Share

第958話

Author: 夏目八月
長公主が口を開いた。大和国が先に両国間の協定――民間人を傷つけず、捕虜を殺さない――を破り、戦時下で民を虐殺し、捕虜を拷問死させたことは、天地も怒りを覚える所業だと。

一方、平安京の密偵による上原家の惨殺も、同様に許されざる大罪であると。

「平和的な会談を進めるには、まずこれらの事実を双方が認めねばなりません。この前提に立ってこそ、両国の平和的な協議が可能となるのです」

通訳の言葉が終わると、玄武と大和国側の会談担当官たちは同意を示した。

ここから正式な会談が始まった。

平安京側は五つの条件を提示した。第一に、大和国は平安京の殺害された民への公式謝罪。

第二に、金一万両の賠償。

第三に、穀物三十万石の賠償、大和国の責任で平安京まで輸送。

第四に、鹿背田城で締結された和約の無効化、すなわち国境線を和約以前の状態に戻す。

第五に、北條守、葉月琴音、佐藤承の平安京への引き渡し。

覚悟はしていたものの、これらの条件は大和国側にとって到底受け入れられるものではなかった。

玄武は答えた。「第一、第二の条件は受け入れ可能です。しかし、三十万石の穀物賠償と国境線の後退は同意できかねます。確かに我々に非があったことは認めます。ですが上原家の惨殺も関ヶ原の件と無関係ではありません。つまり、過ちは双方にある。第五の条件について、葉月琴音の引き渡しには応じますが、佐藤承は主たる責任者ではありません。当時、彼は重傷を負っており、部下の統制を怠った罪は我が国で裁くべきです」

平安京の大学士・コウコウが言い返した。「上原家の惨殺は、貴国が先に協定を破ったことに端を発している。平安京側にも非はあろうが、貴国もその責任を負うべきではないか」

「コウコウ殿、そのような物言いでは、先ほど我々が共に認めた事実を軽んじることになりませんか」清家本宗が指摘した。「長公主殿下もおっしゃった通り、この会談は事実を尊重する前提の上に成り立っています。上原家の惨殺は平安京の密偵の仕業です。その動機が何であれ、老人や子供、弱き者たちに対してあのような残虐な行為は許されることではありません」

レイギョク長公主が介入した。「我々はその事実を重んじます。故に上原家の惨劇に関して、第一条、第二条の通り、遺族への謝罪と金一万両の賠償に応じる所存です。これにより第一、第二の条件は相殺となりましょう。ただ
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 桜華、戦場に舞う   第1663話

    紫乃たちが屋敷に客として滞在していることもあり、上原夫人はさくらの顔を立て、仲間たちを連れて都のあちこちを見物するのを許してくれた。その年の瀬も押し迫ったある日、家々が正月の支度に追われる中、一頭の駿馬が城門から皇城目指して駆け抜け、その鞍上の伝令が声を張り上げていた。「吉報!北冥親王様が邪馬台を奪還!北冥親王様が邪馬台を奪還なされましたぞーっ!」さくらは二反の絹を抱え、呉服屋の店先で、その伝令の叫びをこの耳で確かに聞いた。彼女の記憶では、あの人が邪馬台の戦地へ赴いた後、その進軍は破竹の勢いで、十余りの城を次々と奪還した。だが、最後は日向と薩摩で長く膠着し、そこへ平安京の軍が加勢したことで、さらに時が費やされたはずだった。以前の時間の流れならば、今頃はまだ両軍が睨み合っているはず……どうして、もう完全な勝利を?あの人が勝利を収め、邪馬台を取り戻すと信じてはいた。ただ、これほど早いとは思いもしなかったのだ。やはり、平安京の軍から横槍が入らなかっただけで、邪馬台の奪還はこれほど順調に進むものなのか。屋敷へ戻ると、さくらは母にその知らせを告げ、亡き父と兄のためにも酒肴を供えた。邪馬台奪還は、彼らの功績でもある。彼らがあの人に残した、羅刹国と戦うための経験があったからこそなのだ。二月、北冥軍が都へ凱旋した。さくらは城門まで出迎えに行きたかったが、母が正月から引いた風邪をこじらせ、まだ全快していなかった。母のそばで看病に付き添う彼女は、民衆の歓声に沸く城門へ向かうことができなかった。ただ、本当に、本当に、あの人に会いたかった。あと幾日かして、母の具合が良くなったら、自分から北冥親王の屋敷を訪ねよう、と彼女は考えていた。あの人は、自分たちが生涯を共にした夫婦であったことなど覚えていないだろう。でも、彼女は知っている。彼が邪馬台へ発つ前、この北平侯爵邸へ自分を娶りたいと申し出てくれたことを。今世では、自分から想いを告げに行ったって、構わない。しかし、まさかその翌朝だった。梅田ばあやが息を切らして報せに来たのは。北冥親王様が、なんと穂村宰相の奥様を仲人として伴い、正式に縁談を申し込みに来られたというのだ。お母様は、すでに広間で応対されている、と。さくらは昨夜、子の刻まで母を看病してようやく自室に戻った。だが、布団に入ってか

