LOGIN5月上旬、季節外れの夏到来でエアコンの故障に気付いた高畑瑞穂は、上司である和田マネージャーのはからいで、とある電器屋を紹介してもらう。 古田と名乗ったその男は、格安でエアコンを提示し、この出来事がキッカケで瑞穂は和田マネージャーと古田の二人と距離を縮めていく事になるのだが……。 29歳アラサー、彼氏ナシ、ちょい個性的、香水大好き、イケメン上司、風変わりの無愛想電器屋。 過激描写アリ? 等身大のオトナ女子の恋愛模様を描いた、甘酸っぱい恋愛小説。
View More「……高畑さん」長いキスを終え、唇を離すと、古田は眉尻を下げながら瑞穂に言った。「何?」「現実に引き戻すようで、申し訳ないんですけど……」幸せいっぱいの表情を浮かばせている瑞穂とは対照的に、古田は困った表情を浮かばせていた。「あの……、エアコンどうします?」「は、はい?」突拍子のない古田の発言に瑞穂は真顔となると、吃音交じりに返答した。「いや、このエアコン。結構、派手に壊してますからね。こういう風に、故意に壊したとなると、保証が効かないんですよ。それに、チラッと見た感じなんですけど、ガスも漏れてるっぽいですし、もしかしたら買い換えた方がいいかもですね」「いやいやいや、ちょっと待って!」瑞穂は我に返ると、電器屋として目の前に立ちはだかっている古田に向かって、一気呵成に言葉を吐いていった。「古田さん、そりゃないでしょ!確かにアタシ、古田さんを呼び出す名目でこのエアコンを金づちで壊しましたよ。けど、それって古田さんがハッキリしない態度を取ったから、こっちがキレた結果ですし、そんな簡単に買い換えるとか言わないでくださいよ!付き合った記念にタダで修理してあげるとか、また倉庫に眠ってる型遅れの在庫をタダでプレゼントとするとか、どうにかならないんですか!」「うーん、それは……」古田は首をひねると「つーか、ドロボウとか言ってましたけど、エアコンを壊したの、やっぱり高畑さんだったんですね」と、口角を上げた。「いや、そんなのはどうでもいいから、エアコン何とかしてよ!」「どうにかねぇ……」古田は瑞穂から離れると、ジュラルミンボックスから電卓を取り出す。そして、概算をはじき出した古田は「あちゃあ……」と、頭をかいた。「いや、あちゃあって何?何でそんな、ブルース・リーみたいになってんの!」「ウチの在庫、処分してなければなぁ……」「いや、付き合った記念で! 付き合った記念で、何とかしてくださいよ!」諦めきれない瑞穂は、電卓片手に苦笑いを浮かばせたままでいる古田の傍らで、懇願を続ける。·「分かりました」古田は電卓をジュラルミンボックスに戻すと、申し訳なさそうな表情で瑞穂に切り出した。「とりあえず、高畑さんはネットか家電量販店でエアコンを最安値で買ってください。そうしたら、設置工事は俺が無料請け負いますから。ってか、今はそ
「さっきも言いましたけど、あの時の高畑さんの気持ちは、心から有り難かったです。あの高畑さんの言葉で、親父もどこか満足げな表情で死んでいきましたから。けど、その高畑さんの気遣いに、申し訳ないなと思ったのも事実なんです。なんて言うんですかね。なんか、死んでいく親父をダシにして、高畑さんの気持ちを捕まえようとしてるような気がしたんですよ。高畑さんに限らず、ああいう場に誰かを連れていけば、何かしら気を使ったり配慮したりするモンですしね。ましてや、高畑さんは和田さんにフラれた直後だった。その失恋直後につけこむ形で、俺の恋人役を演じさせたのも、何か卑怯な気がしてきました。あくまで仮の話ですけど、あの病院に関するくだりで高畑さんが俺に心惹かれたとしても、それって冷静じゃない状態ですからね。もっとも、高畑さんに見舞いに来てくれ、って頼んだ時は、そんな事は全く考えてなかったんですが。で、年が明けて、親父が亡くなった後かな。なんかね……。親父が死ぬまでは、店とかその後の事とか、あれこれ色々考えて生きてきたんですけど、いざ親父が死ぬと、そういうのを考える事に疲れてきたんですね。もう、何もかも色んな事を考える事から解放されたかった、って思ってきたんです。もちろん、何も考えなかった訳じゃありません。店の廃業の為、それなりに動きましたし、親父の葬儀で親戚知人に連絡しまくりましたし、オフクロの事でも色々ありましたから、結構動きましたしね。けど、それ以外は何も考えたくなかった。もう、いっさいがっさい『考える』って事自体から解放されたくなったんですよ。親父の死をキッカケとしてね。で、気付いたら、高畑さんやマイさんのLINEをブロックしていました。しがらみをリセット、って感じでね。まぁ、最初に言った通り、確かに高畑さんとは距離を置こうとは思っていました。けど、こんなに早くブロックする気はなかった。自分の気持ちにちゃんとした整理がついてから、高畑さんとはブロックという形で距離を置こうと思ったんですね。けど、親父の死後、どこか俺の心は疲れていたみたいで、今、ブロックしなきゃ高畑さんへの未練を断ち切れない、って強迫観念に駆られている自分がいたんです。で、高畑さんをブロックしたというか……」ここで紡ぐ言葉を見失ったのか、古田はバッテリーの切れた携帯オーディ
