ワンダーパヒューム

ワンダーパヒューム

last updateDernière mise à jour : 2025-07-31
Par:  羽馬タケルComplété
Langue: Japanese
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5月上旬、季節外れの夏到来でエアコンの故障に気付いた高畑瑞穂は、上司である和田マネージャーのはからいで、とある電器屋を紹介してもらう。 古田と名乗ったその男は、格安でエアコンを提示し、この出来事がキッカケで瑞穂は和田マネージャーと古田の二人と距離を縮めていく事になるのだが……。 29歳アラサー、彼氏ナシ、ちょい個性的、香水大好き、イケメン上司、風変わりの無愛想電器屋。 過激描写アリ? 等身大のオトナ女子の恋愛模様を描いた、甘酸っぱい恋愛小説。

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Chapitre 1

・プロローグ

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──この匂い、凄く落ち着く。

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────────────────────

「……ちょっと、勘弁してよ」

リモコンを握りしめたまま、瑞穂はため息をつくと、額に浮き出た汗を左手でおもむろに拭った。

引っ越し当初以来、ルームメイトのごとく瑞穂と共にこの部屋で生活を共にしてきた、エアコン。

しかし、寿命が来たのか、エアコンは電車の走行音のような物々しい音を立てながら、カビ臭い吐息を排出するのみであった。

まだ5月だというのに、NHKの集金みたく望まれていない、季節外れの真夏日到来。

汗まみれになりながら、就労。

カーディガンを着て出社した自分を激しく呪いながら帰宅し、心身共にリフレッシュとばかりに、スーパーで買った「ざるラーメン」をエアコンの効いた部屋で食べ、缶ビールを一杯。

発汗作用のある入浴剤を入れたお風呂でデトックスを行い、アイスで涼を得て就寝。

そんな、ささやかな野望を抱いていた瑞穂であったが、目の前で展開されている「エアコンの故障」という現実は、瑞穂のその野望を粉微塵にまで破壊した。

帰りの電車で見た、スマートフォンの天気予報によると、このふざけた真夏日はまだ3日も続くらしい。

──となると、何も手を打たなかったら丸三日間。

ずっと、ビニールハウスみたいに蒸し暑いこの環境で、寝起きし続けなけりゃいけない訳?

「……あり得ない」

舌打ちをしながら、瑞穂はエアコンの電源を切ると、収納スペースとなっているクローゼットから扇風機を取り出し、カバーとなっているゴミ袋を力任せに引きちぎった。

そして、続く形でコンセントを挿し込み、扇風機のスイッチを押すと、生ぬるい温風を顔面に浴びながら、瑞穂は一人沈思する。

繰り返すけど、まだ5月だ。

この休みにリフレッシュ、とばかりにGWに旅行に出かけたものだから、貯金も心もと無い。

言うまでもなく、夏のボーナスはまだ先だから、エアコンを買い換えるという選択肢は極力取りたくない。

──となると、修理か。

瑞穂はテレビの横に置かれているカラーボックスからクリアファイルを取り出すと、そこに入れてあるエアコンの説明書を探した。

エアコンの説明書は、程なくして見つかった。

が、説明書と同封していた保証書の期限は、やはりというか、三年前に切れていた。

「引っ越ししてから、ずっと使ってたしな……」

説明書からエアコンに瑞穂は視線をやると、立ち上がり、クリアファイルをカラーボックスへと戻した。

そして、ソファーに置いたバッグからスマートフォンを取り出すと、瑞穂は扇風機の真向かいへと戻ってくる。

スマートフォンの液晶画面を立ち上げ、検索サイトに

「エアコン 格安 修理」

と、瑞穂は入力すると、表示された幾つかのサイトの詳細を、それとなくといった感じで順に確認していった。

しかし、「高額な追加請求をする業者が近年増加しております」という文言にひるんだ瑞穂は、スマートフォンの画面表示を消すと、扇風機から発せられる温風を、しばらくの間、何をするともなく浴び続けた。

