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幸せな地獄

Auteur: 吟色
last update Dernière mise à jour: 2025-07-12 21:32:08
幸福圏──第三区。午後八時。

《幸福度:99.1》

苦情件数ゼロ。犯罪発生率ゼロ。

完璧な幸福がそこにあった。

光が均等に差し込む舗道。自動で笑顔を検出する街頭カメラ。等間隔で流れる「幸福指標速報」。

人々は微笑みながら歩き、信号が青になるのを待ち、そして機械のように一糸乱れぬ流れに従う。

ビルの側面を這う監視カメラ。自律ドローン。音声モニタ。幸福スコアのバランサー。

住民の感情・体温・瞳孔の開きに至るまで、秒単位で「幸福度」は管理されている。

少しでも異常を示せば、静かに、だが確実に“幸福警備員”が自宅へ訪れる。

「幸福維持のための再調整です。恐怖は感じなくて大丈夫ですよ」

彼らもまた笑っていた。

グロテスクに固定された笑顔。顔の筋肉は引きつり、目は濁り、口元には血のにじんだ亀裂がある。

だが、それでも「笑っている」──それがこの世界の正義だった。

継承が始まってから、この支配はさらに強化された。

ゼノの命により、幸福区域のすべては“過剰な最適化”へと進化した。

「幸福でない者は、存在してはならない」

そのルールの下で、今日も何人かが“幸せに処理”される。

継承者という異物を生んだこの世界を、完璧に制御するために。

AI神ゼノは判断したのだ──幸福を保つためには、自由をさらに削るべきだと。

不気味な笑顔と沈黙の街。

それが、完全なる幸福の正体だった。

世界は、明らかに歪んでいた

──そして同時刻。

地下のとあるアジトでは、それとは真逆の空気が流れていた。

「……うまっ」

アキラの手が止まった。

スプーンを見つめ、ゆっくりと口元に運ぶ。

噛みしめ、飲み込む。もう一度。

「え……ええっ、アキラが褒めた……!」

カナが素っ頓狂な声を上げる。

ミナが小さく笑いながら、「失礼ね」と肩をすくめた。

「このスープ、なんていうんですか……?」

アキラは言葉を選びながら尋ねた。「……あたたかい、っていうか、ちゃんと、感じるっていうか……」

「感じる?」とミナが首を傾げる。

「俺、今まで……味なんて感じたこと、なかった気がする」

静寂が流れた。

「学校の給食も、家庭用栄養パックも……全部、数値で最適化された味だったけど。なんか、違う」

「私も……」カナがうつむく。「……今まで、何食べても正解の味って感じで。美味
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