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第7話

Author: 半島
音が完全に静まり返った後、私は熟睡する娘を抱きかかえ、リビングに向かった。

――だが、ドアは施錠されており、鍵穴には何かが詰め込まれていた。

悠木が取り替えた防犯仕様の窓は密閉性が抜群だ。

室内にはすぐに煙が充満し始めた。

「助けて!誰か!」

2度目の叫びを上げた瞬間、ドアが蹴り破られた。

ドアの向こうに立っていたのは統真。

彼の顔は怒りに満ちていた。

「早く!」

統真は娘を抱きかかえ、そのまま向かいの部屋に急いだ。

私は一度後ろを振り返り、ドアを閉めてから彼の後を追った。

――外は静まり返っている。

悠木に電話をかけるが、予想通り電源は切られている。

「警察には?」

「うん」

統真に続いて階段を下り、私は人混みに紛れながら黒煙が立ち上る窓を見つめた。

消防隊はすぐに到着したが、程なくして現場から無線が飛んで来た。

「消防栓が使えません!」

管理会社のスタッフがその場で崩れ落ち、震える声で言い訳をする。

「そんなはずない……毎月点検しているんだ……」

――悠木、徹底的にやったのね。

このマンションは街一番の高級住宅。

完璧な設備、安全性、プライバシー

――だからこそ私はここを選んだのに。

今や、解雇したはずの家政婦が出入りし、消防設備さえも意図的に破壊されている。

私の部屋は高層階にあり、消防隊が別の水源を確保するまでには10分かかった。

その時――悠木と鈴木惠子が荷物を持って現れた。

悠木はまるで悲劇の夫を演じるように顔を歪め、惠子は火事現場と消防隊を見つめながら一瞬、目を輝かせた。

しかしすぐに管理会社のスタッフを怒鳴りつける。

「うちの嫁と孫が中にいるんですよ!あんたたち、何してんのよ!殺す気か!」

スタッフは頭を下げるばかりで、何も言い返せない。

悠木も消防隊と話を終えると、今度は管理会社に食ってかかる。

「毎年高い管理費を払ってるのに、どうして消防栓が使えないんだ!」

――その様子を見ていた記者たちが、一斉にカメラを向ける。

悠木はそれに気づき、さらに涙を絞り出してスタッフの胸ぐらを掴んだ。

「わかってるのか?妻は妊娠中なんだぞ!」

「松本様、申し訳ありません。必ず原因を調査し、責任を取ります……!」

「調査?責任?賠償金を払え!」

惠子と悠木は息の合ったやり取りで、最終的に賠償金
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