「電器屋に行くしかないか」

瑞穂は、ポツリと呟いた。

修理にせよ、買い換えるにせよ、その後のアフターサービスを考えれば、やはり家電量販店だ。

ネットで、素性の分からぬ適当な業者に修理を依頼して、高額な修理費を請求されるだけならまだしも、女独り身のこの部屋で変な事をされたら、悔やんでも悔やみきれない。

·

──こういうのは、目先の金額で決めるんじゃなく、やっぱり名前のしっかりしたトコロに頼むべきだよね。

瑞穂は立ち上がると、汗まみれの衣服を洗濯機へと投げ入れ、部屋着であるTシャツとジャージにそそくさと着替えた。

そして、手首に巻いたヘアゴムで髪の毛を束ねると、台所に行き、買ってきた「ざるラーメン」の調理に取り掛かる。

「ダメだ、暑い……」

しかし、立ち上る湯気に気を削がれた瑞穂は、一度コンロの火を止めると、先程クローゼットから引っ張り出した扇風機を、今度は台所まで移動させた。

「明日の朝、シャワー浴びなきゃいけないかな……」

扇風機の温風を浴びながら瑞穂は呟くと、「ざるラーメン」の麺を煮えたぎった雪平鍋へと放り込む。

二分程、麺を熱湯の中で泳がせると、瑞穂は麺をざるにこし、冷水と氷でもって、麺にまとわりつくぬめりを丹念に取り除いていく。

続けて付属のゴマだれを器に入れ、製パン会社のキャンペーンでもらった皿に、先程冷水でしめた麺を盛ると、瑞穂はその二つをしかめ面でTV前のリビングテーブルへ持っていった。

