少しだけふっくらしてきたお腹を、愛おしげに撫でる。ここには今、愛する夫との間に授かった、小さな命が宿っているのだ。ガチャリ、と玄関の扉が開く音がした。ちょうど夫の遼にこの最高のニュースを伝えようとしていた矢先の出来事だった。結婚して十年。ここまで絶妙なタイミングで帰ってくるなんて、初めてかもしれない。「遼……!私ね、妊娠したの!」弾むような声が出た。口元からこぼれる幸せな笑みが止められない。ドラマのワンシーンみたいに、彼が私を抱きしめて、ぐるぐると嬉しそうに回ってくれるんじゃないか。そんな甘い妄想すら抱いていた。けれど――思い描いていた幸せな光景は、一瞬にして打ち砕かれた。帰宅した遼は、ひどく疲れた様子で眉間を揉みほぐしていた。その憔悴しきった姿に、私の胸がチクリと痛む。「葵。――清花が、お前の骨髄を必要としている」低く、ひどく思い詰めたような声。隠しきれないその疲労感を見れば、夫が誰のためにそこまで心を砕いているのか、痛いほど分かった。瀬島清花。遼がずっと心に棲まわせている、決して手の届かない初恋の女だ。清花は昔、貧乏だった遼を見下し、金持ちの男を作ってあっさり捨てたはずだ。それなのに、一体どの面を下げて今更戻ってきたというのか。思い出してよ、遼……遼が起業したばかりで、喉から手が出るほど資金を必要としていたあの頃。私は夜の街に立ち、ホステスとして働いた。来る日も来る日も客の相手をして、酒を飲み続け、胃潰瘍で血を吐いて倒れたことだってある。そうやって身を粉にして、ようやく事業資金を掻き集めたのだ。「お前には、世界一綺麗なウェディングドレスを着せるからな」あの時、遼は確かにそう誓ってくれたのに。その後、事業が軌道に乗り、社会的地位を築いた遼は、私に夜の仕事を辞めさせて専業主婦にしてくれた。言葉にこそしなかったけれど、私に無理をさせてしまったことを遼なりに悔やみ、大切にしてくれているのだと、ずっと信じて疑わなかった。――なのに。どうして今更、あの女がしゃしゃり出てくるの?こみ上げてくる悔しさと悲しみに、私は思わず鼻をすする。そして、もう一度だけ、すがるように言葉を紡いだ。「ねえ、聞いてよ。私、妊娠したのよ……?それに、あの女がどれだけ最低な人
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