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任務を諦めた後、夫と息子は泣いていた

任務を諦めた後、夫と息子は泣いていた

By:  佳言Completed
Language: Japanese
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久しぶりに再会した大江和也(おおえ かずや)は、すでに総資産数千億を誇る大江グループの若きトップへと君臨していた。 彼の傍らには、いまをときめく天才若手脚本家の白石鈴(しらいし すず)が寄り添っている。 一方の私・大江雨音(おおえ あまね)はというと、薄暗い地下室に幽閉された末に両足の自由を奪われ、惨めな姿で這い出すしかなかった。 和也はそんな私を冷酷に見下して言い放つ。 「3年前、お前が鈴を陥れて賞を奪おうとしたこと、少しは反省したか?どうしても俺の妻という座にしがみつきたいなら、まずは這いつくばって鈴に謝れ!」 その時、私の脳内に無機質なシステム音声が響いた。 「――マスター。元の世界へ帰還しますか?」 私は静かに頷いた。 私がついに折れて謝罪の要求を呑んだのだと勘違いした和也は、満足げな笑みを浮かべて私を強く抱き寄せる。 だが、次の瞬間。 彼の腕の中で、私の体はゆっくりと透明になり、この世界から跡形もなく消滅していった。 ――その後。 私を失った和也が完全に正気を失い、発狂してしまったという噂を耳にした。

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Chapter 1

第1話 

暗く冷たい地下室から3年ぶりに引きずり出された私・大江雨音(おおえ あまね)の目に最初に飛び込んできたのは、大江和也(おおえ かずや)が白石鈴(しらいし すず)の長い髪を優しく結い上げている光景だった。

その傍らでは、私の実の息子である大江健介(おおえ けんすけ)が、無邪気に手を叩いてはしゃいでいる。

「わあ、鈴ちゃんすっごくきれい!ねえねえパパ、いつ鈴ちゃんをお嫁さんにするの?」

和也は口元に甘い微笑みを浮かべ、愛おしそうに鈴を見つめる。鈴もまた、頬を染めて恥ずかしそうにうつむいた。

まるで絵に描いたような幸せな家族の団欒――それをぶち壊したのは、私の乗る古びた車椅子が立てた「ギシッ」という無粋な軋み音だった。

音に気づいた和也が、氷のように冷たい視線を私に向ける。

「3年前、お前が鈴を陥れて賞を奪おうとしたこと……三年経って、少しは反省したか?」

私はただ、彼を静かに見つめ返した。

地下室に幽閉されていたこの3年間で、この男に対する愛情などとうの昔に消え失せ、残っているのは底知れぬ絶望だけだ。

私が押し黙っていると、それまで和也の背中に隠れるようにしていた鈴が、おずおずと口を開いた。

「雨音さん……もしかして、まだ私のこと恨んでるの?」

彼女はか弱く震える声で続ける。

「あの時、コンクールの決勝直前で雨音さんに原稿を盗まれちゃって……私、怖くてついメディアにすがっちゃったの。ファンの人たちがあんなに過激な行動に出るなんて、本当に思わなくて……」