冷蔵庫から、室温とは対照的に冷えきった缶ビールもリビングテーブルへと持っていくと、瑞穂は先程台所に移動させた扇風機を今度はTV前に移動させる。

「……いただきます」

扇風機の送風ボタンを押しながら瑞穂は独りごちると、TVのリモコンを手に取り、スイッチを入れる。

適当にチャンネルを変え、特に目を引く番組が無いと判断した瑞穂は、DVDレコーダーに録画された芸人のトーク番組を眺めたまま、缶ビールを一息に飲み干した。

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・プロローグ
· · · · · · ──この匂い、凄く落ち着く。 · · · · · · · ──────────────────── 「……ちょっと、勘弁してよ」 リモコンを握りしめたまま、瑞穂はため息をつくと、額に浮き出た汗を左手でおもむろに拭った。 引っ越し当初以来、ルームメイトのごとく瑞穂と共にこの部屋で生活を共にしてきた、エアコン。 しかし、寿命が来たのか、エアコンは電車の走行音のような物々しい音を立てながら、カビ臭い吐息を排出するのみであった。 まだ5月だというのに、NHKの集金みたく望まれていない、季節外れの真夏日到来。 汗まみれになりながら、就労。 カーディガンを着て出社した自分を激しく呪いながら帰宅し、心身共にリフレッシュとばかりに、スーパーで買った「ざるラーメン」をエアコンの効いた部屋で食べ、缶ビールを一杯。 発汗作用のある入浴剤を入れたお風呂でデトックスを行い、アイスで涼を得て就寝。 そんな、ささやかな野望を抱いていた瑞穂であったが、目の前で展開されている「エアコンの故障」という現実は、瑞穂のその野望を粉微塵にまで破壊した。 帰りの電車で見た、スマートフォンの天気予報によると、このふざけた真夏日はまだ3日も続くらしい。 ──となると、何も手を打たなかったら丸三日間。 ずっと、ビニールハウスみたいに蒸し暑いこの環境で、寝起きし続けなけりゃいけない訳? 「……あり得ない」 舌打ちをしながら、瑞穂はエアコンの電源を切ると、収納スペースとなっているクローゼットから扇風機を取り出し、カバーとなっているゴミ袋を力任せに引きちぎった。 そして、続く形でコンセントを挿し込み、扇風機のスイッチを押すと、生ぬるい温風を顔面に浴びながら、瑞穂は一人沈思する。 繰り返すけど、まだ5月だ。 この休みにリフレッシュ、とばかりにGWに旅行に出かけたものだから、貯金も心もと無い。 言うまでもなく、夏のボーナスはまだ先だから、エアコンを買い換えるという選択肢は極力取りたくない。 ──となると、修理か。 瑞穂はテレビの横に置かれているカラーボックスからクリアファイルを取り出すと、そこに入れてあるエアコンの説明書を探した。 エアコンの説明書は、程なくして
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「おはよーございます」 抑揚を欠いた声で挨拶を述べて瑞穂は出社すると、入浴する親父のように緩慢な動作で自らのデスクへと腰掛けた。 パソコンの電源を入れ、ログインパスワードを入力すると、瑞穂は睡眠不足を少しでも解消させる為、組んだ両手の上に頭を載せ、仮眠をとる。 「眠そうだな」 その時、瑞穂の後ろから声が聞こえてきた。 「……はい」 瑞穂は寝ぼけまなこで、ゆっくりと後ろを振り返る。 見慣れた、ポール・スミスのスーツ。 くっきりとした二重まぶた、高くそびえ立った鼻。 嗅いだ人間の心を取り込むような、ブルガリ・プールオムの香り。 我が営業二課のエースである和田マネージャーが、口元を曲げながら瑞穂を見下ろしていた。 「眠いッス……」 仮眠を妨害された瑞穂は、唇を尖らせながら和田マネージャーに対して返答する。 「その様子じゃ、殆ど寝てないって感じだな。 なんか、変な事でもしてたのか?」 「してませんよ、そんな事」 和田マネージャーのブラックジョークに、瑞穂は苦笑いを浮かばせながら反論した。 「ウチの、エアコンが壊れたんですよ。 昨日、真夏みたいに蒸し暑かったでしょ。 だから、掃除はまだしてなかったんですけど、その場しのぎって感じで電源を入れたんですね。 けど、何か変な音が鳴るだけで、全然涼しくならなくて……。 何か、水漏れとかもしてましたし。 で、仕方ないから、昨日は扇風機だけで寝たんですけど、あまりにも暑くて殆ど寝れなくて……。 それで、今、こんな状態って訳ですよ」 「窓、開けたら、少しはマシになるだろ?」 「ウチ、二階なんですよ」 「なるほど」 アクビ交じりの瑞穂の弁を聞き終えた和田マネージャーは、納得した、といった様子で顎に手をあてた。 「まっ、朝礼までには何とかしますから、出来ればそっとしておいて下さいよ」 両腕を高く上げて伸びをしながら、瑞穂は和田マネージャーへと向き直る。 「朝にシャワー浴びたりとか、野菜ジュース飲んだりとか、柑橘系の香水つけたりとか。こっちも、気を引き締めるように、それなりに色々何とかしてますんで」 「あっ、そういえば確かに今日の高畑さんは、いつもとは違う匂いがするな」 和田マネージャーが、鼻をひくつかせる。
