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第0433話

Auteur: 十六子
瑠璃は、まさかこのタイミングで隼人が突然現れるとは思ってもいなかった。彼は彼女を制止しただけでなく、あんな言葉まで口にしたのだ。

瞬の視線が冷たくなった。「隼人、出張じゃなかったのか?」

「出張したって戻っちゃいけないのか?戻らなきゃ、お前が俺の妻にまとわりついてるところなんて見れなかっただろう?」隼人は冷ややかな口調でそう言い放ち、瑠璃の手を自分の掌に包み込んだ。「行こう」

彼は瞬を完全に無視し、瑠璃の手を引いてビルの中へと入っていった。

瑠璃は一度だけ瞬を振り返って見たが、何も言わずにそのまま彼の後について会社の中へ入った。

オフィスに戻ると、瑠璃は隼人から何か問い詰められるかと思っていた。だが、彼は何も聞いてこなかった。

「何か、聞きたいことはないの?」瑠璃は淡々とした彼をじっと見つめて問いかけた。

隼人は旅の疲れが残るコートを脱ぎながら、穏やかな口調で逆に聞き返した。「俺が聞くべきことってあるのか?」

「このUSBの中身とか、なぜそれを瞬に渡そうとしたのか、とか」

「お前が話したいと思えば、きっと自分から話すはずだろう」隼人は微笑んで言った。その言葉からは、何の追及の意思も感じられなかった。

「聞かないくせに、さっきは阻止したのは……中身を知ってるからでしょ?」瑠璃は軽く笑いながら問うた。

「どうして中身なんか知ってると思う?俺はただ、お前とあの男が関わるのが嫌なだけだ」隼人は丁寧に説明した。瑠璃が眉間に小さな皺を寄せ、少し不満そうな表情を見せると、隼人は彼女の前に立ち、これまでにないほどの優しさと甘い調子で語りかけた。

「ヴィオラ、お前には誰とも近づいてほしくないんだ。特に瞬とは」

彼の柔らかな視線は冬の陽だまりのように温かく降り注ぎ、そのまま瑠璃をそっと抱きしめた。

「約束してくれないか?もう二度と、彼と二人きりで会わないって」

その声はどこか懇願するようで、瑠璃の耳元で少し震えるように響いた。

「お前を失いたくない。本当に、失いたくないんだ……」

「……」

隼人の腕の力がさらに強くなった。

瑠璃はゆっくりと腕を上げ、隼人の腰にそっと回した。「……わかった、約束するわ」

まるで望んでいた返事を手に入れたかのように、隼人は安心したように笑った。「それでいい」

しばらくして、瑠璃は隼人と一緒に定例会議に出席した。

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