――ファンの過激な行動、だと?よくもそんな白々しい嘘が吐けるものだ。

愛する女の窮地を救うため、和也が裏社会の人間を雇って私の両足を叩き潰したことは火を見るより明らかだった。

そもそも、事の真相は全くの逆なのだ。

鈴は私の書いた作品を丸ごと盗用し、『天才若手脚本家』という名声とともに私の人生を乗っ取った。

だが、自力でまともな作品など書けるはずもない彼女は、決勝戦で提出する原稿を用意できず、あろうことか私に原稿泥棒の濡れ衣を着せたのだ。

「この泥棒!鈴ちゃんのものを盗む悪いおばさん!」

突然、タタタッと駆け寄ってきた健介が、私の車椅子を力任せにドンッと突き飛ばした。

よろめく車椅子を見て、鈴がわざとらしく健介の頭を撫でる。

「こら、健ちゃん。いくらなんでもママに向かってそんなこと言っちゃダメよ?」

「ちがうもん!あんなの僕のママじゃない!パパもあんな女すぐ捨てちゃうんだから。きれいで優しい鈴ちゃんが、僕のほんとのママだもん!」

健介はそう叫んで、鈴の胸元にべったりとすり寄った。

私はポケットの奥底にある、端の擦り切れた一枚の写真をそっと撫でながら、自嘲気味に笑うしかなかった。

地下室での地獄のような3年間。

心が折れそうになる度に、私は健介のあどけない笑顔だけを心の支えにして耐え抜いてきた。この子にはまだ母親が必要だからと、這いつくばってでも生きて帰るのだと。

けれど今、私を睨みつけるその小さな瞳に宿っているのは、紛れもない「憎悪」だった。

――私が命を懸けてまで守りたかったのは、本当にこんな子供だったのだろうか?

和也は冷笑を浮かべ、さげすむように言った。

「小さな子供でさえ、どっちが正しいか分かっているというのに。お前はまだ理解できないのか、雨音?この3年間、お前が地下室で呑気に暮らしている間、鈴がどれほど辛い思いをしてきたか考えたこともあるまい!」

――呑気に、だと?

暗く湿った地下室にはネズミやゴキブリが這い回り、時には蛇まで隙間から入り込んでくる。

両足は叩き潰されたまま一切の手当てすらされず、今では傷口からひどい腐敗臭が漂っているありさまだ。

健介という希望がなければ、とっくに自ら命を絶っていただろう。

この男は、それを「呑気」だと言うのか。

和也は私の両足を汚物でも見るかのように睨みつけた。

「たかが足を二本痛めたくらいで、その恨みがましい目はなんだ?鈴はお前のせいで、人生で最も重要なチャンスを逃したんだぞ。

それでも彼女は『もう雨音さんを許してあげたいの』と温情をかけて、わざわざ地下室から出してやったというのに。これ以上、一体何が不満なんだ」

「……回りくどい言い方はやめて」

長年声を出していなかったため、喉からひねり出した声はひどく掠れていた。私は和也を冷ややかに見つめ返した。

「単刀直入に言って。私から何を奪うつもりなの?」

鈴は私の原稿を奪い、名声を奪い、この3年の間に夫と子供まで奪い去った。

欲しかったものはすべて手に入れたはずだ。

それなのに、これ以上私から何をむしり取ろうというのか。純粋な疑問だった。

和也は心底軽蔑したようにため息をついた。

「お前は本当に救いようがないな。鈴がお前から何かを欲しがったことなど、一度だってないだろうが」

「雨音さん、どうしてそんな風に考えるの……!」

鈴はひどく傷ついたように胸元を押さえた。

「私をまだ恨んでるのもわかるけど、自分の体を粗末にしちゃダメよ。今日は白石家が抱えている一番優秀なお医者様を連れてきたの。――佐藤先生、雨音さんの体を診てあげてちょうだい」

得体の知れない恐怖を感じて、私が車椅子の背もたれに深く身を沈めると、和也が苛立たしげに舌打ちした。

「なんだそのふてぶてしい態度は。白石家の専属医だぞ。普通の人間なら大金を積んでも診てもらえないんだ。鈴の厚意に土下座して感謝したらどうだ」

――白石家のお抱え医だからこそ、問題なのだ。

私の記憶が確かなら、鈴は希少なRHマイナスの血液型だ。3年前、白石家が彼女のために『生きた血液バンク』となる人間を探しているという噂が、一部の界隈で密かに流れていた。

