LOGIN「醜い傷だらけの体を見られる心配もなくて良かったわね。どうせ一瞬で噛み殺されるのだから。せいぜい上手に死んでちょうだい」 利用価値のないものを処分するための、合理的な手段だろうか。呪われた能力を持って生まれたセラは、姉の身代わりに、婚約者として魔獣の住む宮へと送り出される。 過酷な生活がはじまる。 ――かと思われたが、地下室育ちの無垢な令嬢に翻弄される魔獣。 呪いを受けて魔獣の姿となり王都から離れた宮にとじこもる第一王子の、どうやっても婚約者に勝てない生活が始まってしまう。 「可愛すぎて……困る」 「セラ、その可愛いのは、わたし以外には禁止だ」 傷だらけのふたりが互いを救い、溺愛し合うシンデレラストーリー。
View More目をぎゅっと瞑り、両腕で身体を庇うようにして身を縮めるセラの姿を見た瞬間、ジェイドは、ハッとした。 セラの小さな肩が、怯えたように震えている。 セラの部屋の前まで来たとき、中から話し声が聞こえた。 バーニーは下がらせたはずなのに、中から聞こえるのは男の声だ。まさか、ここにきてセラがローゼンタール家のものと内通しているのかとも思ったが、それにしては話し声が普通だった。内通者との密会なら声を落としてもいいはず。 男とセラが会話している。 一体、誰が……。 扉をあけたセラの説明を聞いて、思わず怒りをあらわにしてしまった。見知らぬ男がセラに近寄って来た不快感、もしその男にセラが傷つけられていたらという恐怖、そして危機感の薄いセラへの苛立ち。 思わず、感情に任せて彼女を追い詰めてしまった。「セラ……」「ごめんなさい。勝手に窓を開けました」 最近、ようやく自分から扉をあけて外に出ることを覚えたのに、これではまた自由を知らないセラに戻ってしまう。 ジェイドは、どうしても恐ろしげに響く魔獣の声を、できるだけ柔らかくして、慎重に言った。「セラ、すまない。心配で、ついきつい言い方をした。お願いだ、目を開けてくれ。きみに手をあげたりなんて絶対にしない」 ゆっくりと、セラが目を開ける。 彼女の顔は青ざめていた。「きみは自由に窓をあけていい。今回のことはわたしの落ち度だ。ちゃんと説明しておくべきだった。ここは黒曜宮ではないから、どこに危険があるとも知れない。護衛の者も、すべてを見張れるわけじゃないからね。だから、ひとりのときは、しっかり
月の光の届く窓のふちに軽々と腰かけ、男は不思議な形の弦楽器を抱えてそっと手を添えた。夜風に髪を揺らす彼の姿は、まるで月夜の妖精か何かのように浮世離れして見えた。 男が、ひかえめな音をいくつか鳴らす。 ひとつひとつの音が、美しい響きをもたらした。「……素敵な音色ですね。こんなに綺麗な音、聞いたことがありません」 セラが素直な気持ちを口にすると、男は驚いたように目を丸くしたあと、白く整った歯を見せて親しげに笑った。「ありがとう、可愛いお姫様。そう言って褒めてもらえると、木を登って上がってきた甲斐もあったというものだ。きみのような可憐な人に聴いてもらえて、この楽器も喜んでいるよ」 男は心底嬉しそうに目を輝かせている。 急に見知らぬ男性が窓辺まで忍び込んできたという状況に、セラは恐怖を抱いていた。けれど、目の前にいる男は背が高そうだが威圧感はなく、人懐っこくて明るい雰囲気があり、どう対処すべきか分からない。「あ……あの、あなたは……?」 セラが、何をどう確認すべきかも分からないまま問うと、男はするすると口上をのべるように答える。「おたずねくださって、ありがたき幸せ。ぼくは、風の吹くまま、気の向くまま、旅をつづける吟遊詩人。美しい乙女のいらっしゃる先が、ぼくの旅の目指す先でもある。美しい人のために、ほんのひととき、なぐさめの歌をうたうんだ。ちなみに、名前は、素敵なお姫様に出会ったら、名付けてもらうことにしている。きみが呼んでくれる名なら、どんなものでもぼくの新しい名前になるよ。さて、ぼくの名前は?」「え? ……わ、わたしが決めるんですか?」
