周囲から飛んでくるますます悪意ある言葉に、瑠璃の瞳が一瞬で鋭さを増した。「じゃあ、あなたの望み通り、真実と証拠をその顔面に叩きつけてあげるわ!」その言葉と共に、彼女は手にしていたUSBメモリを、先ほど暴言を吐いた男の記者の顔めがけて思いきり投げつけた。「な、何するんだ!暴力を振るうなんて!」「暴力?私は人を叩いたんじゃない。ただ、口から毒しか吐かない、醜い害虫を叩いただけよ!」「……」「これは、さっきレストランから手に入れた監視カメラの映像よ。私と景浦彰が一緒にいた時の状況が、はっきり映ってる。拾って、自分の目でよく見なさい。そして、見終わったら、私に公に謝罪して。さもなければ、あなたたち全員、この業界でやっていけなくなると思いなさい!」「……」言い切ると、瑠璃はきっぱりと背を向けた。一方その場に残った人々は、急いでUSBの中身を確認した。そこには、レストランで瑠璃が立ち上がった際に、足元の水たまりで滑って転びかけた場面が映っていた。彼女がテーブルに手を伸ばそうとしたところ、彰が咄嗟に駆け寄り、倒れそうな彼女を支えていた。直後、店員が慌てて謝罪に駆けつけてくる姿も映っていた。——これは、明らかにただの事故だった。「抱き合っていた」などというのは、彰の思いやりから来た行動を、悪意あるパパラッチが勝手に誇張したものに過ぎなかった。先ほどまで瑠璃を責め立てていた記者たちは、今や顔を真っ赤にし、恥ずかしそうに黙り込んでいた。焦った記者たちは、すぐに謝罪し始めたが、同時に内心では瑠璃がこのまま訴訟に踏み切るのではないかと不安に怯えていた。彼女が本気で追及すれば、自分たちではどうしようもないことは分かっていたのだ。その様子を人混みの中から見ていたある女が、瑠璃の背中を睨みながら、不機嫌そうに鼻を鳴らした。その後、オフィスへ戻った瑠璃は、すぐにネット上で噂に対する明確な説明と、各種公式メディアからの謝罪文が掲載されているのを目にした。それを見て、瑠璃は何とも言えない皮肉な気持ちになった。ちょうどその時、彰から電話がかかってきた。彼は何も悪くないにも関わらず、丁寧に謝罪の言葉を口にした。「まさか、目黒夫人を支えただけで、こんな誤解を招いてしまうとは思いませんでした。ご迷惑をおかけして、本当に申し訳あ
車の窓越しに、瑠璃は夢にまで見た顔を目にした。彼女は慌てて窓を下げ、呆然と隣の車の助手席に座っている男性を見つめた。幾重にも重なる雨のカーテンの向こうに、その男の凛々しく美しい横顔が浮かび上がった。瑠璃は信じられない思いで凝視し、鼓動がどんどん速くなった。「……隼人……」彼女がそっと名を呼んだそのとき、車内の男が何かを感じたのか、ゆっくりと顔をこちらへ向けた。だがその瞬間、ちょうど信号が青に変わり、車は「ブンッ」と彼女の目の前を走り去っていった。まるでほんの一瞬の出来事が、幻だったかのように。瑠璃は茫然とその場に固まった。後ろの車がクラクションを鳴らすまで、彼女はようやくアクセルを踏み込んだ。だがさっきの車はすでに行方知れず、車のナンバーすら覚えていなかった。瑠璃はすぐに人脈を使って調べたが、何の手がかりも得られなかった。——隼人、これは私があなたを会いたすぎたせいで見た幻なの?彼女はそう自問したが、答えてくれる人は誰もいなかった。翌日、瑠璃が会社に到着した瞬間、玄関前にはゴシップ記者の群れが待ち構えており、容赦ない質問の嵐を浴びせてきた。「目黒夫人、景浦さんとプライベートに交際しているという噂がありますが、本当ですか?」「あなたはまだ目黒夫人という立場を忘れていないんですか?」「ある情報筋によると、あなたは目黒さんに対して真心なんて一切なかったとか。お腹の子も目黒家の後継権を得るための道具だという声もあります」「景浦彰さんには婚約者がいますよね?あなたの行動は略奪者の介入では?目黒夫人、あなたにとっては愛が評判よりも大事なんですか?」非難や軽蔑の色を帯びた視線を前に、瑠璃は落ち着いた微笑を浮かべ、冷静にカメラの前で語った。「私の価値観では、真実を追求するという名目で人の不幸を食い物にするあなたたちのような害虫こそ、一番嫌いな存在です」「……」記者たちは一瞬顔色を変え、不満げな様子を見せた。「目黒夫人、それはいくらなんでも言いすぎでは?どうして私たちが人の不幸を食い物にしてるなんてことになるんですか?」瑠璃は静かに笑った。「言いすぎ?あなたたちも言いすぎと感じることがあるんですね?なら、あなたたちが次から次へと私にこういう侮辱的な質問をぶつけてきたとき、自分たちの言葉がどれだ