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・Chapter(2) ドキドキ
地獄のような連日の熱帯夜に耐え、ようやく迎えた土曜日。 瑞穂は、国道沿いのドトールのテーブル席でアイスコーヒーを飲みながら、待ち人である和田マネージャーを、チラチラと入口に目をやりながら待っていた。 自動ドアが開く。 「いらっしゃいませ」と、型通りの言葉を発する店員。 朝焼け前の夜空を想起させる、蒼いシャツ。 ディッキーズのチノパン、vansのスニーカー。 普段見る、ポール・スミスのスーツ姿とはまた違った和田マネージャーが、そこにはいた。 何気ない私服であったが、和田マネージャーが着るとそれは、瑞穂の心を捕らえて離さない、魅力的なモノへと変化する。 時刻は、9時50分。 待ち合わせ時刻の、10分前であった。 「早いね。 ゴメン、ひょっとして待ったんじゃない?」 和田マネージャーは、ハムチーズとアイスコーヒーが載ったトレイを持ちながら歩み寄ってくると、開口一番瑞穂に尋ねた。 「いえ、アタシも本当に今、来たトコでしたから」 瑞穂は手を振り、和田マネージャーの弁を否定する。 「それなら、良かった」 和田マネージャーは安堵の表情を見せると、瑞穂の向かいの席に腰掛け、アイスコーヒーにシロップを入れる。 「しかし、昨日も暑かったよね。 高畑さん、大丈夫だった?」 「ホント、最悪でした……」 ふぅ、とため息をついた後、瑞穂はしかめっ面で言葉を継いだ。 「一昨日はまだマシだったんですけど、昨日は昼間に雨が降った、っていうのがあったからですかね? 部屋の中がサウナみたいにジメジメしてて、夜中に何回も目が覚めましたよ。 で、少しでも何とかしようと、濡れタオルで身体拭いたりとか、冷感敷きパッドを買ってきたりとかしたんですけど、ホント『焼け石に水』って感じでした。 汗、全然止まらなかったですし。 明日から、また涼しくなるみたいですから、取り敢えず熱帯夜からは解放されるんですけど、夏、この状態がずっと続くと考えたら、頭が痛くなりましたよ。 だから、電器屋を紹介する、って言ってくれた和田マネージャーには、感謝しています。 また暑くなって、あの熱帯夜が来たら、この間和田マネージャーが言ってたみたいに『暑くて寝れなくて、仕事出来ませーん』って、ホント言いかねない状態でしたから」 「そりゃ
last updateDernière mise à jour : 2025-06-17
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電器屋は瑞穂らが思っていた以上早く、マンションへとやって来た。 道にさほど迷わなかったのか、瑞穂がマンションに帰宅するとほぼ同時に、和田マネージャーのスマートフォンに、「もう、近くまで来ている」という電話があったのだ。 「角に、ガソリンスタンドがあっただろ? そこを右に曲がったら、一階に美容院が入ってるマンションがあるから……」 淀みない口調で電器屋をナビゲートする和田マネージャーのその様は、瑞穂に改めて胸の高鳴りを覚えさせた。 「失礼します」 11時前、和田マネージャーに連れ添われる形でやって来た電器屋は、アコースティックベースのような低い声で言った。 良く言えば、クール。 悪く言えば、どこか無愛想。 それが、電器屋に対して、瑞穂が最初に抱いた第一印象であった。 汗を防ぐ為なのか、頭に巻かれたタオル。 タレ目、ところどころに見られる無精髭。 全身から発せられる、男の匂い。 黒いTシャツの上に水色の作業着と、いわゆる「ガテン系」と呼ばれる風貌に身を包んだ電器屋は、壁の上部に備え付けられたエアコンに目をやった後、おもむろに懐へと手を入れた。 「古田電器の古田と言います。