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第580話

Author: 栄子
綾は、30歳になった自分がヒモ男のターゲットになっているとは、夢にも思っていなかった。

少し息苦しくなった綾は、一人でバルコニーに出た。

そこへ渡辺海斗(わたなべ かいと)は、クリームケーキを一切れ持って出てきた。

彼は芸能界の新人というわけではなかった。デビューして3年、時代劇ドラマで何度か主演を務めたものの、パッとせず、3年間売れない状態が続いていた。そして今年、ついに会社から見放されつつあった。

だからこそ、彼は今夜のパーティーに、あらゆる手段を使って潜り込み、綾の目に留まるように画策していたのだ。

「二宮社長、抹茶クリームケーキです。お好きでしたよね?」

澄んだ男の声が背後から聞こえ、綾は振り返った。

綾は目の前に差し出された抹茶ケーキをチラッと見てから、海斗に視線を向けた。

目の前の男は、芸能界でもかなりのイケメンで、長身だった。そして、あの情熱的な瞳は、まさに恋人役を演じるのにぴったりだった。

だが綾はシャンパングラスを軽く揺らしながら言った。「すみません、甘いものは苦手です」

「でも、この前のインタビューでお好きですが......」

「適当に言っただけですよ」綾は海斗を見ながら言った。「あなたの考えていることは分かっています。でも、あいにく私はヒモを囲う趣味はないです。他の人に当たってみたらどうです?」

海斗の顔色が変わった。

綾は軽く会釈すると、パーティー会場に戻っていった。

しかし、海斗をかわしたと思ったら、すぐに別の男が現れた。

「二宮社長、やっと見つけました!」

現れたのは、最近綾にしつこく言い寄っている、立響グループの社長、石川大輝(いしかわ だいき)だった。

北城では、大輝は誰もが認める独身貴族だった。35歳、未婚、ハンサムで、長男であり、石川グループの後継者だ。

輝星エンターテイメントには立響グループが出資している大型映画の企画があったため、仕事上の関係を考えると、綾は彼に冷たくあしらうわけにもいかなかった。

大輝は外から入ってきた海斗を見て言った。「まさか、二宮社長はあんなヒモみたいなのが好みですか?」

海斗よりも、大輝の方が綾にとって厄介だった。

大輝の口説き方は派手で、しつこいところがあった。

綾はこの数ヶ月彼と接する中で、大輝の性格を徐々に理解していった。

こういうタイプの人間には、ま
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