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第40話

Author: 連衣の水調
佐藤は頭を垂れて、丁重に返事をした。

「はい、望月さんはご家族ですので」

胤道の母は頷き、無意識のうちに佐藤の隣に立つ女性へ視線を移した。

「こちらの方は……?」

静華は、その言葉に驚き、慌てて俯いた。

頭の中は真っ白で、何も考えがまとまらなかった。

まさかこんな形で胤道の母と会うとは思ってもみなかった。

けれど、うつむいた瞬間、ようやく気づいた――

自分の顔は、もう元の姿ではない。胤道の母には、彼女だとわかるはずがない。

「望月さんのご友人です。目が見えず、野崎様から私に送るよう指示がありました」

「目が……見えないのね?」

胤道の母は、どこか惜しむような、そして同情に満ちた口調で言った。

理由はわからないけれど、その女性を見れば見るほど、どこか懐かしさを感じてしまう。

気づけば、彼女の指先をそっと握っていた。

「この子……手がこんなに冷たい。もう秋だもの、もっと厚着しないと」

そう言って、肩からショールを取り外し、静華の肩にそっとかけた。

「だいぶ着古してるけど、暖かいのよ。着心地も悪くないし……しばらくこれを羽織って。私はこれから用事があるから、先に行くわね」

そう微笑んでから、彼女の手をそっと離し、病室へと向かった。

静華は、ずっと頭を垂れたまま、一言も発しなかった。

佐藤は、胤道の母の後ろ姿を見送ってから、彼女のほうに目を向けた。

「森さん、そろそろ行きましょうか」

「……うん……」

その瞬間、彼女の声に、はっきりと泣き声が混じっていた。

顔を上げた静華は、どこにも無傷な部分が残っていなかった顔に、すでに涙があふれ出ていた。

佐藤の胸に、ずしんと何かがのしかかるような痛みが走った。

傷を消毒するときも、歩くたびに震えても、彼女は泣かなかった。

けれど、胤道の母の何気ない一言が、彼女の涙を一気にあふれさせた。

静華は震える唇で、涙を止めることもできずに言った。

「……ごめんなさい、みっともないところを見せて……」

少ししてから、かすれた声で、微かに笑った。

「……ただ、昔のことを……ふと思い出しただけだ」

静華を送り届けた後、胤道から電話が入った。

佐藤に、すぐ病院に戻るようにという指示だった。

車に乗ったとき、胤道は苛立ちを隠せない様子で口を開いた。

「森はもう別荘に着いたのか?」

「は
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平田 麻里
佐藤?嘘つき女の片棒担いで横柄男に真実を告げず、主人公がボロボロになるのを見てるだけ?
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