よろしくお願いします」 先程の低い声色を保ったまま、電器屋は告げると、取り出した名刺を両手で瑞穂に対して差し出す。 「よろしくお願いします。 スミマセン、急にご無理を言いまして」 瑞穂は名刺を受け取ると、型通りの言葉を電器屋である古田に対して返した。 「コイツ、高畑さんとタメなんだ。同い年。 トシが一緒だから、エアコンに限らず家電で何か困った事があったら、今後相談してみたらいいんじゃない?」 その時、瑞穂と古田のやり取りを見ていた和田マネージャーが、仲人のように親身といった様子で、二人に対して言う。 「そうですね。 じゃあ、また何か困った事があれば、古田さんに相談させてもらいますね」 その和田マネージャーの言葉に瑞穂は、取り敢えず、といった感じの愛想笑いを浮かばせながら、返答をした。 「じゃ、早速ですが、ちょっとエアコンの方を見させてもらいますね」 一方、古田は「我関せず」とばかりに、エアコンに対して一直線に向かうと、真下に養生シートを敷き、自身の任務であるエアコンの点検へと取り掛かる。 ·
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注文を告げ終え、ウェイトレスがテーブル席から歩き去っていくと、瑞穂ら三人は料理が来るまで、しばらくの間談笑した。 「しかし、高畑さんの家。 予想はしていたんだけど、俺の予想以上に香水が多かったね。 ドレッサーの前に、凄い香水のボトルあったし。 一体、何本家に香水あるの?」 和田マネージャーが両手を目の前で組みながら、瑞穂に問い掛ける。 「いやぁ、自分でも数えた事ないっすねー」 その和田マネージャーの問い掛けに、瑞穂は照れ笑いを浮かばせながら語った。 「ボーナスもらう度に、何かしら1本は買ってる、って感じですからね。 下手したら、20本はあるかも。 ってか、気分によって違うのをつけたい、って考えなので、何本か種類を持ってないと落ち着かないんですよね。 あれ、思ったのが無い、どうしようって。 多分、アタシにとって香水って洋服みたいな感じなんでしょうね。 この間も、眠い時にANNICK GOUTAL(アニックグタール)を、つけたりとかしてましたし、雰囲気変えたいなって思った時には、フローラル系の香水をつけたりとか、気分によってつける香水変えたりするんですね。 基本はクロエなんですけど、ブルガリとかで気になったのがあったらつけてみたりしてますし、そういうの結構してますから、普通の人よりは香水は持ってると思いますよ。 飽きたりとかしたら、今日みたいに部屋とか玄関に撒いて、ルームフレグランス代わりにしてますし」 「そういや、高畑さんの玄関。 ドアを開けた途端に、なんかいい匂いしたな」 「あれは、ジミーチュウですね」 瑞穂は答え、続ける。 「衝動買いみたいな感じで買ったんですけど、何か自分の匂いと合わないと思って、今日みたいに誰かが来るって時は、ちょこちょこ玄関に撒いたりしてるんです」 「新商品とか出たら、大変だな」 和田マネージャーは笑う。 「ホント、それっす」 瑞穂は頷く。 「新商品が出てるの知ったら、取り敢えずデパートに行って匂いを嗅いでみないと気が済まない、って感じですしね。 クロエだと、余計に。 友達からは、『年も年だし、もうボディスプレーでいいじゃん』って、言われるんですけど、なんか香水つけるのをやめられないですよね」 「香水オタク、って感じですね」 こ
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・Chapter(6) 肉
「ありがとうございました」入店時にも聞いた、温かみのあるウェイトレスの言葉を背中で受けながら、瑞穂ら三人は店を後にした。「和田さん、俺、半額払いますよ。オムライスやら、デザートやらを食ってるのに、タダっていうのは何か申し訳ない」古田は財布から千円札を数枚出すと、前を歩く和田マネージャーに手渡そうとする。「いや、いいってホント」和田マネージャーは苦笑すると、差し出された千円札を強引に古田へと突き返した。「だって、俺じゃなく、急に店に入ってきた『宇宙人』が会計してくれたんだもん。その金を受け取ったら、俺、丸々得する事になっちゃうよ」「和田さん、デザート食い終わった後に『タバコ吸ってくる』つって、席を離れたじゃないですか。その時に支払ったんでしょ。宇宙人が払ったとか、訳分かんない事を言わないで下さいよ」古田の言葉通り、和田マネージャーは「タバコ」を口実に席を離れ、先に会計を済ませていた。