揺れる馬車の中で、セラは目を瞑り、指先の感覚に集中した。 そうして集中していると、ときおり、指先に空気よりも重さのある、呪いの魔力のかけらのようなものを感じる。瘴気だ。それに触れた瞬間、たぐりよせるように集める。 ジェイドの呪いの魔力を毎日取り込み続けた影響でか、最近のセラは、以前よりもはっきりと魔力の気配を視ることができるようになっていた。 魔力のかたちが、まるで色とりどりの糸で編み上げられるように見えてくる。 まただわ……。 色とりどりの色で編み上げられる魔力の形は複雑で、そこにある色をすべて把握することは難しい。けれど、時々、鮮やかに目に留まる色があった。 薔薇色の魔力。 瘴気の奥底に時折混ざり込む、華やな薔薇の色。 冷えた瞳に見下ろされていたことを思い出す。妹を見る目ではなかった。まるで本当に汚いものをながめるような目。オディール。 薔薇色の魔力が見えるたび、ひんやりとした姉の瞳まで見えるような気がした。 馬車の中で、瘴気となった魔力を拾い集めていると、やはり、呪いの影響とは異なるかたちをもつ魔力がいくつかあった。それに触れると、人影がぼんやりと見える。 顔を深くフードで隠した男たち。口元に傷跡がある男。口髭が特徴的な男。血の気がなく、極端に唇が薄い男。複数の男が、ときおりちらりと魔力のかげに見える。 この人たちは……一体……? セラは不穏なものを感じながら、それらの魔力を吸い取り、自分の内側で消し続けた。 * 馬車がゆっくりととまる。
黒曜宮を出発した馬車は、のどかな田園風景を抜け、領内でも特に賑やかな交易街へと足を踏み入れていた。 黒曜宮からはなれると、瘴気は薄くなり、町にはたくさんの人がいる。 セラは、馬車の窓からあたりをのぞいては、見るものすべてを驚きの気持ちで見つめていた。黒曜宮のまわりは、草地と森が広がる静かな場所だったが、ここはまるで違う。 なんて色んな音があるのかしら。それに、色んな人。色んな物。目が回りそうに魅力的だわ。 馬車がとまり、ジェイドに手をにぎられて降りた先には、すでに別の馬車で移動していたバーニーが待ち構えていた。「お嬢様、ご覧くださいませ! あちらがわたくしのおすすめする、この街一番の呼び声を誇る老舗のお菓子屋でございます!」 バーニーがそう言って示した先には、古いが立派な作りの建物がある。 セラは、深くかぶったマントのフードが取れてしまわないよう手でおさえた。隣でジェイドも同じように目深にフードをかぶっている。バーニーは、この旅の間、セラとジェイドのことを、お嬢様、坊ちゃまと呼ぶことにしたらしい。 お忍びって、なんだか楽しいわ。 ジェイドが、坊ちゃまと呼ばれるたびに、ちょっと嫌そうな顔をするのがかわいい。 バーニーに案内されて店内に一歩足を踏み入れた瞬間、セラは甘く香ばしい香りに包まれ、思わず「わあ……!」と声を漏らした。 店内には、まるで宝石箱をひっくり返したような色とりどりのお菓子が並んでいる。焼き立てのクッキー、果実を煮詰めたゼリー、繊細な砂糖菓子——どれも愛らしく、セラは目を輝かせた。 その中でも、特にセラの心を捉えて離さなかったのは、棒付きのキャンディだった。 赤や青や黄色、薄紫の透き通った飴の中に、まるで本物の花や繊細な景色が閉じ込められて