そしてあろうことか、私の血液型は――まさにそのRHマイナスなのだ。

佐藤医師は一通りの診察を終えて医療器具を片付けると、鈴に向かって恭しく頷いた。

「雨音さんの健康状態ですが、極度の栄養失調は見られるものの、臓器そのものに大きな異常はありません」

「……そう、よかったわ。もし雨音さんの体に何かあったら、私……」

安堵したように微笑んだ鈴の言葉は、最後まで続かなかった。次の瞬間、彼女は糸が切れた操り人形のようにその場にバタリと倒れ込んだのだ。

「鈴っ!」

和也は血相を変えて彼女を抱き起こした。

「どうした、鈴!?佐藤先生、早く救急車を呼んでくれ!」

しかし、佐藤医師は動こうとせず、暗い顔で首を横に振るだけだった。

「早くしろ!」と怒鳴る和也に対し、彼は重苦しく告げる。

「……無駄です。3年前に発症した彼女の心臓病は、すでに限界を迎えています。今の鈴お嬢様は……もう、もって数日の命でしょう」

その言葉に、和也は雷に打たれたように呆然と立ち尽くした。

やがて彼は、ゆっくりと顔を上げ、ひどく複雑で……それでいて何かを決意したような、おぞましい視線を私へと向けた。

私は内心で鼻で笑った。

――なるほど、最初からこれが狙いだったというわけか!