  • 桜華、戦場に舞う   第1662話

    関ヶ原へ戻ると、守は高熱を出した。道中すでに、彼は限界をとうに超えていた。耐えがたい痛みがその精神を蝕み、意識がはっきりしている時には、饅頭に「いっそ一突きで殺してくれ」と頼むほどだった。これ以上、苦痛に苛まれるのはごめんだと。軍医が治療を引き継ぎ、傷口を洗浄し、腐った肉を削ぎ落とす。当然、それは再び耐え難い苦痛を伴った。その後、数日間は昏睡状態が続き、口にできたのは重湯だけだった。彼は見る影もなく痩せ衰えていった。琴音の亡骸は都には送られず、関ヶ原に埋葬された。彼女の功罪については、佐藤大将自らが天皇に上奏し、一切を言上することになるだろう。平安京の軍は、ついに兵を退いた。兵糧の供給が断たれた今、スーランキーが率いてきた兵馬がいかに戦いたくとも、もはや戦うことはできない。間者の知らせによれば、スーランジーも軍に復帰したという。彼は平安京の皇太子が辺境に来たことを知り、探しに向かう途中で伏兵に遭い負傷していた。スーランキーは、その隙に乗じたというわけだ。これも元をただせば、スーランキー一派の計略だったのだ。確たる勝算がなければ、これほど多くの兵を関ヶ原に送り込み、密かに兵糧を運び込むことなどしなかっただろう。そして今回、スーランキーが大々的に城を攻め、大和国の国土を侵犯したことで、停戦し和議の席に着いた今、大和国が交渉の主導権を握ることとなった。和議の件には、さくらは関わらなかった。彼女はまずお珠を迎えに行き、紫乃たちを連れて都へと帰ることにした。旅の埃にまみれた姿で都へ帰り着き、朝陽の中に変わらずそびえ立つ北平侯爵邸が目に入った時、そして門番が満面の笑みで出迎えてくれた時、さくらの心はすとんと地に落ちた。涙が瞬く間に込み上げてきたが、それを必死に堪え、決して零させなかった。屋敷の者が奥へと知らせに走り、まず潤が駆け出してきて出迎えた。その小さな顔を喜びに輝かせ、さくらの手を引っぱっては矢継ぎ早に問いかける。「叔母さま、どこへ行っていたのですか? どうして今頃お帰りに?」さくらは彼の髪を撫で、微笑みながら答えた。「あなたの曾お祖父様のところへ行っていたのよ。それに、あちらで少し長く遊んでいたの」「楽しかったですか?今度は潤も連れて行ってくれますか?」潤は憧れの眼差しを向ける。「ええ、楽しかったわ。あなたが行きたいな

  • 桜華、戦場に舞う   第1661話

    琴音の傷はあまりにも深手だった。棒太郎が彼女を背負ったときには、すでに虫の息で、途切れ途切れに言葉を絞り出すのがやっとだった。「たす……けて……死に、たくない……」一行は例の廃屋へ戻ると、まず守の止血に取り掛かった。彼にはまだ、助かる望みがある。だが、琴音の状態は絶望的だった。大量に出血し、内臓にまで達した傷。ここまで持ちこたえたこと自体が奇跡と言えた。彼女の瞳には絶望の色が浮かんでいた。それでも、ありったけの力でさくらの袖を固く掴み、唇を動かして「助けて」と言おうとするが、もはや声にはならず、口からは血が溢れるばかりだった。その視線はすでに焦点を失いつつあったが、必死に誰かを探している。誰もが彼女が守を探しているのだと思った。だが、今、饅頭が守の左肩の経穴を封じて出血を止め、傷の手当てに付きっきりになっている。さくらは琴音の傷を診ながら止血の薬を振りかけたが、明らかに効果はなかった。やがて、彼女の瞳がかろうじて焦点を結び、紫乃を捉えた。その眼差しには、怨みと無念が滲んでいる。だが、もはや息も絶え絶えで、言葉を発することはできない。さくらは彼女が言いたいことを察し、静かに告げた。「言ったはずよ。援軍などいない、作戦を実行するのは私たちだけだと。あなたは引き返すべきではなかった」琴音の蒼白な顔に、皮肉な笑みが浮かんだ。それはさくらを嘲るものか、あるいは自分自身を嘲笑しているのか。「手柄を立てることが、自分の命より大事なわけ?」紫乃は思わず口にした。「手柄」という言葉が琴音を刺激したのだろう。彼女は静かに目を閉じ、目尻から涙が滑り落ちた。手柄は大事。でも、命より大事なものなどない。残念ながら、その言葉を彼女が口にすることは、もうなかった。守は傷の手当てを終えたものの、動くことはできず、ただ地面に横たわっていた。失った腕の激痛に耐えながら、片腕を失ったという事実を受け入れられず、その顔は凄惨なまでに青白い。彼の心もまた、琴音を責めていた。もし彼女が引き返しさえしなければ、自分たちは無事に撤退できていたはずだと。だから、這ってでも琴音の最期を見届けることはできたはずなのに、彼はそうしなかった。琴音は、まもなく息を引き取った。ただ、その目は固く閉じられることなく、無念を宿したまま大きく見開かれていた。誰もが、ここが長