「……ホント、久しぶりですね」あの理由なきLINEのブロックは、やはり悪印象を与えていたのか、瑞穂は「久しぶり」という単語に独特のアクセントをつける事で、皮肉めいた口調を強調した。「失礼します」しかし古田は取り合わず、自身が設置したエアコンに向かって真っ直ぐに歩を進めていく。自分は「家電を修理しに来た電器屋」で、瑞穂は「その依頼主」という関係性を突きつけるかのように。「これですか」エアコンの真下で古田は歩を止めると、振り返り、瑞穂に目を向ける。「そうですよ」「いや、ちょっと……」故障と報告を受けたエアコンと瑞穂を順繰りに見ると、古田は声を上げて笑った。エアコンのフロントパネルに大きく入ったヒビは、どう見ても故障ではなく人為的にもたらされたヒビであったからだ。「ひどい故障でしょう」失笑が止まらない古田の背中に向かって、瑞穂はドヤ顔を浮かばせる。「あの……、もしかして」古田は笑うのをこらえると、エアコンを指差ししながら尋ねた。「コレ、もしかして自分でやりました?」「そんな訳ないでしょ!」図星であったのか、瑞穂は強弁する事で古田の問い掛けを一蹴した。「なんか、朝、起きたら、急にエアコンにヒビが入ってたんですよ!すごい、故障じゃないですか!だから、古田さんを呼んで早く修理してもらおうと思って!」「普通に使ってたら、こんな風にヒビが入る事はまずないんですけどね」古田は瑞穂が述べた「設定」に乗ると、ヒビが入ったエアコンのフロントパネルを慎重に開ける。「あっ、こりゃ」フロントパネルを開けると、古田のその顔は電器屋のモノとなった。そして、再び振り返り瑞穂に目をやると「中の基板も、まるで金づちで殴ったみたいに割れてますね」と述べ、ふぅと一息ついた。·「修理、出来そうですか?」「うーん」エアコンを見据えたまま、古田は頭をかいた。「どこまで、金づちで殴ったかは分かりませんが、部品交換だけで終われば御の字って感じですかね。けど、また派手に殴りましたね」「だから、アタシが殴ったんじゃないってば!」瑞穂は再び強弁し、古田の疑念を払拭しようと試みた。「ってか、仮に金づちで殴ったとしたら、それアタシじゃなく多分ドロボウですよ!ドロボウが、アタシの寝ている時に勝手に家に入ってきて、エアコンを金づちで殴ってどっか行ったんですよ
夜分の不意の電話に、古田は首をかしげた。そして、手に取ったスマートフォンで時刻を確認してみる。9時を過ぎた辺りであった。火急の用件でもない限り、固定電話に電話を掛けるにはためらう時間帯である。それに親族や友人といった知人なら、固定電話ではなく自分のスマートフォンに直接電話を入れてくるハズだ。何より、今年の初めに電器屋を廃業させてから、固定電話に電話を掛けてくる人間はほぼ皆無であり、久方ぶりに着信を告げる固定電話に、古田は訝しげな思いを抱きながら受話器を取った。「もしもし」セールスや詐欺に関連する電話の可能性もある為、古田は名前を名乗らない。しかし、電話はセールスや詐欺の類いではなかった。「……古田電器さんですか?」電話の向こうにいる人間は、たどたどしい口調で古田に尋ねてきた。「そう、ですけど」電器屋を廃業している今、そう答えるのもどうかと思ったが、結局古田は応じた。「あの、こんな時間なんですけど、ちょっとお願いしたい事がありまして……」電話の向こうの相手は、逡巡の末に出した結論といった様子で、話すスピードを徐々に上げながら言葉を述べ始めた。聞くトコロによると、昨年古田電器を通して買った家電が故障したらしい。で、保証書にゴム印で押印されていた購入店情報から古田電器の電話番号を知り、こうして電話を掛けてきているといった次第であった。「つまり、修理って事ですよね?」古田の言葉に、電話の向こうから「そうです」という言葉が返ってきた。「修理か」古田は言葉を濁すと、天を仰いだ。そして、数秒程思案したのち「分かりました。じゃあ、メーカーに連絡してそちらに来てもらうよう手配しておきます」と、返答した。「いえ、簡単な故障みたいなんで、まずは古田電器さんに見て欲しいんですよ」電話の向こうの人間は古田の答えに納得せず、食い下がってきた。「ウチにですか?」古田は眉を寄せる。電話の相手には申し訳ない話だが、今週は朝から晩まで古田の身体は電気工事でほぼ埋まっており、修理に出向くとなれば今日明日はとてもじゃないが行けない。それ故、修理に行けそうな日は、工事が昼過ぎで終わる土曜日の夕方くらいしか無く、自分が修理に行くとなれば、迅速な対応が出来かねる事を納得してもらうしかなかった。「あの、土曜の夕方まで修理を待ってもらう事になるんですけ