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第1話 
暗く冷たい地下室から3年ぶりに引きずり出された私・大江雨音(おおえ あまね)の目に最初に飛び込んできたのは、大江和也(おおえ かずや)が白石鈴(しらいし すず)の長い髪を優しく結い上げている光景だった。その傍らでは、私の実の息子である大江健介(おおえ けんすけ)が、無邪気に手を叩いてはしゃいでいる。「わあ、鈴ちゃんすっごくきれい!ねえねえパパ、いつ鈴ちゃんをお嫁さんにするの?」和也は口元に甘い微笑みを浮かべ、愛おしそうに鈴を見つめる。鈴もまた、頬を染めて恥ずかしそうにうつむいた。まるで絵に描いたような幸せな家族の団欒――それをぶち壊したのは、私の乗る古びた車椅子が立てた「ギシッ」という無粋な軋み音だった。音に気づいた和也が、氷のように冷たい視線を私に向ける。「3年前、お前が鈴を陥れて賞を奪おうとしたこと……三年経って、少しは反省したか?」私はただ、彼を静かに見つめ返した。地下室に幽閉されていたこの3年間で、この男に対する愛情などとうの昔に消え失せ、残っているのは底知れぬ絶望だけだ。私が押し黙っていると、それまで和也の背中に隠れるようにしていた鈴が、おずおずと口を開いた。「雨音さん……もしかして、まだ私のこと恨んでるの?」彼女はか弱く震える声で続ける。「あの時、コンクールの決勝直前で雨音さんに原稿を盗まれちゃって……私、怖くてついメディアにすがっちゃったの。ファンの人たちがあんなに過激な行動に出るなんて、本当に思わなくて……」――ファンの過激な行動、だと?よくもそんな白々しい嘘が吐けるものだ。愛する女の窮地を救うため、和也が裏社会の人間を雇って私の両足を叩き潰したことは火を見るより明らかだった。そもそも、事の真相は全くの逆なのだ。鈴は私の書いた作品を丸ごと盗用し、『天才若手脚本家』という名声とともに私の人生を乗っ取った。だが、自力でまともな作品など書けるはずもない彼女は、決勝戦で提出する原稿を用意できず、あろうことか私に原稿泥棒の濡れ衣を着せたのだ。「この泥棒!鈴ちゃんのものを盗む悪いおばさん!」突然、タタタッと駆け寄ってきた健介が、私の車椅子を力任せにドンッと突き飛ばした。よろめく車椅子を見て、鈴がわざとらしく健介の頭を撫でる。「こら、健ちゃん。いくらなんでもママに向かってそんなこと
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第2話
その後、私は客室に押し込まれて軟禁状態となった。数分後、バタンと乱暴にドアが開いて、健介が入ってくるなり私を睨みつけた。「なんで出てきたんだよ!パパと鈴ちゃんはずっと仲良しだったのに、あんたが出てきたせいで鈴ちゃんが倒れちゃったじゃないか!なんでパパたちをいじめるんだよ!」私が地下室に幽閉されたあの日、健介はまだ3歳の幼稚園児だった。あの頃の彼は、毎日幼稚園から帰ってくるなり真っ先に私に飛びついてきて、その日あった出来事を一生懸命におしゃべりしてくれた。先生からもらったおやつを、「ママにあげる」とこっそりポケットに入れて持ち帰ってきてくれたこともあった。「けんちゃんね、ママが世界でいーちばん大好きなの!パパよりもっと好き!」たった3年。たった3年の空白が、すべてを変えてしまったのだ。今、私に向けられている健介の露骨な嫌悪と憎悪の表情は、父親である和也にそっくりだった。「あんたなんてもう顔も見たくない!早くあの地下室に帰れよ!!」健介は目を真っ赤に充血させて叫びながら、私の乗る車椅子を力任せに部屋の外へ押し出そうとした。ちょうどその時、玄関口に和也が立ちはだかり、車椅子を止めた。「こいつをどこへ連れて行くつもりだ」「だって……こいつ嫌い!もう見たくないんだもん!」「健介!」和也の厳しい声が響き、健介はビクッと肩を震わせた。「自分の部屋に戻りなさい」和也は冷たく言い放つと、控えていた使用人たちに命じた。「お前たち、健介から目を離すな。これから一週間、外出禁止だ」その後、私は和也の手によって強引に車に乗せられ、病院へと向かっていた。運転席に座る和也の横顔をじっと見つめながら、私はふと、口を開いた。「3年前……白石鈴は、結局手術を受けていなかったの?」――キキィッ!激しいスキール音が鳴り響き、車が大きく蛇行した。和也が激しく動揺してハンドルを切り損ねたのだ。車内の空気が凍りつくような沈黙が流れた後。和也は前を向いたまま、這い出るような低い声で言った。「雨音……これは、お前が鈴に払うべき代償なんだ」その言葉を聞いて、私はすべてを悟った。3年前、白石鈴の心臓病が悪化し、本来なら行われるはずだった心臓移植手術が直前で取りやめになった事件があった。彼らが裏ルートで
