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第24話

Auteur: 白団子
家で三ヶ月間静養したあと、涼音の体はほとんど回復した。彼女は荷物をまとめ、キャリーバッグを引きながら、自分だけのひとり旅へと出発した。

出発の朝、西洲はまるで心配性の父親みたいに、しつこく口を出してきた。

「外に出たら、ちゃんと自分を守るんだぞ。外国は物騒だ、国内みたいに安全じゃない。夜の八時以降は絶対に出歩くな。毎日必ず安否の連絡をしてくれ。もし何かあったら、すぐに俺に連絡すること……やっぱりボディーガードでもつけようか?お前一人であんな遠くまで行くなんて、どう考えても……」

「西洲、涼音は気分転換の旅行に行くんだよ?悪魔の谷にでも挑みに行くんじゃないんだから」と、健康診断に来ていた清佳は思わずツッコむ。「もう、その小言やめてよ。グダグダ言う男なんて、全然魅力ないから!気をつけないと、涼音が帰ってこなくなるよ?」

「縁起でもないこと言うな!」西洲は清佳を睨みつけると、こっそり涼音のバッグに防犯スプレーを忍ばせた。

涼音は、西洲にそんな物は空港の検査で没収されるとは言えなかった。

名残惜しい気持ちを胸に、涼音は旅立ち、西洲は家に残って、彼の小さなバラが帰ってくるのを待つことにした。

表向きは余裕そうに見せていたけれど、心の中は不安でいっぱいだった。

涼音は、また帰ってきてくれるだろうか?

もし帰ってこなかったら?もし新しい彼氏でも連れて帰ってきたら?三年も経てば、彼女も自分を忘れてしまうんじゃないか?

そんな考えが西洲を夜な夜な苦しめ、まるで幽霊のように、彼は毎日SNSで涼音の旅先の写真をチェックし続けた。写真に男が写っていたら、気になって眠れなくなる始末……

それでも、自分から「写真の男は誰だ」なんて聞くことは絶対にしなかった。

自分には、そんな資格もないとわかっていたから。

心の中でこっそり相手がゲイでありますようにと祈るのが精一杯だった。

涼音はとても律儀で、毎晩寝る前には西洲にメッセージを送り、旅先での面白い出来事を語ってくれた。恋愛の話などは一切なく、あくまで旅の話だけ。

それを嬉しく思う自分がいる一方で、「もしかして俺には話したくないだけ?」「本当は新しい彼氏ができたけど、言い出せないのでは?」と不安になる自分もいた。

西洲は、誰かを本気で愛することがこんなに苦しいものだとは知らなかった。

それでも、文句を言う資格もなく
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