  • 桜華、戦場に舞う   第1660話

    あかりと饅頭は、二人を逃がした後、さくらを助けるためにすぐさま引き返してきた。琴音が死に急ぐようにこっそり戻ってこなければ、そして彼女のせいでさくらが逃げ遅れることを恐れなければ、彼らが戻ってくることもなかっただろう。守は琴音を背負い、当て所もなく逃げ惑うばかりで、とても敵に応戦できる状態ではなかった。琴音は地面に叩きつけられ、体勢を立て直す間もなく、衛兵の刃がその脚に振り下ろされた。悲鳴が穀物倉の上空に木霊した。必死に攻撃を凌ぎながら守が振り返ると、その顔からさっと血の気が引く。琴音の左脚は一太刀のもとに斬り裂かれ、どくどくと血が溢れ出ていた。「守さん、助けてぇっ……!」 琴音は金切り声を上げた。その顔にはもはや血の気は一切なく、痛みからか恐怖からか、全身がわなわなと震えている。衛兵たちは、彼女を生け捕りにするつもりらしい。それ以上の追い打ちはかけなかった。刃が首筋に突きつけられ、琴音は乱暴に引きずり起こされる。怒り狂った衛兵が何事かを叫ぶと、別の者が縄を手に、彼女を縛り上げようと近づいてきた。その時だった。土埃にまみれた数人の兵を引き連れた、一人の若い将軍が姿を現した。長旅の疲れを滲ませながらも、その涼やかな顔つきと佇まいには、隠しようもない気品が漂っている。只者ではない、と誰もが一目で悟った。守備兵のうち二人が、その姿を認めるや否や、はっとその場に跪いた。琴音はその光景に、男の身分が並々ならぬものであることを察した。首筋の刃も忘れ、守に向かって叫ぶ。「守さん!あの男を捕らえて!あの男を人質にすれば、私たちは助かるわ!」若い将軍は、その言葉を理解したようだった。ふいにその眼差しが、氷のような冷たさを帯びた。守はもはや、まともに戦える状態ではなかった。思考能力のほとんどを失い、琴音の叫びを聞くと、ただ無意識にその将軍へと飛びかかった。剣光が一閃し、守が振り上げた腕が斬り落とされて地に落ちる。鮮血が噴水のごとく湧き上がった。「守さん……っ」琴音は悲鳴を上げたが、首筋に刃を突きつけられていては身動き一つできない。ただ全身を震わせ、懇願するような瞳でその若き将軍を見つめるだけだった。若き将軍は彼女を冷ややかに一瞥し、平安京の言葉で命じた。「女を殺せ。男の方は生かしておけ」琴音には平安京の言葉は分からなかった。だ