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第3話 
数年後。大江グループが上場を果たして和也が巨万の富を手にしたのと時を同じくして、白石家の会社が倒産した。それを機に、和也はついに自らの初恋の相手である鈴を手に入れたのだ。高校時代、和也が鈴への想いを断ち切ったかに見えたのは、ただ単に当時の彼に「鈴を愛し、守り抜く力」がなかったからに過ぎなかったのだ。その残酷な事実を知った時、私は妊娠八ヶ月だった。極度の精神的ストレスからひどい後期悪阻(つわり)を引き起こし、毎日トイレに駆け込んでは胃液を吐き続ける日々だった。そしてその日の夜、私は心身の限界を迎え、健介を早産してしまった。出産後、意識を取り戻した私の目に飛び込んできたのは、生まれたばかりの健介を抱きかかえる鈴の姿だった。彼女は満面の笑みを浮かべ、勝ち誇ったように言い放った。「和也が言ってたわ。『この子は俺と鈴の子として、鈴に育ててもらう』って!」健介を人質に取られたも同然の私は、システムを使って逃げることもできず、ただ「子供を返して」と和也に泣きついて懇願するしかなかった。だが、完全に冷酷な別人となってしまった彼は、私を外部から完全に遮断された特別病棟に隔離し、半年間も強力な鎮静剤を打ち続けて私を廃人同様に閉じ込めたのだ。私が病院で薬漬けにされている間、鈴は世間に対して堂々と「和也の妻」として振る舞い始めた。さらには私の書いた原稿やネット上のアカウントを奪い取り、まんまと「天才若手大ヒット脚本家」として世間の称賛を浴びるようになったのだ。やがて、名声を手に入れて多忙になった鈴は、あっさりと育児を放棄し、健介を私に押し付けてきた。それからの3年間は、私にとって健介と過ごせる唯一の幸せな時間だった。――だが、健介が3歳になった年、私たちが暮らす大江家の邸宅で大規模な火災が発生した。その時、和也は書斎で泥酔して眠りこけていた。私は命がけで火の海に飛び込み、意識のない彼を外へと引きずり出した。その直後、力を使い果たした私自身が昏睡状態に陥ってしまったのだ。数日後、私が病院のベッドで目を覚ました時、世界は完全にひっくり返っていた。鈴が、「雨音さんが私の脚本を盗んで、証拠隠滅のために家に火をつけたの……」と和也に吹き込んでいたのだ。そればかりか、「私が命がけであなたを火事から救い出したの。でも、そ
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第4話 
和也は深夜であるにもかかわらず、B市から心臓外科の権威である専門医をヘリで緊急招集した。しかし、駆けつけた専門医は私の遺体を一通り診察した後、絶望的な顔で首を横に振った。「この患者の身体状態で、心臓移植の手術に踏み切るなど……正気の沙汰ではありません」和也は困惑したように顔をしかめた。「違う……彼女の体は健康だったはずだ!」「馬鹿なことを言うな!どこのヤブ医者がそんなデタラメな診断を下したんだ? 彼女の全身を見てみろ。まともな機能が残っている臓器が一つでもあるか!」和也は怒りに顔を真っ赤にして部下に怒鳴った。「佐藤をここへ引きずり出せ!」専門医は私のレントゲン写真などを確認しながら、重々しい口調で続けた。「……患者は3年前に両足を複雑骨折していますが、まともな治療も、切断処置すら施されていません。その結果、患部から深刻な壊死と感染症が全身に広がっているのです」「両足が折られていただと……?そんなはずはない!俺はあの時、ただ地下室に……!」和也は何かを言いかけて、ハッと息を呑んだ。「さらに、患者の脳や内臓には重度の寄生虫感染が見られます。生前、一体どんな劣悪な環境で何を口にさせていたんですか?」「寄生虫だと……?そんな馬鹿な……」「だが、致命傷となったのは今回の手術そのものです。これほどの極度の栄養失調と感染症で心機能が限界を迎えていた患者に対し……あろうことか、麻酔を一切使わずに開胸手術を行うなど!」