耳元に彰の心配そうな声が聞こえ、瑠璃はひとまず大事に至らなかったことに安堵し、すぐに礼を言った。「景浦さん、助かりました。ありがとうございます」この様子を見た店員が急いでやってきて謝罪し、さらに瑠璃の分の料金を無料にすると申し出た。瑠璃は追及せず、彰にお礼を述べるとそのまま会社へ戻った。オフィスに戻ると、彼女は早速、真剣に婚約指輪のデザインに取り組んだ。翌日、彼女は朝早くから目黒家の本家を訪れた。瞬く間に、隼人が亡くなって四十九日が経った。しかし玄関を入ってすぐ、青葉が皮肉混じりの口調で彼女に言い放った。「まあ、今日は何の日か覚えていたのね?愛情深い未亡人の芝居がずいぶんと堂に入ってること」この時、親戚や友人たちが隼人のために線香をあげており、さらに読経をしている僧侶までいた。青葉のその言葉に、一同が一斉に瑠璃の方を振り返った。瑠璃は青葉と口論するつもりはなく、黙って前へ進み隼人に線香を手向けた。彼女が無視したのを見て、青葉は顔を歪め、さらに語気を強めた。「千璃、隼人を愛していたなんて嘘をつくのはもうやめなさいよ。あんた、隼人が死ぬことをずっと望んでたんじゃないの?彼が亡くなって一番喜んでるのは、どうせあんたでしょ!」ちょうど外出先から戻ってきた邦夫は、家に入るなりまた青葉が瑠璃を責めているのを耳にして、すぐに止めに入った。「青葉、いい加減にしろよ!もし千璃が隼人のことを本当にどうでもいいと思ってたなら、あんなに大変な思いをしてまで隼人の子供をお腹に抱えてるわけないだろ!言っていいことと悪いことがあるぞ!」「子供?そんなの隼人の子供だって確証なんてないじゃない!」青葉の口から飛び出したその言葉は、何の考えもなく吐かれたものだった。その瞬間、瑠璃は鋭く振り返った。「私が隼人をどう思っていたかを疑うのは勝手だけど。毎日のように私に文句を言いたいなら言えばいい。でも、子供のことはやめて。私の子供を侮辱するのは許さない」「なによ、あんた……」青葉は悔しそうに唇を尖らせた。邦夫も険しい顔をして言った。「親戚や友人がこれだけ集まってるんだぞ!少しは場をわきまえろ!自分が何を言ってるか分かってるのか!」「分かってるわよ!私はちゃんとこの目で見たんだから!」青葉は怒りに任せてスマホを取り
この言葉を聞いた瞬間、恋華の目がぱっと輝いた。彼女は急いで立ち上がり、足早に部屋の中へと入っていった。ベッドに座っていた男は、自分の傷口を見つめていたが、誰かが急に入ってくる音を聞いて、鋭い眉と星のように輝く目で冷ややかにその方を見た。恋華はその魅力的で艶やかなタレ目を見つめ、口元に艶っぽい笑みを浮かべた。「やっと目が覚めたのね」……景市。あれから一ヶ月が過ぎ、瑠璃は毎日仕事に没頭することで心を麻痺させ、悲しみを思い出さないようにしていた。お腹の中の子供と、あの愛らしい二人の子供たちのために、彼女は前向きで明るく毎日を過ごそうとしていた。隼人がこの世にいないという現実を、どうしても受け入れることができなかったが、孤独な夜の不眠とも向き合わなければならなかった。月曜の朝、瑠璃は早めに目黒グループに到着し、かつて隼人のものだったこの席に座って、手際よくさまざまな複雑な書類を処理していた。朝会の時間になると、彼女はそのまま会議室へ向かった。彼女はすでに目黒家の長老に認められた目黒グループの新たな最高経営責任者であり、名実ともに社長の地位にあったが、それでも社員たちには「社長夫人」と呼ばせていた。その呼び名によって、あたかも隼人がまだ生きているかのような錯覚が得られ、その錯覚が壊れかけた彼女の心を癒してくれるのだった。昼近くなった頃、瑠璃が昼食に行こうとしたとき、秘書がやってきて彼女に告げた。「社長夫人、景江グループの責任者が香水の出荷日とデザイン図の変更について相談したいとのことです。景浦さんがわざわざお越しで、隣のレストランでお待ちです」顧客第一主義の瑠璃は、すぐに向かった。ちょうど昼時だったため、食事をしながら仕事の話をするのはビジネスの世界ではよくあることだった。瑠璃は店に着いたが、会う場所がかつての思い出の詰まったあのレストランだったとは思いもしなかった。その思い出は決して美しいものではなかったが、そこに彼が映っている限り、瑠璃にとってはすべてが大切な記憶だった。窓際の席も以前と同じだった。ただし、目の前に座っているのは隼人ではなかった。瑠璃は昔頼んでいた料理を注文したが、口にしたとき、味まで昔とは違うように感じた。それがすべて、隼人がいなくなったからだと彼女は分かっていた。瑠
