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第2話

作者: ころころおなか
【この度弊社の採用試験に合格されましたことをお知らせさせて頂きます。お仕事をご一緒にできることを心よりお待ちしております……】

それは、声優オーディションに合格したという通知だった。

通知を見た美優は、胸を詰まらせ、ただ呆然と立ち尽くしていた。

琉生との結婚以来、声優業からは遠ざかっていた。彼が「こういうのは趣味なら構わないが、本業にするのはやはり主婦としてあるまじき行為だ」と言っていたからだ。

だから、今回は彼女が5年ぶりの再挑戦で勝ち取った合格だった。しかも、業界でも名の通った声優事務所からのオファーだ。

乾いていた瞳から再び涙があふれ出した。それは、自分自身をようやく認められたという確かな実感が伴っていた。

琉生に否定され続けてきた夢が、別の形でその価値を証明されたようだ。

ここからが再出発だ。5年前の自分を取り戻し、今度こそ夢を叶える。

そう思って美優は涙を拭い、こみ上げる悔しさを抑え込みながら、すぐさま必要な書類をカバンに詰め込んだ。

そして入社に必要な書類を揃えると、郵送した。

書類を郵便局の職員に手渡すと、美優は深く息を吸い込んだ。

もう少しで自由になれるの。そう思うと張り詰めていた気持ちも、少しずつほどけていくように思えた。

それから、帰宅すると、リビングでピアノを弾く琉生の姿があった。美優は驚きのあまり、目を見開いた。

だって、彼は普段、この時間には決して家にいないからだ。

一方、一曲弾き終えた琉生は、美優の姿を見ると、病院の検診から帰ってきたとでも思ったのか、「そんなとこ突っ立ってないで、座って休みなよ」と淡々と言い放った。

一方美優はその思いがけない優しい言葉に驚いた。しかし、琉生は美優が動かないのを見て、自ら近づいて肩を支えようとしてきた。

彼女が彼の行動に困惑していると、その後の言葉で全てが明らかになった。

やはり、この優しさには別の目的があったのだ。

「凪がまたコンクールで優勝してさ。師匠として、祝うパーティーを開くべきだと思うんだ。傲慢にさせてはならないが、これまでの努力も讃えてやらないとな」琉生は美優を座らせると、矢継ぎ早に語り出した。

美優はきょとんとした。琉生があまりにも嬉しそうに話すものだから、彼女はすぐに反応できなかったのだ。

だが、琉生は美優の不快感には気づかず、さらに続けた。「凪はこれまで教えた中で一番の才能だよ。熱心だし、深夜まで練習を欠かさないで努力してきた。本当に稀に見る逸材だよ……」

そう言われ、美優はただ、琉生が愛弟子である武田凪(たけだ なぎ)を惜しみなく称えるのを聞いていた。

そしてそのありきたりの賛辞を、琉生の口から聞くとなんだかとても珍しく思えた。ああ、彼も人を褒めたりするものなんだな。

長年一緒に暮らしてきたが、「なかなかいいんじゃない?」以外で自分を褒めたことなど、一度たりともなかった。

いつもは無関心で冷たい態度ばかりだったのに、今の彼はそれと打って変わったような表情だ。

琉生の口にする「稀に見る逸材」とは、彼が出資して支援していた貧困学生の凪のことだった。その子は都会に出て成功を収め、今や琉生の弟子になった。美優は凪の家庭環境を哀れみ、琉生から最初に紹介された時に、この街で生活できるだけの金銭を援助したことさえあった。

