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第1258話

Author: 夏目八月
さくらたちは商人に扮して、何組かに分かれて飛騨入りした。大石村の様子を探った後、まずは深水師兄と棒太郎との連絡を取らねばならなかった。

町の目立つ場所に梅の花を描き、暗号を残した。その暗号を頼りに、宿の場所が分かるようになっていた。

その夜、深水師兄と棒太郎が姿を現した。二人とも泥だらけで、着物は皺だらけ。髪は整えてはいたものの、足袋には泥と埃が染みついていた。明らかに山から下りてきたばかりの様子だった。

さくらは道中ずっと胸を焦がしていたが、深水師兄の姿を見るなり、急いで状況を問いただした。

「伝書鳩を飛ばした時は確かに連絡が途絶えていて、手掛かりもなかったんだ」深水は先にさくらを安心させようと言った。「でも二日前、大石村の南の深い森で玄武の残した印を見つけた。彼らがそこに立ち寄っていたことは間違いない。それも最近のことだろう」

この知らせでさくらの表情が少し和らぐのを確認してから、深水は二人が連絡を絶った理由を説明し始めた。

天皇からの密旨で、山中の糧食と武器の在り処を突き止めるよう命じられていた。

その密旨を受け取った時点で、既に偵察の準備を始めていたという。

玄武は当初、この方法での捜索に反対していた。これほど広大な範囲を探るのは、藁束の中から針を探すようなものだと。むしろ彼らの行動を監視し、誰が接触し、誰が糧食を運び込むのか、その量はどれほどかを見極める方が効率的で、危険も少ないと進言したのだった。

数千人分の糧食を山中に大量には隠せまい。せいぜい越冬分だけで、春になれば新たな補給が必要になるはずだ、というのが玄武の考えだった。

しかし天皇の密旨は、武具や甲冑を発見して初めて謀反の証となる、それを確認して武器を破壊し、近隣の兵を動員して掃討せよ、という内容だった。

二十人にも満たない人数で、四人の主力の他は護衛だけ。密旨を受けて数組に分かれて入山し、発見の有無に関わらず、五日後には必ず集合地点に戻ることを約束していた。

だが五日後、全員が集合地点に戻る中、玄武と尾張拓磨の姿だけがなかった。

「南の山で玄武の残した印を見つけたのは二日前だ」深水は続けた。「大きな木に梅の花が刻まれていた。花びらは欠けることなく完全な形を保っていた。これは彼らが印を残した時点では、命の危険も怪我もなかった証拠だ」

梅月山万華宗では、梅の花の印に特別な
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