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第2話

Author: 前川進次
私は控室でメイクをしていたが、姑は藤原グループの経営陣として朝から会社の用事でまだ到着していなかった。

突然、鏡越しに誰かの姿が映った。後ろから近づいてきたその人を見て、私は一瞬動けなくなった。

また社交不安症のせいだろうか。

その女性がゲストなのかスタッフなのか、どう呼ぶべきか悩んだ。

「お姉さん」と呼んだほうがいいのかな?

もし挨拶して無視されたらどうしよう......

そんなことを考えているうちに、その女性は私の前に立ち、顔を近づけてきた。

そして驚いた様子で口元に手を当てながら言った。「わあ!ここ、小さいニキビができてるじゃない!」

その言葉で、私はハッと現実に引き戻された。

「普通のことじゃない?」と内心思いながらも、これが挨拶の仕方なのかと戸惑った。

私は正直に答えた。「ニキビくらい普通ですよね。コンシーラーで隠せば大丈夫ですし」

顔を上げて、目の前の女性の顔を見た。厚化粧でまるで壁のようだった。「あなたもニキビを隠すために結構ファンデーション使ってますよね?それに、クマが目立ってますよ。アイコンシーラーを使ったほうがいいかもしれませんね」

その女性の笑顔が一瞬で凍りつき、すぐに言い返してきた。「あなた、霧島凜華ですよね?」

彼女、私のことを知っているの?

ちょっと気になったが、社交不安のせいで何も聞けなかった。

実は、これが初めての番組出演だった。それまではずっと研究室にこもっていたからだ。

最近、実験が一段落したので、家にいるのが少し退屈になり、匠真の仕事環境にも興味が湧いて、エンタメ業界に関心を持ち始めたのだ。

ちなみに、匠真は業界のトップスターだ。

私が黙っていると、その女性は自ら名乗ってきた。「桐川美琴です。あなた、藤原匠真の彼女ですよね?」

彼女、匠真のことも知っているの?

どこかで聞いたことのある名前だな、と少し気になったが、やはり社交不安で聞き返すことができなかった。

私はうつむきながら小さな声で答えた。「彼の婚約者です」

私たちの結婚式は来月に決まっていて、もうすぐだ。

その時、後ろからぽっちゃりした中年の女性が歩いてきた。

おそらく、彼女の母親だろう。

美琴は私に指を差しながら言った。「お母さん、これが霧島凜華だよ」

その母親は冷ややかな目で私を見て、皮肉な口調で言った。「ああ、これがそうなのね。特別美しいわけでもないし、普通の子ね」

私は自分の服装に視線を落とした。美琴が着ている高級感のあるドレスとは対照的に、私はシンプルなTシャツとジーンズ姿だった。

派手な格好が苦手で、動きやすく快適な服が好きだったからだ。

やっと清水さんが到着した。彼女は美琴たちを押しのけて私に駆け寄ると、私の顔をじっくり見ながら言った。「凜華ちゃん、メイクがいまいちよ!」

そう言うと、清水さんは早速メイクを直そうとした。その時、美琴の母親が勢いよく割り込んできて大声で叫んだ。「お母さん!」

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