その為、レジの前を通る際、ウェイトレスの「お代は先に頂いております」の言葉に、瑞穂と古田の二人は戸惑いを隠せなかった。「和田マネージャー、私も払いますよ。せっかくの休日に私のワガママで出てきてもらった、っていうのに、さらにおごってもらうなんて、何か悪いですもん」「いいって、いいって」和田マネージャーは、苦笑を保ったまま瑞穂に対して手を振る。「高畑さん、エアコン買い換えるんだからさ。ここで、無駄に金を使わなくていいじゃない。もう大人しく、『宇宙人』におごってもらっときなよ」「……ありがとうございます」和田マネージャーの言葉に瑞穂は頭を下げると、右手に持っていた財布をゆっくりとバッグに戻した。「じゃあ、俺もその『宇宙人』とやらに、大人しくおごってもらいますよ。ありがとうございました」そして、古田も観念したのか、和田マネージャーに対して頭を下げる。「そうそう、人間素直が一番」和田マネージャーは横目で古田を見るのをやめると、前方に視線を戻し、瑞穂のマンションへ向けて真っ直ぐに歩を進めていった。「あっ、そうだカツアキ」しかし、高架下の駐輪場を通り過ぎた時、何かを思い出したのか、和田マネージャーは再び横目で古田に視線をやる。「はい」「お前、肉買っといてくれや。3㎏くらい。金は当日に払うから、取り敢えず立て替えといてくれ」「分かりました
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・Chapter(7) 言った通りでしょ
「おはようございまーす」日曜を挟み、迎えた月曜日。瑞穂は、おざなりの挨拶を述べながら出社すると、自身のデスクへ着席し、寝ぼけ眼《まなこ》のままパソコンの電源を入れた。「おはよう」頬杖をつきながら、ログインパスワードを入力していたその時、左の肩口から声が聞こえてくる。瑞穂が振り返ると、やはりというかそこには和田マネージャーが立っていた。「土曜日はお疲れさま」和田マネージャーは微笑交じりに言うと、出社前で無人となっている瑞穂の隣の席へ腰掛ける。「いえ、こちらこそせっかくの休みの中、来ていただいてありがとうございます。美味しいお店も、教えてもらいましたし」「そいつは何より」和田マネージャーは笑うと「土曜は、あれからどうしたの?」と、瑞穂に尋ねてきた。「あっ、ネットカフェに行って漫画を読んでました。『君に届け』を、全巻。家に帰っても暑いだけですし、ちょっと心のリフレッシュをしようと思ったんですけど、ボロボロ泣きすぎて、逆に大変でしたよ」「何それ」和田マネージャーは、笑い声をあげた。『で、その後、一人カフェ飯をして……』瑞穂はさらに言葉を続けようとしたが、慌ててその言葉を呑み込んだ。ネットカフェの件でも、ウケを狙う為に自身の茫漠《ぼうばく》とした日常をさらけ出したのだ。その上、「一人カフェ飯」までさらけ出すというのは、さすがに引かれるだろうし、自分にとっても虚しすぎる。「で、エアコンの件なんですけど……」瑞穂はそれとなく話をシフトさせると、微笑を浮かばせながら続きを語っていく。「ネットカフェで漫画を読んでいる時に、古田さんからLINEで連絡が入ってきたんですね。5つくらい、エアコンの機種と値段と消費電力書いたLINEを送ってきてくれて、取り敢えず条件の良さそうなのを選んだんですけど、和田マネージャーの言った通り、ホントLINEで良かったですよ。あんな丁寧な内容を電話で延々と語られたら、こっちとしては頭がパンクしちゃいますから」「ほら、言った通りでしょ」和田マネージャーは得意気な顔つきとなると、腕組みをする。·「アイツ、あんなナリしてるクセに、妙にクソ真面目なトコロがあるからさ。高畑さんが混乱するくらい、一つ一つ丁寧にエアコンの機種を説明していくと思ったんだよ。電話より、LINEの方が何かといいかな、って思ってたけ
last updateDernière mise à jour : 2025-06-21
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・Chapter(8) それを聞いてどうするつもりなんですか
