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第83話

Author: 一匹の金魚
会食が無事に進んでいく。

安浩は真衣にあまり酒を飲ませなかったが、それでもかなり飲んでしまい、胸が重く、頭もぼんやりしてきて、部屋の中はますます息苦しく感じられた。

久しぶりの酒だったせいで、すっかり酒に弱くなっていた。

真衣はトイレに行くふりをして、個室の外に出て少し息をついた。

今日の会には桃代だけでなく、九空テクノロジーの特許を目当てにした多くの提携先が顔を揃えていた。

安浩としても、できる限り良い条件で売りたかった。

売上があってこそ、会社の研究チームにも資金を投入できる。

研究には金がかかる。真剣に取り組むのは当然だが、それと同時に資金源の確保も不可欠だった。

第五一一研究所のように国からの予算があれば話は別だが、安浩は独立してやっている以上、相応の苦労が伴う。

外は夜風がほんのり冷たかった。

真衣は息を整え、少し気分が楽になった。

「礼央、ダメよ。裏口から入ったなんて言われたくないもの」

少し離れたところから、萌寧の声が聞こえてきた。

真衣は空耳かと思った。

目をやると、礼央たちの一行が堂々と入ってくるのが見えた。高史や中川知之(なかがわ ともゆき)も一緒だった。

知之も礼央たちの友人だったが、普段は会社の業務で忙しく、こうした集まりにはあまり顔を出さない。

高史が言った。「誰も萌寧がコネを使ったなんて言わないよ。クラウドウェイはいつだって萌寧を大歓迎するよ」

萌寧は笑ったが、何も言わなかった。

「ねぇ礼央、私が会社を立ち上げたらどう思う?」

礼央は言った。「萌寧ならやれるさ」

萌寧は腕をさすりながら呟いた。「初夏の夜って、案外冷えるのね」

「風邪をひかないように」

礼央は萌寧に上着をそっと掛けた。表情も声も穏やかだった。

真衣は視線を引き戻し、そっと眉を伏せた。この光景は、かつて自分が夢見たものだった。

自分もいつか礼央と他の恋人たちのように、親密になれると信じていた。礼央もきっと、自分に優しくしてくれるはずだと。

何度も、冬の寒い日にわざと薄着で出かけ、「寒い」と口にしてみた。それでも礼央は一度たりとも気にかけてくれなかった。

真衣は皮肉めいた笑みを浮かべた。ああ、わかっていて無視していただけ。優しさなんて人を選ぶ。相手が自分じゃなかっただけだ。

顔を合わせる気になれず、真衣は踵を返して個室へと向
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Comments (2)
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ChiSan
こいつ、マジで全く真衣に関心ないわけ?こんな腹立つ奴なかなかいない
goodnovel comment avatar
千恵
このクソ浮気夫、いずれ後悔すんのか?
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