭い思いをするのは嫌だった。母の残した保険金などを大切に使い、アルバイトをしながら生活してきた。正直、日中は引きこもっている聖と生活するのは、それほど大変ではなかった。むしろ、父からの暴力を防ぐために学校から急いで帰っていた頃に比べ、随分と穏やかに暮らせるようになった。未成年なので、聖と引き離されないためには、父と連絡を取る必要があった。 バイトの保証人にもなってもらったし、住んでいる場所も連絡先も教えていた。しかし、こちらから必要最低限の連絡を取る以外は、向こうから連絡をしてくることも、ましてや帰って来いと言われることもなかった。 そして、大学進学と引っ越しの連絡をする時に、父が再婚をすることを知った。その後東京に来てからは一切連絡をしていない。血は繋がっていないけれど、聖は、自分の唯一の家族だ。互いにちょっと依存度は高めだが、聖がいるからなんでも頑張っていられる自分があると思っている。◇◇◇毛布を掛けながら、ふわふわの聖の髪の毛をそっと耳の後ろへ流した。いつもと変わらない聖の様子になんだか気持ちが落ち着いて、前向きになった。
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第9話 朱莉⑨
翌日、午前の授業終わりで教室から出たときに、ホールで蒼也と出会った。 どうやら自分を待っていたらしい。「蒼也さん。昨日はすみませんでした。変なこと言って。気まずいと思わずにお店には来てもらったら......」そう声をかけたら、被せるように遮られた。「ごめん。ちゃんと話がしたくて待ってたんだ。今から時間大丈夫かな」「次の授業は2時からなので、それまで大丈夫です」じゃぁ、食堂で、と言われ、彼の後ろをついて歩く。そういえば、遠目に見たことがあるくらいで、こうして学内で話をするのは初めてかもしれない。教室のある棟から一番近い食堂の一番奥の席に座る。互いにちょっと緊張して、しばらく無言でテーブルを見つめた。優しい蒼也は、きっとどう言えば傷つけなくて済むか悩んだに違いない。そういうところもすごく好きなのだが、好きな人を困らせるのは本意では無い。「あの、蒼也さん。本当に申し訳なくて。もし、私がいることでお店に行きにくくなるようなら、私はバイト辞めてもいいんですし......」「な、そんな。ダメだよ。そうではなくて」「じゃぁ、私、シフト減らしますから。週3くらいにします。でも、いる時も気にせず来て欲しいです」「いや、違うから......」「私は、大丈夫ですよ。結構、打たれ強いので、振られたくらいでめげませんし、しつこくしませんから」彼が望むなら念書を書いてもいいくらいだ。「振ってない!」急に大きな声を出した蒼也に食堂中の視線が集まった。
last update最後更新 : 2026-07-03
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第10話 朱莉⑩
朱莉も初めて聞く蒼也の大きな声に、目を丸くして顔を見つめた。蒼也の顔がみるみる赤くなっていく。そして、拳を口に当ててモゴモゴと話し始める。「昨日、言っていた、付き合って欲しい、というのは、本当?」蒼也のこの口に拳を当てて、照れている姿は本当に朱莉のどストライクだ。 はぁ、好き。ホントに、あきらめがつかなくなるのでやめていただきたい。「本当です。私は、蒼也さんが好きなのでお付き合いしたかったんです。困らせるつもりはなかったので......」「違います。困るって言ったのは、そういう意味じゃないんです」彼の口に当てている拳までもが赤くなっている。「僕の方から......ちゃんと告白をしたいと思っていたので......」「え?」口元に拳を当てているので言葉が聞き取りにくいのだか、告白したい、という言葉は聞こえた。「あ、朱莉さんは、僕のような建築オタクでも付き合ってくれるんですか?」「オタクっていいじゃないですか。何かに没頭して情熱を捧げるってそうそうできません。私はそんな蒼也さんがすごく好きなんです」一度好きだと伝えてしまったら、ためらいなく言えてしまう。自分の思い切りのよい性格の、これはいいところなのかどうなのか。「僕は、自分の興味に没頭すると周りが見えなくなる傾向があって。そんな僕でもいいんですか?」真剣な表情で聞いてくる。真面目なその姿がますますいい。「そんな蒼也さんだからいいんです」机の上の手が握られた。細くて綺麗な長い指。触れられるとこんな感じなのだな。そう思ってふっと口元が緩む。「朱莉さん、僕と付き合ってくれませんか?」自分の綻んだ口元がさらに緩むのがわかった。「はい、もちろんです。嬉しい。すごく嬉しいです」そう言って笑いかけると、蒼也は美しい笑顔で返してくれた。本当に真面目で、素敵で、そして純粋な人。
last update最後更新 : 2026-07-03
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