しかし、金を受け取った凪は礼を言うどころか「これが当然」という態度を取り、さらに美優へ千万近い高級バッグを要求してきた。

その時美優は、琉生の前でいい妻というイメージを崩したくなくて友人を通じてバッグを贈ったのに、凪からは「こんな偽物で私を誤魔化すつもり?」と逆に詰め寄られたのだ。

それ以来、美優は凪のことには深く関わらないようにした。だが、凪は度々「演奏の相談」を口実に、琉生に距離を詰めてくるのだった。

そして琉生も、「才能があるから」と言って凪を厚遇していた。

一緒に食事をし、誕生日を祝い、凪が「気分が晴れない」と言えば旅行に連れ出すまでに至った。

美優が問いただすと、琉生は必ず決まった答えを返した。「凪は稀に見る逸材だ。才能のある人間に特別な配慮をするのは当然だろう?それにやきもちを焼くことなんてないだろ」

こうして、琉生は凪の誕生日ばかり覚えるようになり、逆に結婚記念日や美優の誕生日は忘れ去られていった。

そして、その度に朝まで待ち続け、テーブルいっぱいに用意した料理が冷めていき、美しい記念日のケーキが目の前で溶けていくのを見つめたまま、美優の期待に満ちた心は奈落の底へと落ちていくのだった。

そんな光景が脳裏をよぎり、彼女は思わず遮るように口を開いた。「お願い、もうそんな話はしないで。そんなお祝いなんてやるつもりないから」

一方美優の言葉を聞いて、高揚していた気持ちが冷めるのを感じた琉生はきょとんとした顔で、不快げに尋ねる。「なぜ?」

そして以前のように、また美優がやきもちを焼いているのだと誤解した琉生は、平静を装って諭した。「凪の性格は少し率直すぎるところがあるが、彼女の境遇も理解してやれ。君は既婚者だろう?子供を相手にムキになるのはやめておけ。

店も予約済みだ。プレゼントも準備しておいたから。何も用意しなくていい、君はただ挨拶回りに顔を出せばそれでいいんだから」と、彼は美優の返答すら待たずに一方的に告げた。

琉生は美優が目の前で女性に妬いて機嫌を損ねるのを慣れっこに思っており、むしろそれで少し気分良くなったか、彼は付け加えるかのように彼女を宥めた。「凪は良い学生なんだ。彼女とはただそれだけの関係。誓って君を裏切ることはないから、安心してくれ」

しかし、美優は表情を強張らせたまま席を立ち、言い切った。「私は行かない」

琉生はその背中に向かって眉をひそめた。これほど美優が強硬に拒むのは、これが初めてだった。

彼は慌てて追いかけ、階段の前で美優の歩みを阻んだ。

そして有無を言わせない口調で命令した。「わがままを言うな。凪だって君と会いたがっている。行くんだ」

それから琉生が一瞥を向けると、執事の松尾哲平(まつお てっぺい)が持ってきた大量の荷物を美優に強引に押し付けてきた。その重みに、美優の足がもつれた。

慌てて救いを求めるように彼女は琉生の腕を掴もうとしたが、琉生は美優の体を引き寄せることもせず、さっと体を避けた。そして彼女が転がり落ちていく姿を、彼は無関心に眺めていた。

一方、伸びきった腕は何もつかめず、美優はぶつけた衝撃を一身に受けると、最後に「ポキリ」と、何かが砕ける音を聞いた。

それを見た、琉生は慌てて降りてきた。「大丈夫か?」

そして、美優が顔面蒼白になって息も絶え絶えになっていたのだろう、はたまた彼女の膝の擦り傷が目についたのだろう、彼は気まずそうに言い訳をした。

「昨日手の治療をしたばかりで、力が入らないんだ。わざと避けたんじゃなくて、こんな低い所から落ちても大したことないと思ったんだが……」

一方、視界がぼやける中でその言葉を聞き、痛みなど比にならないほどの絶望に襲われた美優には、彼の言葉がまるで体を切り刻む毒のついた刃のように思えた。

この時、美優は琉生の心に、自分は本当にいないのだと身に染みて感じながら、静かに目を閉じた。

ほんの少しだけ支えてくれればよかった。たったそれだけで彼女は転がり落ちることはなかった。

だけど、彼はそれすらしたくなかった。なによりも自分が大事だったから。

美優が次に目を覚ますと、すぐそばにメモ書きが残されていた。

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