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第4話

Author: 東流水木
ひとしきり暴れて怒りをぶちまけた後、遼は忌々しげに舌打ちをして、私のスマホに電話をかけた。

「……今回だけは、特別に許してやる」

一人でぶつぶつと、言い訳がましいことを呟きながら。

天井の近くにふわりと浮かんだまま、私はその見苦しい醜態を冷ややかに見下ろしていた。

胸の奥底から、どうしようもない苦みが込み上げてくる。

ねえ、遼。

24時間、いつだってあんたからの着信だけを待ち続けていた私のスマホは……もう二度と、応答することはないのよ。

……

遼は連日のように接待に追われ、清花からのディナーの誘いを幾度もすげなく断っていた。

酒の席に集まるのは食えない狸親父ばかりで、のらりくらりと核心をはぐらかされて、肝心の取引は一向に進まない。

「もう十時になりますよ。今日は奥さんから帰れのコールはないんですか?」

取引先のひとりが、面白半分にからかってきた。

周囲の人間も同調して笑う。

遼の妻が、毎晩夜九時きっかりに電話をかけてくる口うるさい「山の神」だということは、この界隈の連中にはすっかり知れ渡っていたからだ。

そんな話を聞かされて、空中に浮かぶ私は思わず自嘲気味に笑ってしまった。

ええ、そうよ。

あんな風に束縛ばかりしていれば、鬱陶しがられて当然だわ。

だけど……だからって、お腹の赤ちゃんの命で償わなきゃいけないほど、私って罪深かったの?

グラスを持っていた遼の手が、ピタリと止まった。

当然あの忌々しい見張り電話を思い出して不機嫌になるかと思いきや……意外なことに、その顔に嫌悪の色は欠片もなかった。

「……ちょっと、へそを曲げてるんですよ」

ふっと。小さく笑みがこぼれたように見えたけれど、きっと私の見間違いだろう。

その後、酒の席はすっかり「妻の機嫌の取り方」のレクチャー大会と化し、仕事の話なんて綺麗さっぱり消え失せてしまった。

結局、遼は吐くほどに酒を飲まされ、取引の成果はゼロ。

代わりに得たのは、世の夫たちのくだらないノウハウだけ。

それなのに、店を出た遼に不機嫌な様子は一切なく、その足取りはどこか軽やかで、あろうことか学生街まで大きく回り道をして、あの有名な甘栗の屋台に立ち寄ったのだ。

付き合っていた頃、私が「食べたい」とどれだけねだっても、面倒くさがって絶対に見向きもしてくれなかったあの甘栗を。

「葵、ほら。栗を買ってきたぞ」

ふらつく足取りで帰宅した遼は、紙袋をぶら下げたまま、誰もいない家の中をうろうろと歩き回った。

しかし、いくら探しても私の姿はない。すぐに短い忍耐力は限界を迎え、苛立ち任せに紙袋を床に叩きつけた。

コロコロと、香ばしい栗が無残に散らばっていく。

その時、静まり返った部屋にスマホの着信音が鳴り響いた。

音の鳴る方を見た瞬間、遼の顔にパッと期待の笑みが広がり――すぐに、わざとらしく口角を下げて冷静を取り繕う。

だが、画面の表示を見た途端、ひどく落胆した顔になった。

「夜分遅くに申し訳ありません。葵様からご連絡先を伺っておりました、イベント会社の者です。

今週末の結婚十周年パーティーですが、予定通り開催でよろしいでしょうか?」

ああ……

死ぬ前の私は、心底あの十周年を楽しみにしていた。

まさか当日を迎える前に、夫に命を奪われて幽霊になるなんて、夢にも思わずに。

遼はしばらく黙り込んでいた。

どうせ「キャンセルで」と冷たく吐き捨てるのだろう。

「……予定通りで頼む。プランは、最高級のものにアップグレードしてくれ」

私は絶句した。

一体どういうつもり?

何かの悪い冗談?それとも頭がおかしくなったの?

その日の夜。最後に私の目に焼き付いたのは――

床にうずくまり、散らばった甘栗を一つずつ拾い集めては、レンジのトレイに並べていく夫の姿だった。

「……万が一、あいつが帰ってきて……腹を空かせていたら、困るからな……」

ポツリとこぼれ落ちたその呟きは、ひどく弱々しかった。

……

多忙を極める遼だが、結婚十周年の記念日だけは、すべてのスケジュールを白紙にしていた。

豪華な会場を貸し切り、大勢の客を招いたパーティー。

招待客たちが「奥様と本当に仲がおよろしいですね」と見え透いたお世辞を並べ立てても、遼は珍しく否定すらしなかった。

だが、主役であるはずの妻は、閉会時間が近づいても一向に姿を現さない。

ついに苛立ちが限界に達したのか、遼は自分のスマホを床に叩きつけて粉々にし、そばにいた部下の電話を奪い取って、私の番号へと発信した。

「葵、いい加減にしろよ!たかが元ホステスの分際で、自分が何様のつもりだ!」

怒号が響き渡り、会場は水を打ったように静まり返った。

招待客たちは気まずそうに目を逸らし、誰一人として言葉を発しようとしない。

「そんなに戻ってきたくないなら、もう離婚だ!

底辺のホステス上がりと一緒にいるなんて、こっちだってとっくにウンザリしてたんだよ!」

酒の勢いに任せて暴言を吐き散らす夫を宙から見下ろしながら、私の心はただただ、冷たく乾ききっていた。

酒は本性を暴くという。

きっとあれが、ずっと隠し持っていた本音なのだ。私のことなんて、とうの昔から見下して、嫌悪していたのだろう。

ねえ、遼。

そんなに私のことが疎ましかったなら、どうして十年前、私と結婚なんかしたの?

その夜を境に、遼はあてつけのように毎晩歓楽街を飲み歩くようになった。私たち夫婦の不仲説は、あっという間に界隈の噂の的となった。

人間なんて、所詮そんなものだ。

冷酷で薄情な生き物なのだと、とっくに理解していたつもりだった。

――けれど、私はまだ人間の底なしの悪意を甘く見ていたらしい。

まさか義母が、実の父・健一郎にまで金の無心をするよう遼を唆すなんて、夢にも思わなかったのだ。

「いい?これは、あの沢木の家が遼に負ってる借金みたいなものよ!

あのクソジジイが余計な邪魔さえしなければ、あんたの会社はもっと早く軌道に乗ってたはずなんだから!」

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