古田からLINEを通じて連絡があったのは、木曜日の午後であった。『古田電器の古田です。お世話になっています。エアコンの工事の件なんですが、17日の午後3時にそちらにご訪問させていただきます。お時間の方に、不都合はないでしょうか?』仕事帰りの電車内で、そのLINEを見た瑞穂は『その時間で大丈夫です。よろしくお願い致します』と返信すると、LINEを閉じ、もはや日課とも言えるツムツムのレベル上げにいそしんだ。二日後の土曜日、今度古田はLINEの回線を用いて、瑞穂に電話をかけてきた。「もしもし、古田電器の古田です。今、そちらのマンションの駐車場にいるんですが、もうお伺いしてよろしいですかね?」スマートフォンを耳にあてながら、瑞穂はスヌーピーの掛け時計で時刻を確認する。2時34分。約束の時刻の、30分程前であった。部屋の片付けも一通り終わり、これといった用事もなく、特に断る理由のない瑞穂は「お願いします」と、古田に対して返答した。電話を切った後、程なくして古田は瑞穂のマンションへとやって来た。頭に巻かれたタオル。水色の作業着、インナーの黒いTシャツ。古田のその風貌は、前回訪問時とほぼ変わらないモノであった。「すいません、失礼します」玄関に養生シートを敷き、古田は部屋に上がると、足早に室外機のあるベランダへと向かう。「それじゃあ、エアコンの工事の方を始めさせていただきますね」古田は言うと、手に持っていた銀色のジュラルミンケースを開け、作業へと取り掛かった。さすがと言うべきか、古田のその所作は手練れと言ってもいい程、無駄一つない動きであった。モンキーやレンチを使い、即座に室外機を取り外し、そのまま流れるようにエアコン本体と金具を取り外す、という古田のその様はまるで演舞のように流麗なモノであった。が、集中しきっているらしく、古田は一言も言葉を発さず、沈黙を保ったままひたすらに作業を続けていく。外した金具、エアコン。そして、室外機を次々と部屋の外へと運び出し、入れ換わる形で新品のエアコンを古田が持ってきたその時、瑞穂は部屋に漂っている沈黙を吹き飛ばすように、言葉を発した。「さすがですね」「何がですか?」古田は振り返らず、目だけを瑞穂に向けて、言葉を返した。·「いや、さすが電器屋さんだな、って思って……。手際が凄くいいんで
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・Chapter(9) 思い出
「俺らが行ってた高校は公立なんですけど、そこそこ野球が強い高校だったんですね。 なんでも、昔は地区大会でベスト4に入ったり、俺が生まれる前には甲子園に行ったりと、野球ではそれなりに名が通った高校らしいです。 で、家も近いし、私立に行く金も俺は無かったから、そこの高校に入ったんですけど当時は何というかね……。 俺は、先輩方をナメてましたね。 今だから、言える話ですけど。 あっ、これくらいのレベルなら俺でもレギュラー取れるんじゃね。 こんな風に、先輩方のプレーをナメた感じで見ていたんですね。 というのも、俺、シニアでそこそこやっていて、野球に関してはちょっと自信があったんです。 もちろん、豪速球でバッターを三振に斬って取るエースとか、ホームランを打ちまくる四番とか、そういうタイプじゃなかったですけど、ヒッティングや守備はそれなりに定評がありました。 特待《とくたい》まではいかなかったですけど、一つ二つの私立のスカウトが『ウチに来ないか』なんて、声をかけてきたりしてましたし。 で、実際、俺はすぐにレギュラーに抜擢されました。 高一の夏です。 そのまま、地区予選に出ました。 まぁ、選ばれた時は針のムシロでしたけどね。 だって、鬼のように怖い先輩方を押しのけて、俺がレギュラーに選ばれたんですから。 そして、どこか天狗にもなっていました。 『お前ら、肩で風切って偉そうにしてるけど、俺より野球がヘタなくせによく偉そうなクチきけるな』 ちょっかいかけてくる先輩方を遠くで見ながら、よく心の中でこう毒づいていたものですよ。 けど、そんな俺の天狗の鼻をバキバキに折ってくれたのが、キャプテンである和田さんだったんですね。 和田さんは、他の先輩方とは違いました。 キャプテンってのもあるのか、他の先輩方が、ただ先輩風を吹かしているだけなのに対し、和田さんだけは小姑のように些細な事を俺に注意してきたんですね。 口の聞き方はちゃんとしろとか、何でも露骨に顔に出すなとか、怠慢なプレーは見せるな、だとかね。 で、ある日。 溜まっていたモノが爆発した俺は、和田さんに対してキレたんです。 『いい加減にしてくれ! なんで、親でもないアンタにそこまで言われなきゃいけないんだ! 確かに俺は態度が悪くて、礼儀も
last updateDernière mise à jour : 2025-06-22
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