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第135話

Author: 雲間探
昼になってようやく、一息つける時間ができた。

そのとき、玲奈のスマホが突然鳴った。

メッセージを送ってきたのは凜音だった。午後、一緒にスキーに行かないかという誘いだった。

玲奈は音声で返した。「今日はちょっと用事があるからやめとくね。楽しんできて」

凜音は返した。「そっか、わかった」

午後になり、玲奈が真田教授の書斎から出て水を取りに行ったとき、また凜音からメッセージが届いた。

今度は、何枚かの写真だった。

写っていたのは智昭、優里、茜、辰也、有美の五人。

続いて凜音から送られてきたメッセージにはこうあった。「友達と楽しくスキーしてたのに、まさかあいつらに遭遇するとは、まじで場が冷えたわ!」

玲奈は一枚目の写真だけ開いて確認し、それが誰かを把握した時点で、それ以上は見なかった。

凜音から続々と送ってきたメッセージを見て、彼女は落ち着いた声で音声メッセージを返した。「気にしないで、楽しく滑ってきて」

凜音からはすぐに返事が来た。「たぶん夜まで滑ってると思うけど、来れそうなら来ない?」

玲奈は断った。「やめとく、こっちでやることがあるから」

凜音は理解した。「オッケー」

玲奈はスマホをしまい、水の入ったコップを手に再び書斎へ戻った。

その後、彼らは一日中集中しっぱなしだった。

夜になり、礼二が大きく伸びをしながら真田教授に言った。「先生、そろそろ外でご飯でもどうですか?今晩は私たちがおごります!」

真田教授は彼を一瞥すらせず、面倒そうに言った。「今夜は出かける予定がある」

玲奈と礼二は揃って声を上げた。「え?」

「藤田智昭と食事の約束をしているんだ」

礼二が玲奈を見た。玲奈は何事もなかったように水を飲んでいた。

真田教授は車のキーを手に部屋を出る際、こう言い添えた。「出るとき、ちゃんと鍵を閉めておけよ」

そして、ドアに手をかけながらまた言った。「でも、そんなに長くはならないと思う」

玲奈と礼二は揃って答えた。「はい、先生」

その頃。

別の場所では。

茜、智昭と優里たちは半日スキーを楽しみ、上機嫌だった。

スキー場を出ると、茜が明るく智昭に言った。「パパ、私ね、あとで海鮮が食べたい!」

智昭は言った。「あとでパパと優里おばさんは用事があるんだ。一緒に食べられないけど、運転手が駐車場で待ってるから、家に帰ったら食べたい
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