専門医は和也を激しく睨みつけた。「こんな状態では、屈強な人間でさえ激痛によるショックで心停止を起こします!あなた方がやったことは医療などではない。ただの猟奇的な殺人です!」「違う……!」和也はその場に崩れ落ち、頭を抱えた。「俺は万全の準備をして手術を手配したはずだ。何かの間違いだ……お前の言っていることは嘘だ!!」和也は立ち上がると、部下に引きずり出されてきた佐藤医師の胸ぐらを掴み、獣のように吠えた。「貴様が雨音を殺したのか!?言え!誰の指示でこんな真似をした!!」佐藤医師は恐怖にガタガタと震えながら命乞いをした。「ひぃっ!す、鈴お嬢様の指示です!社長は鈴お嬢様のために、あの女から心臓を奪うおつもりだったんでしょう!?今、鈴お嬢様はピンピンしておられます!ほら、大成功じゃないです
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第5話 
システムによれば、和也はあの日からずっと、かつて私を監禁していたあの地下室に引きこもっているという。私が元の世界から転送され、薄暗い地下室への階段をゆっくりと下っていくと、奥から女性の悲鳴が聞こえてきた。鈴の声だった。湿った壁を回り込んだ先には、血まみれの小さなナイフを握りしめ、完全に狂気に取り憑かれた和也が立っていた。「お前が言ったんだろうが!『雨音への愛を隠して冷たく接すれば、彼女は嫉妬して俺のそばに留まる』って!俺は吐き気を堪えてまで無理してお前を愛そうとしたのに、どうして雨音は死んでしまったんだ!!」血の海に倒れ伏している鈴は、息も絶え絶えになりながらも和也を嘲笑った。「はっ……自業自得よ!あんたが私を愛そうとしたですって?だったら私の胸を切り裂いて、中で脈打ってるこの心臓が誰のものか見てみればいいじゃない!!あんた、私を騙したわね!あのクソ女の腐った心臓を私に移植したでしょう!!あんたがわざわざ手を下さなくたって、私の胸にあるこの病気まみれの心臓じゃ、どうせ今月中には死んでたのよ!!」「それがどうした!!お前なんかが雨音と比べられるとでも思っているのか!?お前が卑劣な策略さえ弄さなければ、雨音は今でも元気だったんだ!お前が彼女を殺したんだ!!」「和也!!」鈴は血を吐きながら狂ったように笑った。「彼女を殺したのは……他でもない、あんたよ!!あんたが彼女から子供を奪い、気絶させてこの地下室に放り込んで見殺しにした!そして最後は麻酔もなしに彼女の心臓をえぐり出した!あんたが一歩一歩、彼女を地獄へ突き落とし、その心を完全に殺したから……彼女は死んだのよ!!」「違う!俺じゃない!!嘘だ!!」和也は絶叫し、握りしめたナイフを鈴の体に突き立てようと振り上げた。「……和也」「誰だ!誰も入ってくるなと言っただろう、出て行け……!!」和也は怒り狂って振り返り――そして、私を見た瞬間に石のように固まった。「あま……ね……?」彼は目の前に私が立っていることが信じられない様子で、ふらふらと近づいてきた。「本当に……お前なのか?雨音!」彼は泣き笑いのような表情で私を抱きしめようと腕を伸ばしたが、私は冷たく一歩後退した。和也は、私が彼の血まみれの姿を恐れているのだと勘違いしたのか、ひどく慌て
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第6話 
健介の口から飛び出した常軌を逸した言葉に、私は心底ゾッとした。「健介!もしあんな女を殺したりしたら、私は一生あなたを許さないからね!!」確かに白石鈴は憎い。だが、健介が自分の未来という代償を払ってまで、あんな女の命を奪う価値など微塵もないのだ。「ぼ、僕……絶対にしないよ!ママの言うこと、ちゃんと聞くから!」私の剣幕に怯えた健介は、私の服の裾をギュッと掴み、ビクビクしながら顔色をうかがってきた。私はどうしようもない疲労感に襲われ、ただ深くため息をついた。……孤児院の門の前で、偶然にも高柳日向(たかやなぎ ひなた)と鉢合わせた。「高柳監督じゃないですか。こんなところで油を売っていていいんですか?大ヒット映画『絶殺』の続編の撮影は終わったんですか?」私が皮肉交じりに声をかけると、彼はひどく申し訳なさそうな顔で私を見つめた。「……すまない。