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第18話

Author: 白団子
西洲が再び意識を取り戻したとき、彼は病院のベッドの上で点滴につながれていた。

倒れて間もなく、部下が彼を発見し、すぐさま病院へ運び込まれたのだ。点滴や栄養剤を打たれ、命はどうにか繋がった。

医者によれば、今の彼の体はとても弱っており、しばらくは静養が必要だという。

だが、西洲の心は休まるどころか、むしろざわめいている。頭の中をぐるぐると占めているのは、昏倒する直前に出会ったあの女の人。

あの女は本当に存在したのか?それとも、自分の幻だったのか?

女の狂人は言った。「涼音は私を助けてくれた。だから私も彼女を助けたの」と。

さらに彼女は、ほかにも何か言っていたはずだ。だが、激しい頭痛が押し寄せ、西洲は思わずこめかみを押さえる。元来記憶力には自信があったはずなのに、どうしても思い出せない。昏倒する直前、あの女が何を言っていたのか。

ただ、それがとても重要なことだった、という感覚だけが胸に残っていた。

「俺が倒れていた時、傍に黒髪ロングで、精神病院の患者服を着た女の狂人はいなかったか?」西洲は、自分を病院まで運んだ部下に尋ねる。「それと、黒縁メガネをかけていて、言動はおかしいが、眼差しはやけに澄んでいて……どう見ても頭のいいタイプだった」

部下は首を振った。「いいえ、俺が行った時には社長は一人で倒れてました。頭のいい女の狂人なんて、いませんでした」

だが西洲は、まるで何か思い出したかのように、目を大きく見開いた。

頭のいい人……頭のいい人……

「ハハハハハ!気づかなかったの?西洲、私はあなたが頭のいい人だと思っていたのに、どうして今まで気づかなかった?」あの女の狂人の声が、耳元で蘇る。

西洲の瞳が揺れる。その瞬間、彼はついに最も大事な言葉を思い出した――「気づかなかったの?あれだけ時間が経っても、涼音の遺体は腐ってないこと!」

「涼音!涼音はどこだ!」西洲は手の点滴を乱暴に引き抜き、ふらつきながらベッドを降りた。「涼音に会わせてくれ!今すぐ、涼音に!」

突然立ち上がったため、体がついていかず、足元が崩れて倒れそうになる。

けれど、西洲はそんなことどうでもよかった。壁に手をつき、這うようにして病室を出て行く。

涼音!今すぐ涼音に会わなければ!

あの女の狂人の言葉が本当か、確かめなければならなかった。

涼音の死体は果たして、本当に腐っていな
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