瑠璃は、まっすぐな視線で問いかけた。「クルーザーでの銃撃事件、あなたは無関係だったの?」瞬は首を横に振った。その目には、もはや怒りも嘘もなかった。「遥が言ってた通りだ。俺はずっと隼人に嫉妬していた。彼の方が人生うまくいってることに、君を手に入れたことに……」彼は自嘲気味に笑い、胸元にかけられた小さなガラス瓶を見つめる。中には、遥の遺骨の一部が収められていた。「やるべきことはもう全部終わった。あとは、贖罪のときだ」その言葉に、瑠璃は不安げに眉を寄せる。「瞬、何をするつもり?」瞬は何も答えず、ただ微笑みながらガラス瓶を指で撫でた。「遥なら、分かってくれるさ」その深い後悔と痛みは、言葉にせずとも彼の全身から伝わってくる。「目黒グループの全株式は、すでに君の名義に移してある。弁護士が手続きを進めてる最中だ。俺は違法なビジネスに手を出していたが、目黒グループの資金はクリーンだ。これからは君が管理してくれ」彼はまっすぐ瑠璃を見て、はっきりと言った。「千璃、ごめん」そう告げて、瞬は踵を返した。「瞬!」慌てて駆け寄ってきたのは祖父だった。その声に、瞬の背中がぴたりと止まる。細くて儚げな背中が、ひどく寂しく映った。「瞬、隼人はもういない。お前までいなくなったら、目黒グループはどうなる。お前が支えていかねばならんのだ」「千璃なら、俺よりもはるかに上手くやれる。それに——俺には、やるべきことがある」瞬はそう答えてから、祖父を見つめた。老いた顔には、無念と優しさが入り混じる。その姿に、瞬の瞳が濡れた。「伯父さん……俺は、ずっと誤解していた」「年長者が、若造の過ちをいちいち責めるか?瞬、お前はここに帰ってきていいんだ。ここは、お前の家なんだ」その言葉に瞬の胸が苦しくなる。「……それだけで、十分だ。もしチャンスがあるなら……必ず戻ってくるよ」必ず戻ってくる。彼は少し微笑み、再び歩き出す。だが、目黒家の鉄の門が見えた瞬間——視界がかすみ、彼の足はふと止まった。数日後。瑠璃は、いまだ隼人の死を受け入れられずにいた。しかし現実は、容赦なく彼女に突きつけられる。青葉がどれほど反対しても、祖父は目黒グループの経営権を彼女に託した。瑠璃は仕事に集中することで、痛みから逃れようとし
瑠璃は、隼人の写真にそっと触れていた指先を、ふと止めた。姿は見えなくても、その声が聞こえるより前に、彼女の脳裏には——この世で最も憎んでいるあの顔が浮かんでいた。「チッ、そんなに悲しんでるの?泣けるわ〜」恋華の得意げな声が、だんだんと近づいてくる。瑠璃は冷ややかな眼差しを向け、恋華の前に立ちはだかった。「出ていけ。ここは、あんたなんか歓迎しない」恋華は腕を組み、にっこりと笑った。「目黒さんとは一応お友達だったからさ。亡くなったと聞いて、手を合わせに来るのは、当然のことよ。常識でしょ?」そのまま彼女は線香を三本取り出し、火をつけようと進み出た。だが瑠璃は即座に手首を掴んで阻止する。「江本恋華、あんたが黒江堂の人間だからって、好き放題できると思わないで。この国はF国でも黒江堂でもない。うちの夫は、あんたみたいな恥知らずに弔ってほしくなんかない」恋華の手から線香を奪い、それを火鉢に投げ入れた。「出てけ」冷酷なその一言に、恋華の顔から笑みが消える。だが怒りが沸き上がるその時——「千璃、何してるのよ!」青葉が駆けつけてきた。「隼人の友達が弔いに来たっていうのに、なんて無礼な態度を取るの!?」彼女はいつだって瑠璃の敵になるなら、誰であれ味方をするタイプだった。恋華はすぐに悲しそうな顔を作る。「伯母さま、こんにちは。私は目黒さんの友人の江本恋華です。訃報を聞いて、本当にショックで……せめて線香を手向けたかっただけなのに、目黒夫人に出て行けと罵られました……」青葉はその言葉に冷笑する。「目黒夫人?この女が目黒夫人だって?冗談じゃない。隼人が死んだのは、全部この女のせいよ!」恋華はすっと目を見開き、あくまで知らなかったふりで言う。「えっ?じゃあ目黒さんの死って、この碓氷さんのせいだったんですか?」——彼女はとぼけたふりをしながらも、内心では面白がっていた。この騒ぎを引き起こした張本人であるくせに――。当初のターゲットは瑠璃。隼人が彼女を庇って銃弾を受けるとは、計算外だった。けれど、それがかえって恋華の欲望を刺激した。命をかけて愛する男——ますます手に入れたくなる。青葉は線香を三本取り、恋華に差し出す。「江本さん、私は隼人の母親よ。安心してお香を上げて。あの女がまた邪