あの時は、本当に知らなかったんだ」『絶殺』は、私が6年前に書き上げ、鈴に盗み取られた脚本の一つだった。当時、私はすでに新進気鋭の監督だった日向と直接コンタクトを取り、大部分のプロットを練り上げていた。だが、その途中で鈴が私になりすまし、裏で私の代わりにその後の撮影を仕切ってしまったのだ。「俺は、彼女が本来の原作者だとばかり思っていた……もっと早く気づくべきだった。本当にすまない!」当時23歳だった日向は、『絶殺』の特大ヒットにより一夜にして数々の名立たる賞を総なめにし、天才監督としての地位を不動のものにした。そして鈴もまた、「天才脚本家」として名声をほしいままにし、一躍時代の寵児へと登りつめた。メディアはこぞって「天才監督・高柳日向と美貌の天才脚本家・白石鈴の極秘恋愛」と書き立てて持て囃した。私は日向に真相を伝えようと何度も連絡を試みたが、彼は私の訴えを鼻で笑い、あろうことかメディアに暴露した。「白石鈴の作品を盗作しようとした妄想狂の泥棒」だと世間から大バッシングを浴びた私は、社会的に完全に抹殺されたのだ。「あれから……君のことをずっと探していたんだ。どうか、もう一度だけ俺にチャンスをくれないか?」日向は目を真っ赤に充血させ、声を詰まらせながら懇願してきた。「……もう結構です」私はこれ以上、厄介事に巻き込まれるのは御免だった。その時、孤児院の中から結衣
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第7話 
思えば、あの時の日向の行動の早さには理由があった。私がまだあの地下室に監禁されていた頃のことだ。一時帰国した鈴が、一度だけ地下室の私を訪ねてきたことがあった。当時、日向は『絶殺2』の撮影準備に入っており、脚本家として名声を維持しなければならない鈴は激しく焦っていた。そしてあろうことか、私の愛する健介の命を脅迫の材料にして、「『絶殺2』の原稿を書け」と私に要求してきたのだ。私は抵抗するふりをしつつ、最終的には彼女の脅迫に屈した哀れな犠牲者を演じ、「仕方なく」『絶殺2』の原稿を書き上げた。だが、鈴に渡したその原稿は未完成のダミーだった。私は彼女が去った後、頭の中で原稿の細部を完璧に練り上げ、システムの力を借りて本物の完全版の脚本を、直接日向の元へと密かに送信していたのだ。和也は、いつ周囲を巻き込んで自爆するか分からない極めて危険な時限爆弾だった。その爆発を完全に封じ込める最良の方法は、私が彼のために書き上げた「狂気の連続殺人シナリオ」を使って、彼自身を社会的に、そして物理的に「死」へと追いやることしかなかった。「――マスター!この世界に留まれる制限時間が、あと7日しかありません!」システムが焦燥に駆られた声を上げた。そう、私にはもう時間が残されていない。だからこそ、私は健介に母親としての愛情を注ぐことができなかったのだ。システムに逆らって、この小説世界の主人公である和也を完全に破滅させるためには――私自身の『命』を代償として支払わなければならなかったのだから。……和也が逮捕されたことで、幼い健介が大江グループの全権を継承することになった。しかし彼にはまだ荷が重すぎるため、私は一時的に会社の経営権を日向のグループに委託し、健介が18歳になるまで守ってもらう手はずを整えた。そして、健介と養子の結衣の戸籍も移し、今や二人は正式に『高柳』の姓を名乗るようになっている。私は、芝生の上を無邪気に走り回る二人の子供たちを呼び寄せた。「ねえ、おばちゃんは明日から、少し長い旅行に出かけるの。だから、二人とも家では日向おじさんの言うことをちゃんと聞くのよ?」「ママ!健介も一緒に行く!」私にしがみつく健介を、結衣がからかうように笑った。「健ちゃん、男の子のくせにママにべったりなんて恥ずかしいよー!」健
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第8話 