  • 桜華、戦場に舞う   第1659話

    さくらは、仲間たちが無事に離脱したのを見届けると、火の手が勢いを増すのを待って、軽身功で穀物倉へと飛んだ。大半の兵は消火に向かったものの、穀物倉は最重要拠点であるため、十数名の衛兵がまだその場に残っていた。彼らは山民のなりをしたさくらを見つけ、問いただそうと歩み寄る。さくらは即座に油樽を掲げ、平安京の言葉で大声に叫んだ。「消火だ、火を消すんだ……!」彼女はそう叫びながら、あたかも消火に駆けつけるかのように、東側の炎へと走っていった。時を同じくして、近隣の民百姓も次々と消火に駆けつけてきた。その先頭を駆けるさくらの姿も、不自然には映らなかった。火事は凄まじい混乱を極めていた。厚い布で火を叩く者、桶を手に水を汲みに行く者、鋤で砂をかける者、考えつく限りの方法が繰り出されている。しかし、材木が燃え上がった炎の勢いはあまりに強く、穀物倉への延焼を食い止めるのは容易ではなかった。さくらは油樽を提げたまま混乱に紛れて走り回り、衛兵の目を掻い潜る隙を見つけると、穀物倉の中へと忍び込んだ。麻袋に詰められた食糧が山と積まれ、倉庫の隅々まで埋め尽くさんばかりだ。スーランキーが関ヶ原を陥落させようとする決意のほどが窺える。さくらは麻袋に油を浴びせかけ、火種に息を吹きかけて投げつけようとした、その瞬間。背後で足音が響き、鋭い声が飛んだ。「止まれ!」さくらの心臓がどきりと跳ねた。こんなに早く見つかるなんて……?火がすでに燃え移ったのを見て、彼女はもはや構っていられず、脱兎のごとく外へ向かって駆け出した。衛兵と一戦交えてでも活路を見出す覚悟を決め、まずは鞭をその手に握りしめた。しかし、二、三歩も走らないうちに、彼女が目にしたのは、慌てふためく琴音を衛兵たちが追い立てて、この穀物倉へとなだれ込んでくる光景だった。さくらは愕然とした。彼らは皆、逃げ延びたのではなかったのか?追い返されたというのか?さっと視線を走らせるが、琴音以外の仲間は見当たらない。それどころか、十数人の衛兵が中に入ってきていた。彼女は疾風のごとく前に出ると、手にした鞭を衛兵たちに叩きつけ、琴音に向かって叫んだ。「逃げて!なぜ戻ってきたの!」「援軍は?どうしてあなた一人なの?」琴音は燃え始めた穀物倉を一瞥したが、そこには他の誰の姿もなく、明らかに狼狽していた。彼女

  • 桜華、戦場に舞う   第1658話

    琴音はその言葉を受ける勇気はなく、ぐっと息を呑んで守の方を向いた。「守さん、私はあなたと同じ組がいいわ」守は感情の読めない瞳でさくらを一瞥すると、言った。「俺たちは指揮に従おう。手柄を立てるかどうかは重要じゃない。任務を完遂し、無事に生きて帰ることこそが肝要だ」もちろん、彼もさくらが一人で穀物倉に乗り込むなどとは信じていなかった。周囲の材木が燃え上がれば、穀物倉は最も危険な場所と化す。その上、彼女自身が穀物倉の中で火を放つというのだ。燃え盛る炎の中、どうやって逃げ出すというのか。だから、おそらく自分たちが周囲に火を放つ頃には、穀物倉に潜んでいた者たちがすでに火を放っているのだろう。さくらの役目は、ただ形だけのことなのだと、彼は推測していた。当初、守の心は不平で満たされていた。そして、このような官僚社会の現実に悲哀を感じた。名門貴族はその地位を代々受け継ぎ、祖先や父祖の後ろ盾さえあれば、たやすく出世の階段を駆け上がり、功績を立て、一族の栄華を永続させることができる。だが、ふと考えを巡らせた。己の父は凡庸な男だった。もし祖父の戦功がなければ、官職を得ることすらできず、ましてやこの将軍邸を守り抜くことなど到底不可能だったろう。そして自分が今、奮闘している意味も、まさにそこにあるのではないか。己の子や孫が、自分の遺した恩恵を受け、北條の家名をさらに輝かせてくれることを願って。それに、さくらの武芸が優れているのは紛れもない事実だ。彼女には、確かな実力がある。父祖の威光という恩恵を受け、なおかつ本人に実力がある。そこに誰かの後押しが加われば、成功は必然だろう。たとえ、それが女であっても。そこまで考えが至ると、守の心のもやは晴れた。今の自分の身分と能力では、このおこぼれに与れるだけでも御の字だ。油樽を背負い、一行は夜の闇へと出発した。鹿背田城では申の刻から夜明けまで夜間外出が禁じられている。今はまさにその時間帯であり、慎重に行動せざるを得なかった。彼らは軽身功を使わなかった。鹿背田城には物見台があり、そこには達人級の監視役がいる。下手に軽身功を使えば、かえって動きを察知されやすい。ただ疾く歩を進めるしかなかった。壁があれば、壁に身を寄せて進む。壁がなければ、素早く駆け抜ける。空には星々が瞬き、上弦の月が時折顔を覗かせ、ま

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status