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第2章:境界の構築

Author: Noona Aurora
last update publish date: 2026-09-06 14:04:12

朝の光がブラックウェル邸の豪華な食堂にある大きなガラス窓から差し込んでいた。

普段なら、朝の7時はシエナが厨房で忙しく動き回り、ダミアンの好む無糖のブラックコーヒーが適切な温度で淹れられているか確認し、彼のネクタイをドアの近くの椅子に準備しておく時間だった。

しかし今朝、食堂は静まり返っていた。

ダミアンは毅然とした足取りで階段を下りてきた。シャツのボタンは留められていたが、首元に何か違和感があった。

ネクタイがまだ締められていなかったのだ。

彼の視線はすぐに食卓へと向けられた。

そこには1枚のトーストと湯気を立てる1杯のコーヒーがあるだけで、周囲の空気はぽっかりと空いていた。柔らかい微笑みを浮かべて自分を出迎えてくれるシエナの姿は、どこにもなかった。

ダミアンは椅子を雑に引き、静寂を切り裂くようなきしみ音を立てた。彼はパントリーのテーブルを整えていた執事のほうを振り返った。

「シエナはどこだ?」

ダミアンが尋ねた。その声は冷たく、問いただすような響きを帯びていた。

執事は緊張した様子で頭を下げた。「若奥様は今朝早くに、お部屋で朝食を済まされました、旦那様。今朝からは、旦那様のお世話は私にお任せするようにと言伝を預かっております」

ダミアンは目を細めた。額の皺がさらに深くなる。「部屋でだと?」

契約結婚が始まって以来、ダミアンの申し出により、便宜と互いのプライバシーのために二人は別々の部屋で寝ていた。

しかし、シエナが食卓に姿を見せないことなど一度もなかった。彼女はこの家で「忠実な妻」としての役割を常に欠かさず、まるで従順な機械のルーティンのように極めて熱心に果たしてきたのだ。

ダミアンはコーヒーカップを取り、一口啜ると、すぐにカチンと高い音を立てて机に戻した。

甘すぎた。執事が砂糖を入れたのだ。ダミアンが朝一番に最も嫌うものだった。

「捨てろ。淹れ直せ」

ダミアンは鋭く命じると、立ち上がってシエナの部屋がある2階へと足早に向かった。

ノックもせず、ダミアンはシエナの部屋のドアノブを回して大きく押し開けた。彼の足はドアのしきい me で止まった。

シエナはドレッサーの前に座っていた。彼女は白い綿のシャツにジーンズという、極めてシンプルなカジュアルな服装を身に纏っていた。

普段なら綺麗にまとめられている長い髪は今や自由に解き放たれ、肩の上にウェーブを描いて流れていた。

その光景に、ダミアンは一瞬目を奪われた。シエナは……どこか違って見えた。より開放的に。

しばしの静寂。ダミアンの意識が我に返り、思考が呼び覚まされた。この部屋を訪れた目的を自身に思い起こさせる。

「なぜ下に下りてこない?」

ダミアンが尋ねた。その声は整然とした部屋の中に響き渡った。「それに下のコーヒーは何だ? 俺の身の回りのことに他人が触れるのを嫌うと知っているだろう」

シエナはゆっくりとブラシを置いた。彼女はドレッサーの椅子の上で向きを変え、恐怖も感情の揺らぎも浮かんでいない澄んだ瞳でダミアンを見つめた。

「おはようございます、ダミアン」

シエナはブラックウェル・グループのオフィスの秘書とまったく同じような、非常にフォーマルなトーンで挨拶をした。

「今日から、あなたの家事や身の回りのお世話はすべて執事に引き継ぎました。あなたの好みに関する詳細なリストは書面にまとめて彼らに渡してあります」

ダミアンは鼻で笑うと、部屋の中に踏み込み、シエナの近くに立って腕を組んだ。

「昨夜のパーティーでの出来事を根に持っているのか? 母さんやエレナのことか? 最初から言っていたはずだ、気にするなと。子供っぽい真似はよせ、シエナ」

ダミアンの声は淡々としており、同情のの色は一切なかった。

シエナは怒りで言い返すことはしなかった。彼女はむしろかすかな笑みを浮かべた。それはあまりにも距離感を感じさせる笑みだった。

「根に持ってなどいません、ダミアン。私はただ、私たちの契約内容を再確認していただけです」

シエナは穏やかに答えた。

彼女は机から透明なファイルを取り出すと、席を立ち、それにさっと目を通し始めた。

「第3条第2項にはこうあります。『乙は、公の場において甲に同行し、世帯主としての甲の世評を維持する義務を負う』。この家の中で私があなたの個人的な侍女にならなければならないなどという条項は、どこにも存在しません」

ダミアンは絶句した。彼のエラが緊張で硬くなった。「シエナ」

「私たちの契約はあと3日で終了します」

シエナは続け、怒りで光を帯び始めたダミアンの黒い瞳を真っ直ぐに見つめた。

「家庭外での私の義務はすべて適切に果たされました。ですから、残りの3日間はプロフェッショナルとして過ごしましょう。私はあなたの領域を荒らしませんし、あなたも私の境界線を尊重してくださることを願います」

部屋の中の空気は、突如として極地にいるかのように冷え込んだ。

ダミアンは自尊心を平手打ちされたように感じた。普段なら常に従順で柔らかいトーンで話す女性が、今や自分の前に真っ直ぐ立ち、極めて分厚く高い隔壁を築いているのだ。

「母親の家が自分名義に戻ったからといって、急に俺に反抗する気になったのか?」

ダミアンは鋭く皮肉るようなトーンで問いかけ、己の優位を取り戻そうとした。

シエナは胸にチクリとした痛みを覚えたが、しっかりと持ちこたえた。

「ええ。あの家はもう安全です。そして、あなたへの恩義もあと3日で清算されます。ですから、ご自分の部屋にお戻りください、ブラックウェル様。私は準備をしなければなりませんので」

ダミアンは、シエナが口にしたその呼び名を聞いてハッとした。

ダミアンは体の脇で拳を固く握りしめた。彼の怒りが頂点に達したのは、シエナの言葉のためだけではなく、彼女の瞳の中にもはや隙となる弱さを何ひとつ見出せなかったからだ。

喉の奥に怒りを溜め込んだまま、ダミアンは身を翻し、シエナの部屋のドアをけたたましい音を立てて叩きつけた。

シエナは、ずっと止めていた息を吐き出した。

手は少し震えていたが、安堵の笑みが彼女の唇にゆっくりと広がっていった。

境界線は引かれた。そして彼女は、二度と後戻りすることはない。

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