どうすれば雨音の命を救えるのか。狂うほど悩んでいたその時――白石鈴が現れた。当時、白石グループは経営難に陥り、すでに破産寸前の状態だった。プライドばかり高かったあの女は、なんと自分の体を差し出すことを条件に、会社に資金援助をしてほしいとすがりついてきたのだ。俺はひどい吐き気を覚え、すぐに部下に命じて彼女を叩き出そうとした。だがその時。テーブルに置かれた彼女の身体検査の資料の『血液型』の欄に目が止まり……俺の脳内に、ある狂気じみた、しかし完璧で大胆な計画が閃いた。鈴の血液型は、雨音と全く同じ『RHマイナス』だったのだ。俺は即座に裏から手を回して白石家の破産を加速させ、彼らが密かに所有していた希少血液用の医療設備や機材をすべて奪い取り、大江家の地下室に運び込んだ。そして、俺に買収された主治医に嘘の診断結果を突きつけさせ、鈴に「あなたは重い心臓病だ」と完全に信じ込ませたのだ。雨音が出産を迎えたあの日、俺は祈るような気持ちで分娩室の前に立ち尽くし、一歩もそこから動くことができなかった。だが、無事に健介が産まれた喜びも束の間。俺が受け取ったのは、雨音の危篤を知らせる通知書だった。医者は重々しい口調で告げた。「奥様は絶対安静です。少しでも精神的なストレスを与えれば、心臓が持ちません」と。俺は生まれたばかりの健介を抱きかかえ、雨音を残して一人で家へと帰った。すると、家に上がり込んでいた鈴が、「和也、私がこの子の面倒を見てあげるわ」と自ら名乗り出てきたのだ。俺は心の中で毒づきながらも、自らの計画を完遂するためにその提案に同意するふりをした。雨音はそのまま外部から完全に遮断された特別病棟で半年間もの長期治療に入った。彼女が薬で眠らされている間、俺は決して真実を口にしなかった。雨音はあまりにも優しすぎる。自分の生き延びるために他人の命を奪うことなど、彼女が許すはずがない。ましてや、その犠牲になったのが学生時代に俺を残酷に虐めていたあの『鈴』だと知れば、彼女は絶対に俺を拒絶するだろう。このおぞましい罪悪感と血の汚れは、俺一人で背負えばいい。俺はどうしても目を覚ましている彼女の顔をまともに見る勇気が出ず、いつも彼女が深い眠りに落ちている間だけ、こっそりと病室を訪れて様子を見守った。時折、眠る彼女の目尻に涙が光ってい
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第9話 
やがて、雨音の存在に焦りを感じた鈴がボロを出した。彼女はわざとらしく気を失って倒れ、俺の「愛」を試そうとしたのだ。俺は内心でほくそ笑み、すぐに闇病院に連絡を入れた。……雨音の本来の心臓は、もう今月いっぱいも持たない。今すぐ鈴の心臓を奪わなければならなかった。手術室に向かう直前、健介が泣き叫んで雨音を追い出そうとした。彼は相変わらず、「パパがママを殺そうとしている」と思い込んでいるのだ。――馬鹿な息子め。雨音は、俺の命そのものだというのに!思えば、3年前。雨音が地下室に幽閉された夜、健介は母親を求めて一晩中泣き喚いていた。俺は彼にこう教え込んだ。「ママは今、遠いところに閉じ込められている。あの悪い魔女のご機嫌を取って油断させないと、ママはお家に帰ってこられないんだぞ」健介は本当に賢くて良い子だった。その日以来、彼は鈴に会うたびに媚びるように「鈴ちゃん」と呼びかけ、彼女をすっかりいい気分にさせて油断させていたのだ。雨音が3年ぶりに地下室から引きずり出されてくる前日の夜。俺は健介が計画を悟られてボロを出さないよう、きつく言い聞かせた。「あの悪い魔女を喜ばせていい気分にさせておけば、ママはもう遠いところへ行かずに、ずっとこの家にいられるんだぞ」と。健介は見事にその役目を演じきってくれた。だが……それなのに、俺はどうしてあんなにも、雨音の目を見るのが恐ろしかったのだろうか。闇病院へと向かう車の中で、雨音は俺に「私が死ぬって分かっていて心臓を奪うのね?」と冷たく尋ねた。――そんなこと、するはずがないだろう!君は俺が自分の命を捨ててでも守り抜きたい、たった一人の女性なんだぞ!そう叫びたかったが、真実を口にすることはできなかった。今はただ、無事に手術が終わるのを待つしかなかったのだ。俺は雨音が大好きな百合の花束を買い、手術室の前の廊下で、震えるほどの喜びに胸を躍らせながら待っていた。手術が成功して彼女が目を覚ましたら、すべてを打ち明けよう。このビルも、大江グループの全資産も、すでに雨音の名義に変更してあるのだと。俺が愛しているのはお前だけだ。昔も今も、そしてこれからも、その愛は絶対に変わらないのだと。しかし――どうして、雨音は死んでしまったんだ?彼女の命を救うために、俺があれほど精巧に準備し、完璧に手配
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